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16/18

その16 写真NGですか? そうですか……


 でもまあ悪いことってのはできないものらしい。

 写真の件は、わりとすぐに白野にバレた。

 週が明けて月曜日。

 いつものように昼食の折。


「あれ? 浦木くんそのホーム画面……」


 と言って、白野が固まった。

 そう。

 なんだかんだでまたも悪魔の誘惑に勝てなかった俺は、ホーム画面の背景に白野の寝顔を設定してしまったのだった。


 ……だってさ、ふとした瞬間に見たいじゃん。

 ぱっと画面に表示させるだけで幸福になれるならそうしておきたいじゃん。だれだってそうする。俺もそうする。リスクと感情を秤にかけて、俺は感情を取ったのだ。

 でもバレたなら潔く謝る。そこも、悪魔のプレゼンに従おう。


「あー、その。土曜にうちに来たときに、白野が寝落ちしてたから……ごめん、こそっと撮っちゃったんだ」


 両手を合わせて謝罪し、頭を下げる。

 謝罪としては真剣さが薄い態度だったのは否めないが、まあ白野も俺を盗撮してたんだしこれでイーブンってとこだろうと俺は高をくくっていた。

 ところが。

 そうは問屋が卸さなかった。


「……なっ……なっ……こ、この、写真を、…………浦木くん、が……?」

「え。あ、うん。そうです」

「な、な……――っ!」


 例によって座席三つ分向こうに座っていた白野は、俺を見て顔をくしゃっとさせながらのけぞっていた。

 顔色も、まあ例によって例のごとく真っ赤で。

 箸を持ったままの手の甲で気まずそうに口許を押さえてから、いろいろと押し殺したような声音を喉奥でうぐぐと鳴らした。

 次いで、ぱたぱたぱたっと弁当周りを片付けると「あちらのお客様からです」みたいな感じでシューっとこっちに弁当箱を滑らせてきた。なんだなんだ。


「す、すいません、今日は、これで」

「へ? これでって、え?」

「失礼しますっ」


 がたっと立ち上がり、ぺこりと一礼すると食事スペースの扉からダっと外へ駆けだす。

 スペースにいた人々もなんだなんだと俺を見て、また駆け去った白野の方を見やる。

 俺はしばしぽかんとして。

 数秒経って、自分が白野に置いていかれたことを認識した。


「え、白野? ……えっ、白野!?」


 ちょっ、待って。予想外。

 え、そんなに?

 寝顔の写真撮ったのが、そんなに怒るレベルのことだったの?!


