8.不穏①(ショウが棺に入る18時間前)
お読みいただき、まことにありがとうございます。
評価、感想などお待ちしております!
気に入っていただけましたら、ぜひ、ブックマーク登録してくださいね!
Twitter @Imori_Saito
《骸骨》の一件があってから、レイは変わった。
教えられたことを自分の身体で会得するまで反復練習し、わからないことは「わからない」と、しっかり言えるようになった。
そして修行を始めて約二週間。レイは三人の巧みな指導もあって、魔法戦士としての実力をめきめきと伸ばしていた。
太刀筋も改善され、メンテナンスの方法も覚えたおかげで、魔法剣が二日三日で壊れることはなくなり、戦闘中の余裕も生まれていた。
また、魔力も巧みに操れるようになっており、魔法剣に埋め込まれている魔装具に頼らなくても、火の球くらいは出せるようになっていた。
「では行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
この日ショウは、食料などの物資補給のため、再びミスターシャの街へ降りることになっていた。
荷車を引き、空のリュックを背負うショウを見送った後、朝の武器チェックで問題がなかったレイたちは、設置型魔術を扱えるガーネットを留守番に残し、今日も修行の旅に出た。
「留守は頼んだぞ」
「ええ、任せて頂戴。シルクさん、もしもの時は」
「ええ、〈転移〉の触媒魔石と合図の魔石は、確かに持ちましたのでご心配なく」
《骸骨》の一件を反省し、〈転移〉の触媒魔石をレイに、連絡用の魔石をシルクが持つことになった。
魔石の質量が減った分ガーネットには負担がかかるが、緊急時には瞬時にレイの元に駆け付けることができる。
三人が出発した後、ガーネットは魔石を触媒にして障壁をキャンプの四方に張り巡らし、テーブルの上に魔導書を広げた。
※※※
レイがこの二週間で身につけたのは戦闘技術だけではない。
ガーネットとの修行を通じて、彼は魔術に関する能力も向上し、邪悪な魔物の気配も感じ取れるようになっていた。
「僕だけにやらせてくれないか」
茂みのある一点を見つめ続けていたレイが言った。
シルクとゴルードは静かに頷き、レイを見守りつつも周囲への警戒を怠らず待機していた。
ガサガサと草をかき分ける音が大きくなり、《緑狼》が飛び出してきた。
(はぐれ個体か……)
群れを持たない孤高の狼。通常の緑狼よりも強く、所々には歴戦の名残を思わせる傷跡が、その緑の体毛に残っていた。
レイは一歩前に出て魔法剣を抜き、盾を構え、守りを固めたままじっと待つ。
(こちらからは手を出さない。頼む、逃げてくれ)
レイはそう願った。ゴルードに言われた通り、あくまで自衛として対峙する。それが彼なりの答えだった。
レイは可能な限りの殺気――のようなもの――を放っていた。
だが、はぐれ狼は敵意を露わにしてレイを睨み、鋭い牙を見せつけながら唸っている。
(やるしか、ないのか……)
残念ながら、魔物と対峙して戦いに発展しなかったことは一つもない。
むしろ、その単細胞的な戦闘本能こそが、肉体的にも魔力的にも劣る人間が魔物との戦争に勝ち続けてきた理由でもあるのだ。
風が吹き、砂煙でレイのまぶたが歪んだ瞬間、緊張の均衡が崩れた。
唾液を滴らせながら、はぐれ狼が牙を剥いて飛びかかってくる。レイは盾を構えてそれを受け止めた。
「くっ……」
左腕に伝わる重み。骨が軋む。
はぐれ狼は一歩後ろに退いたかと思うと、次は爪と牙の連撃を繰り出す。
レイはその一撃一撃を、碧いサファイアのような瞳でとらえ、盾の斜面を使って受け流す。
所詮は緑狼。フェイントも駆け引きもない単純な攻撃は、レイでも充分に捌けた。
――ギャアアアアス!
