4 街下り②
ミスターシャの国は魔術によって栄えた国で、魔物との大規模な争いも少なかったことから、着実に経済を発展させてきた豊かな国だ。
中心街であるミスターシャの街では、生活に余裕ができ、絵や工芸など芸術を嗜む者も多い。
王宮の隣にある、一面大理石でできた国営金庫は、ミスターシャの豊かさと芸術の象徴とも言えよう。
その街は治安も良く、非常に多くの人々が街中を歩き、仕事に勤しんでいる。
ショウは荷車をアルマス社の建物の横に置き、リュックを背負うと市場を巡り、物資を買い集めた。
表面上は笑顔であるが、心の中は陰鬱。人目に付かないところで、ひとつため息をつく。
(……はぁ、俺はいつもこうだ)
関係が悪くならないように自分を律していたはずなのに、レイには不機嫌な態度を露わにしてしまい、ガーネットとは口論にまでなってしまった。
己を律しきれなかった、とショウは自分を責める。
信頼回復に努めたいと思ってはいたが、街中を歩くたび、胃がこねくり回されるような気持ち悪さを覚えていた。
それは、これから自分が行う行動が、関係修復とは真逆のものだからだ。
ショウはある建物の前で足を止めた。
ミスターシャの傭兵ギルドである。
魔物退治やインフラ整備──様々な仕事が張り出され、傭兵と呼ばれる人々が日々銭を稼いでいる斡旋所。
ミスターシャは比較的安全な国なので、仕事の多くは溝さらいや建設といったインフラ整備だが、たまに遠地の危険な任務が持ち込まれることもあり、世界中の傭兵たちがこのギルドに登録している。
今、ショウが本来すべきは、ガーネットたちとの関係修復だ。
だが、これから取ろうとしている行動は、その関係を破壊しかねない。
その行動とは──レイたちの素性を調べること。
ポトフがレイたちから内勤技術者の依頼を受けた際、依頼主の身元がまったく分からない状態だったことは、すでに述べた通り。
依頼者の素性を調べ、詐欺などの被害に遭わないよう確認するのは、依頼を受けた側の当然の権利である。
だが、彼らは自分たちの素性を探られることに強い抵抗を示していた。少しでも詮索するそぶりを見せれば、あからさまに嫌な顔をされる。
ショウは再び大きくため息をつき、深呼吸をする。
──これは仕事だ、と自分に言い聞かせ、ギルドの門をくぐった。
「依頼を頼みたいのですが、受注者を指名することはできますか?」
受付にいたミスターシャの受付嬢に話しかける。建物内は静かで、羽ペンが紙を走る音がかすかに聞こえる。
「はい、一応可能です。どなたに頼まれますか?」
「魔法戦士のレイという人物なのですが」
「少々お待ちくださいね」
受付嬢は分厚い登録簿を本棚から取り出し、付箋のついたページをめくる。しばらくして、「あれ……」という小さな声が漏れた。
ページを何度も行き来するうちに、受付嬢の顔は次第に困り顔へと変わっていく。
「失礼ですが、そのような方は当ギルドには登録されていないようです……」
(やはり、そうか……)
「えっ、それは本当ですか?」とショウは驚いた表情を作って見せた。
登録簿の中で、魔法戦士の区画は他の職業に比べて明らかに薄い。
「そもそも魔法戦士は数が少ないですからね。レイさんのファミリーネームはご存知ですか? 転職している可能性もあります」
「ファミリーネーム……そういえば」
(思い出せない。いや、聞いていないんだ)
「わかりました。僕の勘違いだったようです。また来ます」
軽く会釈し、訝しげな受付嬢を背に、ショウはギルドをあとにした。
(レイたちはミスターシャの傭兵ギルドに登録していない。どうも匂う。魔物討伐をしても報酬を受け取らない。いや、むしろ拒否している……?)
謎は深まるばかりだった。
次に訪れたのは、アルマス社ミスターシャ支部。魔装具の直営販売所であり、奥が事務所となっている。
社長室に入ると、執務机のほかに、ひとりの少女がいた。
「こんにち……なんだ、ショウか。お父さんなら今いないわよ」
青く美しい長髪に、黒のボディスと脛まで届く白いスカート。胸元には宝石のブローチ。腕を覆う白のロンググローブが光沢を放っている。
もちろん、彼女はアルマス社支社長のポトフではない。
「それはこっちの台詞だ、ミーシャ。高貴でおしとやかな声がしたから、強張ってしまったぞ」
「あら、私は高貴でおしとやかだけど?」
猫を被った声を脱ぎ捨て、いつものフランクな調子に戻る彼女の名はミーシャ・パスカル・フラウラ。
ショウと同じ魔装具技術者だ。
ただし彼女は訳あって非常勤の立場。ポトフの留守中、社長室を預かっている。室内のシックな内装もすべて彼女の趣味である。
「そうか、じゃあまた」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
背を向けようとするショウに、慌てて声がかかる。
「用件なら私が伝えておくわよ」
ミーシャは胸に手を添えて、きっぱりと言った。
「うーん。用件は……特にないよ」
溜めに溜めた末のこの発言に、彼女はむっとした様子で顔をしかめる。ショウの各地の土産話は、ミーシャのささやかな楽しみのひとつだった。
「せっかく楽しい話が聞けると思ったのに……もしかして、私が聞いちゃいけないやつ?」
「そうだね、極秘任務だ」
「ふーん。なら、終わったあとに聞こうかしら」
それ以上、ミーシャは何も問わなかった。開いていた本に視線を戻す。
「ポトフさんはどこに行ったか知ってる?」
「たしか、城に行くって言ってたわ」
「いつ頃?」
「ついさっきね」
「入れ違いか……」
一週間ほどで報告をするという話だったが、きっちり時間を決めておけば良かったとショウは後悔した。
(早めに戻りたいし、書き置きをしておくか)
執務机の羽ペンにインクを浸し、無地の紙に筆を走らせる。
「何を書いているの?」
「ちょっとした書き置きだよ。見ちゃだめだぞ」
「はいはい、わかってるわよ」
ショウが書いていたのは、依頼主であるレイ、ゴルード、シルク、ガーネットの身体的特徴、性格、技能のまとめである。
これをもとに、ポトフの太い情報網を使えば、彼らの素性はすぐに判明するだろう。
筆を走らせながらも、途中何度も迷い、腕を組んでは「本当に書くべきか」と考え直した。
それでも、最後まで書き終え──
「なお、ガーネットは人の感情を読み取れるほどの魔導師で、王宮内に親しい者がいると予測している。俺は彼女に疑われているので、調査は内密に行うように」
──と記し、ポトフの机にある鍵付きの引き出しへ書類をしまい、鍵をかけた。
「ポトフさんに、“今のところ特に問題なし”と伝えておいてくれ」
「わかったわ。今日、また戻ってくるの?」
「いや、すぐに仕事に戻らないといけない」
「そう……」
寂しげに声を落とすミーシャに、「また来週な」と言い残し、ショウは社長室をあとにした。
Tips アルマス社
魔装具を開発、生産している会社。ショウはここで働いている。
本社はゲートブルクという国にあり、ミスターシャは支社だ。
ミスターシャでは主に魔装カードと、魔装具が内蔵された武器(魔法剣など)
そして、ミスターシャ国防軍に卸す兵器を開発している。




