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10日に一度の

今日は10日に一度の面会日よ。とっても楽しみにしていたの。

だれと会うのか、ですって?

うふふふ。

あ、ほら。迎えにいらしたわ!

「おじ様!」

駆け寄ると、ほんの少しおじ様の口元が綻んだわ。


あのね、私、不法侵入者でしょう? 素性も分かっていないし、もしかしたら敵国のスパイかもしれないわ。

だから、後見人となったおじ様には、定期的に素行の確認をしたり、犯罪に関わらないよう監視したり、相談に乗ったりして、私が悪いことをしないように監督する義務があるの。


おじ様にとっては面倒なことかもしれないけど、私にとってはとても大切な時間なの。

おじ様と会ってお話することが出来るんですもの。


魔法士寮の受付で、私と外出するための手続きを終えたおじ様は、私を抱き上げて言ったわ。


「元気にしてたか、ルナ? なんだかおかしなことを聞き回っているらしいな?」

ふふ。

お耳に入ったのね、おじ様。

そうでないと困るわ。だって、もしおじ様が私にキスをしたいと思ってくれたとしても、私は幼気(いたいけ)な6歳の女の子だもの、きっと躊躇ってしまうでしょう?

でも、私が愛のあるキスを求めてるって分かっていれば、そんな心配なくなるじゃない。


思わぬ出会いがあるかもしれないこともちょっぴり期待しているわ。大本命はおじ様だけれど大穴だって当たるかもしれないもの。

それにね、世の中には、幼い姿形の少女しか愛せない方もいらっしゃるって、モカがこっそり教えてくれたの。

そういう方に出会えれば、6歳の私でも愛して下さるかもしれないわ。

本当は一途でいたいのよ。でも…。

ごめんなさい、おじ様。女ってずるい生き物なの。


ただね、もしも幼い少女しか愛せない方が私を気に入って下さったとして、よ。口付けをした途端私は元の成人女性の姿に戻ってしまうわけでしょう?


なんだか詐欺を働くみたいでちょっぴり心が痛みそう。


「あんまり周りの大人を困らせるんじゃないぞ?」

ええ、おじ様。承知していてよ。



おじ様が連れて行って下さったのはサーティラという店名のレストランよ。

お肉料理の美味しいお店なのですって。話には聞いていたけれど、来るのは初めてなの。

通された奥の部屋は個室になっていて、クルスさんとロンさんが待っていたわ。

「こんばんは、クルスさん、ロンさん」

「こんばんは、ルナ。さあ、こちらにお座りなさい」

「やあ、ルナ。なんだか楽しそうなことをしているらしいね?」

楽しそう? 楽しそうなのはロンさんの方じゃないかしら。

声に出して笑ってしまうのを、堪えながら微笑んでいるように見えるわよ?

「ロンさんたら。私は真剣なのよ」

子供らしくぷくっと頬を膨らませて見せたら、頬っぺたを指でつつかれたわ。

「どうして、キスをしてもらう方法なんて聞いて回ってるんだい?」

楽しそうに微笑むロンさんの笑顔は優しくて、小さな妹を見守るお兄さんみたい。ロンさんがお兄さんだったらきっと心強いわね。なんでも相談できそう。


でも。私にかけられた魔法のことは相談できない。

どうしてキスをしてもらいたいのか。

それは、かけられた魔法を解くためだって、正直にそう言うことができたなら良かったのだけれど。

「ルナ?」

ああ、いけない。黙っていたら心配させてしまうわ。

ええっと、そうね。理由は言えないし、して欲しいのは「愛のある」キスなのよね。ただのキスではダメなの。そこが重要なのだけれど、分かってもらえているかしら?

「ロンさんがして下さる?」

わざと目を輝かせて言ってみたら、ロンさんはニコニコ笑顔に戻って、

「そうだなあ。お父さんから許可が出たらね」

と言ったの。

お父さん、っておじ様のこと?