苛立ったはぐれ狼が、体重を乗せた牙の攻撃に出る。
レイはその動きに合わせ、軸足を使って身体を回転させ、攻撃をかわした。
(ここだ!)
隙を突き、右手の剣で横から斬りかかる。
肋骨の間に刃が深く食い込み、はぐれ狼は苦悶の声を上げて暴れる。
レイは片手剣をしっかり握り、目を閉じて右手に魔力を込める。
〈炎剣・起動〉
ジュッという音と共に、生焼けの肉の臭いが立ちこめた。
不快な香りに顔をしかめながらも、レイは剣を握ったまま動じない。
やがて狼の瞳から生気が失われ、力なく倒れる。既に事切れ、消滅が始まっていた。
「はあ、はあ、はあ……」
荒い息をつき、レイはその場にへたり込む。
「おめでとうございます、レイ様」
シルクがにこやかに拍手し、レイを祝福した。
この日、彼は初めて自分の力だけで魔物を討伐することに成功したのだ。
レイは、荒れる息の中で、狼を殺した自らの掌を見つめていた。
シルクとゴルードは喜んでいたが、レイの表情には複雑な緊張感が浮かんでいた。
「上出来だ。だが、連戦時には今のように魔物の体内で火を込めない方がいい」
ゴルードが焦げた血のついた魔法剣を拾い上げ、言う。
「もしレイに対峙したのが一匹だけでなかったなら、この切れ味が低下した剣で戦わなければならなかっただろう」
彼は魔法剣をレイに手渡した。
「うん、そうだね。でも、大丈夫」
レイはポケットから簡易砥石を取り出し、慣れた手つきで剣を研ぎ直しはじめた。
ショウの「魔法戦士なら自分の武器の修理くらいできないとダメだ」という教えを忠実に守り、応急修理くらいならすでにできるようになっていたのだ。
「後でガーネットとショウにも報告してやらんとな」
「ええ」
二人はその様子に感心し、顔を見合わせて満足げに頷いた。
修行開始から約二週間。レイは近接戦闘、魔法、メンテナンスにおいて着実に成長し、魔法戦士としての総合力を高めていた。
――その後も、レイは《緑狼》や《骸骨》を一人で討伐するなど、確かな進歩を示していた。
「なあ、シルク」
そろそろキャンプに戻ろうという頃、レイがふと口を開いた。
「なんでしょう?」
「僕もこの森の魔物は十分倒せるようになったし、そろそろ次の、もっと強いエリアに行ってみたいんだ」
「……そうですね」
シルクは空を見上げ、考える。
「いいんじゃないでしょうか。ゴルードはどう思います?」
「レイは十分強くなった。大丈夫だろう」
ゴルードも頷き、続けた。
「次の目的地はドットルト砂漠がいい。レイの炎魔法も活かせるはずだ」
「ドットルト砂漠か……」
ドットルト砂漠はミスターシャ国の端にある大きな砂漠で、他国にもまたがっており、乾燥に適応したさまざまな魔物が生息している。
ミスターシャ国の中でも比較的強い魔物が出現するエリアだ。
「そうだね。じゃあ次はそのドットルト砂漠に行こうか。あまりここの魔物を倒しすぎるのも、申し訳ないしね」
「レイ様……魔物というのは……」
「わかっているさ、シルク。襲ってきたり、人に害を与えるなら倒さなきゃいけない。けれど、本能がそうさせているだけで、本当は彼らも戦いたくないんじゃないかって、時々思うんだ」
「……」
シルクは困惑の表情を見せた。
「わかってくれなくてもいい。でも、僕はそう思うんだ」
冗談ではない。
その真剣なまなざしに、ゴルードとシルクは困惑しながらも、レイの成長に安堵を覚えるのだった。
Tips 森
森には植物、動物、数多くの生物が暮らしている。
生き物が一杯いる場所では魔物は魔導士に感知されにくく、森は魔物の絶好の住処だ。
かつて、周辺から魔物を一掃しようと辺りにある森をすべて焼く愚王がいたが、当然その国の農業力は著しく衰え、滅んだ。




