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それでもレンチを回すのは ~凡骨技術者の奮闘譚~  作者: イモリさいとう
3章 魔導砲編 下 貝殻の守護砲
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29.装填戦

貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉と〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉との初戦、勝ったのは〈貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉。パルティーユ砲兵長の指揮により、〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉よりも早く砲弾を当てて見せた。

しかし、〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉は倒れず、1発目は胸部装甲を欠けたのみに終わった。次発を命中させても、その命まで破壊できるか怪しい。


装填戦が始まる。〈貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉と〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉どちらが素早く砲を装填し、敵へと発射できるかの勝負だ。

先程の1発で〈貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉は所々が壊れてしまっており、修理が必要な状態である。一方、〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉は怒りの黒煙をまき散らしながら、魔導弾の発射準備を始めていた。


「装填準備を始めよ!」


そう叫ぶパルティーユ砲兵長の表情からは苦悶の感情が滲み出ている。

これまで、どれだけ不利な戦闘であっても、凛々しい表情を保つ彼がこの時ばかり崩したのは、目の当たりにする〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉への恐怖と、〈貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉の修理が終わらぬまま装填作業に移ることへの抵抗感があったからだ。


―異常の中での作業は、必ず何か悪いことが起こる。

彼の勘がそう告げていたが、装填戦に勝つにはリスクを取るしかなかった。


装填作業が始まる中、ショウが考えなくてはいけないことは〈貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉修理の優先順位である。装填戦に支障が出る部品の修理は、最優先に実施しなければならない。

どこがどう壊れれば装填作業にどんな影響が出るのか、何の技術蓄積もない〈貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉に関しては、頼れるのは己の勘のみである。


砲弾を飛ばすための爆薬を詰めた布を一度〈貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉の頭を下げ、屈強な大人数人がかりで砲弾を運び、口から装填。

〈対地魔力吸収装置〉が地面から生命エネルギーを吸い上げ、魔装具を通し風属性魔力へと変換していく。


新設堡塁周りの大地が死に絶え、草木は消え、砂漠と化していく。〈対地魔力吸収装置〉が求める対価だ。

〈貝殻の守護隊〉の兵士たちが死力を尽くして各々の使命を全うしている一方、〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉も力強く吠えた。


頭を屈め、背中の砲塔を動かし、新設堡塁へと向ける。

黒の巨砲(くろのきょほう)〉の砲塔内の光が強くなっており、ショウは装填速度が速まったと推測。

無理をすれば装填時間を大幅に縮めることができるのも、生物故の特徴だ。


敵の攻撃が迫り、怯え始める兵士たちをパルティーユは叱咤。

黒の巨砲(くろのきょほう)〉から砲弾が今まさに送られようとしている現実を振り切り、装填準備を進めている。


黒の巨砲(くろのきょほう)〉も勝負に出ていた。崩れている胸部装甲を隠すことはせず、新設堡塁を赤く光を放つ双眸で捉えている。

黒の巨砲(くろのきょほう)〉の辺りが熱気で揺らいでおり、蒸気も噴き出しているのが見えた。


装填速度を速めていた〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉であったが、兵士たちの必死の活躍により〈貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉が先に装填作業を終えることができた。最後は、照準を合わせる作業だ。

軸部と軸受け部の金属部を中心に上から潤滑油をどばどばとバケツで流し、歯車を回して砲塔を動かしていく。


その時、事件が起きた。


バキッ と乾いた破裂音を聞いた時、ショウの胃は一気に縮こまった。


「何があった?」と聞く時間も惜しく、すぐに事故現場へと駆け付ける。


歯車の一つが、真っ二つに折れてしまったのである。


魔力の導路になるとはいえ、木製の歯車では、いくら材料に堅い木を使っているからとはいえ、無理がある。


ひるがえり、資材置き場まで文字通り飛んでスペアの歯車を持ってくる。〈貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉の設計を手掛けたショウは、折れた場所の歯車の大きさや端数は頭の中に入っており、どのスペアの歯車を持ってくればいいのかを瞬時に判断できた。


危険を顧みず歯車がかみ合っている間に入り、新しい歯車を差し込もうとするが、設置場所が奥まった場所にあるので、一度別の歯車を外して奥に進まなくてはいけない。


黒の巨砲(くろのきょほう)〉の砲塔がぶるぶると震えており、発射がすぐそこまでに迫っている。

ショウの修理作業を兵士たちは固唾を飲んで見守っていた。


ズドン、と別の爆発が起きた。皆、その場に固まる。まるで時間が止まったようであった。


「馬鹿め! 無理をしすぎたな!」そうレントスの砲兵隊の1人が叫んだ。

爆発の出所は〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉だ。〈貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉の時が、再び動いた。


