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不死の少女は旅をする  作者: マリィ
1章 旅の始まり
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07.遭遇









 月宮六花にとって、月宮秋は一人息子だ。

 決して裕福はさせてあげられなかったが、それでも秋は良い青年に育ったと、親馬鹿かもしれないが六花はそう思っている。


 だからこそ、六花は心配していた。

 秋の帰りが遅くなることは度々あった。彼もまた高校生。遅くまで遊ぶこともあるだろう。だが悪い人間とつるむような息子に育てたつもりも無い。


 ――――筈、だった。


「…………どうぞお茶です」

「ありがとうございます」


 お茶を差し出し、六花は席に着く。六花の目の前に座るのは、白髪蒼眼の美貌を備えた女性――――ベアトリーチェ。彼女は遠慮しているのか差し出されたお茶には手を着けず、困った様な笑みを浮かべている。


 その姿を見ながら、秋は頭を抱えていた。


(……どうしてこうなった)


 脳裏に浮かぶのは、ついさっきの出来事。

 十分ほど前の出来事が鮮明に思い描かれる。


「そういえば、君はどこに住んでるんだ?」


 自宅近く、ふと秋はそんなことをベアトリーチェに問うた。

 ベアトリーチェは意外そうな顔であっけらかんと答える。


「え? 野宿だけど?」

「は?」


 予想外の答えに秋は言葉を失う。ベアトリーチェは頬を赤く染め、拗ねたように言った。


「…………お金ないの。私だって好きで野宿している訳じゃわ! ……もしかして臭うの?」

「いや…………何か、すまん…………あと良い臭いだから気にしなくていい」

「セクハラは止めて」

「理不尽過ぎる」


 秋は溜め息をつく。まさか野宿だとは、流石に想像がつかなかった。

 秋は頭を下げて謝るが、ベアトリーチェはツーンとそっぽを向いている。


 さあ、どうしたものか。そう秋が思った時、聞き慣れた声が夜道に響いた。


「秋?」

「え?」


 背後から掛けられる声。秋が後ろを振り向けば、そこにはスーツに身を包んだ女性が立っていた。


「母さん!」


 秋が驚きの声を上げる。ベアトリーチェも彼女――――月宮六花の登場を思ってもいなかったのだろう。目を見開き、驚きを露わにしていた。


「今日は遅いんだな」

「ええ。仕事が立て込んでね。ちょっと遅くなっちゃった」


 会話を交わす親子。傍から見れば微笑ましい平和な光景だが、どうにも二人の会話はぎこちない。その理由にベアトリーチェは気が付いていた。


「…………」


 チラリと、六花の視線がベアトリーチェへと向けられる。しかし、これが初めてではない。既に三回、彼女はベアトリーチェに視線を向けていた。


 とはいえ無理もないだろう。何せ大切な息子がどこの誰とも知れない怪しい少女と共に居たのだから。

 ベアトリーチェも自分の子供が自分のような人と一緒に居たら怪しくも思うだろう。


「えっと…………あなたは?」


 意を決したのか、六花はベアトリーチェに声を掛けた。少女の蒼い瞳が六花の黒い瞳と交錯する。数秒の間を経て、ベアトリーチェは愛らしい笑みを浮かべた。


「あ、これはご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。私はベアトリーチェと申します」


 完璧な表情と立ち振る舞い。猫を被るにしても変貌しすぎだと秋は苦笑する――――ベアトリーチェに睨まれ、秋は直ぐに表情を真面目なものに変えた。


 六花はベアトリーチェの立ち振る舞いに驚きつつも不信感を露わに言葉を投げ掛けた。


「ベアトリーチェさん…………外国の方でいいのよね?」

「はい。欧州の産まれです」

「そう、欧州の…………へぇ」


 明らかにこちらを探っている六花の視線。良い母親だと、ベアトリーチェは思う。

 探りを入れるのも秋を慮ってのことだろう。彼女は母親らしく子を守ろうとしているのだ。

 尊いことだと、ベアトリーチェはもう二度と触れられぬ母の手を幻視した。


(こんな風に、愛されたこともあった)


