騎士団に再入団
「名前を言えますか?」
そう私に問いかけたのは、クルス・オルブライト副隊長。
男性だけど「美しい」という表現が似合うひと。決して女性的という意味ではないわ。
本当に、造形が美しいのよ。
今、騎馬隊の隊舎に連れてこられて、調査を受けているの。尋問よ。どうしよう。迂闊なことは言えないし、嘘は見抜かれそう。
今朝目を覚ましたときには、おじ様はすでに起きていらしたわ。妖精を使って指示を出しているのが聞こえた。
「子供の服を用意してくれ。女の子だ。ああ? 違うよ。バカなこと言ってないで早くしろ。身長? 115センチだな」
魔力の薄い人でも目視出来るようになる、特別なケースに入った妖精が、メッセージをリアルタイムで遠くの人に届けるのよ。
あの妖精は、役職者に配給されるというやつね。初めて見たわ。
そうして届けられた服を着るように言われて、食事を頂いて、今に至るの。
だから今、私はちゃんと服を着てるし靴も履いているわ。
「名前…」
どうしよう。
答えられずに見つめ返すと、クルスさんは少し首を傾げた。
「では、お父さんかお母さんの名前は?」
ああ、バカだわ私。訊ねられるに決まってるじゃない。
昨夜、暢気に寝てないで、設定を考えておくべきだった。
「私が、質問している言葉の意味は、分かりますか?」
俯いていた顔を上げて頷くと、クルスさんは微笑んだ。
そして、おじ様に向かって言ったわ。
「所有していた物の中に身元のわかる物は?」
「無かった」
「昨日その子がいた辺りを今朝見て来ましたけど、その子の物と思われるような物は何も無かったっすよ」
壁にもたれて立っていたおじ様と、椅子に反対向きに座って背もたれに顎を乗せたロンさんがそれぞれ言ったわ。
「その割に、現金は結構持ってましたよね」
「そうですね、子供に持たせるには少々高額ですね」
はっ。お金!
慌ててクルスさんを見つめたら、くすりと笑われた。
「そんな顔しなくても、取り上げたりはしませんよ。ちゃんと後で返します。心配しなくても大丈夫」
ほ。良かった。あれが無かったら無一文になっちゃうわ。
「どうしますか、隊長? 里親探しをする、信頼のできる施設をいくつかピックアップしますか?」
里親探しをする施設?
「ああ、それは必要だろうが、あの場所にいた理由がな。分からないままには出来ないだろう。少なくとも、警備の網に引っかからなかった原因は突き止めなければな」
やばいわ。これはやばい。
このままだと私、里子に出されちゃう。
6歳の私がおじ様にキスして貰える可能性は限りなく低いけれど、希望は捨てたくないわ。
おじ様のそばにいたい。
どうしたら…!
「そうっすねー。裏口から入ったとして、かなり本部棟寄りにいましたからね。部外者があそこまで入り込めるとなると、警備を見直す必要がありそうっすよねー」
「その前に、裏口から入ったとすることの方に疑問を感じます。あそこは複数の魔法トラップが仕掛けられていますからね。正当な手続きなしに通れるはずが無い」
…魔法? そうよ、魔法よ!
「でも、正門からはもっと入れませんよね」
「そうです。本当に、どうやって入ったのか」
「あのっ!」
声を上げると、3人の目が私に向いた。
「どうしました?」
問いかけてくれたクルスさんの目は優しかったわ。
だから思い切って言ったの。
「ま、魔法が、使えるからって」
「はい?」
「魔法が使えるから、騎士団に入れてもらえって…」
「……あなたをここに連れてきた人物が、そう言ったのですか?」
じぃ、っと私を見つめる目を、頑張って見つめ返した。
そうよ。魔法が使えれば騎士団に入れるわ。
もう一度、騎士団に入ればいいのよ!
