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その9 手料理振る舞っちゃう系男子


 二、三分して目を覚ました白野がまだふらふらしていたので保健室へあずけて、放課後。

 授業が終わってからRUINで連絡したところ、すぐに既読が付いたのでそそくさとそちらに赴く。

 ドアをノックして保健室へ入ると、消毒液っぽい臭いが鼻をつく。

 そこで保健担当である白衣を着た教諭が「起きてるわよ」と閉じたカーテンの方を指差したので、そちらへ歩み寄った。


「えっと、浦木だけど。入るよ」


 声をかけてからカーテンを開けると、ベッドに潜り込んでいた白野がもぞりと布団の中から顔を出した。


「……どうも」

「……うん」


 ぎこちない挨拶を交わし、なんとも反応に困りながらも俺はベッド脇にあったパイプ椅子に腰かけて距離を取った。

 鼻から上だけ布団よりのぞかせた白野は、俺の胸元辺りを見つめていたが、やがてしゅんしゅんと顔を赤くしてまた布団の中に消えていく。

 微妙な態度だった。

 少し俺はこわさを覚えながらも、まず言うべきだと考えていたことから口にする。


「白野、その。……ごめんなさい。欲に負けてしまいました……」


 思わず敬語だった。

 またちょっと、白野が布団の中から戻ってくる。俺はつづけた。


「一回だけと言われたのに、調子に乗りました……反省します」


 すると口許まで、白野が出てきた。

 目を左右に泳がせて唇をむにゃむにゃとうごめかし、何事か言葉に迷っているようだった。

 結局、また布団を鼻先までずり上げてから、壁の方を向いてささやくように言う。


「いえ……お願いしたのは、こっちですし……」

「……怒ってない?」

「お、怒るなどそんなことできるわけがありません」

「でも気絶させちゃったし」

「いえぜんぜん! うれしすぎて気絶しただけで、もうなんていうかっ……」


 もそもそと布団の中へ完全に頭を隠してしまい、ばたばたと暴れている音が中から聞こえてくる。不審に思ったのか教諭がシャっとカーテンを開けて様子をうかがいに来たので「たぶん発作なんで……」と俺が取りなすことになった。

