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暗黒騎士さん、道

 

 足取りは重く、全身は痛い。

 それでも心は軽かった。

 手段も何も考えていないが、そこには剣がある。


 目の前の問題は重いが、自分の答えだけは胸にある。


 枝葉を避け、森を駆け抜ける。

 そこに迷うことはなく。

 ただ前を見定める。


 戦況は知らない。

 どうなっているかもわからない。

 もしかしたら、もう負けているのかもしれない。

 何もかもが終わった後なのかもしれない。


 自分にできることなどないのかもしれない。

 

 けれど――それでも。

 心だけは、そこにあるから。


 だから前を向いて。









「…………」

 

 あれ程、騒がしかった筈の戦場は、既にシンと静まり返っていた。

 目の前に続いているのは、まるで墓石のように突き立った剣の墓場。

 そこにあるのは死体の山。

 まるで全てが終わってしまった後のよう。


 それでも。

 

「……まだ」


 向こう。

 ガレス帝国の城が目に映る。

 城壁に囲まれた猛々しい城塞は、未だ健在。

 けれど、そこには――


「兄さん」


 まだ、存在している。

 まだ、そこにいる。

 ならば。

 ならば――


「待ってて」


 行かなくてはならない。

 そうでなければ始まらない。

 まだ、暗黒騎士さん自身、自分を始めてもいないのだ。


 だから前へ進む為に。

 だから前を向く為に。


 目の前にある問題を片付けなければならない。

 そこにある壁があまりにも大き過ぎて、暗黒騎士さんでは払えないかもしれないけれど。

 挑まなければ乗り越えることも出来ないのだ。










 剣閃が奔る。


 数は無数に。

 一閃一閃が必殺に。

 しかし至ることはない。

 流れる剣閃、一つ一つが必死であれど、相手もそれは同じこと。


「――ッ!」

 

 弾かれ、赤いカーペットを散らしながらリーゼリットは膝を着く。

 同時、即座に剣を構え直し、正面の鎧姿を目に映す。


 戦いは未だに終わっていない。

 幾千と屍を積み上げた先で、彼女の戦いは続いていた。


「音に聞こえたバイアランの騎士……それもこの程度か……」

 

 魔王の忠実なる下僕、暗黒騎士がそこにいた。

 手にした剣は禍々しく、その剣技は一歩さえも引かない。

 まるで巌のようなその様に、リーゼリットの心は折れそうだ。


 部下は倒れ、助けようとした姫の行方はわからない。

 

 それでもリーゼリットは剣を執る。

 それだけが、支える力だと知っているから。


「なぜ……」


 リーゼリットは傷だらけのまま口を開く。

 

「どうして貴様らはガレスに与するっ!?」

「……」


 目の前の暗黒騎士はまるで呆れたかのように嘆息した。

 そのような事は口にするまでもないとでも言いたげに。

 兜の隙間から見える瞳が、リーゼリットを見下した。


「もしも目の前に、自らを脅かすであろう人間がいたら、貴様ならどうする?」


 見下した視線。問いかけの意図。

 この状況を表しているのは一目瞭然で。

 

 リーゼリットの中に、それに対する選択肢は――ある。

 無視をする。

 逃げる。

 もしくは戦う。

 その三つだろう。


 自分を脅かすのが大したことないのなら、無視をすればいい。

 敵わなければ逃げればいい。

 どうにかできるのならば、戦えばいい。


「我々は――対立して貰った。ただ、それだけだ」


 暗黒騎士の言葉。

 この状況。

 つまりそれは、片方に肩入れし、両方を落とす。

 それは――凡そ騎士の取る手段ではない。

 まるで卑怯者の手段である。


 目の前の強い騎士がそんな手段を取ることが、リーゼリットには信じられなかった。


「貴様は」

「なんだ?」

「貴様はそれで――納得しているのか?」


 だから口を吐いたのはそんな言葉だ。


「している」


 暗黒騎士はこともなげに口を開く。


「これが我が忠義である。我らが前に立ち塞がるものは、全て排除するのだ」


 リーゼリットの思い描く正道ではない。

 リーゼリットの知っている騎士ではない。


 けれどそこには、魔王へと忠誠を誓う、騎士の姿があった。


「我が名はイブリース。我が魔剣はザッハーク」


 納得は出来ない。

 それを飲み込むことなんて出来やしない。

 

 暗黒がリーゼリットの目の前で膨れ上がる。

 目の前が暗く沈んでいく。

 それはまるで、自分が終わっていくような絶望。


 意識が暗闇に沈んでいくような――


 リーゼリットにはどうしようもない。

 この戦いをどうすることも出来やしない。











 そもそも無関係なのである。

 暗黒騎士さんにとって、人間の争いも、誰が攫われたのだとかも、全てが全て無関係なのである。

 何もかも暗黒騎士さんに関係がない。

 暗黒騎士さんが選んだ道――暗黒騎士さんの選択肢はここで潰える。

 暗黒騎士さんに残された道はただ一つ。

 だからその道を進む為に――暗黒騎士さんはこの場所にやって来たのだ。

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