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不死の少女は旅をする  作者: マリィ
3章 天を目指した少女達
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14.少女が目にしたもの









 今でも夢に見る。

 忌まわしき過去の記憶。この世で最も醜悪な一瞬を。









 この広い世界で、家族の顔に風穴が開いた姿を見たことがある人は居るのだろうか。

 この広い世界で、家族が人を辞める過程を見せられた人は居るのだろうか。

 この広い世界で、家族を皆殺しにした人は、居るのだろうか。


 瑞希は、自分以外誰一人として見たことがない。

 どれだけ目を凝らして世界を見渡そうと、自分と同じ畜生など居る筈がなく、当然ながら瑞希の痛みを理解してくれる者は誰も居なかった。


 頼れる者を、自らの手で殺めた瑞希の周りには誰も居ない。どこまでもどこまでも孤独な人生。それはまるで暗闇の中を歩いているかのように。


 そして忘れることを許さぬと、家族は瑞希を苛む。

 刻まれた記憶を掘り起こし、何度も何度も何度も繰り返す。


 今もそう。最早何度目かも分からぬ災厄のリフレイン。目を背けることも、逃げることも出来ず、瑞希はただ謝罪の言葉を繰り返し、心に刻み付ける。


 流す涙も枯れ果て、喉は酷使で潰れ、心が砕けるその時まで。

 地獄の再現は、永遠に続く。


 だからこそ、目覚めは救いでもあった。

 例えそれが辛い過去から目を背けているだけだとしても。


「――――――――」


 地獄の底から意識が浮上する。重たい瞼を持ち上げ、霞んだ視界で周囲を見渡す。

 殺風景な部屋だった。今自分が寝ているベッド以外には何も置かれていない。このベッドも余り使っていないのだろう。マットレスの質感が新品同然だった。


「ここは……彼の家……?」


 呆然と呟きながら体を起こす。昨夜、異形に囲まれた瑞希を救った何者か。絶大な力を誇った彼が自分をここまで運んだのだろうか。


「傷は……治ってる」


 ぺたぺたと体を触るが、いつもと変わらない。異形から受けた傷は何一つして残っていなかった。相当深い傷だった筈だが、ここまで綺麗にかつ短時間で治せるとはかなり強力な『奇跡』によるものだろう。これも彼の力だろうか。


「で、当の本人はどこに……」


 ベッドから立ち上がり、室内を見て回るが何処にも居ない。

 もしかすれば外出しているのかもしれない。今は平日の昼間だ。むしろ室内に居る方が不自然と言える。


(……彼のことも気になるけど、今はここから離れるべきね。敵か味方か分からないし。それに昨日のことも皆と話し合いしたいし)


 そうと決まれば後は動くだけだ。

 瑞希は軽く腕を回し、違和感が無いか確認する。痛みも無く、動きもスムーズ。むしろ前より調子が良いような気がする。


「これなら大丈夫かな。――――『蒼き空を穿つ(ル・シエル)』」


 『奇跡』を呼び出し、構える。

 見て回った感じでは、罠らしい物は無かった。だが皆無とは言い切れない。最低限の備えは必要だ。


 矢を弓に番え、玄関へ。忍び足で歩を進める。

 だが警戒虚しく、罠の類は何一つとして無かった。それに何故か鍵も掛かっておらず、いとも簡単に外に出られた。


「……なんか呆気ないなぁ」


 拍子抜けとは、こういうことを言うのだろう。

 少し落胆しつつ、瑞希は眼下に広がる街の光景を眺める。


 室内に居た時は窓から外を見なかったので分からなかったが、どうやらここは高層マンションの一室ようだった。それも見える景色と高さから察するに、かなり値段の張るマンションだ。


「こんな良い所に住んでるのに家具があれだけって勿体無い使い方。お金持ちのやることは分からないね」


 街の全景から目を離し、エレベーターへと向かう。

 どうやら瑞希が居た部屋は奥の方だったらしく、エレベーターまでそれなりに距離があった。一歩、二歩と進み目的地まであと少しの所で――――


「ッ!」


 ――――空が、震えた。

 続いて押し寄せる圧倒的な重圧。ただ立っているだけで呼吸が苦しくなるほどの圧迫感が瑞希を包み込む。無意識に呼吸が荒くなり、酸素を求めて喘いだ。


「はぁ……はぁ……何が……」


 荒い呼吸を繰り返し、瑞希は再び街の全景を見やる。

 街に変わった様子は一切無い。だが奇跡所有者である瑞希には、その変化を感じ取ることが出来た。

 

「何……この『奇跡』の気配」


 街中から感じられる『奇跡』。

 一瞬街中に奇跡所有者が居るのかと思うが、直ぐに有り得ないと首を振る。街中を埋め尽くすほどの奇跡所有者など、三大組織でもなければ集めることは不可能だ。では彼等がここに集ったのか?


 それも違う。これだけの規模の奇跡所有者を、如何に三大組織といえど全く悟られずに動かすことは出来ない。そもそも動かす理由も無い。


 ならば野良の奇跡所有者か。それも有り得ない。そも野良は基本的に一匹狼。ここまで群れることなど絶対に無い。


 では街中から感じる『奇跡』の気配は何なのか。


(何か巨大な存在が、ここに居る。この街を覆い尽くすほどの何かが)


「ッ――――!」


 気が付けば、瑞希は空に身を投げていた。

 同時に『奇跡』を発動。身体能力を極限まで高め、民家の屋根に着地。更に曲芸の如き動きで次々と屋根や屋上を飛び移る。圧迫感による息苦しさなど既に意識の外。今は何よりも望と大介。二人の心配が瑞希の胸を埋め尽くしていた。


 ここまで巨大な気配を感じさせるナニカ。

 それに二人が関わっていることは間違いない。

 ならば今直ぐ加勢すべきだ。この並外れた気配を有したナニカを相手に、二人という戦力は余りにも心許ない。


(私一人が行った所で意味は無いかもしれないけど……!)


 それでも戦力が増えるに越したことはない筈だ。強大な敵なら尚の事。

 問題は両者の距離。街を覆う気配が最も濃い所。そこに二人は居る筈だが、如何せん彼我の距離は十数キロ。如何に奇跡所有者の健脚といえど多少の時間を要する。


(間に合って……お願いっ!)


 汗を流し、息苦しさに喘ぎながらも少女は走る。

 全身の筋肉を総動員。少しでも時間を縮める為に障害物の多そうな街の中ではなく建物の屋上を飛び移る。


 屋上から屋上へ。奇跡所有者といえど、この高さから落ちてはひとたまりもない。とはいえ慎重に進む訳にもいかず、結局危険な跳躍を繰り返すしかなかった。


 だが瑞希の足取りに迷いも恐怖も無い。

 彼女はただ、たった二人の仲間の身を案じていた。

















 そして――――何分ほど走っただろう。


 瑞希は、辿り着いた。

 二人の待つ場所。

 強敵が待つであろう戦場に。


「…………あ」


 だがしかし、そこで待っていたのは。


「……あ……ああ」


 鮮血の中に横たわる大介と、


「随分と遅かったじゃない。――――瑞希」


 血に(・・)濡れた(・・・)()


 そしてもう一人。


 黒色の(・・・)鱗に(・・)覆われた(・・・・)腕を(・・)有する(・・・)()の姿(・・)


「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 全てを、悟る。


 彼女が何をしたのか。


 彼女は何者なのか。


「望ィィィィィィィィィィィィィィッ!」


 血の香る戦場に。

 少女の叫びが、木霊した。









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