「設置完了!」とショウが叫ぶと、屈強な兵士がショウの足を引っ張って脱出させ、再び〈貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉の砲塔が回り、照準が定まった。

貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉は装填戦に勝ったのだ。後は放つのみである。


だが、パルティーユの「放て!!!!」という声は聞こえなかった。


パルティーユはじっと〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉を睨みつけている。

迫りくる熱波に、汗をだらだらと流している。

黒の巨砲(くろのきょほう)〉が向ける砲の光は、どんどん明るくなり、目を開けることが難しくなってきている。


「放て!!!」

黒の巨砲(くろのきょほう)〉の光が砲内の一点に収縮した時、パルティーユが叫んだ。

砲撃が轟音をあげ、新設堡塁がすさまじい爆発に包まれた直後、〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉からも鼓膜を突き破るような重低音の金属音が響いた。


◆◆◆


「〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉が一番脆くなる瞬間。それは、発射の瞬間です」


黒の巨砲(くろのきょほう)〉との決戦前夜、ショウがパルティーユ、そしてアマイロと作戦を詰めていた時のことだった。


「以前〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉と対決した時、装甲のあちこちに亀裂が見えました。その亀裂は砲撃のたびに広がり、向こうの技術者が定期的に修理をしていたようです」


「〈貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉をただ命中させるだけでは、奴は倒せないのか?」


パルティーユの問いに、ショウは視線を落とした。


「ええ、計算上は——」


パルティーユの眉がぴくりと動いた。


入手した〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉の装甲の破片を分析した結果、〈貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉の貫通力では〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉を貫けない。何度も何度も計算を繰り返し、最後にはミスであってくれと心から願ったほどだ。


「ですが、モノは必ず摩耗します。使い続けていれば耐久力は落ちていく。まして亀裂があれば、なおさらです」


「なるほど、わかった」


パルティーユは頷いた。使えば摩耗するという理屈は、魔導砲の管理に頭を悩ませてきた彼にとってはすんなり受け入れられるものだった。


「発射直前にこちらの砲撃を命中させ、敵の弾道を逸らす……ふん、砲撃戦を知らぬ者の発想だな」


それでも彼はショウを睨みつけたまま、言葉を続けた。


「やってみせよう」


「想定している敵との距離は?」


これまで黙っていたアマイロが尋ねる。


「目視で確認できる、この辺りです」


ショウは地図の一点を指差した。


「この距離だと、〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉が完全に弱体化しているタイミングで砲弾を当てるのは現実的ではありません」


そう言って、魔物学者のレポートを広げる。


「発射のタイミングは、砲内の光が一点に収束した瞬間。その前の、“光量が最大になる瞬間”を狙わねばなりません。でも、その瞬間は誰にもわからないのです」


——その通りだ、とショウは思った。


収束した瞬間を見てからでは間に合わず、かといって最大光量の見極めも人それぞれ。安全策をとって“ある程度光ったとき”に発射すれば、貫通力が足りない可能性がある。


「一発で仕留めきれればいいが、そうでなかった場合も考えねばならん。ショウ、〈貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉の最大威力が出るのは至近距離で間違いないな?」


「はい、そうです。ただ、それでも完全に弱体化した瞬間を狙うのは困難です。魔物学者の試算によれば、砲内の光が一点に収束してから着弾するまで、たった0.5秒しか猶予がありません」


「パルティーユ、0.5秒で撃てるか?」


「もちろんだ」


パルティーユは即答した。


「アマイロ閣下。たとえ〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉より早く撃てても、その魔力エネルギーの爆発には巻き込まれるかと……」


「だとしても、それが最大の効果を生むのじゃな?」


アマイロの視線が鋭さを増す。ショウの鼓動が早まり、汗が頬をつたう。


「……そうです」


その言葉を言うのに勇気が要った。


一射目で〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉を仕留めきれなかった場合、パルティーユ率いる砲兵隊の命を犠牲にして、相打ちに持ち込む。それがアマイロの考えだと、ショウは悟った。


