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前途多難

「ルナちゃん、こっちお願い」

呼ばれてイスラ先生の元に駆け寄ると、そこには胸を大きく抉られて荒い呼吸を繰り返す騎士さんがひとり、横たわっていた。

大変。今日一番の重傷者ね。出血が多いわ。急がなくっちゃ!

魔力を手の中に集めて傷を癒す力を込めて、

「えいっ」

傷ついた騎士さんに振りかけるとじわじわと傷が塞がって癒えていく。

傷が治ったと言っても、失った血液まで元どおり、というわけにはいかないわ。

青い顔をしたその人は、落ち着いた呼吸を取り戻したけれどそのまま気を失うように眠ってしまった。


「お疲れ様、ルナちゃん。ちょっと休憩しましょう」

ひと段落ついたところで、イスラ先生に頭を撫でられたわ。

イスラ先生は騎士団内病院のお医者さまよ。魔法で治すのではなく、きちんと医学を学ばれた方。

傷の様子からその傷をつけた魔物がどんな魔物なのか見抜いてしまうすごいひと。

重症度を見て、治癒魔法が使える人たちのうち、誰が適しているのか、または魔法を使わずに治療をするのかを判断して指示を出しているの。

とても優秀で、素敵な女性なのよ。


バックヤードでみんなととる休憩は、ちょっと賑やかで、楽しい。

今日の勤務はイスラ先生と看護師のローザさんと助手のアスールさんと私。だから、紅茶のカップは4つね。

あ、ケーキがあるの? じゃあ、フォーク出します!

パタパタと用意を手伝って、みんなでテーブルを囲む。

「ルナちゃん、騎士団の生活は、もう、慣れたかしら?」

「はい」

そうなの。私、ちゃんと騎士団に入れたのよ。


あの後、私についての正式な報告書が作成されたわ。

名前や家族は不明。年齢は本人(わたし)の証言により6歳。

身なりより、困窮した家庭の生まれであることが窺える。魔法が使えることから、家族と思われる人物より騎士団に行くように指示を受け敷地内に侵入したと思われる、とね。

本当に裏口の魔法トラップを解除することが可能か、実験が行われたわ。

出来なかったらどうしようかと思った。

だって、そうしたら敷地内にいたことが説明できないもの。どきどきしたわ。でも、時間はかかったけどなんとか出来たの。元に戻すことも。ほっとしたわ。


でもね、時間がかかったとは言え、防犯用の魔法トラップを解いてしまったでしょう?

セキュリティに絶対の自信を持っていたらしい警備担当の魔法士さんが、それはそれはショックを受けていらしてね。顔色を失っていたわ。

気の毒なことをしてしまった…。


本当はね、騎士団の敷地内に部外者が立ち入ることは違法よ。私は不法侵入者なの。でも、私の格好、あんまりにも酷かったでしょう? 我が子がまともに暮らせるように、という親心からだったのではないかって推測ができることと、大人の指示で侵入している、ということから処分はされないことになったの。

ただし、真面目な態度でお勤めに励むことが条件よ。保護観察、といったところかしら。


そしてね、なんと、おじ様が私の後見人になって下さったの。やっぱり、騎士団に入団するにはそういうものが必要なんですって。そう言われてみれば、リサ(わたし)が入団するときは、お父様に保証人になっていただいたんだったわ。

もちろん、そこまでする義理はおじ様には無いわよ。と言って、親切なだけでもないわ。


私の魔法の力を高く買って下さったのよ。

騎馬隊で私の力を有利に使うために、おじ様は私の後見人になったのだと思うわ。


大人の思惑があるにせよ、私とおじ様の間には繋がりが出来た。きっと、きっと、チャンスがあると思うの。


ルナ、という名前はおじ様がつけて下さったのよ。あの日は月の美しい夜だったのですって。


月なんて眺める余裕、全然なかった。

見ておけば良かったわ。おじ様が美しいといった、その月を。


配属先は騎士団内病院だったわ。

まあ、これは予想していたとおりね。私の力でもっとも利用価値があるものが治癒魔法だもの。

そうなるだろうと思ったから、魔法士ではなく剣士を目指したのよね。


だってね。魔法士って本当に人数が少ないのよ。各師団や騎馬隊に配属できるほどいないの。だから、何かの作戦や遠征の際は必要とされる魔法力を持った魔法士が派遣されるのよ。

