12.仕組まれた邂逅
「……数十年くらい前かしら。私、捨て猫を拾ったことがあるの。小さくて真っ黒の子猫でね。それはもう可愛かったわ。それこそ一日中愛でていられるくらい。…………だから私は、捨てられた動物を拾ってくるのは別に反対しないわ。勿論ちゃんと面倒見られるなら、って条件付きだけど」
「…………つまり?」
「確かに動物を拾うのは構わない。でも奇跡所有者を拾ってくるのは流石にどうなのかしら。というか動物云々の前に危険物ね」
「……なんか寝てる間にそこまで言われてるのかなぁとか思ったら涙出てきた」
「いや言わないわよ。流石に三日に一回くらい」
「結構な頻度じゃねぇか!」
「それはさておき……一体どういうつもりなのかしら?」
これまでの巫山戯た口調から一転。冷たさすら感じさせる鋭い声音でベアトリーチェは問い掛ける。
「そう言われてもな。死にそうだから拾ってきた、としか言えないな。放置して死なれると俺が殺したってことなるし」
「つまり単なる善意だと? それにしても不用心じゃないかしら。まだ異形を街に放っている奇跡所有者は特定出来ていない。所有する『奇跡』が不明な彼女が、その犯人って可能性もあるわ」
「それはない。彼女の『奇跡』は俺がこの目で見た。弓の『奇跡』だ。異形を作り出せるようには見えなかった」
「『奇跡』は無限に等しい種類がある。例え弓の形をしていたとしても本当に異形を作り出せないとは言い難いわね。…………とはいえ、それを気にしていたら本当に誰も彼も見捨てないといけなくなる。…………まあ今回はいいわ。『奇跡』も目にしてるし」
ベアトリーチェは視線を横のベッドに向ける。正確には、そこに眠る少女に視線を向けた。
可愛いと言うよりは綺麗な少女だ。明るい茶髪と整った顔立ちは少女をより大人っぽく見せており、見た目だけならベアトリーチェより歳上に見えた。
「それで、彼女は何者なのかしら」
「可能性は三つだ。一つは『騎士団』。今回の件を解決する為に派遣されてきた」
「それは無いわね。『騎士団』は基本的に二人一組。単独行動は決してしないし、それに剣を持っていないわ。『騎士団』なら絶対に持っている筈だもの」
「なら二つ目。流浪の奇跡所有者という可能性。彼女は何らかの理由で街に訪れ、そして今回の事件に巻き込まれた」
「それも無いわよ。奇跡所有者は基本的に移動しない。下手に動けば他の奇跡所有者に存在がバレて殺されるかもしれないもの」
「となれば三つ目。彼女はここの住人。つまり元からここに居た奇跡所有者で、今回の事件に二つ目と同じく巻き込まれた存在」
「可能性としては一番がそれでしょうね。彼女も事件に巻き込まれた存在であり、独自に犯人を探していた……そこで運悪く異形の群れと遭遇……って感じかしら」
ベアトリーチェとて市内全域の奇跡所有者を把握している訳ではない。彼女もその内の一人だろう。
「何かしらの情報を持っていると良いんだがな。とはいえ目覚めてもらわないと話は進まないが」
「傷は治療したけどやっぱり消耗が激しいわね。どうやら相当無茶をしたみたいだし」
「そうか……もう目覚めないってことはないんだよな?」
「……無いわ。彼女は蓮華とは違う。体力さえ回復すれば自然と目を覚ます筈よ」
逢えてベアトリーチェは蓮華の名を出し、秋の問いに答えた。秋は罰が悪そうに顔を逸らす。
「……すまん」
「仕方ないわ。でも彼女は蓮華とは違う。だから彼女に蓮華を重ねては駄目よ」
「分かっているさ。俺は大丈夫だよ」
――――嘘つき。全然大丈夫じゃないくせに。
ベアトリーチェは溜め息を零す。秋が蓮華のことでどれだけ自分を追い込んでいるのか知らぬ訳ではない。だが如何に言葉を重ねようとも秋には届かない。それを分かっているからこそ、ベアトリーチェは怒りと悲しみを飲み込んだ。
彼を救うことが出来るのは、たった一人の少女だけだ。
彼女が眠りに就いている今、ベアトリーチェに出来ることはそれほど多くはない。
とはいえ皆無という訳ではなかった。
「ならどうして今日は学校に行かないのかしら。急に休むなんて何かするんですって言ってるようなものだと思うけど?」
「……流石に分かりやすかったか。大したことじゃない。少し調査したいだけさ」
「調査?」
「ああ。この少女は、本当に偶然異形と遭遇したのか」
「……それはつまり、彼女が異形と遭遇した場所には何かがある、もしくは何かを見てしまった、と?」
「その可能性が高い。でなければ偶然にも異形の群れと遭遇なんて起こらないだろう。現に俺達も似た形で襲われている。あの時と同じような状況が昨晩だったら?」
自分の姿が見られる可能性を考えて異形を配置するような相手だ。もしも何かがあったとすれば、絶対に殺そうとするだろう。今回も秋が助けに入らなければ少女は死んでいた。
「彼女が目覚めて話を聞ければ一番良いんだがな。暫くは目覚めないみたいだから先に調査と思ったのさ。まだ何かが残っているとは限らないが、手掛かりくらいはあるかもしれない」
「……そういうこと。でも学校を休んでまで行く必要は無かったんじゃないの? 放課後や今晩でも」
「その間に手掛かりが無くなる可能性もある。行くなら今すぐがベストだ」
