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五月雨を…

5月。

雨が降っては若葉が芽吹き、日に日に新緑が眩しく感じられるある日の夜。

喉が渇いて目が覚めたの。

お水を飲もうと思ってお部屋を出たら、リビングでおじ様がお酒を召し上がっていたわ。

珍しいわね。

私がいるせいか、おじ様がお部屋でお酒を飲むことは滅多にないのよ。

「ルナ? 起きたのか。お前も飲むか?」


あら。そんな冗談を言うなんて、本当に珍しいわ。


「私はお茶をいただくわ、おじ様」

紅茶を入れてリビングに戻ると、ソファのおじ様の隣に座らせてくれたわ。

テーブルにはお酒のグラスが2つ。

ひとつはおじ様のグラスね。中身が半分ほどになっているわ。

でも、一杯目ではないわよね。ご機嫌な様子だし、かなりの量を飲まれたに違いないわ。

もうひとつは、いつもは置かれていない写真の前に捧げられていたわ。


写真に写っていたのは二十代半ばくらいの男性よ。爽やかなイケメンね。笑顔でカメラを見ているわ。

騎士団の制服を着ている。しかも、この胸章…。

「魔法士の方…?」

「ああ。優秀なやつでな、魔法はなんでも出来るんだとよく言っていた。俺は魔法だの魔力だのについては不案内だが、魔法の書を8割がた読めると言っていたよ。全部読めるお前からしたら大したことないかもしれんがな」


そのひとのことを懐かしく思い出しているのね。

おじ様はテーブルの上の写真を見つめながら笑みを浮かべているわ。

魔法の書を8割読める。

そうね。それはとてもすごいことのはずよ。

私は思うところがあって、魔法や魔法士の常識的なことをあえて知らないままにしている。でも、最低限これだけは、って魔法士長さまから教わったこともあるのよ。そのひとつが、多くの魔法士は、魔法の書のごく一部しか読めない、ということ。


マリアは前に本人が言っていたように、治癒魔法の基本のページと解毒のページしか読めない。そのかわり、かなりのスピードでたくさんのひとを治してあげることが出来るわ。相当訓練したのだと思うの。


そしてモカは防御魔法のページは全て読めていたわ。モカ自身にはそれが判断出来ないから、実際に魔法の書のこのページからこのページまで読める、というのを示してもらったのよ。

これってすごいことなの。訓練と経験を積めばモカは防御魔法のスペシャリストになれるわ。


カイトは水の魔法が得意よ。でも、水の魔法に関する全てのページが読めるわけじゃないの。

トールは攻撃魔法と防御魔法が少しずつ使える。騎士団としては有難いタイプの魔法士ね。使える魔法を磨いていけば、騎士団の大きな戦力になるわ。


防御魔法のページを全て読めるモカですら、その量は1割に満たない。だから、魔法の書を8割読むことが出来るというそのひとは、本当にとても優秀な魔法士ということになるの。


でも、亡くなったのよね…?


「魔法の可能性をいつも模索していたな。新しい魔法、というのか、独自の魔法を考え出してはあれこれ試していた。任務にも積極的で出来ることはなんでもしていたよ。大抵のことは出来るやつだったから、いろんな団から指名を受けて、いつも忙しそうにしていたな。だが、やり甲斐があると本人は喜んでいた」

「仲が、良かったのね?」

「ああ。子供の頃はよく一緒に遊んだよ。入団したのも同じ時期だったし、しょっちゅう飲みにも行ったな」

親友、と呼べるような間柄だったのね、きっと。


「ステキなひとね? もちろん、おじ様の方がステキだけれど」

おじ様を見上げて微笑みかけると、おじ様も目尻にシワを浮かべて微笑んだわ。


「多くの人々が使えない魔法を使える者としての責任がある、というのが持論だった。そんな責任は感じる必要ないと何度も言ったんだが、そこだけは頑固に譲らなかった。あのときも…」


あのとき?


「お前が生まれる前の話だ。八岐大蛇が出現したことがあった」

…八岐大蛇。

「近づくこともロクに出来なくてな、村がみっつ、壊滅した」

「……………」

「あいつに、何とか出来ないかと上層部から話が出た。あいつもそう言われることは分かっていたし、あいつ自身、自分が何とかしなければと思っていただろう。何度も入念に打ち合わせを行い、どんな魔法が使えるのか、どうやったら討伐できるのかを話し合ったよ。あいつはいつも作戦前に自分がどんな魔法を使うかを説明していて、そのときも詳細に話していた。魔法を使うタイミング、その効果、必要なサポート。これならいける、と判断された。俺も出来ると思った。だが…」

おじ様は長い長いため息をついたわ。


「作戦中、肝心の魔法が発動しなかったんだ」


魔法が、発動しなかった…?

