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その3 お昼休みも追われている

 入学早々なのでまだ授業も大したことはしない。今学期の概要説明だとか、教科担当の自己紹介くらいで終わる。

 なのでぼんやりと内容を聞き流して、俺は上の空だった。


 果たしてあの子はどこのクラスなのか。


 気になって仕方がないので、授業合間の休み時間にふらふらっと他のクラスをのぞいてみる。しかし姿は見つからなかった。トイレにでも行ってたのかな。

 あんな可愛い子ならだれか知ってるひともいるだろうし、昼休憩になったら聞き込みをしてみるか。あるいは職員室で写真付きクラス名簿とか借りられないかな。

 そんなこんなで手を考えながら時間を過ごした俺は、チャイムの音にハっとした。

 おっと、もう昼休憩だ。


「ボンドー、昼ごはんはどうしたんだい」


 クラスが隣なので弁当片手にやってきた新御堂は、俺の机の上が空っぽなのを見てぼやいた。


「いや、今日は妹の弁当作ったら米切らしちゃってさ。俺の分作れなかったんだよ」

「お前がそういうミスをするのは珍しいことだね」

「まあ……うん。昨日の告白騒ぎで動揺してて」

「ずいぶんとまあショックを受けているね。では僕は先に、いただきます」

「え、お前弁当分けてくれるとかそういう発想ないの?」

「残念だがボンド、この弁当は一人用なんだ」

「嫌味な金持ちボンボンみたいなことを……」


 アホなやりとりをしてもしょうがない。俺は購買に行くことにした。

 この時間だと混んでそうな気がするけど、やむなし。


「ちょっと行ってくる」

「いってらっしゃい。早めに戻ってきておくれよ、他クラスまで来てぼっちメシは勘弁だ」

「いい機会だと思って友達でも作れば?」


 突き放すと、新御堂は箸を口にくわえたまま肩をすくめた。

 俺は窓際の自席を離れ教室から出ると特別教室棟へ向かう渡り廊下に足を踏み入れ、棟と棟の中間にある階段を下っていく。

 一階の購買が近づくにつれてがやがやとしたざわめきが大きくなってきた。

 階段を降りてすぐのところにある購買にたどり着くと、おお。そこは阿鼻叫喚の戦場。


「あんぱん!」「カツサンド!」「三五〇円!」「鮭にぎり!」「いくらにぎり!」「ちくしょう!」「取られた!」「タルタルバーガー!」「それ俺の!」「いや私の!」「小倉トースト!」「一八〇円だよ!」「ハイおつり!」「要らん!」「かっこいい!」「要らんなら俺にくれ!」


