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その14 ソワソワする兄をなだめる妹の巻


 考えてみたら良い案だ。

 外に出ると互いの距離感を気にしなければならず、小さいお店とか混んでるお店だと入って一緒に動くこともままならない俺たちだけど。

 自宅だったら距離も取りやすいし、なにより白野がよろこぶ。

 じつに妙案である。またしてもうまく提案してくれた白野に感謝だ。

 そんなわけで、おうちデート実施となる今日、土曜日。

 約束の時間である正午が近づき、俺はリビングでゆったりしていた。


「……ねえ、お兄ちゃんさ」

「ん、どうした」

「リビングうろうろするのやめてくんない? もっとゆったりどーんと構えてなさいよ、男らしく」

「そんなにうろうろしてないだろ」

「もうトイレに三回行って洗面所には五回行ってる」

「ウソだろ?」


 ソファで体操座りしてテレビを見ていたユズは、洗面所から帰ってきて固まった俺を見てわざとらしいため息をついていた。


「朝からずーっとそわそわしすぎ。何年ぶりよ、朝ごはんの目玉焼き焦がすなんて」

「家事やりはじめた頃以来だから、五年ぶりくらいかなぁ」

「はぁ~……お昼つくるのも大丈夫? もうピザとか出前取った方がいいんじゃない?」

「そこはもてなしたいだろ自分の腕で。大丈夫だ、白野好き嫌いもアレルギーもないらしいし。あとは最高のメシをつくるだけさ」

「心配しかないんだけど」

「どこがだよ。シミュレーション完璧にしてたの見たろお前も」


 まずは飲み物。緑茶も紅茶も珈琲もジュースも用意した。

 座ってもらうのはユズがいま腰かけるソファ。こいつは白野を一目見たいだけらしいので、正午には退散するし問題ない。ちなみに俺はソファから離したスツールに座るつもりだ。

 ソファ前のローテーブルにはお茶請けをすでに設置済み。

 テレビの下にも映画を複数設置済み。恋愛ものからコメディから名作アニメまで十本ある。ひとつくらいはウケがいいものがあるだろう。

 昼食は無難にパスタにした。匂いの強いニンニクとか使う奴はやめて、和風パスタにしようと考えている。

 食後にはケーキだ。これは手製ではなく駅前の人気店の品。話題にしやすいかと思って朝の開店と同時に買ってきた。


 ――万全にして徹底的な、もてなし。

 白野には浦木流の洗礼を受けてもらう。


「けどあんまり完璧にシミュレーションしすぎると、不測の事態であたふたしそうよねー」


 嫌なことを言いながら、ユズは身を屈めてソファの下を指先でつつつと撫でる。

 ちりひとつ指先に付かないのを見て、うわぁと言いたげに顔をしかめた。なにを小姑じみたことして失敗してんだ。


「アラ探しても無駄だぞ。白野の視界に入りそうな場所は徹底的に掃除した」

「ああ、そう。お兄ちゃんそのものも朝からお風呂入って掃除したものね」

「……お前なんでそんな汚いものを見るような目してんの? 風呂入ったんだよ?」

「べっつにー。付き合って一か月も経ってない恋人を自宅に連れ込む前にお風呂入ってるのが、なんかなーって思っただけよ」


 ゲスなものを見る目をしながら、ユズはお茶請けのハッピーなあられ菓子をかじった。


「……いやそういう下心によるものじゃないって。言ったろ接近と接触禁止なんだって」

「どうだか。『家に上がったってことは同意したってことだよね』とか言い出すんでしょう」

「だからお昼のワイドショー見ながら犯人像に俺を当てはめるのをやめろよ。そんなこと言わないっての」

「そうよね。お兄ちゃんにそんな肉食性あるわけないもの」


 ころっと掌を返されるとそれはそれで釈然としないな。

 あられを飲み込んだユズは、ソファのひじ掛けに頬杖つきながらぼやく。


「逆に、向こうから迫られたらどうするー?」

「ないと思うぞ」

「でも向こうから自宅行きたい、って言われたんでしょ?」

「それはそうだけど」

「お父さんは今日会社の歓迎会で帰るの遅いし、わたしも六時までは帰らないからね」

「変な気回してんじゃねーよ!」


 中学生のくせに生意気な。

 向こうから迫ってくるなんてそんなこと有り得んだろ。たしかに白野の方から「家に行ってみたい」と言ってきたのは事実だが。

 ……え、ないよね。

 ないよね?

