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それでもレンチを回すのは ~凡骨技術者の奮闘譚~  作者: イモリさいとう
1章 魔装技術者―ショウ・アキミネ
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9.絶望②

衝撃で舞った小石が骸骨(ボーン)の身体を破壊し、森の木を抉る。シルクは神聖術でバリアを張り、レイとゴルードをなんとか衝撃波から守っている。


衝撃が止むと、レイは伏した身体を起こした。大岩が落ちた辺りは砂埃に包まれており、中の様子が見えない。


「ガーネットは?」


「耐性があるので大丈夫でしょう」


「すごいね…ガーネットは」


「ええ。これが、ミスターシャトップの魔導師の実力です」


風が吹き込み、砂煙がだんだんと晴れていく。

衝撃波で残骸になった骸骨(ボーン)が打ち捨てられ、その中心に一人の魔導師、ガーネットが立っていた。

魔法装束は傷つき、少し破けているが本人はピンピンしている。


「勝ったの、かな?」


「………わかりません」


シルクはレイの問いかけに答えず、緊迫した表情をして周囲を伺っている。


二人からはガーネットの凛々しい姿から、《巨大岩(メガロック)》によって魔族を討ち果たしたのだと思っていたが、実はそうではなかった。


感覚の鋭いガーネットの表情はひきつっており、絶望と恐怖が見えかくれしているのだ。


人為的な軌道を描いた風が砂煙を払い、光景を露わにしていく。


草一本も生えぬ地に、木々は所々穴が空きなぎ倒され、枝の中には骨も混じっている。


そんな爆心地かと見間違えるかの場所で、魔属グールマスターの固有名を持つグルドが姿を現した。


煙の中、砕けた岩の残骸にしわだらけの顔に愉悦をたっぷりと含ませ座っている。ガーネットの極大魔法に一歩も引かなかったもう一体の魔族も、無傷である。


「ふう。危ない危ない」


グルドは大きな枝のような杖でガーネットの落とした岩をカツカツと叩き、割る。


「…そんな、何故?」


呆然とした声を出したのはレイだった。


「何故って、そりゃちっぽけな頭を千切れるほど捻って考えてみい」


グルドはニッタリとレイに向けてしわがれた灰色の手のひらをガーネットに向ける。漆黒のオーラが五本の指に宿ったかと思うと、火、雷、風、氷、土の魔気がそれぞれの指に灯った。


「くっ、アンタも五属性を扱えるなんてね…」


ガーネットが吐き捨てるように言った。


「けっけっけ。おごったな、少女よ。体格、知能、技術、あらゆる点で魔族は人に勝っている。使えて当然じゃ」


人という種族の魔法の限界、それをまじまじと見せつけられ、ガーネットは悔しさにまみれていた。先の魔法で勝負をつけるつもりでいたガーネットは息が荒くなっており、消耗している事は誰が見てもわかる。


「レイ様、お逃げください。ここは私たちが食い止めます。魔族が来ているのですから、ミスターシャの国防軍が出ているはずです。すぐに合流を」


シルクがレイの肩をがっしりと掴んだ。普段のあの落ち着きのあるシルクからは考えられない焦りに、レイも動揺を隠せない。


「で、でも」


レイは首を振り続けた。皆を置いて逃げる事などできなかったのだ。

たとえ加勢しても役に立つどころか、邪魔になるであろうとわかっていても、レイの心の中にある異常なまでの正義感が、逃げるという選択肢を破壊しているのだ。


「さて、もういいかの」


グルドはそう言い放ち、杖で岩を一突きすると、その上から降りた。ガーネットの土魔力で練り上げた岩は砂塵に戻り、消える。


グルドの表情は無表情で、何も感じ取れない。まるで、もう興味はないと言わんばかりに目の前のガーネットを見つめている。


「最期に教えてやろう。お嬢さん、お前は一つ勘違いをしている」


「勘違い?」


グルドは右手の親指を立て人差し指をガーネットに向ける。銃の構えだ


「さらばだ、弱い魔導師よ」


(ストーン)(ガン)


グルドの人差し指から弾丸のごとく鋭い小石がガーネットに飛んだ。


粘土壁(クレイウォール)