 一瞬、ベアトリーチェは悲しげに表情を沈めた。しかし六花は気が付かずに我が子を守る為、問い掛けを続ける。


「それでベアトリーチェさんが、どうしてウチの息子と? 接点があるようには思えないけど」

「母さんそれは」


 秋が答えようとするが、続く言葉が思い浮かばず詰まってしまう。答えに困っているのは明白だった。

 六花の問いは直球だ。変に回りくどく訊かれるより遥かに答え難く、用意していなければ咄嗟に答えなど出よう筈もない。

 だが誤魔化さねばならない状況だ。『奇跡』について話すことは簡単だが、おいそれと話せる内容ではない。こればかりは秋が、自分の意思で話すと決めた時にすべきだろう。

 故に何とか話を終わらせるべく、ベアトリーチェが口を開いた。


「色々とありまして…………話せば長くなりますわ」

「なら聞かせてもらいましょう。丁度自宅が近くですから」


 六花の思いは強かった。愛する息子が、見ず知らずの、しかも外国人と歩いている。しかも話せば長い――――これで子を心配しない親など居ない。


 結局――――ベアトリーチェ、六花の話の場が出来たのだった。


「…………では、何からお話をしましょうか」


 お茶に手を着けず、彼女はそう切り出した。


「そうね。あなたと秋の馴れ初めから聞かせてもらいましょう」

「分かりましたわ」


 見る者を魅了する笑顔。仮にこれが男へ向けられれば、ベアトリーチェにその気が無くとも勘違いは避けられないだろう。


 そして、二人の戦いが始まった。









※※※※※※※※※









「夜遅くまで失礼しました。ついつい話し過ぎてしまって…………」

「いいのよいいのよ! リーチェちゃんと話すのは楽しかったもの。これからも気軽にウチへ遊びに来てね?」

「ええ。もちろん伺わせて頂きますわ」


 玄関。そこには仲良く話す六花とベアトリーチェの姿があった。今の二人を見て、つい先程まで険悪な雰囲気だったと思う者は居ないだろう。


 当初、六花はベアトリーチェを訝しんでいた。

 しかし彼女の口から語られる波乱万丈の物語――――当然ながら殆どが嘘だが――――を聞く内に、六花はすっかりベアトリーチェに入れ込んでしまった。


 隣で聞いていた秋も呆れたほどだ。欧州から越して間もない少女を襲おうとしていた暴漢を、秋が倒したのが初めての出会いと語られた時には止めようかとすら思った。


 だが結果的に六花とベアトリーチェの仲は良くなった。これもまた、ベアトリーチェという女が持つ魔性の魅力がなせる技なのだろう。


「ほら秋。リーチェちゃんを家まで送ってきなさい」

「ころころ変わるなぁほんと…………」

「お気になさらないで下さい。私は一人でも大丈夫ですわ。何せ秋くんに助けられた時、色々と教えて頂きましたから」

「そう? ウチの息子も偶には人の役に立つのね〜」

「うるさい!」


 笑う六花とベアトリーチェ。笑い者の秋は頬を赤くしながら、ベアトリーチェにだけ聞こえる声で問い掛けた。


「野宿なんだろ? それなら、うちに止まっていけばいいのに」

「平気よ。慣れてるもの」

「いや慣れてるって……まあ無理強いはしないよ。それと本当に大丈夫なのか?」


 含みのある言い方。秋が何を心配しているのかベアトリーチェには理解できた。


「大丈夫よ。これでも姿を隠すのは得意だから」

「そうか…………」


 彼女を狙う――――正確には彼女が有していた『奇跡』を狙う敵は、まだ彼女が『奇跡』を失ったことを知らない。その為、狙われる可能性があった。


 とはいえベアトリーチェもその辺りは理解している。だからこそ、これまで敵の追撃から逃げ逃げて来た自分ならば問題ないと、断言出来る。


 見た目は若いが、秋より遥かに『奇跡』の世界に身を置いてきたベアトリーチェが言うのだ。ならば本当に大丈夫なのだろうと、秋はそれ以上迫ることはしなかった。


「ではお邪魔しました」


 深く、優雅に礼をして、ベアトリーチェは外へ出た。

 秋はずっと、心配そうに玄関の扉を見詰めていた。









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