9 絶望①(ショウが棺に入る6時間前)
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(何があった? 一体何が起きたんだ?)
レイは困惑する頭を押さえながら、起きたことを整理する。
死者を丁重に弔ったあと、レイたち四人は逃げ惑う人々の反応のある方へ向かい、骸骨たちと対峙した。
ゴルードたちの予想通り、確かに今まで見た骸骨たちより強い武器を持ち、戦い方も心得ていた。
だが、ゴルードたちの前ではそれも赤子同然で、文字通り“無双”の限りを尽くした。
襲われていた他の傭兵たちも無事に逃げ切ることができ、彼らはレイたちに礼を述べると、力尽きた同胞を拾い、事件を国へ伝えるべく街へ戻っていった。
ここまでは、何の問題もなかった。
……そう、事が起こったのは、そのあとだった。
何かを察知したゴルードが「危ない!」と叫び、レイを突き飛ばす。
直後、どこからともなく放たれた空気の波動を、彼はその体で受け止めた。
すると、あの巨体に重厚な鎧を身につけたゴルードの体が、まるで綿のようにふわりと宙に浮いた。
まるで操り人形のように不自然に舞ったかと思うと、彼の体は凄まじい速度で岩に叩きつけられた。
岩と鎧が砕ける音と、身体の奥から鳴る鈍い音。ゴルードは口から黄色い液体を吐き出し、そのまま崩れ落ちたのだ。
(そうだ……ゴルードがやられたんだ!)
「ゴルード!!」
我に返ったレイは叫び、前のめりになって動かない彼の元へ駆け寄った。
倒れたゴルードは白目を剥き、息絶えたかのように微動だにしない。
「シルク! 早く治療を!」
しかしレイの叫びは届かなかった。
シルクは、ガーネットとともに“邪悪そのものの存在”に注意を奪われていたからだ。
一枚布でつくられたボロボロの着物をまとった、腰の折れた狡猾な老人。
白い髪は枯れ枝のようにパサつき、布からのぞく腕や足は骨と皮ばかりで、ところどころ黒ずんでいる。
腰は真横に折れ曲がっており、流木を柄とした魔術杖の魔力球を素手で掴み、それを杖として扱っている。
一見すればただの老人だが、その灰色の肌と狂気に満ちた顔は、彼が人間でないことを明らかにしていた。
「魔族……」
ガーネットが呟く。
魔族とは闇の魔力を自在に操る、高い知性を持った闇の眷属。魔物の上位互換にあたる存在だ。
その老人の背後には、巨大なフードを深く被った、もう一体の魔族がそびえ立っていた。
その顔は闇に包まれ、まったく読み取れない。
「本当に魔族なのですか?」
シルクが問う。
「ええ。隠蔽のマントのせいで正確な力量は感じ取れないけど……隠すってことは、闇の魔力が強すぎて感知されやすいってことよ」
「ずいぶんと、恐ろしいことを言いますね」
「嘘を言っている場合じゃないと思うけど」
「ふふふ、そうですわね」
シルクは微笑みながら、助けを叫ぶレイの姿をちらりと見やる。
「さすがはゴルードさんです。攻撃をまともに受けても、まだ生きています」
「そう。よかったわ。シルク、もしもの時はレイ様を……」
「心得ました」
ガーネットは三角帽子の鍔を深く下ろし、視線を老獪な魔族――《死喰い使い(グール・マスター)》のグルドへ集中させた。
「相当な熟練者と見える。どれ、《死喰い使い(グール・マスター)》のグルドが試してやろう」
グルドは骸骨たちを手で制止し、自らが前に出る。
後ろの巨躯の魔族は、まるで山のように動かない。
シルクはゴルードの元へと駆けた。
「シルク、シルク、ゴルードが……!」
「内臓がことごとく潰されています。治療には時間がかかりますが、必ず助けます」
彼女は首の十字架を握り、祈りを込める。
《神より授かりし癒し》
レイに力強く頷くと、シルクはその力をゴルードに伝え始めた。
「レイ様、ここは私たちに任せて、お逃げください」
「そんな! 僕も戦う!」
「危険です。私たちでも勝てるかわからないのですよ」
その声には、普段の温厚な彼女には似つかぬ焦りが含まれていた。
「でも……でも、僕はみんなで戦おうって言ったんだ。僕だけ逃げるわけにはいかない。だって僕は、光の勇者なんだ」
「レイ様……」
レイは、シルクの諫言には耳を貸さなかった。
そしてそのとき、魔術同士の大激突が始まろうとしていた――
――1つは、ミスターシャの奇跡・ガーネット。
三角帽子を深く被り、自身の分身とも言える杖を両手に構える。
杖の先にある魔力球は月光を受けて煌々と輝き、彼女の集中を映し出していた。
(魔族……それも魔導師型。何度か相手にしたことはあるけど、こいつは今までのどの魔族よりも闇が濃い)
