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乙女心

王宮の中にはさまざまな献上品がその種類ごとにきちんと整理されて保管されている部屋があるの。

献上される品物は多岐にわたり、また、数も多いため、複数の部屋に分類されて置かれているわ。


彼女は事前に手に入れた資料どおり、目的のものがある部屋の扉に手をかけた。

鍵がかかっていたとしても、解錠の魔法で開けられる。きっと、そのための準備はしてきたのだろう。

表情からは自信が窺えた。けれど、彼女の予想に反して鍵はかけられていなかった。


不審そうに、わずかに首を傾げ、彼女は静かに扉を開けた…。

「!!」

そこには見目麗しい十数人の騎士服の男女が上品な微笑を浮かべており、彼女に恭しく頭を下げた。

「ようこそ、いらっしゃいました。白雷の魔女さま」

そう言って、輝く笑顔を見せたのはクルスさんよ。

驚きで固まる白雷の魔女の手を取り、とてもとても自然に用意されたテーブルまで彼女をエスコートしたの。


優雅な仕草で椅子を引いて、彼女を座らせたのはロンさんよ。

椅子は木製だけれど細かい細工がされていて、脚が猫足になっているのよ。見た目のフォルムが可愛らしいの。座面は針山のようにこんもりとしていて赤いビロードが張られているわ。座り心地が良さそう。


テーブルにはすぐに上質な紅茶が用意されたわ。ケーキやババロアなどのお菓子もサーブされた。

カトラリーを整えて、クルスさんが声をかけたわ。

「どうぞ、お召し上がりください」

「…………ええ」

きょとん、と目を丸くしていた白雷の魔女は言われた通りナイフとフォークを持ち、ケーキをひとくち口に入れると、静かに紅茶を啜ったの。

そして言ったわ。ゆったりと微笑みながら。

「どういう状況?」


クルスさんは艶やかに微笑んで答えたの。

「ここにあるもの、なんでもお望みのものをお持ち帰り下さい。ただし、当敷地内にばら撒かれた蠱毒は回収していただきたい。国王よりのお願いでございます」

はっきりと伝えたクルスさんをじっと見て、白雷の魔女は肩をすくめたわ。

「お願い? 命令でしょ。そう、バレちゃっているのね」

白雷の魔女は悪びれた様子もなく、可憐な微笑みを崩すこともない。

美味しい、と言葉にしながら悠然とケーキを口に運ぶの。

「…魔女の皆さまと国とはお互いに干渉しないという協定が結ばれているはずでございます。白雷の魔女さまにおかれましては、協定を反故になさるおつもりですか?」

腰は低いのに押しは強いという、クルスさんの不思議な特技よね。

白雷の魔女はやや顎を引き気味に、でも婉然と口角を上げ、鈴のなるような可愛らしい声で答えたわ。

「国は協定の名の下に、魔女を厄介払いしただけでしょう。でも、それはまあいいわ。そのことについての文句は無いし、反故にしたつもりも無いのよ。私はただ、平和ボケした皆さんに、危機管理意識、というものを思い出させてあげただけ」

「左様でございますか。お気遣い、痛み入ります」

「気にしなくていいわ。でも、お礼がしたいというなら受け取らなくもないわよ?」


「変わってないわ…」

思わず呟いた声が、おじ様の耳に届いてしまったみたい。

「何がだ?」

小声で尋ねられて慌てて首を振ったわ。

「あ、いいえ。なんでもないの」

えへ、と誤魔化したくて笑ったら、おじ様は怪訝な顔をしたけれど、白雷の魔女の方へ視線を戻してくれたわ。

危ない危ない。

10年以上前にお師匠さまのところで会ったときと、見た目が全然変わっていない、なんて言えないわ。

お前は何歳なんだよ、って話になっちゃう。


私とおじ様は目録などの書類をしまっておく小さな納戸に隠れて様子を窺っているのよ。

狭いスペースだから密着度は物凄いことになっているわ。嬉し恥ずかし、ってやつよ。

ここぞとばかりにべったりくっつきながら成り行きを見守ったわ。

万が一、白雷の魔女がクルスさんたちに危害を加えることの無いように警戒しながらね。


本当は、私自ら白雷の魔女をやり込めたかったわ。だけど私、白雷の魔女と面と向かって対峙するわけにはいかないんだもの。

だから渋々クルスさんにお願いしたのよ。

はっきり言ってクルスさん以上の適任はいないと思うの。きっと、上手くやってくれるわ。


騎士団の皆さんが、マジックショーのアシスタントのように軽やかで滑らかな仕草で次々と貴重な品々をクルスさんも元に運んでくるの。

クルスさんはそれを白雷の魔女に披露していくわ。

「こちらは隣国プースより亡き先代の皇妃様に献上されたティアラでございます。貴重なカラー水晶がふんだんにあしらわれております」

「こちらは養蚕が盛んなボルカーン地方より献上された、シルクで仕立てたドレスでございます。光沢が素晴らしい逸品となっております」

焼き物や宝石、高級なお酒、色とりどりの絹織物。

白雷魔女は表情を変えずに静かな微笑みでそれらの品々を見ていたわ。あまり、興味が無さそうな様子でね。

だけど、次の品をクルスさんが手に持ったとき、ぴくりと眉が動いたのを確かに見たわ。見逃さなかった。


やっぱり。


「こちらは、マンドレイクの繭でございます。煎じて飲むと若返りの効果があると言われています。希少なものではございますが、お若く美しい白雷の魔女さまには不要なものかと存じます」

