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討伐命令

エディは、過去にも魔法を発動出来なかったことがある。


そのことに注意して記録を見てみると、討伐任務自体が失敗となっているのは一度きりだけれど、「最初に予定していた魔法が発動せず」という記載は複数箇所に見られたわ。


それからね、もう一つ気づいたことがあるの。

記録を残したひとによって多少差はあるけれど、規模の大きな魔法が使われた場合、どんな魔法が使われたかも記録されていることが多いわ。

独自の魔法を考え使っていたというエディ。その魔法は、ほとんどの場合一度しか使われていなかった。


そのことは、エディが魔法を発動出来なくなる理由として私が予想していることを裏付けていると思えるの。

魔法研究に余念が無かったとおじ様が言っていたし、より良い魔法、効果が高いとか、効率が良いとか、そういった改良を加えているから、とも考えられなくはないけれど。

おそらく、そうではないと思うのよ。


同じ魔法が使えない。だから、違う魔法を考え出すしかなかったのではないかしら。


なぜ、同じ魔法が使えないのか。

それを確認するため、記録と禁術の書を並べて見比べたの。



「やあ、どうしたんだい? 俺の天使は浮かない顔をしているね」

「ロンさん。こんにちは」

夕方、本部棟に併設されているカフェテリアでカフェオレを飲んでいたら、ロンさんがやって来たの。

「だって、せっかく午後のお仕事がお休みだったのに、結局一日中雨だったんだもの」

挨拶するときは笑顔を作ったけれど、そのあと膨れて見せたらロンさんはくすくすと笑ったわ。

「どこかに出かけたかったの?」

「そうね、どこかには行きたかったわ。具体的決めたいたわけではないけれど」

「じゃあ、次の休みの日が晴れだったら、俺が遠乗りに連れて行ってあげるよ」

「本当? 約束よ、ロンさん!」

遠乗りなんて久しぶり。楽しみだわ!

にっこり笑うと、ロンさんもそれを見て微笑んでくれるの。


それから少しおしゃべりしたわ。おじ様のお部屋で暮らすようになってから、10日に一度の面会は必要なくなって、外食ってあんまりしないの。

おじ様たちは食べているでしょうけれど、私は施設内の食堂で済ませてしまうから。

最近出来たというパスタのお店が気になってるって言ったら、ロンさんはすでに行ったことがあるんですって。

「いいなぁ。どうでした?」

「美味かったよ。クリームソースが絶品。トマトソースも酸味が効いていて良かった」

美味しそう〜。

よっぽど意地汚い顔をしていたのでしょうね。ロンさんは、ぷっ、と吹き出して私の頭をぽんぽんと撫でたわ。

「今度一緒に行こう。隊長にも言っておくから」

やった、嬉しい!

「ロンさん、大好き!!」

はしゃいでいたら、クルスさんの落ち着いた声がすぐ後ろで聞こえたわ。

「ここにいたのですね、ルナ」

「クルスさん。こんにちは。お疲れ様、ですか?」

クルスさんは椅子に座りながら肩をすくめたわ。なかなか器用な仕草ね?

「残念ながら、まだ勤務中ですよ」

そうかぁ、お忙しいのね。時間的には終業なのだけれど。

「あなたもですよ、ロン」

「あっはは。そうっすねー」

クルスさんに言われても、ロンさんは悪びれたところひとつない様子で笑っているわ。

やあだ、ロンさん。まだお仕事中だったの? てっきりもう終えているのかと思っておしゃべりしちゃったじゃないの。


クルスさんは静かに私を見つめたわ。

「私を探されていたんですか?」

「ええ。あなたへの呼び出しの連絡です。明日、午前10時に本部棟第一会議室に来るように、と」


来たわね。おじ様が言っていた、八岐大蛇の討伐命令よ。

ロンさんもすぅっと表情を変えたわ。どうして呼ばれたのか、ロンさんも知っているのね。きっと、心配してくれているのでしょう。

「分かりました」

努めて明るく言ったわ。

可哀想だと思ってるんでしょう? 幼い私が八岐大蛇に立ち向かわなければならないことを。

大丈夫よ。幼く見えても、私は魔法士だもの。だから、そんなに可哀想に思わなくていいのよ?

ロンさんもクルスさんも本当に優しくて、恵まれているなって思うの。嬉しくなっちゃうわ。



指定された通り、翌日10時に本部棟の第一会議室行くと、騎士団総長の秘書さんが入り口に立っていたわ。

「時間通りですね。こちらへどうぞ」

きっちりとスーツを着た秘書さんは私を誘導すると、扉を強めにノックしたわ。

「失礼いたします。魔法士のルナ様、到着です」

扉が開けられ、どうぞと手で示されて。

一歩入ってすぐ、ため息が出そうになったわ。

だってそこには、総長さまをはじめ、2人の副総長さま、将官の皆様、そして12師団の各団長と副団長、もちろん騎馬隊隊長のおじ様、副隊長のクルスさんもよ、要するに騎士団の偉そうな人が勢ぞろいだったのよ。


わあ、…おっかない。


視線が集まる。けっして友好的な視線ばかりではないわ。まるで針のむしろよ。


討伐命令ってこんな感じで下されるの?

なんだか私、裁判にかけられる被告人のような気分よ?