 とか否定の言葉を並べながらも俺の脳裏には告白してきたときに白野が見せてくれたセーラー服の隙間と限界まで紅潮した顔がありありと浮かんでいた。


「お兄ちゃん……顔キモくなってる」

「お前が妄想するように誘導したんだからそこまで言うことなくない?!」

「本当に、ね。誠実さで対応しなさいよね」

「しみじみ言うなや!」


 言われなくてもわかっとるわ。

 なんてことを考えていたら、ぴんぽーんとチャイムが鳴った。

 俺とユズが視線を交わす。


「ついに……来た」

「そんな緊張しないでよ、お兄ちゃん」

「べべべつに緊張なんて、そんな。まさか俺が。するわけ、ないだろ?」


 言いながら俺はユズが座るソファの背もたれに手をつこうとして、手を滑らせてすっ転んだ。

 やめろ。

 可哀そうなものを見る目で俺を眺めるな。


「……しょうがないな。わたし代わりに出るよ」

「よろしく……」


 まだ体勢の整わない俺を後目にユズがドアホンへ近づき、ピッと通話ボタンを押す。

 途端に画面いっぱいに黒いものが映し出された。

 わけがわからずユズが怪訝な声をあげた。


「……はい?」

『あっあれっ浦木くんの声じゃない?! あっそうか妹さん……ご家族の方……あ……あのそのえとっっ! 私、白野かなたと申しますっっ! 浦木くんを訪ねてまいりましたっっっ!!』


 黒いものはやたら大きな声でしゃべった。

 その黒いもの、がお辞儀したままカメラにドアップで写し出された頭のつむじだと俺とユズが気づくには、もう三秒ほど必要だった。


「……お兄ちゃん、これ?」

「これとか言うなや」

「だってこれ、こんな出オチ……」

「出オチとか言うなや」


 笑えばいいのか引けばいいのかわからないという顔でユズは困惑していた。

 やがて硬直を抜けたのか、少し考えこんでから画面向こうの白野へ返す。


「はぁ……失礼ですが、浦木とどういった関係の方ですか?」

『どういっ痛っ?! え、ええええとそのあのんとえと、どういうのかと言われますとそのっ、浦木工くんの……浦木くんの……その……』


 慌てふためいてごちんとカメラに頭突きをかまし、うつむいて頭を押さえたまま屈みこみ徐々に声のトーンも落ちていく。

 ユズ、ゆっくりこっち振り返って「え、マジで大丈夫?」みたいな顔すんな。それが白野だ。

 つまり俺の。


『こっ、………………こここここっ、恋人、です……』

「お兄ちゃん鶏と付き合いはじめたの?」

「てめーそろそろ失礼だぞ」


 立ち上がってユズの隣に並んだ俺は白野に上がってくるように言って、オートロックを解除した。

 ここは七階なので、エレベーターで上がってくるのを待つために玄関へ繋がる廊下に出ると、ユズも白野を一目見ようとついてくる。

 ドアの前に二人で立った。ユズは壁に背を預けて腕組みしている。


「向こうの緊張具合がひどすぎたからか、お兄ちゃん逆に落ち着いちゃった感じね」

「それは否定できない」

「……でもやっぱりあの緊張と、家族がいることへの動揺って、つまり」

「ちがうから。そういうんじゃないから」

「まあ、デート二回目だし可能性薄いか。前回をデートって数えていいかわかんないけど」

「あん? 回数に意味あんの?」

「三回目はキスとかOKって世間では言うじゃない」

「へー。知らんかった」


 世間一般的なデートの作法やらなんやらは、前回の件からあまり俺たちには参考にならないと思ってもう調べなくなってしまったが。世間ではそういう感じなのか。


「しまった、こういうこと言っちゃったら絶対お兄ちゃん意識するはずよね……」

「そりゃ意識はするさ。するけど」

「けど?」

「世間一般、とか。普通、とか。あんまそういうのにはとらわれないでいこうって決めてるから。俺と白野は俺と白野の関係で、距離感で――それでいいと思ってるから。無理に世間並に揃えてく気は、ないよ」