おじ様に視線を向けたら、おじ様は呆れた顔をしていたわ。

「馬鹿なこと言ってないで食べろ。ルナ、仕事は順調か?」

ちょうどお料理が運ばれてきてテーブルに並べられたわ。

豚の角煮にローストチキンに牛肉のステーキ。噂に聞いていた通りね。本当にお肉ばっかりだわ…。


つやつやぷるぷるの豚の角煮をさっそくいただきながら、この10日の間にしたことをお話したわ。

どんな仕事をしたのか、何を学んだのか、新たに知り合った人は誰か、とかそういったことを。

クルスさんやロンさんは、私が授業で学んだことをちゃんと理解しているか、確認するみたいなクイズを出題してくるのよ。油断ならないわ。


私の話を聞き終えた後、おじ様たちは私の扱いについて二言三言相談して、現状維持、という結論になったみたい。

その後は世間話というか雑談というか、取り留めのないおしゃべりが続いたのだけれど、話の流れでおじ様たちのお仕事の話になったの。

だから、美味しいお肉をいただくのに専念したわ。邪魔をしたらいけないでしょう?

口を挟まず、静かにしていなくてはね。


「やはり、別の道はありませんか」

「無いっすね。反対側も回ってみましたけど南側は道が続いて無い。完全に断絶してましたよ」

「では、両側が崖になったあの細い道を進むしかない、ということですね」

「そういうことですね。ただ、実際には不可能っすよ。渡りきる前に落ちちまいます」

「あの風が、どうにかできればな」


泣風(なきかぜ)の吹く谷のことかしら。

谷底から吹き上げる突風で通行が困難な、切り立った崖の上の道よね。

しょっちゅう強い風が吹いていて、通る人を谷底に落としてしまう。まるで侵入を拒むみたいに。

吹き抜ける風の音が、まるで女性が泣いているみたいに聞こえるから、泣風(なきかぜ)の吹く谷と呼ばれているのよね。

ただ、実際にはそんな被害は出てないわ。危険なことはみんな知っていて渡ろうとするひとはいないし、確か、危険だから通ってはいけないって書かれた立て看板も出てるはず。


あそこを渡りたいのかしら。馬で?

渡った先に、なにがあるの?


顎を撫でながらおじ様が言ったわ。

「だが、あまり放ってもおけないだろう。なんとかしてあの先の島に渡らないとな」

「そうっすよねー。ヴィーヴルが巣食ってるとかいう情報の真偽を確認しないわけにはいかないですからね…」

じろりとおじ様がロンさんを見て、ロンさんが肩をすくめて、クルスさんがため息をついた。


ごくん。

大きめのお肉の塊を、思わず飲み込んでしまったわ!

だって、だって、ヴィーヴルですって?!

小型だけど群れで襲ってくるドラゴンの一種じゃない!

そんなものが、人が住む街からそう離れていない、あんな場所にいるっていうの?


食べる手が止まったことに、おじ様が気づいたわ。

ヴィーヴルの話はもしかしたら内緒だったのかもしれない。私を見て、目を眇めたおじ様が何か言うよりも早く、私はにっこりと笑った。

そして言ったの。


「おじ様、その風私が止めてあげるわ」


「なに?」

「ええ?」

「…はい?」


あ。いけない、口を挟んじゃった。

えへ、ともう一度笑ってみせたら、おじ様は腕を組んで私をじぃっと見つめたの。そして一言、

「出来るのか?」

と言った。


風が吹かなければ渡れるというのなら、その風、止めてあげるわ。

だって、怖いじゃない。泣風(なきかぜ)の吹く谷って、そんなに遠くないのよ? 恐ろしいヴィーヴルが、もしも本当にそこを寝ぐらにしているのなら、いつ飛んできて街を襲ってもおかしくはないわ。

私だって騎士のはしくれだもの。そんな危険を放ってはおけない。

街の平和を守るのは、私たち騎士団の役目なのですもの。


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