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不死の少女は旅をする  作者: マリィ
3章 天を目指した少女達
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13.『あなたの隣に立つ者』









(ここまでとは……流石は特級討伐対象。そう簡単には殺せない)


 数度の衝突を経て、望はベアトリーチェに対する評価を改めた。彼女も噂話では聞いていた、真に不死なる不老の怪物。だが所詮は噂の産物。不死という特性に頼り切り、本人の実力は大したことはない――――そう思っていた望の考えは既に打ち壊されている。


(我等が先輩方が殺せなかった女。最初は不死だから殺せなかっただけと思ったけど、それだけじゃない。彼女は、強い)


 本当ならば二度目の刺突でベアトリーチェの仲間を殺し、その後ベアトリーチェ本人を殺すつもりだった。しかし結果は現状が示す通り。望は既にベアトリーチェの術中に嵌っていた。


 目だけを動かし周囲を見れば、紫の鱗粉を撒き散らしながらひらひらと飛ぶ蝶が見える。いつの間に放ったのか分からないが、あの蝶が望に幻を見せたのだろう。


 真実と紛うほどの幻。それだけで一つの『奇跡』に匹敵するにも関わらず、彼女の引き出しからすれば大したことのない技だ。それこそ第零階梯――――『千の魔術を統べる者(へカーティア)』の恐ろしさと言える。


 不老不死の肉体と、無限に等しい能力を備えた『奇跡』。馬鹿げた組み合わせだが、こうして現実に存在している。これまで『騎士団』の騎士達が躍起になって殺そうとし、ついぞ殺すことの叶わなかったベアトリーチェの凄まじさがよく分かった。


 同時に仲間の方にも注意を向ける。見目麗しいベアトリーチェには到底釣り合いそうもない平凡な顔立ちをした青年もベアトリーチェ同様に『千の魔術を統べる者(へカーティア)』を扱っていた。本来一つしか存在しない零を使う黒髪の青年――――


(彼が月宮秋。『千の魔術を統べる者(へカーティア)』に選ばれた、本来有り得ざる二人目。ベアトリーチェよりも彼を警戒した方がいい)


 一番最初の不意打ち。それをまさか防がれるとは夢にも思わなかった。あの状況から放った魔術、そして最後に望を襲った魔術、共にその破壊力はかなりのものだ。直撃すれば、まず間違いなく消し飛ぶ。


(彼等が褒める理由も分かる。ここまでの奇跡所有者は、そうは居ない)


 並み居る平凡な奇跡所有者では、束になっても勝てやしないだろう。それだけ二人は強い。

 望の脳裏に過る死の一文字。ここで望が勝てる確率は大して高くはない。むしろ低いと言える。それでも勝負を挑むには、理由が有った。


(…………私の全ては、あなたの為に)


 死は恐ろしい。確かにその通り。その言葉に嘘偽りは無い。

 それでも、望には戦わねばならぬ理由が有る。

 全ては愛しき彼女の為に。

 望はただ、彼女の夢を叶える願望器であればいい。


(だから……どうか許して。決して許されないことだとは分かっている。それでもどうか……)


 自分の横に目を向ける。

 大介は緊張した面持ちで眼前の二人を見詰めていた。


 許してと、何度言葉を重ねたところで意味は無い。

 それでもどうか、許してほしい。


(あなたの業は、私が背負う。だから……)


 ――――ええ。ええ分かっているわ。それが、望みと言うのなら。私は叶えましょう。当然のことよ。貴女は、私の物なのだから。


 返された言葉を聞き、望は淡く微笑む。

 それは、死期を悟った者の笑み。


 そして望は、地を蹴った。









※※※※※※※※※









 恐ろしい。

 恐ろしい。

 恐ろしい。


 体が動かない。

 恐怖が心を蝕んでいる。


 ベアトリーチェ。不老不死の怪物。特級討伐対象。瑞希を攫った者。


 夜闇の中、出会った彼女は妖精のようだった。

 昼間、太陽の下で再会した少女は寒気すら感じるほどの美を感じさせた。

 幻想的な風貌は、見る者を惑わせる魔性の色香を有している。大介と大して変わらぬ年頃にも見えるが、纏う雰囲気は成熟した女性のそれだ。そのギャップが更に少女の魅力を引き上げている。


