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罪の意識

力一杯突き飛ばされたことが、結果的には幸いしたのよね。

そこが切り立った崖で絶壁だったから、崖自体にはぶつかることなく落ちることが出来たの。

そうでなく、転がるように落ちていたら、岩肌にあちこちぶつけて酷いことになっていたと思うし、絶壁の崖じゃなかったら、落ちるスピードをコントロールする前に全身をどこかに打ち付けていたんじゃないかしら。


風を使う魔法は得意じゃない。

だけど風の抵抗を利用するくらいしか思い浮かばなくって。落ちる方向とは逆の向きに風を起こして、なんとか衝撃を和らげることが出来たわ。

ちょっと擦りむいたし、脇腹をぶつけたけれど、多少の擦り傷や切り傷はなんてことないもの。

問題は、どうやって戻るか、よ。


魔法ってね、なんでも出来るのよ。

魔法の書には本当に色々な魔法が記されているの。

禁術の書に載ってしまうような、良くない使い方以外は、大体なんでも出来てしまうわ。

だけど、特定のアイテムが必要だったり、状況を整えなくちゃいけなかったりするものが多いの。魔力だけで使える魔法は案外少ない。

そして、魔力だけで使える魔法はアイテムを使うものに比べて魔力の消費が大きいの。


鳥のように空を飛ぶ魔法はあるけれど、それにはある程度の量の羽毛と動物の骨が必要よ。

つまり、今ここでは使えない。


50メートルくらいあるかしら。

見上げても、崖の上の様子は分からない。

膂力でよじ登るのは無理ね。ちゃんと鍛えていたリサの姿でも、ロープも無しに登り切るのは無理だわ。

この森をぐるりと回るしかないのかしら。登れないんだからそうよね…。

地形とか分からないし、まずどっちの方向へ行ったらいいのかも分からないわ。

突き落とした本人が助けを呼んでくれるとも思えないし…。

「……………っ」

寒っ。


昼間暖かかったから上着を脱いだんだった。

でももう日が暮れる。気温も心配だけど、明かりも心配だわ。真っ暗になっちゃうわよね。

手元や足元くらいは魔法を使って照らせるけれど、それではきっと道に迷ってしまうわ。


目的地までの道を示す魔法があったんじゃなかったかしら。ああ、でもあれは土の精霊への対価が必要なんだったわ。土の精霊たちが好む甘いもの。甘いお菓子とか果物とかがあれば良かったのだけれど。

明るくなったらどこかに何か果物の実が成っていないか探してみようかしら。

今日は取り敢えず、休めるところを確保しよう。


自然の洞穴とかがあれば良かったのだけれどね。

「まあ、そう、都合良くはいかないわよね」

でもね。

洞穴が、無ければ作ればいいのよ。


「えいっ!」


あまり得意じゃない風の魔法。風をドリルのようにして崖の壁にぶつけたら、いい感じの穴が空いたわ。

私1人が入るのならちょうどいい。

「よし」

じゃあ次は枯葉ね。

風よ、枯葉を集めてきて。小枝が混ざらないように気をつけてね。

あら、これ、風魔法のいい練習になるわね。

空いた洞穴いっぱいに枯葉を敷き詰めてその中に埋まるように横になるとほんわかと暖かい。

「よしよし」


これなら今夜は凌げそう。

明るくなったら土の精霊への対価になりそうなものを探そう。それが見つかれば案内してもらえる。ちゃんと帰れるわ。

さっさと眠って、日が昇ったらすぐに動けるようにしなくちゃ。

葉っぱに埋もれて目を閉じた。昼間天気が良かったからかしら。葉っぱはかすかに太陽の匂いがしたわ。



ケティは私を殺したかったのかしら。

治癒魔法しか使えない魔法士だったらきっと無事じゃ済まなかったわ。

大怪我をしたまま気を失ってしまったら、自分で自分を治療することは出来ないもの。


明日はケティの実習の最終日。

あなたに、伝えたいことがあるの。だから、なんとしてでも明日中に戻って見せるわ。


朝。

「さっむい…」

寒いわ。

明るくなったけど、朝はまだ寒い。

あのね、寝ながら考えたんだけど。土の精霊が好みそうなものをアテもなく探すより、直接欲しいものがどこにあるか聞いちゃった方が早いんじゃない? ねえ?