写真の中で笑顔を見せるこのひとはそのとき何を思ったろう。


「あいつはひどく焦っている様子だった。当然だな。すでに大蛇の目の前にひとり立っていたのだから。もしものときの対策は立ててあった。だから発動しない魔法を諦めて作戦を切り替え予備で準備していた魔法を使おうとしていた…」

「…それも、発動しなかった?」

おじ様は力なく頷いたわ。


「あいつは討伐を諦め、封印することを試みた。封印の魔法は発動していたよ。しかし、完全に封印しきる前に大蛇の一頭があいつの身体を食い千切った」

「…………」

「その後のことは正直よく覚えていない。ただ、封印の魔法は大蛇を封印することに成功していたように見えた。実際、その後は出現していない」

おじ様は少し辛そうに眉を寄せて私を見たわ。


「先日、封印された大蛇を調査・監視している部隊から報告が入った。封印が解かれる兆候が見られる、とな」

おじ様は大きな手で私の頬に触れたの。


「上層部はお前に八岐大蛇の討伐命令を出すかもしれない」

「ーーーーーーー」

…かもしれない?

おじ様がそう言うのだもの。それはもう、ほぼ確定していることなのでしょう?

「俺はお前にあいつの、エディの、二の舞になって欲しくない」

少し掠れたおじ様の声が、悲しげに細められた瞳が、今は亡き人の面影を探しているように思えて切なかった。


エディ。

そう、あの写真の方はエディと言うのね。

エディ・バークス。お名前だけはよく存じ上げているわ。バークス伯爵家の次男。エレン様のお兄様。

そして、悪名高き魔法使い。


おじ様の、お友達だったとはね。



太陽は、雲の向こうにあっても力強く照り、降り続ける絹糸のような雨を白く輝かせている。

日々降る雨は天の恵み。大地を潤し、命を育み、やがては私たちの糧となっていくもの。

はあ。

ため息が出ちゃう。

どんなに美しい言葉で飾り立てようとも、所詮雨は雨。こうも続くと鬱陶しいことこの上ないわ。


あの後。深夜におじ様と2人きり♡でお話した、あの後よ。調べてみたの。エディ・バークスのことをね。


あの日が彼の命日だったわ。

少し前にロンさんとクルスさんが話していた「もうすぐ命日だ」というのはエディのことだったのではないかしら。

そうして、おじ様が荒れていた、というのが親友の死が原因であると考えれば辻褄が合うわ。

バークス伯爵がおじ様のために一計を案じた、というのも分からなくはない。


ただ。

騎士団員のお仕事には多くの場合危険が伴うものだわ。犯罪への対応。要人の警護。そして、魔物の討伐。治癒魔法士がいるとはいえ、思わぬ大怪我を負うことが無いわけじゃない。想定外の魔物の出現で命を落とす団員だって少なからずいるわ。


親しいひと、それも親友と呼べるような友人が目の前で無残に命を散らすことになれば、ショックを受けるのは当然だわ。おじ様なら、なんとか助けることは出来なかったか、本当に方法は無かったのか、ご自分を責めたりもしたでしょう。


だけど、それほどまでの、眠れなくなるほどのダメージを受けるかしら。「荒れていた」と言われるほどに?


いいえ、もちろん、おじ様にだって繊細なお心はあると思うわよ? 眠れない夜だってあると思うわ。


そうね、例えば、とても気落ちされて食欲も落ちてしまった、とか、お仕事への気力が削がれてしまった、とかなら、そういうこともあるだろうと思うのよ。


無理矢理結婚させられるほど、荒れていたのだもの。おじ様がとても傷ついていたのは間違いないと思うのだけれど。

それは、目の前で親友を失った、ということだけが理由なのかしら…。



もう少し調べてみたくて、午後のお仕事がお休みの日に本部棟の図書室に来てみたのよ。

図書室には色々な書物が保管されているわ。その中には討伐任務の記録もあるの。

エディ・バークスが参加した討伐任務の記録を見てみようと思ったのよ。


おじ様の言う通り、本当にたくさんの討伐任務に参加していたわ。とても活躍していたことが分かる。

魔法を様々に工夫していた様子も伺えたわ。


そうして、気になる記録を見つけたの。


エディが18歳のときの記録よ。その討伐でエディは大きな怪我を負っているわ。結果として、その討伐任務は失敗している。

失敗の原因として考えられることがまとめられていたわ。

そこにはこう書かれていたの。


「予定していたエディ・バークスの魔法が発動しなかったため」


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