夏といえば
8月に入って、うだるような暑い日が続いていたわ。
教室になっている本部棟の一室は魔法で適度な室温を保っているけれど、外は灼熱よ。出たくない。
部屋の中はちゃんと涼しいのに、窓から差し込む日差しの強さが「暑さ」を感じさせるの。
そんな風にイマイチ集中出来ない雰囲気に、ルイーズ先生が苦笑して言ったわ。
「ねえ、みんな。「夏といったら」思い浮かぶものはなぁに?」
夏といったら?
「海」
と言ったのはカイトよ。
「肝試し」
これはトール。
「花火」
これはモカよ。
そしてみんなが私を見たわ。
私? 夏といったら、そう!
「あばんちゅーる!」
これよ!!
モカが心底どうでもいいとでも言いたそうな呆れ顔をしたわ。
「…なによそれ」
「だって! もう夏よ! 8月なのよ!!」
「…そうね。だから何なの?」
「だから! 夏の太陽のようにこう、メラメラっと恋の炎を燃やしたいわけなのよ」
「あなたね、大好きなおじ様との恋を火遊びで終わらせていいの?」
「終わらせないわよ! だけど、そのくらいの勢いが欲しいって言うか…」
だって、もうあんまり時間がないんだもの!
「はいはーい。授業中ですよー」
ぱんぱんと手を打ち鳴らしてルイーズ先生が言ったのよ。
「みんななかなか個性的ですね。正解は、「合宿」です」
はい?
「合宿?」
「正解があったのか…」
「へえ。やるの?」
ルイーズ先生はとっても嬉しそうに頷いたわ。
「やります! 実は騎士団が持っている保養所の利用申請が通ったのよ。魔法訓練用の完全防魔法ホールもあるわ。暑い夏は座学よりも実技の方が楽しくできるでしょう? 非常時用の食料確保訓練もやりますよ」
ルイーズ先生ったらなんだか本当に楽しそうなの。
合宿、ねぇ。
残念だけど、アバンチュールにはなりそうもないわね。
合宿、と聞いて、おじ様はあまりいい顔をなさらなかったわ。
「二泊三日? 大丈夫なのか? 引率はルイーズ先生だけだろう?」
大丈夫、って何がかしら…?
「子ども4人だもの。引率はルイーズ先生がいれば十分だと思うわ」
おじ様はコーヒーを口は運びながら眉を潜めたの。
「4人…。カイトにトールとかいうのも一緒か…」
「え? なんておっしゃったの?」
「いや。あの保養所なら部屋数は十分にあるし大丈夫だろう。きちんと部屋の鍵をかけるんだぞ?」
「ええ、気をつけるわ」
おじ様ったら。何を心配しているのかしら。
そうだ。忘れ物をしないようにしっかり準備しなくっちゃ。
ルイーズ先生に渡された持ち物リストを眺めてみる。
着替え(山歩きに適したもの)、寝間着、筆記用具、携行灯、おやつ(自由)、水着。
水着…?
「水着、持ってないのよね。Tシャツとショートパンツでいいかしら」
「水着?!」
おじ様はすごく驚いていたわ。
そうよね。今回行く保養所は高原の避暑地にあるんだもの。水着、何に使うのかしら。
「きゃぁー」
「ひゃっほう!」
ざっぱーん。
すごいのよ。カイトの水魔法で防魔法ホールとやらは即席の海になったの。
ちゃんと波も起きているのよ。カイトとトールは器用にサーフィンしているわ。
カイトは自分で波を調整しているから当然だけど、トールはカイトの操る波の動きを読んでるんだわ。
さすがね。仲が良いだけあるわ。
ホール全体がかなりの量の水で満たされていて深さがあるの。
モカはのんびりと泳ぎを楽しんでいるわ。意外だったのはルイーズ先生よ。カイトやトールと同じくサーフィンに夢中よ。
大胆な水着でアグレッシブに波に挑んでいるわ。
なかなか格好いいわね、先生。
ルイーズ先生、もしかしたらサーフィンが大好きなのかしら。合宿の企画を話していたとき、随分と楽しみにしているみたいだったのは、これを期待してたからかもしれないわ。
「ルナ、泳がないの?」
人魚のように悠々と水中を泳ぎ回っていたモカが、水面に顔を出してそう言ったの。
私? 浮き輪で浮いているのよ。ゆらゆら、ゆらゆら。波に揺られて漂流してるみたい。
「コレが楽しいの」
決して、泳げないわけじゃないのよ。ええ、断じてね。
でも今はコレが楽しいのよ。浮き輪大好き!