「ひゅー、おとこまえー」

「なんで茶化すの? 俺いま良いこと言わなかった?」


 けらけら笑うユズだった。つられて俺も乾いた笑い声を出す。そんな俺を見てユズは優しげな目をした。……こいつ、俺の緊張をほぐそうとしてくれてたのか。

 そこで、ぴんぽんと近くから音。

 ドアにはめ込まれた縦長のすりガラスに、人影が映っている。

 即座に俺は気を引き締めた。


「……来た」

「せっかく緊張ほぐしてあげたのに、瞬時に臨戦態勢戻るのよねお兄ちゃん」

「感謝はしてるけどこればっかりはしょうがない……と、とりあえず。開けよう……はーい!いま出る! ちょっと下がってて!」


 ドアのロックを外し、がちゃりと開く。

 そこで――――俺は白野を目にし、

 すぐに掌で顔を覆った。


「い、入り口では申し訳ありませんでした……妹さんがお出でだとは存じておりませんで。というか、浦木くん? どうされました?」

「……いや……ようこそ。いらっしゃい」


 言葉に詰まっていた俺を見て心配そうな声を出す白野。

 おそるおそる掌の内で目を開くと、大丈夫だった。目がつぶれてはいなかった。


 そんな心配をしてしまうほど――今日の白野は可憐に、耀いていた。

 淡い空色のフィッシュテールスカートが、腰の位置高く裾を微風になびかせている。

 トップスはオフショルダーの白いパフスリーヴブラウスで、首元には縁にレース飾りをあしらった付け襟と細くて黒いリボン。

 革製の小さなフラップバッグを肩から斜め掛けにして――うん、ブラウスが窮屈そうに見える。胸が強調されてしまってるので目のやり場に困る。


「浦木くん?」


 彼女が身を屈めて俺の様子を見る。白い喉元から鈴のような声が鳴る。

 長い黒髪は普段よりもさらに手入れして整えたのか、毛先が軽やかにみずみずしく跳ねた。

 こちらを向いた、青みを帯びた瞳がひとつしばたくたびに、星が流れる。

 整い過ぎた顔は学校で見るときとはちがってほんのりと化粧を施しており、その普段とのわずかな差に、特別な日という感じがして胸が高鳴った。

 ともかくも。

 清楚清純完璧に。

 白野は己を仕上げてきていた。


「……、…………痛い!」


 言葉を失っている俺を見て、ユズが横から向こうずねを蹴っ飛ばしてきた。

 なに? どうしたの急に、口パク? ……「か わ い い って い え」……や、そう言うべきなのはわかってる、わかってますけども!


「身内の前で恋人褒めんの恥ずくない……?」

「ばか。たとえここが大衆の面前でも『俺の恋人は最高』って叫べなきゃダメ。ていうかこれアレよ、この完成度を秒で褒めなかったら男として死ぬべき。ていうかなにこのひと。本当にあの写真の野暮ったかったひと? 信じられない、化けすぎ」


 まじかー、と口の動きだけ成しながら、ユズも白野に見入っていた。

 白野は視線に気づいてあたふたして、「ど、どうも。白野です」とぺこぺこ頭を下げていた。

 あの。あんまり頭下げないでくれませんか。

 肩が広く出てるブラウスだから、襟ぐりから胸元が見えかねな、痛い! もうさぁユズ蹴るなよお前、わかったから!


「っと、そのー。白野。…………服似合ってる。いいね」

「っほ、本当ですか? ああ、ありがとうございます!」


 ただでさえ耀いているのに褒めたら表情がぱあっと花開いた。まぶしいまぶしい。網膜に焼き付くかもしれない。そうなったらそれはそれでよろこばしいが。


「えへへ。浦木くんのお好みの服装にしましたので……よろこんでいただけたなら幸いです」


 この言葉に横でユズが怪訝な顔をして。

 広く出た白野の肩回りとか、なんかフェチズムを感じさせそうな付け襟なんかをじっと観察し、俺に視線を戻した。

 口パクはなかったが、「こういうの着てこいって言ったの? 引くわー。コーデにまで口出すとか女の子なんだと思ってるの? 相手のセンスに任せてかつ受け入れなさいよ」という意識が目つきだけですべて伝わってきた。


「ちがう、ユズ。俺はべつにこういうの着てこいとは言ってない」

「でもいま好みに合わせたって言ったじゃない」

「あ、私が自分でお好みを調べただけなのです。いやぁ、もともと大して服を持っていなかったのでどうしたものかと焦りましたが、なんとかいい具合に揃えられました」


 褒められるのを待っている犬みたいな表情で、白野はふふんと鼻に抜ける笑い声を漏らした。

 ユズはなんとも言えない顔をしていた。


「……個性的な、ひとね」


 だいぶオブラートに包んだひと言だった。気遣いができる子に育ったなぁ……。


「まーそうは言っても、本当に美人なひとでびっくりしたのはたしかよ」

「だろ」

「ぜったいに選ばれる側じゃなくて選ぶ側だと思う」

「だな」

「お兄ちゃんを選ぶのはもったいないくらい……」


 真面目な顔で言って、ちらっと俺を見上げた。

 この目つきは「こんなひとなかなかいないだろうから、大事にしなさいよ」だ。


「わーかってるよ」

「よろしい。じゃ、わたし出かけるから。白野さん、兄をよろしくどうぞ」

「あ、はははいっ。任されますっ」


 会釈したユズに白野が会釈を返して。

 ぱたんとドアが閉まり、二人だけになった。


 ……二人だけ。


 こんな可愛い恰好してきた白野と、二人。か。


 いや本当に、どこで調べてきたのかわからんけどすごい俺の好みの服装してきたなぁ。

 えろいもの見るときは俺スポーツやってる感じのシチュが好きだけど。単純に女子のファッションっていうと狙い過ぎなくらいのこういうタイプが好きだ。

 女子受けとかのバランスを考えるとアレなファッションかもしれないけど。その辺白野はガン無視してるっぽい。

 実際、似合い過ぎるくらい似合っているので文句つけられる奴もそうはいないと思うし。


「じ、じっと見つめられますと、頭が茹で上がりそうです」

「あーごめんごめん。じゃ、まずは上がって」

「お邪魔しますっ」


 とりあえずスリッパを出して、上がってもらった。


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