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暗黒騎士さん、暗黒騎士ではいられない


 目の前が漆黒に染まる。

 闇の奔流が身体を飲み込んだ。

 身体のあちこちを、焼け付くような痛みが奔る。

 

 真っ向から来るそれを、暗黒騎士さんは無銘の魔剣で受ける。一度目は防ぐ事能わず、二度目は防げた。ならば三度目は。


「ぐっーーくぅぅぅぅぅぅ……っ!」


 一度目、二度目、それを勝る程の勢いで放たれた暗黒は、正に必殺の一撃である。

 傷だらけの全身が悲鳴を上げる。

 盾にと構えた剣に亀裂が走る。

 暗黒騎士さんの鎧は、既にあちこちひび割れを起こしている。

 それでも。

 そこから引く訳にはいかなかった。


 初めて、手が届いた。


 兄が、自分を試そうとしている。

 ならば示さなくてはならない。

 自らの道を見せなければならない。

 それが例え、どのような結末になったとしても。


「だから――ッ!」


 一歩。

 前に。

 暗黒の奔流の中へと、大地を踏み締める。

 それは、無茶である。無謀とさえ言える。

 ボロボロの身体は耐えられない。

 ボロボロの魔剣は耐えられない。

 何一つ、為すことも出来ずに、ただ朽ち果てるよりも。

 何かに対して手を伸ばして、前に進むことを選んだ。


 きっとそれは、魔に属する者の考えではない。

 魔王に忠誠を誓い、その使命を全うするものの考えではない。

 それは――きっと人間らしい考え。

 前に、一歩ずつ進む彼女は、最早魔族とは言えないだろう。

 だから、彼女は――暗黒騎士さんはそのままではいられない。

 魔族のままではいられない。


 その心も、考えも、魔族とはほど遠いのだ。

 だから剣は――









 イブリースの魔剣、ザッハークから解き放たれた暗黒は、彼の妹を飲み込んだ。

 必然であり、絶死であり、必殺であるそれは、確実に殺す。

 二度あることは三度ある、そうは言うが、現実に二度あることは三度ある訳ではない。

 そんなことはあり得ない。

 一度目、二度目、それぞれ運が良かっただけだ。

 だからこそ、イブリースは認めない。

 

 剣を振り下ろしたままの姿勢で正面を睨む。

 それは、油断を許さない状況だ。

 彼は決して油断しない。その所為で、どれだけの仲間が死んでいったのか、理解しているからだ。目の前にある標的が、どれほど脆弱であろうとも。

 視線を外すことだけは絶対にしない。

 だから、異常に気が付いた。


 漆黒。

 暗黒。

 暗闇。


 そのような形容詞の似合うそこに、光が一つ。

 それはまるで、天に瞬く星のように。

 小さな小さな綺羅星。


 それは別にあり得ないことではない。そもそもの性質が違うのだ。

 魔に属しながら聖であるものもあるのだろう。

 これはそれだけのことだ。


 だから――


「それは」


 それはまるで。









 激震した。

 大地が揺れるような感覚に、リーゼリットは咄嗟に隣を歩くシルヴィアを支えた。

 牢獄に繋がれ、衰弱していた彼女は、それでも両足で立っていた。

 だが今は、それよりも――


「アン殿……」 

 

 自分を逃がしてくれた彼女のことを思い、リーゼリットは天井に視線を向ける。

 そこに何かがある訳ではないが、その視線の先に、彼女がいることを知っているから。

 

「あの……時の、あの人……?」


 途切れ途切れの言葉で、シルヴィアは言う。


「……ええ……私たちを、助けてくれたのです」


 リーゼリットは簡潔に答える。

 自分には使命がある。

 シルヴィアを無事に連れ帰らなければならない。

 だからこそ、上階への参戦は出来ない。

 だから――出来ることは、祈ることだけ。

 それだけしか出来ないから。


「どうか、無事で」


 振り返ることはない。

 ただ真っ直ぐに地面を踏み締めて歩いた。










 暗黒が晴れた。

 まるで夜を切り裂いて、朝日が登るように。

 イブリースから解き放たれた暗黒の魔法は、跡形もなく凪いでいた。

 イブリースの表情は、兜の内側に存在し、読むことは出来ない。

 けれど、歯噛みしたのだと言うことだけはわかった。

 

 仕留めることが出来なかったのだと、わかってしまったから。

 彼の前に存在しているのは、同じ魔に属するものの気配ではない。

 

 それはきっと彼女の思想があまりにも魔的ではなかったから。

 彼女の考えも、姿勢も、思想も、行動も、魔的ではない。

 魔には相応しくないものの行為であった。


 あり得ない。

 だがしかし、魔王軍から追放された彼女が、魔に属している訳がない。

 で、あれば、どこかで野垂れ死にするのが通例だ。


 だからこそ、ここまで生き残ってしまった魔族の例は他にない。


 ましてやそれが、魔王に忠誠を誓い、魔王の為だけに生きる暗黒騎士であるなど、あっていい筈がない。

 彼女が世界で最初の一人。


「貴様……」


 イブリースは初めて彼女の白銀の鎧を見た。


 暗黒騎士の鎧は白く染まり、その手に持つ魔剣は、既に邪なる気配を持ち合わせることはない。

 清廉であり、聖である。

 魔を拒絶するような気配を以て、そこに存在している。

 蛹が蝶になるかのように、辺りに散らばる漆黒の鎧。

 生まれ変わったと言わんばかりの、眩い白銀。


 最早、彼女は暗黒騎士とは言えないだろう。

 名前を付けるのならば――そう。


「……聖騎士」


 イブリースはぽつり、と呟いた。

 そこにあるのは、かつて妹であったものを見る視線。

 既に殺害対象として、彼女を認識した視線であった。







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