 しばらく暴れて発散しきったのか、はぁはぁ言いながら出てきた白野は上体を起こして俺の方をちらと見る。


「……あの、なんていうか。名前呼んでいただくの、やっぱりしばらくは、やめておこうかと」

「その方がいいと思う。なんか心臓と健康に悪そうだし」

「ううう……思い出すだけで胸が絞られているような感じになります。なんなのでしょうか、これは」

「俺も名前呼ばれたらたぶんそういう感じになるんだろうな……」

「お、お呼びしましょうか?」

「や、ううん。俺もいまはやめとく。負担がでかい」


 ですよね、とささやいた白野と一緒に、二人で同時にうんうんとうなずく。

 なんとなく通じ合った感じがして、どちらともなく笑った。


「じゃ、もう放課後だし帰ろうか。家の方向ちがうし途中までになるけど」

「同道させていただいてもよろしいのですか?」

「うん。なんならこれから、下校は待ち合わせて一緒に帰ろう」

「ま、待ち合わせですか……いえ、浦木くんをお待たせなどさせません。必ずや先に到着してみせます!」

「そんながんばらなくても」


 強い意気込みで、白野は力を入れている。

 本当に楽しいひとだなぁと思いながら、俺は荷物をまとめた。




 校門を出て歩くが、当然白野は横に並んで歩くことはできないので俺からだいたい三歩ほどスペースを空けて歩いた。三尺下がって師の影踏まずというか、なんというか……。


「そういやさ、クラスのひとに聞いたけど」

「はい?」


 軽く首を逸らして肩越しに問うと、白野は小首をかしげて返事をした。


「部活とかはやらないの?」

「ああー。そうですね、中学の頃は強制的に部活に入らなくてはいけなかったので、三年間バスケなどやっておりましたが」

「いまはやる予定ない?」

「強制でないならとくには」


 三年やったわりに未練もないのか、さらりと流すように白野は言った。

 運動部とか興味あったりクラブとかやったりしてたらその姿を見てみたい気もしたので、ちょっと残念。


「浦木くんもとくに部活はやっていないのですね」

「俺の場合帰って家事しないといけないから」

「なるほど」

「で、明日の昼はなにつくってこよっか?」

「はっ。す、すっかり失念しておりました! ええと、ええと……浦木くんの負担にならないもので大丈夫です。お好きにこしらえていただければ!」

「なんかつくり甲斐ないな……希望言ってくれていいんだけど」

「浦木くんがつくってくださるのであれば、なんでも御馳走です!」

「いやそれで食べられないもの入れてきちゃったらどうすんの」

「克服します」

「……えらいね。でもとりあえずアレルギーは克服無理だからあったら教えて」

「えっと、とくに好き嫌いもアレルギーもないです」


 そんなら今日の冷蔵庫の中身次第で決めることにしよう。……食材から吟味して持てる技量のすべてを懸けようかとも思ったが、まあそれはそのうちで。

 などと、おしゃべりしているうちに俺が乗るバス停に着いてしまう。早い。

 二歩半引いた位置で白野も残念そうにしており、困ったようにまなじりを下げてうつむいていた。

 そのうちに遠く、交差点を曲がってきたバスが見える。もう少し遅れてきてくれてもいいのに、と思いながら俺はため息をついた。白野も肩を落としている。……うれしい。


「じゃ、また明日昼に同じ場所で」

「お待ちしております」

「あとさ、夜にまたRUINで連絡とかは、できそう?」

「う。……せ、精一杯可能な限りの努力をさせていただく方向で検討させていただくこともやぶさかではなく」

「まあ無理はしなくていいから。そうだな、じゃあ夜十一時過ぎたらお互い、返信はしないで明日の昼に話を持ち越し、ってことにしない? それなら待ち過ぎて困ることないかなと」

「名案です! では何卒そのように……」


 そうして俺はバスに乗り込む。

 窓際に座って外を見ると、白野が俺を見上げてぺこりと頭を下げた。偉いひとが乗ってたみたいな反応だな。

 でも、バスが走り去っていく間……おずおずとわずかに指先を開いた右手を挙げて、顔の近くの低い位置で手を振ってくれた。

 なんか、けなげ。俺は膝の上に載せたカバンに顔を埋めてくはぁー、と息を漏らした。


        +


「おかーえりー。……お兄ちゃん、また顔が気持っち悪いことになってる……」


 帰宅してリビングに入って早々、ユズからそんなことを言われた。


「感情込めて気持っち悪いとか言うのやめて、傷つく」

「でもでも、その顔でここまで帰ってきたのよね? 事案でしょそれ」

「顔面蒼白になって言うのやめろ」

「うーむ。これのどこに惚れるのかなぁ……」

「知らんわ」

「え、どこを好きになってくれたのか訊いてないの?」


 不思議そうな顔でユズがこっちを見てくる。

 そういやどこを、というのはとくに白野から言われてないな。


「言われてなかったから気にしてなかった。どこを好きになってくれたんだろうな?」

「普通、結構気にするとこだと思うけど……お兄ちゃん人の目気にしないとこあるものね」

「どういう意味だよ」

「自分が周りにどう見られてるか気にしない、っていうか」

「いや、白野からどう見られてるかは気になるよ俺も」

「じゃあ訊いてみたら? ホラ文明の利器、文明の利器」

「やめろ、スマホを押し付けんな。ていうか恥ずいだろそんなの訊くの!」

「『俺のどこが好き? 俺はきみのここが好き……』って送るだけじゃない」

「キャラじゃねーよそんなチャラい言い方。それこそ気持っち悪いって言われるわ!」

「ていうかお兄ちゃんは白野さんのどこが好きなの?」

「ええ? 俺ぇ? それは……まあ、見た目が可愛いってとこから入って、態度と振る舞いも可愛かったから、そばでずっと見ていたいなって思って……これが好きってことかなって」

