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王女さまと花

3月に入ってすぐ、魔法士長さまからお呼び出しがあったの。


ちゃんと大人しくしていたわよ? 目立つようなことしてないし、おじ様の言い付けも守っているわ。


怒られるようなことはしてないのだけれど…。


しかも、来るように言われたのは王宮なの。王宮よ!?

おじ様に連れられてびくびくお伺いしたわ。

だってね、王宮に呼ばれた、ということは本当に私を呼んでいるのは王様ということよ。

でも、王様が正式に呼び付けるとなるといろいろと難しい問題が発生するのよ。ご用事の内容も「ヒ・ミ・ツ」ってわけにはいかない。

だから、表向きは魔法士長さまのご用事ということになっているんだわ。


つまり、公式なご用事ではないってことよ。

私の処遇についてだったらどうしよう。何処の馬の骨とも知れない子供を魔法士なんかにしちゃダメだって言われたら?

騎士団から追い出されてしまったら…。


私の不安が伝わったのか、おじ様が髪を梳くように頭を撫でてくれるわ。

今日のおじ様はね、騎馬隊隊長の正式な制服を着ていらっしゃるの。とってもとっても素敵なのよ!!


私は華美ではないシンプルなオフホワイトのドレスを着せられているわ。まあ、普通ね。


えへ、って無理して笑ったら、おじ様の眉が少しだけ下がったわ。

心配しすぎ、馬鹿だなって瞳が笑ってる。


おじ様はお立場上、王様の御前に上がる機会もあるでしょうけれど、私は初めてなんだもの。

ああ、緊張する。


控えの間で待機していると、魔法士長さまがいらっしゃった。王様のもとへ案内して下さるのですって。

公式なご訪問ではないので謁見の間ではなく、王様専用の客間でお会いするのだそうよ。

濃いグリーンの深い絨毯、重厚な家具、柔らかなソファ、さすが王様専用だわ。ゴージャスだわ。


魔法士長さまとおじ様と3人で15分くらいお待ちしたかしら。お付きの方と一緒に王様がお見えになったの。

おじ様が惚れ惚れする男らしい所作で礼をする。見惚れちゃうけど、見惚れている場合ではないわ。

私もお辞儀をしなくっちゃ!

王様は鷹揚に頷かれて、私を見て微笑んだ。王様は元来のお人柄は穏やかな方だと聞いてるわ。聡明で時には厳しい判断も下される、国民からの信頼の厚い王様よ。


「レオン、久しいな。ご家族は息災か?」

「ありがとうございます、陛下。両親も兄弟も元気にしています」

あら。王様とおじ様、なんだか親しげだわ。

「そうか。アンリにもたまには顔を出すように伝えてくれ」

「必ず」

アンリ…。おじ様のお兄様が、王様とお親しいということかしら。ご学友、とか?

「ルナ」

「は、はい!」

「類い稀な魔力を持っているとか。どうか、姫を助けてやって欲しい」

「は……い?」

姫? 助ける、って?

おじ様を見ると、かすかに眉間にシワが寄って、なんだか難しい表情をしていらっしゃるわ。

「フレッド、後は頼む」

「畏まりました」

フレッド? ああ、魔法士長さまね。フレッド・フィールズ魔法士長。

魔法士長さまは心得た様子で頭を下げ、それを見て王様は立ち上がった。

え…。おしまい…?

王様はお忙しい方だから、のんびりなんてしていられないのだろうけれど。

でも…?

王様が退室された後、魔法士長さまがおっしゃったわ。

「では、ご案内します」

って。



魔法士長さまとそれから年配の執事さんの先導で王宮の奥へと進んでいく。

ちょ、っと? あら? もっと奥に行くの?

今、ガードマンみたいなひと立ってたわよ? あのラインって、「関係者以外立ち入り禁止」のラインでしょ?

この奥って王家の方の居住スペースなのではないの?


案内されたのは、陽光がたっぷり取り入れられた明るいお部屋だった。白い壁。大きな窓。ピンクベージュのカーペット。部屋の奥には天蓋付きのベッドが置かれていて、女性が横たわっていた。

明るいブロンドの美しいひと。瞳は閉じられて、頬には少し朱がさしている。胸がわずかに上下して、規則正しく呼吸をしていることが分かる。

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この国の人間なら知らないひとはいないわ。メリー第二王女殿下…。


