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暗黒騎士さん、小さな子供

 

 ずっと漂っているような気分だった。

 まるで夢を見ているかのような。

 もしくは、眠る前の、ふわふわとした気持ち。


 そんなのを、ずっと抱えていたような。


 自分が何かもわからなくなっていく。

 そんなゆったりとした気分。


 目を開けたいと、思う。

 けれど、瞼が重い。

 

 自分がどこにいるのかもわからなくて、暗闇の中を歩いているような気分で、どこに行ったらいいかもわからなくて。

 

 追い出された自分が、どうしていいのかわからなくて。


 ずっと流されていたんだ、とその時初めて気が付いたから。

 義務感なんてなくて、騎士道なんて、或る筈もなくて。

 だからこのまま、意識を落としてしまえば、きっと楽なのだろう、と思う。

 

「騎士さま、大丈夫かな……?」


 不意に、耳に入った声は、どこかで聞いた、懐かしい声。

 そう、自分がこの道を進もうと思った、きっとそれは、自分が初めて選んだ道。

 流されるままの中で、初めて何かをしようと思った、きっかけだ。


 目を、開けた。









 眩しい光が飛び込んでくる。

 そして、どこかで見た天井。

 木製の簡素なそれを見上げ、自分がベッドに寝かされていることに気が付く。

 

「こ、ここは……?」


 先までのことなどなかったかのような光景に、暗黒騎士さんは小さく呟く。

 同時に、全身に痛みが走る。


「――ッ!?」


 思わず顔をしかめる。

 声が出ないくらいに痛いというのはこのことだろう、と思う。


 その痛みが、あれが夢ではないのだと、暗黒騎士さんに教えてくれた。


「騎士さま!? 動いたらだめだよ!」


 声が聞こえる。

 小さな子供の、どこかで聞いた覚えのある声が、耳に響く。


 小さな掌が、暗黒騎士さんの額に当てられる。

 抗うことも出来ない、暗黒騎士さんの体はベッドに押し付けられる。

 その動作でさえも、痛いのだけれど、抵抗はしなかった。出来なかったのだ。


「もう……騎士さま、大ケガしてたんだよ……?」


 心配そうにこちらを覗き込む表情。

 揺れる亜麻色の髪の毛。

 

「ドナティ……?」

「うん。そうだよ!」

「……わ、私、は……?」

「騎士さま、倒れてたの……傷だらけで……大丈夫?」


 掌を目の前に翳してみれば、包帯だらけ。

 全身に感じる違和感は、恐らく、全身にも包帯が巻かれているからだろう。


「騎士さま、安静にしててね! おかーさん呼んでくるから」


 言って、ドナティは部屋から出ていく。

 どたどたと駆けていく音と「おかーさーん! 騎士さま起きた!」と遠くから響く声。


 暗黒騎士さんは、そこでようやく自分が死ななかったことを理解した。

 生きていたことに安堵し、胸を撫で下ろす。


 けれど、それは、自分が一切、何にも関われなかったことを意味している。









「大丈夫ですか……?」

「ええ……はい……まぁ……」


 彼女たちの母親はすっかり元気になったようで、以前は痩せこけていた頬も、今ではふっくらとして水々しささえも感じる程になっていた。

 それは、暗黒騎士さんの行動の結果であり、きっと、唯一得られたものだから。


「ゆっくりしていってくださいね。そのケガでは、動けないでしょうし」


 そうも言ってられない。

 本当は、今すぐにでも駈け出したい。

 だからこそ、こうして少ない魔力を回復に宛てている。

 けれど、死の間際まで追い込まれた体は、まるで回復することを拒否しているかのようで。


 痛みに顔をしかめる。


「……何か、食べられますか?」

「それは……」


 いらない、と答えようとした。

 食べている暇などないと言おうとした。


 けれど、体はその意思に背いて返事をする。

 くぅ……、と小さな音を立てる。

 空腹の全身が、食べ物という言葉に抗えなかったのだ。


「ふふ……そうですね、丁度お昼ですし、簡単なものを持ってきますね」


 と、母親は笑って、出て行った。


 再び、室内に静寂が満ちる。


 枕に後頭部を押し付けると、どれくらい時間が経ったのだろう、とか、戦いはどうなったのだろう、とか、そんなことばかりが頭に浮かぶ。

 

 けれど、体は休息を欲していたのだろう。







 しばらくすると、小さく寝息を立て始めた。


 そんな暇はないと、知っていた筈なのに、甘えてしまう。

 

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