「お兄ちゃん気持っち悪い……」

「お前マジでそのうちしばくからな」


 ユズは無視してスマホの画面に目を戻した。お兄ちゃん傷つくわ。

 ……さて、晩ご飯と明日の昼食でも考えるか。

 気を取り直した俺はシャツの袖をまくり上げながらキッチンに向かった。

 冷蔵庫の中を見やると、あったのはピーマンとパプリカに牛肉。タケノコ抜きのチンジャオロースならつくれるな。


「あと弁当箱が必要か。ユズー、スペアの弁当箱使うぞー」

「いいけどなにに使うの?」

「白野に弁当持ってく」

「なに? 手料理振る舞っちゃう系? お兄ちゃん、あんまり全力出さない方がいいよ。相手のひとがいざ手料理つくったげよう、って思ったときに『超えられない……!』って悲しむ」

「いや、弁当に入れる炒め物なんて努力してもそう変わらんだろ」


 言いながら俺はキッチンの壁に吊るしてあった中華鍋をぐわんと音立ててコンロに置いた。


「ほらきた。全力じゃない」

「なにが?」

「中華鍋じゃなくてフライパンとか使ってこう、適度に手を抜いた方が」

「えー。まずいじゃん水っぽくなるし」

「それはそうだけど」


 わからないことを言う妹を無視して、俺はピーマンを刻みに入った。なるべく細く均一に、がやっぱり大事だと思う。

 ややあって下ごしらえが済み、じゃっかじゃっかと中華用のお玉で炒めて一気に火を通す。

 完成品をお皿に盛りつけて、俺はスマホを出すと写真に撮って『明日の昼用』と白野にRUINでメッセージを送った。


「よしまず一品。あとは冷凍のシュウマイ入れて、水菜のサラダでも添えとくか」


 サラダのためにごま油、オイスターソース、豆板醬、しょうゆを少量ずつ混ぜたドレッシングをつくっていると、ユズがキッチンカウンターに頬杖つきながら俺の作業を見ていた。