あら、よく見たら魔法士長さまもいらっしゃるわ。

心配そうに私を見ている。

末席に立たされると、正面に上座の総長さまを見ることになる。厳しいお顔の総長さまは見定めるように私を見ているわ。

総長さまの左側に座る副総長さまのひとり、マーカスさまが私を見て微笑まれたわ。

「ルナ、ですね。本日、ここに来てもらった理由を説明します」

穏やかなよく通る声。

「あなたは、八岐大蛇を知っていますか?」

八岐大蛇は八つの頭を持つ巨大な蛇の魔物よ。

「…はい」

マーカスさまは頷いたわ。

「18年前のことです。東南に連なる山脈の麓の村に八岐大蛇が出現しました。当時討伐を試みましたが叶わず、封印するにとどまりました。その封印が今般破られようとしているとの調査報告があり、我々はその対応を迫られています」

用意されたスクリーンに映し出されたのは18年前の資料映像ね。八岐大蛇が家々を轢き潰し暴れている様子と、封印されていく様子が映されたわ。


「あなたの類まれな魔力については報告を受けています。そこで我々はあなたに八岐大蛇の討伐を託したいと考えているのですが、どうでしょう。あなたに、あの八岐大蛇を討伐することは出来ますか?」


有無を言わさず「やれ」と命じられるわけではないのね。

出来るか出来ないかを問われれば答えはもちろん、

「出来ます」

なのだけれど、直後のざわめきは明らかに疑義を唱えるもので。

まあ、そうでしょうね。

「静かにしなさい。ルナ、そう答えてもらえて良かったです。では、正式にあなたに」

「お待ち下さい、マーカス副総長」

ざわめきを制し、そう言いかけたマーカスさまを止めたのは、ザイール・ハガティ第3師団団長よ。

とても厳しい目で睨むように私を見ているわ。


「本当にその少女に八岐大蛇が討伐できるのか疑問です。本人の主張だけでは信じるに値しないでしょう。それにその娘は素性も明らかではないと聞きます。多くの人命をかけた任務に相応しいとは到底思えません」

クルスさんがムッとしたように顔をしかめたわ。

おじ様も鋭い目でハガティ団長を見据えて口を開いた。

「その娘は私が後見人を務めている。失礼な物言いはやめてもらおう、ハガティ団長」

「率直な意見を述べたのみだ、ベル隊長。後見人の有無やそれが誰かなど関係ない。討伐をすることになるのはその娘で、現場で出来ませんでしたでは済まないのだ。失敗すれば我らも、我らの部下も危険に晒されるのだからな」

「出来ると本人は言っている。だが、理由は異なるが私も彼女にやらせたいわけではない。反対するのなら代替案を提示するべきだ、ハガティ団長」

「本人が出来ると言っているだけで、なんの確証も無いと言っているのだ」

ハガティ団長は魔法も魔法士もお嫌いなのよね。魔法士の派遣を頼んだことは一度もないし、規則上仕方なくマリアやアレックスを同行させるだけで魔法での治癒は決してさせないというわ。魔法を使わない医療チームを同行させて、彼らに手当てさせるのよ。


ハガティ団長は相変わらず私を睨むように見ているわ。そして言ったの。

「証明できるか、娘。本当に八岐大蛇を倒せるということを」

ぎり、っと殺気立つ気配をおじ様から感じたわ。

こんな時だけれど、怒ってくれて嬉しいなんて思ってしまう。いけない、にやけちゃダメよ。ますます睨まれちゃうわ。

でも、困ったわね。


「証明…ですか。実際にやらせて頂けるなら、八岐大蛇それ自体の討伐で証明してみせます。ですが、ハガティ団長さま。私はどうしても私にやらせて欲しいとお願いしているわけではありません。ですから、他の方のサポートでも、治療の補助でも、皆さんが私にやらせてもいい、と思われることを何でもしますわ。関わるな、ということであれば従います」

生意気を言っているのは承知よ。でも、出来るかと聞かれたから出来ると答えただけだもの。

それを、まるで嘘をついているかのように非難されるのは、納得出来ないわ。

忌々しそうに睨んでくる瞳をにっこり笑って見つめ返す。

そのとき、

「ふむ」

と、総長さまが私とハガティ団長を見比べて言ったわ。

さすがは総長さま。ひとこと発言するだけで場がぴりっとした緊張感に包まれたの。

「反対するなら代替案を示すべき、というベル隊長の意見を支持しよう。どうだ、ハガティ団長。小さな少女に頼る以外の方策はあるかな」

「…ありません。しかし、その少女に頼ることが最善の策とも思いません」

「なるほど。では、おぬし、その少女を伴い南の海岸に出現しているシーサーペントを討伐して来い」

「…は? それは、しかし」

「なっ、総長?!」

戸惑った様子のハガティ団長とぎょっとした様子のおじ様。

シーサーペント?


「心配なら騎馬隊もついて行くがよい。他にも、その少女の魔法に不安を覚えるものは同行して己が目で確かめて来るが良いぞ」

各団長さんたちが顔を見合わせてるわ。私だって、きょとん、よ。

だけどマーカス副総長さまとモロー副総長さまは手を打って、「さすが総長、ナイスアイデアです」とか「海岸沿いの民から何とかしてくれと言われてたので良かったです」とかおっしゃっているのよ。


そうだろう、そうだろうって頷いていた総長さまが私を見て、まるで好々爺であるかのように微笑まれたわ。

「ルナや。遠慮せず皆にお前さんの力を見せつけて来なさい」

「……………」


私は黙って微笑み返したのだけれども。

食えないお爺ちゃんだわ。


これは、もしかしなくても、誰もやりたがらない厄介な討伐を押し付けられたわね…。



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