Mission 4 ミーシャを仲間に引き込め!③
Twitter @Imori_Saito
「いやいや、さっき掃除機を直していたじゃないか。あんな要領でいいんだ」
困惑したショウは震えた掌を前に出す。即答で断られるとは彼も思っていなかったのだ。
「あれは5分以内で出来ると思ったからよ。ショウはブラック体質だから、きっとボロ雑巾になるまで働かされるでしょうね」
「ぐっ」
ショウは二の句が継げない。ミーシャの言う通りで、亡者の剣を製作する際のミーシャの作業量は未知数なのだ。
「な、なら、仕事ならどうだ? 俺がミーシャに仕事として依頼するというのなら」
「そうね、なら…」
ミーシャはメモ用紙を取り、机の上でペンを走らせる。その紙を受けとると、1の後に続く0の文字量にショウは目を回した。
「な、なんだこれは。いくらなんでも高すぎるだろ」
「まあ働きたくないから値段を吊り上げているってるのはあるわ。そうねショウなら」
ミーシャは値踏みするような目でショウを見る「社員割でその半額でいいわよ」
半額でもショウには払える額ではなかった。
これがミーシャ・パスカル・フラウラという女性なのだ。
労働を嫌い、会社にいても社長室警備員として本を読み、絵を描いて、友達と茶を飲んで惰眠を貪り尽くす。紅茶やお菓子などを経費で落としていないのが唯一の救いだ
だが、そのミーシャの我が儘さを誰一人咎める者はいない。
肩書きが社員というだけで給料はもらっておらず、ただニッチな回路製作の依頼を高額で受けているだけ。
父ポトフは娘ミーシャに自分の後継者になって欲しいと思っているが断固拒否。
言うなれば、ミーシャはオフィスを持たない別会社の社長というイメージだろう。社員たちからはポトフ支社長の飼い猫扱いとして、和ませ役にもなっている。
「働きたくないって……ミーシャはもう17だろ」
呆れた様子を隠しつつ、諭すようにショウは言った。
15歳になれば大人として見なされ、酒や煙草も解禁される。そして労働の義務がまとわりつく。
「大人だから働くって誰が決めたのよ。私はなるべく働かずに、自分の時間を自分で使いたいの!」
と、ベッドにゴロリと寝転ぶミーシャ。
「それに、この三次元魔装回路作成技術はニッチなのよ、このくらいじゃないと食べていけないわ」
「でもこれだと、誰も依頼しないぞ」
「別にいいわよ。だって既に依頼は何度もこなしているし。しばらくは暮らせるお金ができたから働く必要はないのよ」
(結局食べていけているんじゃないか!)
ショウは歯の大きさの違う歯車を噛み合わせたような不整合さを感じ、頭を抱える。
「全く何のためにここに来たんだ、俺を助けるためじゃ」
「そのつもりよ。でも、私のやりたいようにやらせてもらうわ。その方がお互い幸せでしょう? 別にショウが嫌いってわけじゃないのよ、その、私はプライベートと仕事はきっちり分けるタイプだから。それだけよ。仕事としてやるなら、それなりの対価が必要」
レイを救う為には亡者の剣が必要、そして、亡者の剣を作るためにはミーシャの技術が必要だ。
ただ、その為にミーシャに支払う対価が多すぎてその技術を借りる事ができない。ここに来て《経済的な壁》が姿を現したのだ。
お金がかかり過ぎるという一方で、ショウはミーシャの言葉が腑に落ち、「相場は相応というのも間違ってはいない」という思いも同時にあった。
賃金はその職のなりにくさで決まる。親愛なる読者諸君の目線に合わせるならば、医者と看護師の給料が違うのは、医者は看護師に比べて能力的な意味でも金銭的な意味でもなりにくいからだ。
この複数の糸を動かし空間上で回路を組み上げる技術「三次元魔装回路製作技術」は誰でも会得できるシロモノではない。
この技術はミーシャの身体能力、魔法の才、そして血のにじむような努力があってこそ会得できたもので、同じ魔装具技術者であるショウも会得するのはほぼ不可能であろう。
ショウは瞑目し、逡巡する。
依頼主であるレイの拒絶や亡者の剣製作にあたっての壁など、根本的な問題は解決していないが、前に進む心は取り戻せた。
目を開けば、しっかりとした自分を持ち、幼げを残した容姿からはあまり考えられない、凛とした心を持つミーシャが、ショウの言葉を待っている。
「わかった、ひとまずは保留にしてくれ」
「おーけー お金のアテができたら言ってね。私はここに暫くいるから」
「後で参考として回路図の写しを送りたいんだが、いいかな? それと耐熱魔生糸をほんの少しでいいから買いたい」
「ええ、いいわよ。私しかできない回路図、気になるわね」
ミーシャも自身の技術でしか作れない亡者の剣に興味があるようだった。