「……なんだかんだで、お兄ちゃんって尽くすタイプよね」

「たいしたことじゃないだろ。相手のよろこぶ顔が見れるかな、と思うから、やりたいだけだ」

「じゃあ普段わたしにつくってくれる料理も、わたしの笑顔が見たいから?」

「いや普段のメシは俺も共通で食べるものなんだからまずいもの食いたくないだけ」

「この温度差」


 よよよ、と泣き真似をしながらユズはちらちらこっちを見ていた。からかうんじゃないよ。


「身内相手なんてそんなもんだっての。白野は俺にとって特別なの」

「あーはいはい、ノロケるのはいいけど外ではやらないようにね気持ち悪いから」

「さすがにそんくらいの分別はあるわ!」

「どうなんだか。ていうか、その白野さんの写真は手に入った? しゃーしーんー」

「まだ撮ってねえよ。ないよ」

「つまんないの。『自撮り写真送って』ってRUINで言えばいいじゃない」

「自撮り写真って」


 その単語から、はじめて体育館裏で会って告白されたときの、半脱ぎになった白野を想像してしまった。

 ……頼んだらああいう恰好の写真でも送ってくれそうな気がする。いや頼まないけど。頼まないけど妄想はしてしまうのでそれくらいはできれば許してほしい。


「いまやらしい自撮り想像したでしょ」

「ばばば馬鹿言うな」


 弁当箱と夕飯用の皿にそれぞれ取り分けようとしたサラダがぼとぼとと流しに落ちた。ユズの白い目が痛い。


「わかりやすいなぁ本当……あのね、女の子はそういうのについての信頼込みで告白するんだからね?」

「承知してます……」

「ムード考えず変なことしないように」

「しないです……」

「さてそんなお兄ちゃんに朗報です。こちらのスマホをご覧ください」


 すいすいとカメラロールを操作していたユズが、ずいっとこちらに画面を見せつけてくる。


「ん、これって」

「去年の佐倉うちの学園祭の写真だけど、何枚か『白野さん』が映ってるのあったから」

「おおお! でかした妹よ!」


 洗った手を差し出してスマホを受け取ろうとしたら、さっと身を引かれたのでスカっと空振りした。なんだよもう。なにニヤっと笑ってんだよもう。


「タダであげるとは言ってないんだけど?」

「この性悪シスターめ」

「兄のためにわざわざ写真を入手してあげたのに性悪とはあんまりじゃない。いいのよべつに、要らないなら要らないでも」

「くそぉ、いくらだ?」

「そうね、二千円かな」

「……待ってろ財布取ってくる」

「あー、いまじゃなくていいの」

「あん?」


 よくわからないことを言うので訊き返すと、ユズはカウンターの上に置いた腕に顎を載せた姿勢でこちらを見上げた。


「今度見たい映画あるから、それついてきて。半分はお兄ちゃんのチケット代」

「あー。そういうこと」


 たぶんホラー映画かB級映画だ。

 ついてきてくれる友達がいないような、ヤバい内容なんだろう。……どういう意味のヤバいかはその時々だが、この妹にはその手の微妙な趣味がある。


「わかったよ。んじゃそのうちな」

「うふふ。ちゃんとエスコートしてよ?」


 鼻を鳴らして片眉を上げてみせる。ナマイキ言うな、と俺は痛くない程度の力でデコピンくれてやった。あだっ、と言ってのけぞってから、ユズは額をさすりつつ言う。


「いったいなぁ……まあほら、お兄ちゃんのデートの予行演習みたいにしてくれていいから。そういう意味でのエスコート。ね?」

「それだとまず座席の指定位置を離すとこからになるんだが、いいのか」

「え。今回見たいのホラーだからそれはヤだ。ていうかなにその距離感」

「いろいろあるんだよ。で、写真は?」

「ああ、はいはい。送るね」


 俺のスマホがヒュっと音を立て、受信する。なるほどたしかに佐倉の制服が多数映っている。

 さて、白野は……ん? どこだ?


「ほら、そこそこ」

「んん?」


 学園祭で出店したお好み焼き屋台を囲む数人の中のひとりを、ユズが指さす。

 ひどく前髪が長い。硬い立ち姿で、『屋台売り上げ一位!』との札を抱えている。

 表情はかすかに、本当にごくわずかに口角を上げている程度。だがそのわずかな表情に、やっと俺は理解する。


「これ、白野か?」

「お兄ちゃん、自分の恋人のことわかんないとか最低すぎない……?」

「だって。いまと全然イメージちがうから」

「高校デビューってやつ? そんなにちがうの」

「もっと可愛い」

「ノロケはもう結構なんですけど」

「いやそういう恋人目線のひいき目じゃなくってね?! 俺が知ってる白野は、もっと垢ぬけてるっていうか」


 この写真だと髪も伸ばしっぱなしにしただけのようだし、スカート丈は校則かっちり、って感じでやたら長いし、いまの白野のイメージとはずいぶんかけ離れている。ほかの写真でも、バスケ部の集合写真で『東海大会進出!』という札を持ってやはり硬い印象で立っていた。

 ユズは俺の言葉に小首をかしげていた。


「そもそもそんなに可愛いとか美人とかって評判はなかったと思うよ、白野さん。文武両道とは言われてたけど才色兼備ー、とかは言われてなかったし」

「めっちゃ高校デビューしたってことか」

「かな。まあ真相はわかんないけど。とりあえず、映画の日にちはまた決まったら強制呼び出しするってことでよろしくね」


 ひらひらと手を振って離れていき、ユズはソファに横になった。

 まだまだ白野についてわからないことが多いな、と思いながら、俺は写真をちょっと眺めて調理に戻った。


 ちなみに白野に送ったチンジャオロースの画像に対する返信は、十一時になるぎりぎりのタイミングで『その』『なんというか』『(言葉にならない感動)』という謎の連投で一応来た。



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