土耐性のあるガーネットには《(ストーン)(ガン)》などという下級土魔法など、砂埃をかけられた程度にすぎない。


万全を期してガーネットは粘土を盛り上げ、放たれた小石は壁に衝突した瞬間、すぐに弾き返される。


「なっ!?」


グルドの放った小石は、ただの小石ではなかった。ガーネットの張った土壁から何かが貫通する。小石ではない紫色の塊。


その紫色の魔弾が、ガーネットの胸元めがけて飛び、胸の中心部を貫いた。


崩れるように倒れたガーネットの魔法装束に穴は空いておらず、胸の中心部がへこみ、赤く染まる。


「ガーネットォォォォォ!!!!」


レイの悲痛な叫びが森の中に響き渡った。


「《+闇(プラスダーク)》じゃ。ワシらは闇に忠誠を誓う魔属。土属性の魔法を相殺する事はできても、闇を相殺する事はできん」


人差し指を銃のように向けたグルドは黄色い歯を見せ、にたりと笑う。


「そ…んな…強化タイプ……は………属……性を……破る……ことな……んて…」


光と闇の魔法は無属性とはまた別の、肉体や魔力を強化するタイプに分類される。


このとき、無属性とは魔力が属性へと変化する前を指す。当然、無属性の魔力が強ければ肉体の強化値も大きく、繰り出される魔力も強い。


魔力の強さを式で評価すれば、


(無属性値)+α×(属性値)+β×(光か闇の魔法値)


ということになる。補正値αはその属性の習熟度で決まるが、習熟し終えた後は伸びることはない。属性を習得すれば、耐性ができるのはこのためである。


βは光か闇の魔力の保有量で決まる値だが、その値は低いことがわかっており、そのことは、闇に対する特攻効果を持つ光の魔力が無くとも、闇を打ち破る事ができる希望にもなっていた。


「いったじゃろう、もう一つおごっている、と」


ガーネットを絶命させたのは、補正値βをもろともしない濃く深い魔族の闇と、魔導師としての歴然とした実力の差であった。


「そん……な」


彼女は絶望とともに確かな意識の途切れを感じた。


「うわあああ!!!」


我を失ったレイは魔法剣を手にグルドに特攻した。グルドは羽虫を払うかのように、風の魔力でレイを弾き飛ばす。


(まだガーネットは生きている。まずは彼女を)


飛ばされたレイを一旦置き、シルクは事切れかけたガーネットの元へ向かおうと駆けた。


「遅い」


背後に、極寒の闇が迫った。しわがれた灰色の両手が、シルクの白い法衣を掴む。


「しまっ」


「凍れ」


即凍(ラピッドフリーズ)の手(ハンド)


グルドが両手に魔力をこめた瞬間、シルクの顔から一瞬で血の気が引き、凍りついた。


「シル…ク?」


身を起こしたレイが彼女の名前を放心しながら呟いた時、シルクの全身は既に内部から完全に凍りつき、ばらばらと崩れ落ちた。


グルドは狂喜の表情でレイを指差す。


「次はお前じゃ 悪く思うでない。こうでもしないと、光の戦士が現れないのでな」


「あぁ…あぁ…」


レイは立ち上がることが出来ず、声にならない声を出しながら、後ろへ後ろへと這いずっていく。その恐怖に支配されたレイの様子を見たグルドは顔をおさえ、ケラケラと全身を使って笑った。


「うおおおおおおおおお!!!!!!」


その時、グルドの笑い声を、憤怒に身を任せた叫びがかき消した。


ゴルードだ。癒しが終わり、意識を取り戻した彼が渾身の力を込め、バトルアックスを掲げてグルドに襲い掛かった。


「ぐおおおおお!!!!」


身体のリミッターを外した攻撃に、グルドは回避を試みるも間に合わず、左腕が持っていかれる。


「レイ!!! 逃げろ!!!」


ゴルードは鬼のような形相で叫んだ。レイはその気迫に脅え、後ずさる。


表情が完全に恐怖に支配され、正義感をも塗り潰し、レイは「ごめんなさい」「ごめんなさい」と半ば病的に連呼しながら背を向けて走り出す。


「それでいい」


ゴルードはこけそうになりながらも走る、レイの背中を見送ると、冑のフェイスガードを降ろし二体に対峙した。


狭まった視界で敵だけを見据え、戦闘に余計な感情を排し、感覚を研ぎ澄ます。目に移る敵は無くなった左腕の部分を押さえ、自身を睨み付けているグールマスターとその後ろにそびえ立つ謎の魔族。


「この…よくも…!!」


グルドは杖をゴルードに向け、ゴルードも呼応するかのように大きな盾を構えた。腰を落とし、もう片方の腕でバトルアックスを握りしめた。


背中には伸縮式のランスを背負う。この三つの武器が、彼が最も得意とする、そして最初に手に取った武器種だ。


「この、下等生物めが!!」


グルドの指先から、怒りを乗せた鋭い闇の魔弾が放たれる。

ゴルードは弾道を見極め、盾を構える。


―キュイン!