つまらない物をお見せしてすみません、とクルスさんが申し訳なさそうにマンドレイクの繭をしまおうとしたの。

「あ…!」


白雷の魔女の眉が八の字になったわ。

「はい?」

「えっと、あの、それは、とても栄養が豊富と聞くわ」

「はい。その通りございます。ですが、栄養と言うのであればこちらの冬夏草虫のタマゴはいかがでしょうか。少量で十分な栄養を取ることが出来ます」

「いえ、あの、でもそれ、少し苦いでしょう? 私、苦いのは苦手なの」

マンドレイクの繭が、と言いかけた白雷の魔女に畳み掛けるようにクルスさんが別の品を勧めたの。

「でしたら、こちらはどうでしょう。ひとつ目ドラゴンの目玉になります。タンパク質が豊富です。味もまろやかで美味であると食材としての評価も大変高いものになります」

白雷の魔女は上目遣いにクルスさんを見て言ったわ。

「…私、マンドレイクの繭が気になるわ」

「そうでございますか。こちらは栄養価はもちろん高いですが、なんと言ってもアンチエイジングに効果的です。少々酸味がございますが、若さを保つためには最もよろしいかと思います。こちらを召し上がれば、白雷の魔女さまも、ご希望の若さを取り戻すことが出来るでしょう」


白雷の魔女は俯いてぷるぷると震えているの。


ふふん。様を見なさいな。

にんまりと笑う私を横目に見て、おじ様が言ったわ。

「どういうことだ?」

ふふふ。

「白雷の魔女はマンドレイクの繭が欲しいのよ、おじ様」

「それは分かるが、欲しいものをやる、と言われているのだから欲しいと言えば良いだけじゃないのか? なのになぜ、あんなに遠回しな言い方をするんだ」

「乙女心よ、おじ様」

「乙女心?」

なんだそれは、とおじ様は右の眉を上げたわ。


「白雷の魔女はね、その若さと美貌を維持していることが自慢なのよ。若く見える、ということが彼女にとって何よりも大切なことなの。ああ見えて、おじ様より年齢は上よ」

「嘘だろう?」

本当よ。お父様よりも上なはず。少女と見紛う若々しさだけれど、五十代なのよ。


でもその若さはあくまでも素の若さであることが重要なのよ。努力していることを隠そうとするひとっているでしょ? 必死に頑張っているのではなくて、まるでなんでもないことのように出来ると見せかけたい。それと同じ。

必死に努力して若さを保っているのではなく、何もしていないけれど若く美しい。そういう風に思われたいのよ。


それなのにクルスさんに若さを取り戻すだの、アンチエイジングだのと強調して言われたのだもの。

相当苦々しく思っているに違いないわ。


「なぜだ?」

「だっておじ様。本当に若いひとはアンチエイジングなんて気にしないわ。若さを()()()()必要なんてないんだもの。アンチエイジングに効果的なマンドレイクの繭を必要としている、という事実が、既に年齢による衰えがある、ということを告白してしまっているのよ。それはね、白雷の魔女にとっては我慢のならないことなのよ」


だから、マンドレイクの繭が王様に献上されたと知っても、白雷の魔女は、穏便にマンドレイクの繭を譲って欲しいと王宮に申し出ることが出来なかったのよ。


魔法士長さまと交流があるという魔女が言っていた、白雷の魔女の悩み。それがきっと「老い」なんだと思うわ。


私、思い出したのよ。


私の心臓の血を寄越せと言ったあのとき、幼女の心臓の血を飲むと若さを維持できると言っていたことを。


お芋が美容に良いと言ったアスールさんの言葉がヒントになったの。


お師匠さまのもとに来ていたのも、若見えの魔法を習うためだったんじゃないかしら。

お師匠さまも実年齢には程遠い見た目をしていらっしゃるわ。あれは、お師匠さま独自の魔法なのよね。



白雷の魔女はマンドレイクの繭がどうしても欲しかったのでしょうね。そこで盗もうとした。でも、密かに盗み出すのは難しいわ。王宮のどこに保管されているか分からないし、侵入するのも簡単ではない。魔法を使えば犯人が自分だとバレてしまう可能性が高いし、アンチエイジングのためにマンドレイクの繭を盗んだのだろう、なんて噂になることは絶対に避けたかったと思うのよ。


だから、騒ぎを起こし、混乱に乗じて盗み出そうとしたのよ。マンドレイクの繭だけではなく、他のものも合わせて盗んで、目的がマンドレイクの繭だと気づかれないようにするつもりだったと思うわ。


そうは問屋が卸しませんけれどね。


「人騒がせな…」

おじ様はため息をついたわ。

全くよね。


白雷の魔女は唇を噛みしめながら、きっ、とクルスさんを睨んだわ。

その大きな瞳には今にも溢れてしまいそうなほど涙が溜まっていた。

「私は、私は、それが欲しいわ。それを所望します! 蠱毒はちゃんと回収するわ! それで良いでしょう? それから、他の魔女に私がそれを所望したことは秘密にしなさい! よろしいわね?」


クルスさんは丁寧に頭を下げて、マンドレイクの繭をパステルカラーの可愛らしい袋に入れると、白雷の魔女に差し出したわ。

「仰せのままに」

白雷の魔女はそれを受け取って、鼻をすすりながら逃げるように去って行ったの。


ちょっと、可哀想だったかしら。

一瞬、そう思ったのだけれど。

すぐに思い直したわ。

いいえ。おじ様や多くの騎士団員を酷い目に合わせた報いよね。ちゃんと反省してくれるといいけれど。


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