というわけで。

「ノーム、出てきて」

ぱんぱんと手を打ち鳴らして魔力を散らすと、ぴょこんと土の中から可愛らしい小人が現れた。

「ねえ。騎士団の寮に戻れるよう案内して欲しいの。森の中にあるもので、なにをあげたら案内してくれる?」


小人は小首を傾げて、何がいいか考えてるみたい。


少しすると、にんまり笑って森の奥を指差した。

「決まった? じゃあ、行きましょ」

あんまり遠くないといいけど。

小人の後について歩いて行くと、森を抜けた向こう、木の少ない広い場所に出たの。そのさらに奥。小人は段差のある高い位置を指差したわ。

そこは、小人には高すぎて上がれないみたいね。


何があるのかしら。

「よいしょ、っと」

登ってみてびっくりよ。

「わあ、イチゴ?!」

イチゴなの。一面にイチゴが実っていたのよ!

すごいわ。

美味しそう。

ぐぅぅ…。あ、お腹が鳴っちゃった。そうよ、昨夜から何も食べないんだもの。お腹も空くわ。

早速イチゴを摘んで持って戻ると小人はとても喜んだわ。

一緒に食べたの。みずみずしくて、とっても美味しかった。

さて、と。じゃあ、案内してくれる?


大きく頷いた小人だったけど、何かに驚いたように不意に姿を消したの。

んん?

どうしたのかしら?


「ノーム?」


隠れてしまった小人の気配を探ろうとしたときだったわ。1匹の妖精が必死の様子で私に向かって飛んできたのよ。


あら?

「あなた、クルスさんの妖精?」

見覚えがあるもの。たぶん、そう。

どうしてこんなところに? と思ったら妖精が喋ったの。おじ様の声で…。


「ルナか?」

「おじ様?!」


わ。びっくりした。可愛らしい妖精からおじ様の渋い声が聞こえてくるんだもの。

これ、おじ様の妖精とこの子が通信で繋がっているのね。


「場所、捕捉しました」

今のはクルスさんの声?

「ルナ、無事だな? すぐに行く。そこを動くな」

「え? ええっと…」

ここで? ここはちょっと…。

「じっとしていろ。いいな?」

「…ワカリマシタ」

迎えに来てくれるみたい。よね?

ああ、私ったら。またご迷惑をおかけてしてしまったわ…。


はあ。動くなって言われたけれど、ちょっとくらいは平気よね。

このイチゴは、森に住む精霊たちのもの。人に見つからない方がいいわ。

少しここから離れよう。

作った洞穴のところまで戻ると、おじ様は本当にすぐにいらっしゃったわ。


「ルナ!」

「おじ様」

わわ。抱きしめられちゃったわ。おじ様?

ほう、と息をついて、おじ様が私の頬に手のひらを当てた。

「冷たいな。ほら、これを着て。怪我をしたか?」

コートを持って来てくれたのね。嬉しいわ、おじ様。

「かすり傷よ、おじ様。大丈夫」

「そうか。食べるか?」

チョコレートね! いただきます!!

騎馬隊の方ってみんなチョコレートを持っているのかしら。前にシドさんもチョコレートをくれたわ。

おじ様は私を抱き上げると、崖の方に向かって歩き出したの。

「おじ様、崖を降りていらしたの?」

「ああ。お前が崖の下にいるのが分かったからな。馬で回るより直接降りた方が早い」

早い、と言えばそうかもしれないけれど、私を連れて登るつもりなの?


それってすごく大変なんじゃないかしら、と思ったのは間違いだった。おじ様を見くびってしまっていたわ。

おじ様は私を背負うと、おんぶ紐のようなもので固定して、ロープを伝ってするすると登ったのよ。

おじ様の背中で見ている限り、それほど大変そうには見えなかったわ。

それどころか、むしろなんてことない風で、肩や腕の逞しさに何度目かわからないけれど惚れ直してしまったわよ。


崖の上にはクルスさんが待機していて、私を見てホッとしたように笑顔を見せてくれたわ。

「ルナ、無事で良かった。隊長、お疲れ様です」

「ああ」

「ここは転落防止柵の設置を求めましょう」

クルスさんは手際よくロープを回収しながら、書類を作りますからちゃんと回して下さいね、っておじ様に言っていたわ。

おじ様はあんまり楽しくなさそうなお顔で頷いていたの。


馬に乗せられて、寮に帰るのかと思ったら、ついた先は騎士団内病院だった。

私、怪我は自分で治しちゃったわよ。時間が早すぎてイスラ先生もまだいらっしゃらないと思うわ。

どうして、病院に?


でもね、誰もいないと思った外来に、人の気配があったの。

イスラ先生がいらしてるのかしら?