 もうなにがなにやらって感じで注文とお金とおつりが飛び交っている。

 すごいとこ来ちゃったかな……と途方に暮れていたら、あれよあれよという間に目の前でパンもおにぎりも消えていった。

 隙間に入り込む余地もなく。

 気づけば俺はなにも手にできないまま呆然と立ち尽くしていた。


「遅かったねきみ、もっと早く来なきゃあかんよ」

「はぁ」

「ハイこれ。残念賞!」


 購買のおばちゃんにお情けのようにパンの耳一袋を渡され(三〇円だった)、俺はとぼとぼと歩いてぼそぼそとかじった。ひもじい。

 そうして足取り重く三階の教室への階段をのぼっていると、タタタタタと軽快なステップで段差を駆け下りてくる音が聞こえた。危ないかもしれないので端に寄る俺。

 すると、


 さらりと。

 柔らかで豊かな黒髪が、

 視界の端に舞った気がした。


 横を見れば、とーんと軽やかに階段を飛び越していく例の彼女の姿があった。

 次いで手の中にわずかな重み。

 見れば、購買で入手したと思しき焼きそばパンが収まっていた。


「ちょちょっと待った! なにこれ!」


 あわてて声をかけると降りる途中でぴたっと足を止めた彼女が振り返る。

 もじもじと両サイドの髪を握りしめてこちらを見上げながら、彼女は言った。


「う、浦木くんが購買でなにも買えなかったみたいだから……僭越ながらお食事の差し入れをと思いまして」


 どうやら陰からのお助けのつもりだったらしい。


「それならこんなスパイの証拠品受け渡しみたいにすれちがいざまじゃなく普通に渡してくれればいいのに……」

「普通に……教室、プレゼントボックスとかあります?」

「教室ライブ会場じゃないからね。普通に、普通に手渡ししてくれればいいよ」

「手渡しなんてそんな難易度の高い……! 息がかかるような至近距離で目を合わせてあまつさえ手を握ってもらえるかもしれないなんて、考えただけで震えが……!」


 身体を掻き抱いて身をよじり、彼女はかーっと頬を上気させた。

 腕が両胸を押しつぶしていて、なんとも目のやり場に困る。くそぅ、一挙一動で俺の視線をかっさらっていくなぁこの子……。


「うん、なら渡し方はべつにそのままでいいけど……で、これ、くれるの?」

「嫌いなものとかだったら変えてきますけど」

「いや、好きだしありがたいよ。でもこれ、きみの昼ごはんじゃないの?」

「ああ、自分のお昼はお弁当を用意してたので。大丈夫です!」

「え、じゃあこれ最初から俺にくれるために……?」

「もちろん。さっき教室から出てきたときに、なにやらご飯がないような素振りをしてましたから。購買へ先回りして買っておいたわけです」

「そ、そう……お気遣いありがとう」


 気遣いはうれしいけれどこちらの知らぬ間に行動にチェックを入れられていた。

 いや、全然見られてるの気づかなかった。やっぱり俺は視線を感知するようなスキルがない。


「にしても買うの大変だったでしょ、あんな混んでたし」

「いえ? 混んでたけど意外とするする入れましたよ?」

「ええ……? ああ、でもまあ、そうなるか」

「?」


 俺の意図するところがわからないようで、きょとんとする彼女。

 まあね。仕方ないよね。

 どこにでもいる一般人の俺と、テレビか雑誌でやっとお見かけできそうなハイレベル容姿の彼女とでは周囲の反応もちがってくるだろう。モーセのあれみたいに人波が割れてる図が容易に想像できた。