「はあ。疲れた。泳ぐのって疲れるわよね」
全身運動だものね。
「泳いでなかったじゃない」
モカさん、何を言うの。立派に泳いでいたじゃない。ただ浮き輪に捕まっていただけじゃないのよ。
美味しいランチを頂きながらカイトの水魔法は素晴らしい、と言う話になったわ。
カイトは、
「キレイな飲み水を作れるようになるのが目標」
なんですって。
そうね、それが出来たら災害時にたくさんの人の助けになるわ。
「おかわり、ありますんで、どんどん食べてください」
そう言ってくれるのは、保養所の管理人さんのドナルドさん。四十代くらいかしら、いかにも山の男って感じの逞しい男性よ。
広い施設なのにひとりで管理してるんですって。すごいわよね。
ホテルと違って、いつでも満室満員ってわけじゃないにしても大変そう。
料理もドナルドさんがされてるそうよ。柔らかいチキンのサンドウィッチがとても美味しいわ。甘辛いタレがとてもあっているの。
ドナルドさんにそう言ったら、嬉しそうに笑って頭を撫でてくれたわ。自信作なんですって。
「ルナって、歳上趣味よね」
モカがぼそりと何か言ったわ。
「うん? なぁに?」
「なんでもないわ」
そ? ああ、美味しい。食べ過ぎてしまいそうよ。
午後はお昼寝タイムが設けられたわ。ランチの後、トールはすでにウトウトしてたし、みんな疲れてるだろうからって。
タオルケットを渡されて、みんな思い思いに休憩したの。
モカはソファで、カイトとトールはラグの上で、早々に寝息を立てていたわ。
私はなんとなく窓辺で外を眺めていて、ルイーズ先生らしき人影が手入れされた庭を行ったり来たりするのを見たの。
何をしているのかしら、と思いながらいつの間にか私も寝てしまっていた。
起こされたのは1時間半くらいたってから。
その後はみんなで薪割りをしたり、魔法を使わずに火を起こす方法を習ったり、食べられる野草とそれによく似た食べられない毒草の見分け方を教えてもらったわ。
実際に生えているものを見比べながらね。
そして夕飯の後、ルイーズ先生が楽しそうに言ったのよ。
「肝試しをやるわよ〜」
「やった!」
トールが喜んでるわ。でも、モカは嫌そうに目を細めたの。
「ルールを説明するわよ〜。男の子チームと女の子チームでそれぞれこの地図のとおりに進んで印の場所にある札を取ってきてね。戻ってくるまでの時間を計って早い方が勝ち。買った方には先生特製のおやつをあげますからね〜。じゃあ、まず、ルナちゃんたちから。はい、スタート!」
「…………」
「はーい、行ってきま〜す」
モカ、やっぱり嫌そう。歩き出したけど、ため息ついてるわ。
「ルナ、さっさと終わらせるわよ」
「あ、うん。そうね」
モカは地図を睨んでキッと前方に目を向けたの。良かった、思いの外、前向きだわ。
だけど、この肝試し、思っていたよりもかなり本格的だったの。
歩くと近くでガサガサ音がなるし。
「ぎゃあぁ!」
火の玉が飛ぶし。
「ひっ!」
コツコツと足音がついてくるのよ。
「いやぁ!」
人の気配を感知して作動する魔法ってすごいわ。昼間、ルイーズ先生はこれを仕込んでいたのね。
もう少しで印の場所に着く、というところまで来たとき。
ぽう、と木の下にほのかな明かりが灯ったの。
ぎくりとモカが足を止めたわ。
その明かりの中に髪の長い女性の影が浮かび上がって…。
「無理無理無理ぃ!」
モカは脱兎の如く駆け出してしまったの。
「待って、モカ! そっち違うわ!」
進路から外れて走り出したモカを追って走った。結構な距離を走ったと思うわ。目的地からかなり離れてしまったんじゃないかしら。そう思ったとき、突然、モカが立ち止まったの。
「わ!」
急に止まれなくて、モカの背中に激突してしまったわ。
そうしたら、モカはヘナヘナと座り込んでしまったの!
やだ、ごめんなさいっ。
どこか痛くした?
「大丈夫、モカ?」
そっとモカの顔を覗き込むと、モカは真っ青な顔で前を指差したわ。その指は大きく震えていた。
「???」
怪訝に思いながら指が差す方を見て。
「……………」
私はそれをじっと見つめた。
もしかしたらルイーズ先生の仕掛けのひとつかも知れないと思ったから。
でも、違うわね。
子供向けの肝試しの仕掛けにしては気合が入りすぎているわ。それに、地図で指定された通路からはだいぶ離れているし。
とすると、本物か。
モカが指差した先にあったものーーー。
それは、白骨化したひとの死体だった。




