柚麻side
閲覧いただきありがとうございます。
それは本当に偶然のことだった。
入学して、決められたクラスに向かって、初めてのホームルーム。
そこで、学級委員長を男女1名ずつ決めることになった。
昔から真面目だけが取り柄だった私は自ら立候補して、学級委員長になった。
そして、男子の学級委員長に選ばれた緑川 蓮に「これから一緒に頑張ろう」と握手をした瞬間に、私は電撃が走った。
ああ、彼は攻略対象で、ここは乙女ゲーム『ラブ・シャッフル』の世界だと。
そう、私は乙女ゲームの世界に転生してしまったのだ。
乙女ゲームの世界と気づいた私は、それからというのも、乙女ゲームのシナリオに干渉しないよう、学級委員長という仕事をこなしながら、モブキャラとして無難に過ごしていた…はずだった。
ある日の昼休み。
私は眠い目を擦りながら、購買へ向かっていた。
徹夜で、この世界の歴史について学んでいた私は睡魔に抗いながら、階段を一段一段降りていた。
それが、いけなかったのだろう。
私は、階段から勢いよく落ちてしまったのだ
衝撃に備え、私は目を瞑った。
想像よりも痛みがないことに違和感を覚えた私は、ゆっくりと目を開けた。
そこにいたのは、私だった。
私に乗っかるようにして、座る私…
え、私?どういうこと?
頭の中で無数に浮かぶ疑問符。
それに対処できずに、私は思わず声をあげた。
「どうなってるんだ…?」
しかし、動揺して出した声は、聞き覚えのある声だった。
前世、私が大ファンだった声優の声だ。
そう思って、私は首を振る。
そんな訳ない。でもこの声優、このゲームの攻略対象に声を当てていたはず…
私はハッとなって、踊り場にある鏡で自分の姿を見た。
そこに居たのは、紛れもない、この乙女ゲームの攻略対象の1人の蒼井 悠真だった。
私は慌てて鏡から目の前にいる私に目線を向けた。
ということは、目の前にいる私は蒼井 悠真なのか?
乙女ゲームに転生したというだけでも、異常現象なのに、入れ替わりというありえない事態に出喰わし、私は混乱ではなく、却って冷静になってしまっていた。
目の前にいる私の見た目をしている悠真と思わしき人物は、顔を真っ赤にしている。
もしかして、この異常現象に巻き込まれたことを、これから怒られるのだろうか。
私は怒鳴られることを覚悟して、口を一文字にした。
「ご、ごめんなさい!」
しかし、目の前の私は謝ってきた。
怒られると思ったのに、何故謝ってくるのだろうか。どちらかというと、謝罪する方は私なのだが…
「えっと…とりあえず、屋上にでも行かない?ここだと、誰が来るかわからないし…」
うちの学園は、ラブイベントのためなのか、学園七不思議がある。その七不思議の一つに屋上でのエピソードがあるため、屋上に来る人はあまりいない。
なので、私はそこを指定した。
昼食は食べ損ねるかもしれないが、こちらの方が優先順位が高いので、致し方ない。
私の提案に、目の前にいる私は頷いた。
屋上に行き、改めて自己紹介すると、やはり目の前にいる私の中身は蒼井 悠真だということが分かった。
「委員長、よく冷静でいられるね」
蒼井は関心したように言う。
乙女ゲーム要素とは、基本接点を持たないようにしていたので、入学して数ヶ月経ったにも関わらず、蒼井と話すのは、これが初めてだった。
「いや…まぁ…」
信じられない事態に巻き込まれるのは、これで二度目なので、正直驚けない。
悲しい免疫がついたものだ。
まぁ、乙女ゲームに転生してしまった時点で、なんでもありなところがあるから、こんなこともあるだろうと、私は何故か納得してしまったのだ。
「とにかく、授業が終わる前に戻らないと。痛いのはお互い嫌だろうけど、もう一度再現しましょう」
そう言って、私が蒼井を踊り場に連れてこうとすると、蒼井は戸惑ったような表情をしてから、承諾した。
踊り場に着き、痛みを覚悟しながら、同じシチュエーションで行うものの、元に戻ることはなかった。
落下してくると構えているからだろうか。
私は、もう一度再現しようと持ちかけようとした。
蒼井の方に目を向けると、蒼井は言い澱むように口をパクパクとさせていた。
私が蒼井の様子に疑惑を抱き、尋ねると、どうやら、蒼井には入れ替わりのトリガーとなるものは別のものだと思うと言ってきた。
「さっき、委員長が落ちてきた時、その、キス…しちゃったんだ。だから、それが入れ替わるスイッチなのかなって…」
そう言われた私は思わず固まってしまった。
ショックな時って鐘の音がなる描写がよくあるけど、私にも聞こえる鐘のようなBGMが…って、これは予鈴だ!