その魔弾は、ゴルードの盾ではなく、ゴルードの前に突如発生した土の球体に当たり、弾道が空にそれた。


「よっと」


土の中から死んだはずのガーネットが這い上がり、土を払う。

ガーネットの遺体がポンという音を立てて消え去った。


土属性魔法《身代わり(みがわり)人形(にんぎょう)》によって難を逃れていたのだ。


「遅いぞ、ガーネット」


「急だったから、地面に潜りすぎたのよ。でも、その方が良かったでしょう?」


「ええ。レイ様を逃がすことはできましたからね」


バラバラの氷人形と化したシルクも、《神より授かれし癒し》により、身体をつなぎ回復を果たしていた。


「貴様ら!生きておったのか……」


「私たちをナメないで頂戴」


「このっ……小賢しい……」


「奴を追え、 クルド」


ゴルードの一撃でグールマスターグルドは手負いの状態。形勢は逆転かに見えた。

だが、心臓の芯に響き渡るほどに、低く重い声が発せられ、その希望は払拭される。


今まで一歩たりとも動かなかった隠蔽マントを全身に被る巨躯の魔族が、睨むグルドを制止している。


「ポリュグラス様…?」


(ポリュグラス? あの四魔神ポリュグラスだと?)


兜の中、ゴルードは微かに動揺した。その動揺は、ガーネットとシルクも同じであり、形勢が逆転したというのは幻想であったと皆思った。


「あの少年、 光をかすかに感じた。奴こそが 我々のターゲットかも しれぬ。奴は戦士だ、 分が悪いだろう」


「しかし。コイツは…」


「…ゆけ」


「……はっ」


その隠蔽マントを貫通して放たれる重圧に、クルドは縮こまりながらゴルードの脇を通っていく。


「行かせる…くっ!?」


レイを行かせまいとグルドを追おうとするも、底知れぬ闇の圧力が3人の足を止めた。


(背を向けてしまったら、一瞬で殺されてしまうような…これが、魔族の中でも崇拝される四魔神の圧力か……)


「………ガーネット、シルク。俺が隙をつくる。レイの元へ行ってくれ」


ゴルードが震え交じりに言った。


「え、ええ」


「承りました。ですが、私もここに残りましょう。屍を蹴散らすよりも、目の前の闇からの殺意を外す方が難しいでしょうから」


「………わかった」


隠蔽マントから銀色の手甲がちらりと見えた。彼もまた戦士だ。ゴルードは武器を握る力を更に強めた。


(ボーン)牢獄プリズン


巨躯の魔族が両手から何かを地面から引き上げるような所作をすると、地面から太い骨が生え、巨躯の魔族と3人を囲った。


「汝らよ、戦士ならば 我を倒してから 進まれよ。背を向けるなど、 戦士の恥だ」


魔族が防具に覆われた人の二倍はある掌を前に突き出し、魔力を込めると、黒い薙刀が瞬時に現れた。闇の魔力で成型したものだろう。


「倒すしかない、ということね」


ガーネットが噛み切るくらいの強さで唇を噛んだ。


「ならば、ショウさんを信じるしかありません」


「ああ。ショウなら異変に気付いて必ず来るはずだ」


背を向ければ確実にやられる。今のゴルードには、あの魔族に正々堂々と戦って打ち勝つしか道が残されていなかった。


「その勝負、受けよう!!」


覚悟を決めたゴルードは全身に力を込め、全身の筋肉を唸らせる。

エネルギーを極限まで力に回し、白く沸々としたオーラがゴルードの周りを纏った。


ガーネットは自身のリミッターを解除し、生きるために必要な生命エネルギーをも戦う魔力へと変換する。

ガーネットが赤く発光し、ふわりと宙を浮く。これは、魔導士の暴走モードだ。精度を捨て、破壊力のみに特化するモード。

命より大事にしていた魔力球が、ガーネットの魔力圧力に耐えきれずヒビが入った。この戦闘が終われば、この魔力球はもう使えないだろう。


シルクは金の十字架を手に持ち、神聖術式を展開。

まるで蛍が舞っているかのように、淡い緑色の光球が彼女の周りを優しく動いている。


「うおおおおおおおお!!!!!」


ゴルードが盾を捨て、斧を両手に突撃。


ガーネットが何かを唱えると、ヒビの入った魔力球から乱れた魔法陣が展開された。


乱れ氷柱(フーリーアイシクル)