執事さんが部屋付きのメイドを下がらせて、ご自身が部屋の隅に控えたわ。

そうして、魔法士長さまが私を見た。

「どうでしょうか?」

どう、って…。

「亡くなって、いますよね…?」

肉体と魂を繋ぐ糸が切れてしまっているわ。

おじ様が、驚いたように私を見た。

「蘇生は可能でしょうか?」

魔法士長さまの言葉に、信じられないとおじ様が呟く。

蘇生が可能か、と聞くということは、亡くなっているのだとおじ様も解釈したのよ。


「いつから、この状態に?」

「…3ヶ月前からです」

魔法士長さまのお話では、メリー第二王女殿下は隣国オリキュレールへの輿入れが決まっていた。実際にお嫁入りする前に旦那さまになるオリキュレールの第三王子が挨拶にやって来ることになっていた。

そしてその方が到着する前日、メリー第二王女殿下は毒を飲んだ。

政略結婚を嫌がったためであることは明白。ただ、オリキュレールとの関係は昔からずっと良好で、破談になったとしても外交上大きな問題はない。だけれども、婚姻を嫌がって自殺を図ったなどというのは外聞が悪いし相手に失礼過ぎる。

だから、取り繕う必要があった。

目を覚まさないメリー第二王女殿下をオリキュレールの第三王子に見舞ってもらい、重大な病気が見つかったとしてのちに輿入れの話は白紙になった。


そして、それ以降ずっとこの状態。


「延命の魔法は、魔法士長さまが?」

「いいえ。それは北蝶の魔女に頼んだのです。連絡先の分かる魔女の中で北蝶の魔女だけが応じてくれました」

北蝶の魔女か。

あの方は少し、残酷なところがある。


「魔法士長さまは、先日私がお話した条件をご記憶ですか?」

「ええ。肉体が生きていること、魂を見つけ出せること、本人が蘇生を望んでいること、ですね」

そうよ。満たしてないでしょう?


「ひとつ目の肉体が生きていること、というのはクリアしてると思います」

「そうですね」

「ふたつ目についてですが、北蝶の魔女が『捕まえられるようにしておいてあげる』と言っていました。そのときは理解出来ませんでしたが、先日のあなたの話を聞いて納得したのです。私には分かりませんが、あなたにならメリーさまの魂を『捕まえられる』のではありませんか?」

あの方はまったく…。

ため息をつくと、魔法士長さまは表情を曇らせたわ。

「ルナ? 違うのですか?」

「捕まえられることに間違いはありませんが、魔法士長さまは北蝶の魔女がどのようにしてそれを可能にしたかご存知ですか?」

「…いえ」

「メリー王女の魂をあそこに縛り付けて昇天出来ないようにしたのですわ」

「…な!」

広い出窓に置かれたプランター。その横にメリー王女の魂がある。

もっと他にやりようは無かったのかしら。

お可哀想に。ずっと、泣いてらっしゃるわ。

泣きながら、訴えている。


方法は問題だけど、ふたつの条件はクリアしている。だけどみっつ目はクリア出来ていないわ。


「原因となったオリキュレールへの輿入れの話は無くなりました。蘇生を拒む理由は無いのではありませんか?」

「…メリー王女はご自分の立場を良くご理解されています。つまり、王女、という特別な地位、豊かな生活は、国民を守るからこそ与えられるものだと。国益のため他国に嫁ぐことはご自分の役割だと理解されているのです」

魔法士長さまは私を見つめる。私も、魔法士長さまを見つめ返した。


「メリー王女には好いている方がいらっしゃった」

「……………」

魔法士長さまは目を伏せられたわ。

「その方が、メリー王女の輿入れの話を積極的に進められていたことをご存知だったようです。ご自身の恋心と王女としての役割との間で苦しんでいたときにそのことを知って、衝動的に毒を飲んだ。王女さまはご自身の役割を放棄してしまったことを恥じてもいらっしゃるのです」

恋しいひとへの恋慕と役割を果たせなかったことへの罪悪感。嫌だった結婚話が無くなって良かった、なんて単純な話じゃ無いわ。


「今はまだ、魔法をかけても失敗すると思います」

「今は、まだ…?」


私を見つめる淡いブルーの瞳が揺れた。


「どうぞ、毎日会いに来て、語りかけてあげてください。魔法士長さまの本当の思いを。王女さまは好いている方と結ばれることはないだろうことも、分かっていらっしゃいますわ。だけど、気持ちを整理する時間がもう少し必要です」

「メリーさま…」


「いつか、もしもあのプランターの花が咲いたなら、そのときは蘇生魔法も成功すると思います」


どういうつもりかは分からないけれど、北蝶の魔女が仕掛けていった魔法、「心の花」。

心を開けば花も開く。王女さまが前向きな気持ちを取り戻せばきっと咲くわ。


良い結果になれば良いと、私も思ってる。


見上げると、おじ様は優しい微笑みを浮かべて私を見ていたわ。

私も同じように微笑んで、おじ様に抱きついた。



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