 だが、その内に宿す力は余りにも規格外。

 世界に唯一無二の『奇跡』である第零階梯。

 その中の一つである『千の魔術を統べる者(へカーティア)』。


 ありとあらゆる魔術の行使を可能とする馬鹿げた能力は、如何なる戦場、如何なる局面、如何なる相手にも対応が可能だ。汎用性の塊と言えるような『奇跡』だろう。


 だが大介が最も恐怖を感じたのは彼女の横に立つ黒髪の青年だ。名は既に望から聞いていた。月宮秋という名を。


 そして同時に彼に関する情報を聞いていた。一言で彼を表すならば、大介と全く同じ存在、ということだろう。


 彼もまた、『奇跡』に巻き込まれた者。

 ある日を境にこちら側へと来てしまった憐れな青年。

 彼の不幸はその時、本来であれば所有者が一人しかいない筈の『千の魔術を統べる者(へカーティア)』をその身に宿してしまったことだ。結果、彼も同様にして戦いへと巻き込まれた。


 そこから先が、大介が彼を恐れた最大の理由。


 月宮秋は、自ら戦うことを選択し、そして実際に戦い続けた。これまで何の力も持っていなかった筈の男が突然戦いに巻き込まれ、それでも前へと進み戦った。傷を負い、死にかけようとも、戦った。


 その話を聞いた時、大介は思わずにはいられなかった。

 この男は、どこか狂っている、と。


 戦いは怖い。どれだけ凄い力を手にしても恐ろしい。逃げ出したいと思ってしまう。一体どこで、どう頭のネジが外れれば、ここまで気が狂えるのだろうか。


 本当ならばここから逃げ出してしまいたい。

 咄嗟に望を庇ったが、それも激しく後悔している。戦場に出てきた以上、逃げる事は許されない。一人の奇跡所有者として、戦わねばならない。


 死という一文字が、大介の脳裏を過る。手が、足が震える。恐怖が全身を縛り付ける。


 それでも大介は『竜の腕(タンニーン)』を構える。恐怖から目を逸らし、眼前の敵だけを見詰める。


「行くぞッ!」


 ちっぽけな勇気を奮い立たせ、大介は駆けた。

 ――――命をかけた戦場へと。









※※※※※※※※※









「『千の魔術を統べる者(へカーティア)』――――」


 突撃してくる二人の襲撃者を見据え、ベアトリーチェは魔術を紡ぐ。何百年と研鑽に時間を費やしてきた力だ。今更緊張で失敗などしない。


 複数の術式を展開。それを更に五つ構築。五段構えの魔術を組み上げる。

 先の衝突で相手の手の内はある程度知れた。後はそれに合わせた魔術を組めばいい。


「――――穿て」


 ベアトリーチェの直ぐ近くまで迫ってきたのは、襲撃者の片割れ――――望。

 レイピアの柄を握り締め、走りながらも神速の突きが放たれる。空気が切り裂かれ、刹那の風を生み出した。煌めく銀閃は、視認した時には既に遅い。


「――――『牢獄』」


 故に本能で魔術を行使する。

 これまで積み重ねた生と死が、ベアトリーチェに未来予知にも等しい第六感を与えていた。


 ベアトリーチェを包み込む紫の壁。彼女の魔術の中でも最高クラスの防御力を誇る魔術だ。如何に凄まじい破壊力を有した剣技だとしても『牢獄』は破れない。


「――――」


 確かにその通り。望は内心納得する。

 剣技では、ベアトリーチェの防御は破れない。

 だがこれは奇跡所有者の戦いだ。剣技など所詮はオマケでしかない。


「『繋がる手、離れる絆(アミキティア)』」


 勝敗を分けるのは『奇跡』。

 そして、それをどう使うかだ。


 望の『奇跡』が駆動する。

 レイピアを突き出した方とは逆の手を伸ばし、『牢獄』に触れる。外界を遮断する『牢獄』は激しく火花を散らし、望の手を拒絶する――――筈だった。


「ッ! どうして!」


 するりと、手が『牢獄』をすり抜ける。まるでそこには何も存在していないかのように。

 予想もしていなかった光景に唖然とした表情をベアトリーチェは浮かべる。その隙こそ、望の狙いだった。


「逃さない」


 伸ばされた手がベアトリーチェの喉を鷲掴みにする。少女の細腕とはいえ奇跡所有者。その腕力は並の人間を遥かに超え、ましてや望は『騎士団』。過酷な鍛錬によって鍛え上げられている。今更人間の喉を潰すことなど造作もなかった。