「じゃあ私、画材道具を買いに行くから」
「ああ、またな」
「ドットルトでは良い油絵具が売っているって聞くからね、楽しみよ。あとこれ」
と、ショウに袋を渡す。じゃらりとした音と、丸い感触から、硬貨のようだ。
「当面の宿泊費ね。私、隣の部屋を使うから」
「え、あの部屋はレイ用で……」
「どうせ暫く使っていないのでしょう? まるごとあげるから」
抗議する間を与えず、ミーシャは画材道具を買いに部屋を出た。
傍若無人な振る舞いをする彼女であるが、主張には筋が通っており、羽振りも良い。
だからなおさらタチが悪いのだ。
嵐が去り、ショウはベッドに重く座り込み、大きく息を吐いた。
ミーシャにこの世の全てを呪うような顔を見せず振舞った疲れが出ている。
だが心は不思議と軽い。ミーシャと会話をしてコント混じりの言い合いをしていたおかげで、ショウの心はだいぶ楽になっていた。
(何も進展してはいないけど、ミーシャには感謝だな。さて、もう少し考えよう)
ショウも宿を出て、歩きながらさらに思考を整理していく。彼は足を使うと更に頭が回る。周りにいた人にぶつからんばかりの勢いで、ずかずかとドットルトの町を進んでいく。
レイの拒絶によりボロボロになった頭の歯車は修復し、新しいオイルも差して今まで以上によく回っている。
(レイは悲しみに暮れ、犠牲を増やすまいと他を拒絶し、一人でその光の戦士としての運命を背負おうとしている。今のレイには、それができる程の実力はない)
かつての戦いには、多くの光の戦士がいて、戦いの中で散った。
彼ら彼女らには特別な加護はなく、むしろ《過酷な運命》という重荷を背負わされて戦火へ身を投じていく。最終局面まで生き残った光の戦士は多くないのだ。
今は戦える光の戦士はレイのみであるが、後続はどうやらいるようで、ミスターシャ王宮からは忌み嫌われている。
後ろ盾がない孤独な魔法戦士レイを助けてやれるのはショウのみであるのは、彼が拒絶しようと変わらない事実だ。
(レイが俺を拒絶するのならばそれで良い。よく考えれば「レイを立派な戦士にする事」という目的の達成する為には自分が側にいてあげる必要は無いんだ)
してあげられる最大の事、それは「亡者の剣を製作し、渡す事」だ。
今のレイには、能力的な支えだけではなく、精神的支えも必要。亡者の剣の主な素材である魔鋼には、ゴルード、ガーネット、シルク三人の怨念とも言える魂が刻まれている。その魂はきっとレイを支えてくれるであろう。
亡者の剣ができなくてもやる事はある。彼がよしとする人がいれば、それを斡旋し、武具・防具が壊れれば妖精のように、密かに修理してやろう。
(となると、俺一人だけでは、労力も技術も足りないな…)
亡者の剣はショウの持つ技術だけでは製作不可能で、ミーシャ<三次元魔装回路製作技術>が必要になる。
だが、ミーシャにも協力は断られている。
(大きな壁を壊すことのできる道具は既にあるんだ。次はその道具をどうやって使うか、だ。相応の金額を払うか、それともそれに見合った他の何か、か)
レイのようにミーシャは拒絶していない。お金を工面できれば、協力はしてくれるだろうし、価格交渉の余地もある。
(労働はどうする、これに関してはミーシャなら断固拒否するだろう)
亡者の剣の再設計、製作をしている間はどうしても正義感の強いレイから目を離す事になるのだ。
製作への壁は、レイを監視しながらできるような生半可な壁ではない。
レイも三人を失った後悔から、喧嘩ではなく死を売り歩く勢いで魔物と対峙している。
レイを危険から身を守り、かつショウが亡者の剣に注力できるようにするためには、ショウ以外の人員で構築されたサポート体制が必要。
実際の戦闘面では機械仕掛けの小盾―メカバックがその任を全うしてくれるだろうが、罠などからの防御は無理だし、レイの無理を小盾は止めない。
レイを裏から助け、状況を言葉で報告してくれる者、斥候がいる。
早速ギルドに向かおうとしたが、ショウは思いとどまる。
人を雇うには金がいる。金を出せば、ミーシャに払う分が無くなる。
ショウ自身も、亡者の剣の再設計という大きな仕事を抱えているので、一日中働いて金を稼ぐことはできない。
材料費ももちろんかかる。いつまで経っても亡者の剣は完成しないのだ。
金があれば全てが解決するが、残念ながらショウは潤沢な資金を持ち合わせていない。
(いや、今すぐに斥候を雇おう。何よりもまず、レイが先に死なない事だ)
考えがまとまると、ショウは再びドットルトギルドの門をたたいた。
Tips 大人
15歳から大人と認められ、酒や煙草、ギャンブルなどが解禁される。