騎士団には剣士と魔法士がいるの。
もともと私は剣士だった。魔法士として入団することも出来たけれど、私は剣士になりたかった。
だから私は魔法が使えることを隠して、剣士として騎士団に入ったわ。
この国で、魔法を使えるひとは多くない。
自在に使えるひとはごく僅かよ。
魔法士は希少なの。
そして、剣士は16歳以上と決まっているけれど、魔法士には年齢制限がない。
子供でも、魔法が使えれば魔法士として騎士団に入れるのよ。
希少な魔法の使い手を騎士団で囲い込むためね。
子供を騎士団で働かせる。その是非についてはいろいろと問題も挙げられているわ。
でも、今の私にはとても都合がいい。
「あなたは、魔法が使えるのですね? では」
デスクの上で揺れていたローソクの火をふっと吹き消して、私の前に差し出した。
「これに火を着けてみて下さい」
ローソクに火を?
それは簡単よ?
ジジッと焦げる音がして、ぽぅっと芯に火が灯る。
「動作も呪文も無し、ですか。では、これを持ち上げることは?」
ローソクを端に避けて、デスクの中央に置かれたのは分厚くて大きな一冊の本。
今の私が実際に手に持つのは大変そうな本ね。
でも、魔法で持ち上げるのは問題ないわ。
すっ、と勢いよく宙に浮く本はみるみる天井に近づいていく。
どこまで、持ち上げますか?
目で問うと、クルスさんはなんとも言えない微笑を浮かべていたわ。
「もういいですよ」
ゆっくりとデスクに戻した本を、ロンさんが手に取った。
「っ、重!」
クルスさんは小首を傾げて、次にこう言ったの。
「この部屋に、妖精がいくついるか分かりますか?」
妖精?
部屋を見回してみる。
妖精は魔女の弟子が修行を終えて魔女の元を離れ、ひとと契約したもの。ひととの契約にはメリットとデメリットがある。メリットは妖精が生きる糧となるエッセンスをひとから貰える、ということ。デメリットはひとに使役される、ということね。
そういう質問をする、ということは、クルスさんには妖精が見えるということかしら。
おじ様の肩にひとつ。おじ様の部屋にいた妖精が付いてきているわ。
ランプシェードにひとつ。そして。
「あなたの内ポケットにひとつ、隠れているわ」
指差して言うと、クルスさんはにっこり笑った。
「正解です。では」
パチン、と折りたたみのナイフを開いて、クルスさんは指先を傷つけた。
ぽたぽたっと赤い血が滴ったわ。
「これを、治せますか?」
治癒魔法は最も貴重な魔法、らしいわ。
これまで魔法が使えることを隠していたから、魔法に関しての一般常識に疎いのだけれどね。
今いる魔法士の中でも治癒魔法を使えるひとは10人に満たない、と聞いたことがある。
両手を合わせて丸く空間を作り、その中に魔力を溜めていく。すこし操作を加えると、小さな手指で囲まれた空間が金色にキラキラと光りだす。いっぱいになったところで、それをクルスさんに向けて解放した。
キラキラの光がクルスさんを包んで、煌めきが収まったときには、傷は消えていた。
指先を確認するように眺めながら、クルスさんが言ったわ。
「初めて見るやり方ですね」
そうなの? でも。
「足にも、怪我をしてたでしょう? だから」
足の怪我も治るようにと思ったんだけど。
クルスさんが少しだけ目を大きく瞬いたわ。
「足に怪我? 聞いてないぞ」
おじ様に言われたクルスさんは、
「もう、治りましたから」
涼しい顔でそう返していた。
「ったく。無茶はするなよ」
はいはい、とおじ様の言葉を軽く流したクルスさんが私を見つめる。
「どうして、足を怪我していると分かったのですか?」
「それは…」
クルスさんの内ポケットにいる妖精が教えてくれたから。
でも、その妖精は凄い勢いで首を横に振っていたから。
「内緒です」
と答えたの。
「隊長、これはちょっとすごいですよ」
「ああ。参ったな」
がりがりと頭をかくおじ様を見て、不安になる。
私、騎士団に入れる…、わよね?