その体を包む紅いオーラと舞い散る風は、彼女が覚悟を決めて全力を出すという意思の現れだった。
それは、傍で見守るレイとシルクにも明確に伝わっていた。
対するは、《死喰い使い(グール・マスター)》のグルド。
この名を持つ魔族は、死者を魔物――ゾンビとして蘇らせ、己の手駒として操る術に長けている。
今まさに周囲に徘徊しているゾンビや、通常より強化された骸骨たちは、すべて彼の手によって蘇らされたものだ。
さらに「固有名」を持つことは、その種の中でも特に優れた存在であることの証明でもある。
グルドの握る杖の先、紫色の魔力球からは、見る者に寒気を覚えさせるほどの闇のオーラが漂っていた。
これから始まる戦いは、自分が到底ついていけるレベルではない――
レイはそれを悟り、ごくりと喉を鳴らした。
「お嬢さん、名前は?」
しわがれた声で、グルドが問う。
「私はガーネット・プラント。魔導師よ」
「そうか。ならば杖を交えよう」
「挑むところよ!」
ガーネットは杖を地に突き立てる。すると様々な色の魔法紋が地を這い、そして瞬時に姿を消した。
《罠》
「ほう、罠か」
ニヤリと愉悦に口を吊り上げながら、グルドが一歩踏み出す――
《火炎罠・+青》
足元から、高温の青い炎が噴き上がった。
それは《死喰い使い》の全身を包み、焼き焦がす。
「バカね。アンデッドのくせに炎罠に自ら飛び込むなんて……これじゃあ、本当に“起きて火に入るアンデッド”じゃない」
アンデッドは身体に水分が少なく、炎に弱いとされている――それが通説だ。
「ヒッヒッヒッヒ……この程度か」
だが、《死喰い使い》は炎の中でゲラゲラと笑っていた。
まるで温水を浴びているかのように、悠然と。
その様子に、ガーネットは目を見開き、顔を引きつらせた。
「私は炎には耐性がある」
「そんな……もしかして……」
「ああ。私は“名前持ち”の《死喰い使い(グール・マスター)》、グルドだ。
アンデッド特有の弱点など、とうの昔に克服しておるわ!」
しゃがれた声で哄笑しながら、グルドは指先から紫色の炎を灯す。
「い、一体どういうこと? シルク!」
傍らのレイが声を上げる。
シルクの治療により、ゴルードの容態は徐々に安定し、レイにも余裕が戻ってきた。
「レイ様、炎魔法を極めた者は、同時に炎への耐性を得るのです」
「そんな……ガーネットって、炎魔法が得意だったよね。それが効かないんじゃ……!」
ガーネットは視線を落とし、立ち尽くしていた。
グルドは地団駄を踏み、足元の魔法トラップを打ち消していく。
「彼女の強みはそれだけではありません」
風が凪いだ瞬間、レイはガーネットがふっと笑ったのを見た。
「なら、他の属性はどうかしら?」
帽子の鍔を押さえ、片手で杖をグルドへと向ける。
すると、黄色い魔法紋がグルドの足元へと走った――
《電撃罠》
「ぬおっ! 《多属性罠》か!」
放電。電流がグルドの身体を激しく貫く。
痙攣する体を引き離そうと杖を浮かせたそのとき――
《竜巻罠》
四つの小さな竜巻が現れ、宙に浮いた杖を吹き飛ばした。
「小賢しい真似をしおって!!」
やがて電流が止み、身体が動くようになったグルドは、邪魔な竜巻を手で振り払う。
そして視界を取り戻したとき、そこには――
――大型魔法の詠唱に入ったガーネットの姿があった。
(これで、決める)
「させるか!」
魔術を放とうとしたその瞬間、グルドの全身を冷気が包み込んだ。
《罠・冷凍》
足元に氷が張り付き、彼の身体が凍りつく。
「!?」
遅れて、魔力操作が困難になっていることに気づく。
「五属性……!? 五属性を扱う魔導師だと!?」
「残念ね。五属性よ」
グルドの頭上――
そこには、むくむくと成長する巨大な岩の姿があった。
「レイ様! お下がりください!」
「う、うん!」
レイとシルクは、ゴルードを抱えながら後方へ退避する。
同時に、骸骨たちも空の異変に驚き、逃げ出した。
だが、背後の魔族は微動だにせず、仁王立ちのまま、空を見上げていた。
「じゃあね……《メガロック》!」
《巨大岩》
ガーネットが杖を振り下ろすと、巨岩がグルド目がけて落下する。
「う、わああああああ!!!!!」
グルドの絶叫が、轟音にかき消された。
大地が揺れ、大気が爆ぜる。
大きな衝撃波が、森の静寂を破った――
Tips 魔族の成り立ち
魔族には2つの出生ルートがある
1つは魔物からの進化。歴戦個体の魔物が闇の力を得て、知性と力を得たものだ。
2つは闇の具現化。濃い闇の魔力が形を成し、意識を持ったもの。
一般的に、元となる魔物がいない"闇の具現化"タイプの方が情報もなく、強力であると言われている。