おじ様は迷うことなく一番広い診察室に向かったわ。普段、イスラ先生が使用される診察室よ。

「失礼します」

ノックをして扉を開けたのはクルスさんだった。

クルスさんは中の様子を一瞥しておじ様を通したわ。

そこには、イスラ先生とロンさんと、そしてケティがいた。

すぐに分かったわ。ケティがしたことがみんなに知れたのだということはね。

さて、どうしようかしら。


おじ様は私を座らせると言ったわ。

「何があったか話せ」

ってね。

何があったか、って。ねえ?

ここは無邪気な幼女スマイルよ。大丈夫。私は美少女。私は大女優。

にっこり。

よし。我ながら可愛いらしく微笑むことが出来たわ。

「えっとね。ホクテンの実を集めていたの。少し高いところにとっても立派な実がなっていてね。無理に取ろうとして足を滑らせちゃったの。欲張ったバチが当たったのね。崖があるのは分かっていたのだけれど」

心配かけてごめんなさい。

ぺこりと頭を下げると、驚いた顔をしたイスラ先生と目があったわ。ロンさんは相変わらず面白そうに私を見ているしクルスさんは困ったように眉を八の字にしている。

ケティは、無表情な顔でじっと私を見ていたわ。


おじ様はため息をついて、私の頭をぽんぽんと撫でると、私の頭を抱き寄せたわ。

「隠さなくていい。ロンが見ていたんだ」

え…? 見ていたって何を?


ロンさんはにこにこの笑顔のまま言ったわ。

「ルナが洗濯物を取り込んでいた。そこにこの子が来て、ルナを連れて森に入った。そうして、ひとりで戻って来た。まるで逃げるようにね」

……見ていたのがそれだけなら、私の話と矛盾しないわよね?

森でケティと別れた後、崖から落ちた。おかしくないわ。

黙って見つめていたら、ロンさんはふっと笑ったわ。

誤魔化そうとしてもダメだよっていうみたいに。


「彼女はもう白状しているよ」

「……っ???」


あらあら。

ケティを見ると、彼女は怨みがましい視線を私に向けていたわ。

「どうして庇うの? 私に突き落とされたって言えばいいじゃない!」

だめよ? 何言ってるのよ? 流石にムカついたわ。

「なんでしらを切り通さないのよ、根性なし!」

簡単に、謝ったから無罪放免なんて、そんなの許さないわよ?

「…ルーナ」

「だって、おじ様!」

「ルナ。俺も知りたい。なぜ庇う?」

なぜ?

「…………」

おじ様は、私が()()()()()()()突き落とされた、と思っていらっしゃるの? 本当に?

私が、魔法の書をすべて読める魔法士なのに?


たとえ崖の下まで落ちたとしても、絶対死なない、大怪我もしない、そういう自信があったわ。

おじ様、私はね、やられたことはちゃんと自分でやり返すの。

泣き寝入りなんてカワイイこと、しないのよ?

それにこのひとはね、私だけじゃなく、おじ様のことも傷つけようとしたのよ。絶対に許さないわ。


「おじ様。心の底から本当に本気で悪いひとって、きっと、そんなにいないと思うの」


ケティはね、毎日真面目に仕事に励んでいたのよ。イスラ先生はもちろん、ローザさんやブランさんの指示をよく聞いて、はたから見ても一生懸命な様子だったわ。看護という仕事に真摯に向き合っていた。


だから、彼女は忘れないわ。誰かを助けたいと思って磨いてきた技術、積み重ねてきた知識。誰かを救いたいと願ったその手で誰かを傷つけようとしたことを。


私を死なせたと思ったでしょう? でもそれを笑って喜べるほど豪胆なひとじゃない。夕べ一晩、恐ろしい思いを抱えて過ごしたのでしょうね。


「だから、すぐに白状してしまったのでしょう? 罪の意識に耐えられなくて」


なぜ庇うのかと聞いたでしょう、おじ様。

許してあげる気持ちが無いからよ。だって私、結局無傷だもの。どうせ、大した罪には問えないわ。


「本当は優しいひとよ。少し行き違ってしまっただけ。こどもの喧嘩よ、おじ様。おとなが口を出すものではないわ」

一番の罰は「後悔させること」だと言うわ。

私はもっと後悔して欲しいの。医療従事者を志すくせに、ひとを傷つけようとしたことを。私のおじ様に、手をかけようとしたことを。


おじ様は何事か考えるように腕を組んで、そしてケティに目を向けたの。


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