「ちょ、ちょっと待っ、うわぁぁ足速い速い速い――ちょっ、おーい! ごめんなさぁぁい! 申し訳ないです、俺が悪かったです! ねえ白野! し、白野ーっっっっ!!」


 必死になって去り行く後ろ姿を追いかけるものの、あっという間に背中は遠くなっていく。

 小さくなっていく。

 見えなくなっていく……。

 俺はぽつんと取り残されて、追いつけないので足を止めた。

 四月の陽気の中で、ひとり。

 孤独を噛みしめて、周囲からはなんとも言えない好奇の目線を向けられることになった。

 ……あー。

 やらかしたぁ……。


        +


「それはお前、寝顔なんて無防備な状態のものを無断で撮られたら、怒るのも無理からぬことではないのかい」


 夕方。

 白野からはRUINの返信も来ないので当然一緒に帰ることもできず、俺は久しぶりに新御堂と肩を並べて帰路についていた。

 で、とぼとぼ歩きつつ昼の一件について話すと、奴は腕組みしながらそんな風に言ったのだった。

 少しは別視点の意見や慰めの言葉を述べてくれるかと期待してた俺は、真っ向からバッサリ切られた気分で意気消沈した。


「……やっぱ、そうなのかなぁ」

「ほかに思い当る節があるのなら話してごらんよ」

「ないけど」

「ならば間違いないだろうよ」

「でも顔……寝顔は、無防備かもしんないけど。それを撮られてここまで怒るもんなのか?」

「男の僕に訊かれてもなんとも言えないけれど」

「だよな」

「しかし、推測はできるね」


 てくてくと半歩先を進みながら、新御堂は人差し指を立てて俺の顔を示した。


「ボンド、相手は曲がりなりにも女子だよ、しかもお前に恋する女子だ」

「そうだな」

「つまりそれは、『お前が自分をどのように見ているか』を、この世のだれより気にしている人物ということだ」


 指を二本立てて俺の両目を指しながら、奴はつづける。


「白野かなたの顔は、まず一般的に言って可愛い部類だ。お前だってそこについて甘い言葉のひとつやふたつはかけたことがあるだろう」

「ま、まあ……それなりには」

「照れてくれるなよ気持っち悪い……」

「お前が訊くから答えたんだけど!?」

「話の腰を折らないように答えておくれよ。まあ、ともかくだ。顔は良い。見目が良い方だ。けれどだね――眠っているときは、どうかな?」


 あいかわらず指を突きつけたまま、新御堂は犯人を追い詰めた探偵がトリック解説に入ったみたいな言い回しになった。

 こいつ何気に探偵ものとか刑事もの好きだからな。興が乗ってきたんだろう。でもここを指摘するとまた話の腰を折るので素直に訊き返してやった。


「……どう、とは?」

「だれだって眠れば気が抜ける……よだれは垂れるし、表情をつくってはいられない。要は、『見せてもいい顔をしていなかった』可能性が高い!」

「……あー」

「そこは『あっ!』と驚いてほしかった」

「知らねーよお前の求めるリアクションは」


 ただ、なんとなく理解できる話ではあった。

 要は完全に素の自分を見られたかもしれない、という事実が嫌だったのか。

『演技』……って言い方だと嫌なイメージをもたれそうだけど、だれだって相手に合わせて表情とか言葉遣いとか仕草を変える。俺が新御堂やユズに接してるようなぞんざいな態度を白野には見せないように、白野だっていろいろと俺に見せない部分があるんだろう。

 でも気が抜けて眠ってたら素が出る。

 見せないようにしていた部分が、見えてしまったかもしれない。白野はそれが嫌で走り去ったのか。


「いびき、寝言、放屁……意識があるときは防げるそれらが、漏れ出していた可能性もあるのだしね」

「そんなことはしなかったけど、心配になる気持ちはわかる」


 俺もあのときは前日に目が冴えて深夜まで起きてたから、ちょっと眠かった。もし眠ってたらたしかにその辺が気になっただろう。

 新御堂の推測によってようやくことの本質に行き着いた俺は、頭を抱えた。


「うわぁぁ……やらかしたな……」

「後悔先に立たずだね」

「どうすればいいと思う?」

「誠心誠意、謝りつづけるほかないと思うよ。反省している旨を伝えて」

「ですよねー……」

「なぜそういうことをしてしまったのか。今後の再発を防止するためにどのようにしていくのか。そういった諸々についても考えをまとめて提出することだね」

「寝顔が魅力的だったので、いつでも見返せるようにと思って無断で写真に残してしまいました。今後は同じことをしないようより一層自制心を強く持つことに努めます」

「動機が気持ち悪い」

「事実を述べるとこうなるんだよ仕方ないだろ!」

「はあ。白野かなたがこれで嫌がらなければいいけれどね」


 心配になるようなことを言い捨ててくれる新御堂だった。

 勘弁してくれ。嫌われたらと思うと体が鉛のように重くなってくる。

 本当に。心の重さが足に連動してきた。どんどん足取りがのろくなり、ついに俺は立ち止まってしまう。


「……好きなひとに嫌われた、って気持ち。こんなに響くんだな」

「あいにくと僕は経験がないけれど、お前の絶望感はよくわかるよ。顔に出ている」


 少し先の方を歩いていた新御堂は自販機の前で止まると財布を取り出し、ぴっとボタンを押してなにか購入していた。

 自分の分は缶コーヒーを。そしてもう一本選び、よく見かけるエナジードリンクをほれとこっちに投げてくる。元気出せってか。


「ありがとうよ」

「気にしなくともいい。ルーレット当たったからくれてやっただけなのでね」

「あ、そういうこと。まあでも、ありがと」

「いえいえ。……ああ、こういうささいなことでも、ひとの感情というのは動かされるものだよね」


 プルタブを起こしてコーヒーをすすりながら、新御堂は電柱に背をもたせかけながら言う。


「なに、急に」

「いやね、ささいなことでひとの好感度は上下するのだなと思ったのさ」

「……いまの俺には耳が痛いな」

「だろうね。そして物事が『ささい』かそうでないかは、受けた相手の捉え方次第だね」

「だなぁ……配慮が足りてなかったと言わざるを得ない」


 がりがりと頭を掻いてから、一気に缶を飲み干す。

 炭酸の刺激を胃に納めて、俺はスマホを取り出した。RUINの白野の連絡先を開いて……でもやっぱりやめておく。

 こういうのは直接伝えた方が、いいだろう。


「明日、もう一回ちゃんと伝えてみるよ」

「そうするといい。きちんと謝れば、きっと大丈夫さ」


 最後の最後だけは励ましの言葉をくれて、新御堂は握りへこませたスチール缶をほいっとゴミ箱に投げる。

 器用に穴を通して箱に落ちた缶は、コランと小気味よい音を立てていた。



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