平常点を気にした私は、悠真を連れて、ひとまずクラスに戻ることにした。
もうすぐ中間テストなので、私は授業を一生懸命聞いた。
そして、休憩時間。
目の前の席にいた乙女ゲームのヒロイン、愛原 あやかが振り返り、話しかけてきた。
私は慌てて、蒼井を演じ始める。
乙女ゲームの攻略対象の言動なんて、ヒロインの次に手に取るように分かるものだ。
しかし、この私の自信は愛原の一言で崩れ落ちた。
「ゆうくん、何かいつもと違うね」
「そうか?」
「だって、いつも授業は話半分に聞いて、ノートを取る音なんて聞こえないのに、今日は凄くノートを取る音が聞こえたから」
しまった!
そうだ、蒼井はスポーツ万能だが、勉強は苦手なキャラだった。
「いや、もうすぐテストでまた赤点取ったらやばいなって…」
「ふーん、そっか…」
愛原は納得してないようだったが、別の友人に話しかけられたため、私への追求をやめた。
はあ、肝が冷えた。
流石に休み時間にクラス内で蒼井に話しかけても、大した内容は話せない。聞き耳を立てられたら、終わるからだ。
だから、私は放課後が来るのを待った。
しかし、ホームルームの時に担任の先生から言われたのは、放課後の追試についてだった。
どうやら、蒼井はこの前の小テストで悲惨な点数を取ったらしい。
急いでるのにと苛立ちを覚えながら、私は満点で追試を終わらせた。
先生が感動したように褒めてくれたことに、若干の罪悪感を覚えながらも、私は教室から出て、蒼井の姿を探そうとした。
すると、蒼井のスマートフォンに一件のメッセージが来ていた。
自分のアドレスを覚えていた蒼井は、私のアカウントからメッセージを送ってくれたらしい。
メッセージの内容をホーム画面の通知から確認する。
どうやら、蒼井はもう1人の学級委員長であり、攻略対象の緑川 蓮に捕まり、今度の行事のしおり作りをしているらしい。
私は慌ててメッセージに書いてあった空き教室に向かうことにした。
「中川さん、本当に大丈夫?」
教室の前に辿り着き、様子を伺う。
緑川は私(蒼井)を心配している様だ。
基本的に口数の少ない私を演じるのは、それほど困難ではないと思っていたが、どうやらあまりの段取りの悪さに、体調不良を疑われているらしい。
私はさりげなくフォローをする為に、教室に入ることにした。
「あー、委員長!いたいた」
「あっ…蒼井くん」
私の登場に、蒼井はホッと安堵したような表情を見せた。
そんな私達の様子を訝しんだ緑川は眉を顰めて、尋ねる。
「お前ら知り合いなのか?」
おそらく、緑川は、ルームメイトである蒼井と同じ学級委員長である私との意外な接点に驚いたのだろう。
「今日追試だったんだよね。それで、我らが頼れる委員長様に勉強を教えてもらったんだ。だから、そのお礼をしようと思ってね」
うん、我ながら良い返しだ。
「そんなことなら、俺が教えたのに」
「だって、蓮スパルタじゃん!怖い学級委員長よりも優しい学級委員長に教えられる方が百倍いいもん」
自分で自分のことを上げるのは、かなり恥ずかしかったが、誤魔化すためだ、致し方ない。
しかし、何故か緑川の警戒心は高まっているようで、眉間の皺が深くなっていくのが分かった。
「はいはい、邪魔者は退散しますよ。またね、委員長」
私はこれ以上の疑惑を抱かせないよう、ひとまず退散し、外で待つことにした。
しばらく、学校の近くにあるファストフード店で待っていると、蒼井からメッセージが来る。
どうやら、緑川は私の体調を心配し、家まで送ると言い出し、断れなかったらしい。