自分が造ったものには最後まで責任を持つつもりだ。命を賭ける覚悟もできている。


だが、自分ひとりでは済まされない。命を預けている兵士たちがいる。


「ショウ、事実だけを答えよ」


パルティーユが肩に手を置いた。


「我々は死ぬ覚悟も準備もできている。貴様にはわからぬだろうが、それが軍人というものだ」


——軍人はいつもそうだ。命をなんだと思ってやがる。


ショウは苦い顔をしたが、これが命を捨てるべき時だと理解していた。


レントスは人間側の最後の砦。ここが落ちれば、魔物たちが人の住処へ一気になだれ込んでくる。


自分の命なら即答できる。だが今は違う。これは、砲兵部隊すべての命に関わる決断だ。


ショウの手が震え始めた。


——ああ、軍人たちは、いつもこの重責と戦っていたのか。


いついかなる時も規律正しく、厳格さを崩さないパルティーユ。どんな時も朗らかだった軍務卿タール。その偉大さが、今になって胸に沁みる。


——ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうめ。


「そうです」


勇気を振り絞り、ショウは答えた。


「とのことですぞ、アマイロ殿」


「ふむ。そのようじゃの」


パルティーユがにやりと笑い、アマイロもそれに応じて笑った。


「な、何がおかしいんですか?」


「ショウの顔を見たら、笑わずにはおれんわい。いつもやられっぱなしだったからな、今回は一杯食わせたのじゃ」


「わらわも、愉快じゃ」


二人の笑い声が響く中、ショウは震えたまま、置いてきぼりを食っていた。


「ショウ、前にも言ったがな。我らはいつでも死ぬ覚悟ができておる。それが、前線に立つ者の心構えじゃ。気に病むな」


「まあ、死なせるつもりはないがの」


「えっ」


ショウは驚き、あんぐりと口を開けた。〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉の砲撃を受けて、生き延びる? 本当にそんな方法があるのか?


「これじゃ」


アマイロが広げたのは、何かの設計図。


よく見ると、それは堡塁の断面図だった。地上からは〈貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉だけが見えるが、大部分の機構は地中深くに造られている。


「べトンの壁、魔力吸収布、最大限の防御装備をここに集中する。この堡塁は、どこよりも固い」


この堡塁が〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉の砲撃に耐えられるかは分からない。だが、ショウの胸は高鳴った。技術者の魂が、これを造りたいと叫んでいた。


「ショウ、お主にも追加で働いてもらうぞ。あの糸を出せる少女にもな。地下での作戦には、空気を送る風の魔装具が必要不可欠じゃからの」


◆◆◆


貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉は、まだ生きている。


黒の巨砲(くろのきょほう)〉の直撃を受けても、ショウたちが生き残れたのは、アマイロが設計した地下堡塁のおかげだった。


一発に特化した防御構造。余分な部分を犠牲に衝撃を逃がし、〈貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉の基幹構造と兵士たちを守る。


その構造は、クリノスの兜に酷似していた。いや、むしろこの地下堡塁を参考に、ショウが兜を造ったのだ。


パルティーユの指揮のもと、負傷者の救出作業が進む。


ショウは〈貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉付近に埋もれていたが、砲兵の一人によって引き上げられた。


「砲塔の近くにいたのに、まだ動けるとは運がいいな」


「けほっ、けほっ……悪運の強さには自信があります。それより、〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉は?」


「うむ。倒れておるよ」


望遠鏡が壊れていたので、パルティーユに借りる。


黒の巨砲(くろのきょほう)〉は白煙をあげ、うつ伏せに倒れていた。砲塔はひしゃげ、微動だにしない。


「死んで……いるのでしょうか?」


「ワシにはわからん」


安全地帯で観測していた兵士によれば、〈貝殻の守護砲(かいがらのしゅごほう)〉の砲撃が胸部装甲に命中し、〈黒の巨砲(くろのきょほう)〉は倒れた。


砲身の先端がつぶれているのは、自らの砲撃によるものだという。


「次発、撃てそうですか?」


「装填機構がダメになっておる」


ショウは砲のもとへ駆け寄り、状態を確認した。


(完全にお釈迦になってやがる。砲弾があっても、次弾は撃てそうにないな)


「他の部分は?」


「今、復旧中じゃ」


ショウは頷いて、その場に腰を下ろした。計画通りに事が運び、ようやく安堵の息をつく。


だが、休まりかけた胃が再び痛み出した。馴染みのない硝煙の匂いを感じた瞬間だった。


——まさか?


硝煙の匂いが強まったその時、ショウは——


自分が賭けに負けたと、悟った。

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