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暗黒騎士さん、休日と襲来


 どこへ行っても人の波は途絶えることを知らない。

 往来を歩くのはバイアランの市民たち。

 商店街では威勢のいい声が響き渡り、それに対し主婦が買い出しの交渉を行う。

 鎧を着た人も、冒険者の恰好をした人も、戦闘に適さない服装をした人も。

 関係なしに、混沌とした有様を呈している。


 そんな光景は、魔王軍では見たことがなかった。


「これは……すごいな」

「だろう? ここは首都なだけあって、非常に人の数が多いのだ。他の都市でも、これ程の数の人は見たことがないぞ」


 通りを歩きながら、二人で言葉を交わす。


「……で? ……どこに、行くの?」

「まずはお前の服を買おうと思う」

「……服!?」


 思わず、暗黒騎士さんの声が上擦った。


「……何故そこまで驚く?」

「……い、いや、その……」

「だってお前、いつもそれじゃないか。多少は着飾った方が良いぞ」


 それは、そうだが、と暗黒騎士さんは思う。けれどどれが自分に似合っているだとか、どんな服があるのだ、とか、わからないのだ。そんな話をしたことも、そんな話をしてくれる同僚もいなかった。

 自分に暗黒魔法が使えないのだからと、ひたすらに剣に打ち込んできた。暗黒騎士の剣術は、暗黒魔法があって初めて成立する。

 どれ程打ち込んでも、結局それは未完成のままで、誰にも敵わない。


 そんな暗黒騎士さんを、遊びに誘うような魔族がいるだろうか。


「で、でも……」

「でも?」

「……何が良いとか、わからない、し」

「それだ。それがよくない。色々な事に興味を持たねば何が楽しい」

「え、と……」


 揺さぶられる。暗黒騎士さんは自身の内面が揺らぐのを感じる。

 がしっ、と手を掴まれた。

 きょとん、とした瞳でリーゼリットの顔を伺う。

 そこにあるのはいつもの凛とした騎士然とした風体ではなく、何処にでもいるような、町娘然とした笑顔。


「さぁ、悩んでいる時間が惜しい! 行くぞ!」


 引き摺られるようにして暗黒騎士さんは後に続く。自分を引いてくれる手は、やはり硬く、およそ女性らしくはないが、どこか暖かかった。











 からん、とカップの中で氷が音を立てる。

 大通りに面した喫茶店は客足はそれ程多くはない。夜になれば恐らく酒場になることは、カウンターの後ろに並んだ瓶から容易に想像できた。

 酒があれば人も集まるのだ。

 

 隅のテーブルに身を委ねながら、暗黒騎士さんはぐったりと顔を上げる。

 その服装は、いつものインナースーツではなく、簡素ながらも上質な意匠を施したワンピースに身を包んでいる。緩く結んだ肩口からは、健康的な、筋肉のついた肌が覗いている。


「……疲れた」

「はははっ、そこまでぐったりするほどか」

「……慣れない、ことは、するものでは……」

「そう言うな。これもいい経験だろう」


 そうかもしれない。

 そうでないかもしれない。

 これからどう生きていくのかにせよ、戦ってばかりではいられないだろう。自分はどうなるのか、さっぱり予測がつかないのだから。

 どうとでも生きていける土台が必要なのだ。

 と、自分を納得させる。

 そうしないと、余計に疲れそうだった。

 

 カップに注がれた珈琲は、別の大陸から態々豆を買っているのだという。リーゼリットは笑いながら、私が払おう、等と言っていたが、これは高いものなのではないか、と暗黒騎士さんは邪推する。


「……はぁ」


 口に含み、ゆっくりと嚥下する。鼻に抜ける香ばしさに、自分はかつてこれ程の経験をしただろうか、と思いを馳せる。

 昼も過ぎた日光は暖かく、窓の外から緩やかに注がれている。

 穏やかな、昼下がり。

 静かだ。


 ――静か、だった。


 ふと窓の外へ視線を向けたその瞬間。

 がしゃん、と陶器の砕ける音が響いた。買い物帰りだろう、おばさんが、目を白黒させながら、足元に落ちた破片を片付けている。

 

 しかし暗黒騎士さんの目には、別のものが映る。

 魔族特有の気配のようなもの。

 細く、伸びるようなしなやかな身体。恐らく影にいて、おばさんは気が付かずに足を躓いてしまったのだろう。真っ黒な、影に潜る特性を持つそれは、魔物であり、偵察を得意とするシャドウ・キャット。

 それと、一瞬目が合う。

 

 次の瞬間には、シャドウ・キャットは別の影に移動していた。


 暗黒騎士さんは即座に身を起こすと、駈け出した。

 

「あ、ちょっと、おい!?」


 リーゼリットが慌てて、立ち上がるのが視界の隅に映る。

 けれど暗黒騎士さんは気が気でない。

 

 シャドウ・キャットは、使い魔として優秀だ。影に潜り、見たものを主に伝える。

 そして、そんな彼らを好んで使う人物を、暗黒騎士さんは知っているのだ。


「兄さん……!」


 ドアを蹴破るようにして往来に飛び出す。

 既に気配は掴んでいる。そちらの方へ向けて、暗黒騎士さんは走り出した。背後から、小さくリーゼリットが会計をする声が聞こえた。


 けれど暗黒騎士さんは振り返らない。


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