私はがっくりと肩を落とした。
結局、その日は入れ替わったまま夜を迎えることになった。
私は蒼井に寮の部屋番号を教えられ、蒼井の寮に向かった。
正直、キスをしなくてホッとした。
キスなんて、前世でも今世でもしたことがなかったから…
しかし、その安堵はトイレと風呂事情であっさりと消え、一刻も早く明日になることを願うことになるのだった。
さらに、帰宅した緑川からの質問責めという追い討ちを受けた私は、疲労感に苛まれながらも翌日を迎えた。
そして、昼休み。
私達は再び屋上で集合した。
今度は、ちゃんと昼食も用意している。
本題に入る前に私は蒼井に一冊のノートを渡した。ノートを渡した際、蒼井は少し動揺を見せたが、身に覚えがないノートだったからだろう、とあまり気にしないことにした。
このノートは、空き時間に蒼井が昨日受けるはずだった追試の問題と解答及び解説を纏めたものだった。
そもそも、私の不注意で蒼井を巻き込んでしまったので、これは、ほんの罪滅ぼしだ。
すると、蒼井は嬉しそうにノートを受け取った。
「やっぱり、委員長は凄いな。勉強も出来て、周りからの信頼も厚くて、仕事も完璧!
ねぇ、委員長じゃなくてさ、柚麻って呼んでもいい?名前も似てるし、秘密も共有しているし、これから仲良くしようよ。俺のことは悠真って呼んで」
私は少し迷ってから頷く。
私の返答に、悠真はとても嬉しそうに笑った。
その悠真の無邪気な笑顔に、何だか犬みたいだな、と少し可笑しくなった。
満面の笑顔から一転、今度は真剣そうな表情をした悠真に思わず緊張する。
「そういえばさ、蓮と柚麻ってどういう関係なの…?」
昨夜に引き続き、今度は悠真からその質問か。
やはり、ルームメイトの交友関係は気になるものなのだろうか?
「緑川君とは同じ学級委員長だから接点があるだけで…特に悠真が思うほどの深い関係ではないと思う」
そう答えると、悠真は鈍感、と苦笑いした。
ヒロインの愛原がいる限り、モブと攻略対象に恋愛フラグなど立つわけがないだろう。
ふと、私は時計を見た。
昼休みが終わるまで、あと30分。
不測の事態に備えて、そろそろ本題に入らなければ。
私の目線に気がついた悠真も覚悟を決めたような表情をした。妙な雰囲気が漂う。
「…じゃあ、良い?」
外見は私なのに、中身が悠真だと思うとなんだかドキドキしてしまう。
私は頷き、ゆっくり目を閉じる。
唇に柔らかな感触を感じると、一瞬眩暈がした。
そして、目を開けると、目の前には真剣な表情をした悠真の姿。
私は思わず固まってしまう。心なしが顔が赤くなってる気がする。
…元に戻ったけど、この状況は心臓に悪い。
動揺した私は冷静になろうと、変なことを口走った。
「も、元に戻ってよかったね。これって他の人とキスしてもなるのかな」
その言葉に悠真はムッとした表情をして、私との距離をさらに詰める。
「他の人…特に他の男とこんなことしたら許さないよ?これは、俺と君だけの秘密だからね」
悠真は耳元で囁くと、私の耳を甘噛みした。
いやいや、いくらキスした仲でもこれはやり過ぎでは。
悠真の艶めかしい声と舌や歯の感触は、悠真から離れた後もしばらく残った。
約束だよ、と言う悠真に、男に免疫のない私は、ただ頷くしかなかった。
こうして、モブキャラ転生者の私と爽やかイケメン攻略対象の秘密が生まれたのだった。
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