ゴルードを援護するように、2メートルもある数多の氷柱が巨躯の魔族を襲う。


巨躯の魔族が漆黒の長刀を上に一振りすると、氷柱はあっけなく砕けた。


しかし、ガーネットの狙いはそれではない。


巨躯の魔族の辺りに刺さった氷柱が反射屈折を起こし、様々な角度からゴルードの姿を映し、攪乱した。


「そこだ!!」


攪乱により背後を取ったゴルードが斧を両手に兜割りを放たんと飛んだ。


魔族の反応も早い。身体を反転させ、対応しようとしている。


氷柱アイシクルドリル+サンダー》


砕けた氷柱が回転しながら巨躯の魔族を襲った。


巨躯の魔族の鎧に届いた瞬間、バリバリと空気が引き裂かれるような音がして発光。


その氷柱は、なんと電気をまとっていたのだ。

属性値が新たに加算される、絶大な威力を持つ多重属性魔法。魔力の属性変換を完璧に極めた天才の中の天才、ガーネットだからこそできる魔法だ。


「くっ、これでも倒せないなんて……でも!」


電撃により巨躯の魔族の動きが止まり、ゴルードの渾身の一撃を叩きこむ舞台は整った。


「うおああああああああああ!!!!!!!!」


これまで生きた全ての思いを込め、ゴルードは斧を振り下ろす。


刹那、ゴルードの脳裏に「死」という文字が浮かんだ。


(これ、は?)


生存本能の赴くままに、ゴルードは斧を横に構え直し、迫る何かを斧頭で受けた。


(なんだ? 一体?)


受け止めてはいない。斬撃か魔術か、とにかく命を拾った。


巨躯の魔族は後ろを向き、完全に行動が遅れている。


「隠し腕か!」


巨躯の魔族の腰から、骨の腕が生えている。


その剣の刀身の、ギザギザとした異様な姿を、ゴルードが見たときであった。


「がああああああ!!!!」


斬痕に強力な電気が走り、致死量を超える電流がゴルードの中を走り、煙を吹いて地に倒れた。


ゴルードが地に伏しても、ガーネットとシルクは冷静を保っている。

ゴルードの身体を淡い緑の光が覆い、彼のバイタリティも合わさってすぐに立ち上がる。


《神より授かれし結界》


シルクの認めた者なら、怪我をしても生きてさえいれば着地するだけで全回復できる。回復職の境地ともいえる術だ。


「ありがとう、シルク」


「問題なく、ストックは十分にあります故」


雷鳴らいめいつるぎ……原始げんし魔導器まどうき。本当にあのポリュグラスなのね……」


ガーネットの唇が震えている。原始魔導器とは、現人類の技術を優に超える技術が秘められた魔装具のことを言う。


どれだけ魔装具が嫌いな魔導士でも、原始魔導器の力は伝説として認めている。


数が少ないのはもちろん、余りにも強い力ゆえ、使いこなせる者は限られるのだ。


「ほう、汝らも 伊達に光に付き従うわけでは ないようだ。これほどの力を見るのは 二百年ぶりだ」


ポリュグラスの声には嬉しさが混じり、銀に輝く鎧の隙間から、煙のような黒いオーラが漏れ出している。


「余は死の王ポリュグラス。 この夜は汝らの最期となる夜。 名を聞かせてもらう」


「ゴルード・バラード」


「シルク・ベルク」


「………ガーネット・プラント」


三人は名前を答えた。皆、ここで死ぬ覚悟はできている。


「よろしい、では、いざ、いざ」


ゴルードはポリュグラスに向かって飛び、それと呼応するかのようにポリュグラスもマントを脱いだ。



Tips 魔神

魔族よりも更に上位の個体……という訳ではなく、中身は魔族と同じである。

いくつもの国を亡ぼすなど、人類に多大な被害を与えた魔族を魔神と呼び、恐れられるようになった。

記録上では4体の該当する魔族がいたことから。四魔神と呼んでいる。

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