「――――ッッッ!」


 悲鳴を上げることも出来ず、ベアトリーチェの喉が潰される。そこへ突き刺さるレイピア。一瞬にして美貌は醜悪な肉塊へ。飛び散った脳漿が望の手と顔を汚す。


「まず一回」


 死体となったベアトリーチェを投げ捨て、脳漿と血を拭う。彼女は不老不死。頭を潰した所で大した意味は無い。ここからでもベアトリーチェは甦る。


 ぐちゃ、べちゃ。


 こうしている今も肉体は再生を続けていた。飛び散った脳漿が集まり、血が吸い込まれ、弾け飛んだ頭部が再び形を取り戻す。だが望に死者が甦る光景を眺めている暇は無い。


「――――殺してやるよ。だから避けるなよ?」


 背後から叩き付けられる悍ましい秋の殺意。耐性の無い者ならそれだけで殺してしまえるほどだ。慣れている筈の望ですら恐怖を感じずにはいられない。


「『千の魔術を統べる者(へカーティア)』!」


 膨れ上がる魔力に底は無い。

 膨大という言葉すら陳腐と化す魔力が渦を巻く。


「消えろ」


 極大の術式が空を覆い、そこから地上へ向けて放たれる紫の業火。触れた物を一瞬にして焼失する炎を前に、望は至極冷静に彼の名を呼ぶ。


「前橋君」


 返事は無い。しかし彼は確かにここに居た。

 望を庇うように前に躍り出る。『竜の腕(タンニーン)』を構え、天から落ちる炎を受け止める。


「っ!」


 如何に竜の鱗といえど、『千の魔術を統べる者(へカーティア)』の炎は完璧には防げない。鱗が焼け付き、煙を上げた。


「鬱陶しいんだよ!」


 声を張り上げ、全力で『竜の腕(タンニーン)』を振り下ろす。たったそれだけで炎が(・・)裂けた(・・・)。更に生じた暴風が炎を掻き消し、青空が広がる。


「ハッ――――!」


 この隙を逃す筈もなく。

 望が一気に秋との距離を詰める。僅か一歩で秋の懐へ。流れるような動作で全身を捻り、射出機のようにレイピアが突き出される。


「余り舐めるな」


 響いた声は、果たしてどちらか。

 脳がそれを理解するよりも早く、望の体は凄まじい衝撃と共に真横へと吹き飛ばされた。


「何が――――!?」


 痛みを堪え、自分を吹き飛ばした何か(・・)を見る。

 地中から生えたそれは、人間の大人ほどもある大きさの腕だった。最早冗談としか思えない巨腕は、岩のような材質で構成されている。


「『片腕』の味は如何かしら?」


 『片腕』の後方に立つベアトリーチェ。

 美しい相貌には傷一つ無い。確かに吹き飛ばした筈の頭部がまるで何事も無かったかのように笑う。


「…………不死」

「聞き飽きたわその言葉は。もっとセンスのある表現がいいわね!」


 空に並ぶ無数の術式。

 先の秋の魔術には及ばないながらも、放たれる重圧は寒気を誘う。むしろ一撃に特化した秋の魔術より、多種多様な魔術で攻めるベアトリーチェの方が余程対処し辛い。


 これまでに行使した魔術と同じ魔術が来るのか、それとも未知の魔術か。『千の魔術を統べる者(へカーティア)』に限って手札を晒すことのデメリットは殆んど無い。躊躇なく未知の魔術を連打されれば受け切ることは不可能だ。


 じわりと手に汗が滲む。レイピアを落とさぬように強く握り締め、望は構える。


 ――――緊張してるの?


 うん。多分次が(・・)最大の(・・・)チャンス(・・・・)。狙うならここが一番。


 ――――そうね。貴女の言う通り。間違っても外さないでね。期待しているから(・・・・・・・・)


 囁かれる言葉はどこまでも薄っぺらい。込められた感情など皆無に等しく、言葉とは裏腹に期待など一切感じられなかった。


 それでも、望は微笑む。

 どれだけ冷たく接されようとも、大切だから。

 拒む理由など、何一つして無かった。


 うん。頑張るね。


 別れの言葉は、余りに簡素。

 でも望には、それで充分だった。


「――――」


 ここまで長い道程だった。

 何度、心が折れかけただろうか。いや、本当は折れてしまっているのかもしれない。だってもう涙は流れない。悲しみも無い。あるのは……そう、ただ一つ。


 どうか、幸せに。

 どうか、安からに、

 私は永遠に、あなたの幸せを願っています。


 それだけ、だった。


「目覚めろ」


 『奇跡』を起こす。

 『繋がる手、離れる絆(アミキティア)』ではない。

 そもそもアレは、望の『奇跡』ではないのだから。


「――――『あなたの隣に立つ者(ゲニウス)』」


 そして、眩い輝きが望を包み込んだ。









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