「見た目はなんにおいても大事だな……」

「なんのお話です?」

「いや、なんでもないよ。ところでこれいくらだった? とりあえず買ったお値段分は俺、払うよ」

「そんな、お金なんてとんでもない!」

「そういうわけにもいかんでしょ」

「いやいやいや、お金をいただくなんて恐れ多い! 私がしたかっただけなんですから!」

「でも俺なにも返せないし」

「そんなことないですよ。ただ浦木くんが空腹を満たして心安らかに過ごしていただければ、それが私にとってなによりの見返りなわけです」


 きらきらした目で俺の胸元あたりを見ながら言う。

 そう言われると、断れないけど。


「まあ……それならもらっておくか」

「わあ、ありがとうございます! ああ、私の労働が浦木くんの血肉に……!」


 そのうちなにかでお返ししようと思いながら言えば、彼女はぺこぺこと頭を下げていた。

 当人はたぶん、うれしい気持ちの発露としてパタパタと激しいアクションを示しているだけ――たとえがアレだが犬が尻尾振るような感じ――なのだろうが。

 はたから見ると可愛い女子が必死に頭を下げながら、俺にパンを差し出してる構図にしか見えないと思った。

 いままた、横を通っていった二年生(リボンの色が緑)女子が、汚物を見るような目で俺にガンとばして早足で歩き去る。

 ちがうから。

 女の子パシらせて謝らせてるとかじゃないから。


「ひっ、ひとまずもういいから。頭下げなくて。あのさ、俺場所移してご飯にしたいんだけど」

「あっ。ごめんなさい、貴重なお昼休憩でしたのに」

「いや全然。全然構わないから」


 言いつつ俺は考える。

 このまま教室に戻って新御堂と飯を食うより、せっかく繋いだこの機会を逃さずこの子と食事をする方がいいのでは、と。

 やるならば善は急げ。まず場所をどこにするか。


「えーと、そうだな。たしか一階の自販機の近くに食事スペースあったような」


 考えつつとんとんと段差を降りると、俺が近づいた段数の分、彼女も後ろ歩きで下がった。

 一定の距離は保持したまま、彼女は後ろ歩きで下がり続けた。昨日の言葉通り、やはり呼吸困難にならない距離で近づきすぎないようにしているらしい。

 段差を降り切ると、横にどいて俺に道を空け軽く会釈した。


「どうぞ。いってらっしゃいませ」


 ホテルの見送りみたいな感じだった。

 正面の購買でこの光景を見たおばちゃんも反応に困っており、俺が奇異な命令を出したんじゃないかと疑いの目を向けてくる。してないからそんな特殊なプレイ。


「ところできみは、もう昼食べたの?」

「はい。持参したお弁当はもう食べ終えております」

「……そっか」


 うーん。

 まだ食べてない、とかなら「一緒に食べない?」と誘えたんだけど。


「まあいいや。えっと、その。喉渇いてない?」

「いや。それほど渇いてないです」

「……そっか」


 まいった。まずい。

 このままだとまたぞろ「それでは!」とか言って帰ってしまう可能性大だ。

 できればもう少し話をしたい。ここはなんとかついてきてもらいたいところ。

 苦肉の策で、俺はあーとかうーとかうなりながら尋ねた。


「あー、その。うーんと。自販機コーナーって、どっちだっけ」

「あ、はい! そこの角を左に曲がってもらって、突き当たった食事スペースを右です」

「……そっか」


 会話終了。

 早いよ! 案内してもらって、そのまま食事スペースで席について流れでおしゃべりに持ち込もうと思ったのにもう会話途切れたよ。

 どうする俺。どうする。

 迷ってる間にも彼女はどんどん帰りそうな気配を濃厚にしている。


「それでは、私はこれで――」「あーっと! そのさ!」


 片手を突き出して無理やり遮った。はてなと目をぱちくりさせた彼女。

 弱った。なにも考えなどなくとりあえず帰さないようにと動いてしまった。

 どうする、どうする、どうする!


「え、っと。そのー、なんだー、」

「は、はい」

「あー…………」


 ぐるぐると頭の中で渦が巻いてる感じがした。

 悩み悩んで、俺はとっさに言う。

 そういえばいまだに不明だった点についてだ。


「な、名前。名前を、教えてくれないか」

「名前、ですか?」

「うん。まだ名前も聞けてなかった。ほら、食べ物もらったのに相手の名前も知らないっていうのは、ね? なんか変な感じするというか」


 よくわからない理屈で丸め込もうとすると、彼女は口許に手をあてがうようにして考え込んだ。

 ばっと顔を上げて、あわわと表情を崩してから、また頭を下げる。


「た、たしかに……! 口にするものを渡しておいてその人物の素性が不明というのでは、心配になりますよね! 考えが至らず申し訳ないです!」

「えっ。あの、そういう意味じゃなかったんだけど……」

「身元を明らかにしないと……保険証でいいですか?」

「なんで身分確認みたいになってんの。えーと、なら生徒手帳とかでいいよ」


 ごそごそと生徒手帳を出した彼女は両手で抱えて限界まで腕を伸ばし、爪先立ちになって、なるべく近づきすぎないようにしながら手帳を寄こす。


「一年一組、しらの……かなた?」

「あっはい! 私、白野かなたです。よろしくお願いいたします」

「あ、いやこちらこそ。浦木工です」


 ぺこぺこと頭を下げ合う。

 なにはともあれ、これでようやく名前とクラスを知ることができた。

 しらの、白野か。今度からはそう呼ぼう。


「では、お昼の邪魔をしてはいけないので失礼いたします!」

「あっ、いや! 邪魔なんかじゃないよ! むしろそのっ、もう少し話をしたいというか、」

「なんと……! 過ぎたお言葉です! というかすいません、私もうだいぶ体力が限界に近いといいますかっ、……酸素が、薄くなってきてるといいますか……!」


 見れば白野は顔を赤くしたままフラフラしはじめていた。高熱を出してるときみたいだ。

 しまった、距離が近すぎたか……残念。


「そ、そっか。じゃあ無理はしないで、休んできて」

「せっかくお誘いいただいたのに、申し訳ないです……それでは」

「うん。またね。パンありがとう、おかげで空腹にならずに済みそうだ」

「いえいえいえいえ、そんなそんな。浦木くんの糧となることができて光栄です」


 糧って言い方だとなんか白野食べてしまったみたいなんだけど。いや食べるってそういう意味じゃなく。

 しかしあせあせと首を振りながら身を縮こまらせている白野は――本当に可愛い。

 落ち着きのなさが微笑ましいというか。ずっと見ていたい。


「で、ではでは。これにてっ」


 何度か頭を下げつつ白野はフェードアウトしていって、俺は手を振り見送った。

 残されたさみしさがじわじわと募る。

 それを横目で見ていたらしい購買のおばちゃんが、カウンターに頬杖つきながら言う。


「……なんか込み入った感じね。どういう関係なの、きみたち」

「俺もよくわかんないです」


 首をかしげて返し、俺は自販機コーナーでジュースを買ってから教室への帰路を急いだ。

 とりあえず進展は進展だ。

 しかし、白野……かなた……どこかで見たような気がする名前なんだけど。なんだろう?

 考えつつ三階へ戻ってきた俺は、自分の教室へ戻る途中でふっと廊下に貼りだされていたものに目をやる。

 あ、と気づいた。


「これだ、ここで見た覚えあったんだ」


 入学式のあとにおこなわれた、学力テストの順位表。

 自分の順位を探すついでにトップの方はどんなもんだろうと確認したときに、見ていたのだ。

 なにしろ一番覚えやすい位置にあったから。


「堂々の第一位――白野かなた」


 文句なしの全科目満点で首位である。ちなみに俺は十九位。

 しかしまあ俺に好意を寄せてくれた彼女は、ずいぶんな秀才のようだった。

 ……あんまりそうは見えなかったけど。


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