8.不穏②
昼過ぎ、ガーネットとショウに戦勝報告をするため、帰ろうと思ったときである。
「二人とも、なんか焦げ臭くないか?」
ゴルードがその高い鼻をヒクつかせて言った。
「確かにそうですね」
「ちょっと様子を見てみよう」
少し進むと、木々がなぎ倒されている一帯があった。
草地は焼けて地肌が見えており、白い煙を吹き出しているだけでなく、ドス黒い液体が溜まっている。
倒れた樹木は皆幹をへし折られており、切り口が汚い。斬られたのではなく、力でなぎ倒されたのだ。
「戦闘の痕跡だ。……おかしいな」
「どういうこと?」
痕跡を調べているゴルードの代わりに、シルクが答えた。
「力が強すぎるのです。この森最強魔物である《魔獣熊》でも、このような惨状は作り出せません」
「なら、傭兵の人たちが?」
「そうなれば、動機が不可解です。これほどの力を出せる傭兵ならば、もっと強い魔物が出るエリアに行くでしょう」
「なら、すごく強い魔物がいるってこと?」
「それも考えられます。ですが、魔族ほどの強い闇の力を持つならば、私たち魔術の素養がなくても気づくはずです」
ゴルードがシルクを呼び、手信号をした。
―鮮明な血痕が続いている―
という意味である。誰かが助けを待っている可能性があるが、レイにそれを知らせると、骸骨の時のように飛び去ってしまう可能性を恐れ、血を靴で消しつつ、シルクのみに伝わる手信号で情報を伝えた。
「シルク、ゴルードは何て言っているの?」
「痕跡が続いているようです」
「行こう。誰かが助けを待っているかもしれない」
「何があるかわからない。俺が先行しよう」
前に出て、ゴルードは斧を手に一歩、一歩進んでいく。
レイに鮮明な血痕が悟られぬよう、足で地をこすりながら進み、草木をかき分け、なぎ倒された木々を持ち上げ、進む。
「!」
開けた場所に出ると、川があった。そこには多くの人が倒れており、その武具と防具を手に持つ姿からミスターシャのギルドの傭兵たち、戦闘を生業としている人たちであることがすぐにわかった。
「シ、シルク。すぐに治療を!」
三人は倒れている傭兵たちの元へ駆け、シルクは倒れた傭兵を起こし、首元に触れる。
シルクは静かに首を振った。
「申し訳ありません。生きてさえいれば治すことはできます。しかし死者を蘇らせることは私にできません」
シルクはせめて安心して眠れるように、傭兵の亡骸を地に仰向けに寝かせ、冥福を祈った。
レイは惨状たる光景に固まっていた。
今まで魔法感知に引っかからなかったのだ。覚悟はしていたが、初めて見る、救えなかった者たちの姿にレイは唖然としていた。
「シルク、ガーネットを呼ぼう」
ゴルードはレイの視界を遮るようにわざと前に立ち、強張った表情で言った。
「武具の質を見るに、彼らはミスターシャギルドの中でも稼ぎ頭の兵だと思う。その彼らが集団で敗れ、絶命している。この森の魔物のレベルではあり得ない話だ。何か嫌な予感がする」
「わかりました」とシルクは<転移>のための触媒を地に投げ、合図の魔法石を指でつまみ、パリンと割った。
数秒後、触媒の宝石が光りだし、弾けた瞬間、<転移>の魔法でガーネットが風とともに姿を現した。
「どうしたの?」
緊張に張り詰めた顔をしたゴルードとシルクを見て、ガーネットは辺りを見回し、状況を理解し息を呑んだ。
「ガーネット、周囲を探ってくれ。森の様子がおかしい」
「え、ええ」
ガーネットは杖を握り、魔法で自分の感知を強化し、周囲に張り巡らせる。
「どうだ?」
ゴルードが尋ねる。ガーネットの額には汗が流れ、通常より範囲と精度を引き上げて探査を行っている。
「た、確かにこの森では出てこない魔物がいる。この寿命を越えた古さを兼ね備えた人の魔力は、アンデッド属。どうしてここに?」
「襲われている人たちが、いる」
「ええ、森の中でもわかるほど強い反応。おそらく魔導師。でも段々と反応が弱くなっているわ。おそらく出血――って、あっ」
混ざるレイの声にガーネットがはっと目を開け、すぐにその少年声の方向に振り向いた。
前のようにレイは飛び出すことはせず、そこにいた。
レイの姿を見て、三人はほっとした息を吐いた。
「大丈夫。もう無謀なことはしないよ」
「レイ様、まさかそこまで……」
レイの魔術に関する能力は、予想以上の上達を見せていたようだ。
「なんとなくポツリポツリと点を感じただけだよ。追いかけっこをしていたから、もしかして、と。詳細はガーネットが言ってくれた」
ガーネットは「しまった」と口を開けた。
「でも、思いは変わらないよ。僕は助けに行きたい。みんなの力で」
「ですが、反応の大きさからして今までの《骸骨》よりも強いものかと」
「そうだろうね。けれど、みんながいれば大丈夫。僕は三人を信じているんだ。この森の中の誰よりも強いって」
レイは人助けに関しては一度こうだと決めたら曲げない少年だ。このことを三人は知っているし、何よりもレイの意思を汲んでやりたいという“理由”があった。
三人は意を決め、頷くと、その襲われている人を助けるべく、進路を変え、森の中へと進んでいく。
その選択が、破滅への選択になろうとは、まだ思いもし得ないことだった。
Tips <転移>
自身の座標を瞬時に移動させる超上級魔法。属性は雷らしい。
<転移>を行うには触媒となる宝石が必要で、登録された触媒に移動する。
値段は一般人の生涯年収にも匹敵し、使い捨て。