治癒魔法が使える人はとても少ないから、病院勤務になるのは当然なのよ。

つまりね、魔法士として入団した場合、おじ様の部下になれる可能性はゼロなの。


ちょっとでも可能性があったらいいな、と思ったのよね。

魔法士になることもできたけれど、剣士を選んだのはそれが理由。


「1人部屋でしょう? 寂しくはないの?」

そう聞いてくれたのは看護師のローザさん。

細く見えるけれど力持ちなのよ。子供好きで私にも優しくしてくれるの。

「大丈夫です。それに、ひとりの時間も欲しいので」

「ルナちゃん、大人ね。私があなたくらいの時はしょっちゅう親の布団に潜り込んだものよ」

「ローザちゃん」

「あら。…寂しくなったらいつでも私の部屋に来てね」

あはは。

私が置き去りにされた子だってこと、みんな知ってるのよね。本当は違うの。気を使わせてごめんなさい。


今までの部屋とはもちろん違うけど、寮のお部屋を借りて住むことになったの。子供の場合はね、2人部屋とか3人部屋もあるんですって。自宅から通うのももちろんあり。


選んで良いって言われたから、ひとり部屋を選択したわ。

おじ様がお布団と洋服を数着、用意して下さったけど、足りないものは買わなくちゃいけないから、お給料を前借りさせてもらった。

下着とか細かいもの、お部屋で使うマグカップとかポットを自分で買ったわ。


「ルナちゃんが来てから2週間か。慣れてきたところで、改めて困ってることとか、分からないこと、ない?」

助手のアスールさんもよく気にかけてくれるわ。看護とか介護とか、そういうお仕事のひとって、やっぱり面倒見が良いのね。


困ってることや分からないこと?

そうね、あるわ。

この2週間、ずっと考えていたの。

でも、どうしたらいいのか分からなくて。

恋愛ごとに無関心だったツケが回ってきたのだと思うわ。

ああ、本当、友人たちのロマンスをもっとちゃんと聞いておくべきだった。男性との恋のアレコレ。自分だったらどうするか、よく分からないなんて逃げてないで、きちんと考えるべきだったのよ。

聞いても良い?

本当にいいの?

誰かにアドバイスして欲しいと思ってたの!


なあに? と首を傾げたアスールさんをじっと見つめる。

アスールさん、可愛らしいからモテそうだし、恋愛経験、きっとあるわよね?

「愛のある心からのキスってどうしたらしてもらえるのかしら?」

「え…?」

「んぐっ。げほっ!」

「ぶふっ!」


やだ。イスラ先生もローザさんも大丈夫?



結局、よく分からなかったわ…。


アスールさんは大層慌てた様子で、

『そおねー、ルナちゃんがもう少し大人になったら、自然と分かるんじゃないかしら。おほほほほ』

なんて言っていた。

でも私、こんな見た目だけれど本当は26よ?

もう少し大人って、どのくらい…?


ローザさんは、

『んもー、おませさんね。大事なのは勢いよ!』

なんてウインクしてた。

でも、勢いってなんの? どこをどう勢いつけたら良いのか見当もつかない。


イスラ先生に至っては、

『可愛いわ、食べちゃいたい。私で良ければいつでもしてあげるのに…』

って、さっぱり理解の及ばないことをぶつぶつと呟いておられたわ。少し、怖かった…。


その晩ベッドの中で考えたの。

今日はあまり実りのある情報を得られなかったけれど、他の人に聞いたら何かわかるかもしれないでしょう?

もしかしたら、ピンポイントに答えを教えてくれる人もいるかも知れないし、そうでなくても、ヒントくらいは掴めるかもしれない。


今のままじゃ、何一つどうしたらいいのか分からないし、こんなんじゃ、何も出来ないうちに1年が終わってしまうわ。

お仕事結構忙しいんだもの。やらなくちゃいけないことをやっているだけで、あっという間に1日が終わっちゃう。躊躇っている時間なんて無いわ。

出来ることはどんどんやっていかなくちゃ!

愛のある心からのキス。

手に入れる方法が分かっても、実行するのに時間がかかるようだと間に合わないかもしれないもの。

のんびりはしていられない。


明日から、いろんな人に聞いてみよう。

頑張らなくちゃね!


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