「………はあ。分かったわ、行きましょう。ただし私も同行するわよ」
「了解。なら準備して直ぐに行くか」
そう言い、秋は部屋を出て行く。ぽつんと残されたベアトリーチェは壁に背を預け、盛大に溜め息をついた。
秋は単純に事件を解決する為に動いているのかもしれない。だがどうしても、ベアトリーチェには彼が無理をしている様に思えた。
今回の調査もベアトリーチェが気付かなければ一人で行くつもりだったのだろう。秋の予想が正しければ、必ずそこには何かがある。となれば確実に異形と戦闘になる。
彼の目的はそれだ。今度こそ負けない為に、秋は貪欲なまでに強さを渇望している。だからこそ戦闘を求めるのだ。
しかしそこには、決定的に欠けている物がある。
それが何か、果たして彼は気が付くだろうか。
否、気が付くことはないだろう。
少なくとも自力では決して辿り着けない何かが、そこにはあった。
――――ベアトリーチェは知らない。
彼女もまた、同じ物が欠けていることを。
※※※※※※※※※
「ここね」
共に準備を終えた二人は、秋が少女を助けた場所へと訪れていた。既に『騎士団』が片付けを終えたのだろう。見た目は完璧に修復されている。
「さて何が出るかしら」
キョロキョロと周囲を見渡しながら、ベアトリーチェはゆっくりと歩く。秋も後に続き、注意深く周囲を観察する。僅かな手掛かりも見逃さぬ為に、『千の魔術を統べる者』で視力を強化した。
強化された目で一つ一つ怪しい物をチェックする。だが殆んどが外れ。秋が探しているような手掛かりは、全くと言っていいほど見付からない。
そも手掛かりと言いつつも、それが何なのかすら分かっていない。あくまでも昨夜の出来事からの推察。可能性は有るが、高い訳ではない。
しかし探さぬ選択肢は無いだろう。可能性が皆無でない以上、探す価値は有る。
「中々根気のいる作業になりそうだ」
苦笑し、秋は向こうの様子を気にしてベアトリーチェの方を向こうとする。その時――――
強化された視力が、高速でベアトリーチェに迫る何者かの姿を捉えた。
「ッ!」
思考は刹那。半ば本能的に秋は飛び出す。
「『千の魔術を統べる者』!」
術式の構築。効果を極めて単純にすることで構築時間を短縮させ、同時に溢れんばかりの魔力を術式へと注ぎ込む。過剰とも言える動力を与えられた術式はオーバーフロー。異常な出力を生み出す。
「あ――――」
魔力を感知し、ベアトリーチェが振り向いた時には既に遅い。此方へ迫り来る襲撃者と、二人の間に身を滑らせる秋――――二人の姿が重なる瞬間だった。
「っ!」
まさか妨害が入るとは思ってもみなかったのだろう。襲撃者の動きが僅かに鈍る。それでも攻撃の手に一切の隙は無く、完成された一撃が秋へと突き刺さる。
「ッ痛!」·
「硬いッ」
人間を攻撃したとは思えぬ硬度に襲撃者は思わず叫ぶ。しかし術式で肉体を強化したにも関わらず凄まじい衝撃が秋を襲った。まるで砲弾に直撃したかのような破壊力。何本か骨が折れたのが分かる。
「秋!」
ベアトリーチェの悲鳴が響き渡る。
秋は苦悶の表情を浮かべながらも、返しの魔術を構築。細かい魔力量の調整を放棄し、ありったけの魔力を注ぎ込んだ。
「『千の魔術を統べる者』!」
紫の閃光が弾け、猛火が爆発する。
視界を埋め尽くす炎、炎、炎。瞬く間に肉体を焼き尽くすほどの熱が襲撃者を呑み込まんとする。
「ハッ――――」
だが襲撃者は冷静に炎を穿つ。神速の突きが生じさせた風が炎を吹き飛ばし、一瞬の隙にその場を離脱。秋とベアトリーチェから距離を取り、姿を晒した。
そこで初めて、二人とも襲撃者の姿を目にした。
若い女だ。恐らく歳は秋とそうは変わらない。色素が薄い黒髪はほぼ灰色と化し、黒色の瞳は虚ろ。携えた剣は突きに特化した細剣――――レイピアだ。
「『騎士団』?」
浮かぶ疑問に答える声は無い。
無言を貫いたまま、少女は再び剣を構えた。
全体重を片足へ。大地を踏み砕き、神速の突撃。
さながら銃撃の如き刺突が放たれる。まるで地上を翔ける流星。視認した時には既に穿たれている。
「ごぼっ……」
秋の腹部にぽっかりと穴が開く。
押し上げられた血を吐き出し、秋は倒れる。
続く一撃でベアトリーチェを穿たんとし、少女は咄嗟に身を翻す。
これまで少女の居た場所を、巨大な雷撃が吹き飛ばした。轟く雷鳴が大気を震わせ、閃光が視界を一時的に眩ませる。
「逃がすか!」
そこへ襲いかかる百を越える刃。四方八方、至る所から少女へ迫る。見れば先の刺突で倒した筈の秋が無傷で魔術を行使していた。
「ッ!」
驚愕に目を見開く。殺した筈の男が生きている矛盾に一瞬だけ少女の思考が停止。気が付いた時には刃が目の前まで迫っていた。
「させるかよ!」
漆黒の竜腕を従え、少年が少女と刃の間に割り込む。奇しくも先の少女と秋の一幕と同様の光景を展開し、当然と言うべきか結末も同様の物を迎えた。
少年が腕を振るい、迫っていた刃を全て破壊。砕かれた刃は紫の粒子となって虚空へと消え去る。
そしてようやく――――役者が揃う。
月宮秋とベアトリーチェ。
少年――――前橋大介と少女――――青木望。
この街で互いに異形を追っていた者達が、遂に邂逅を果たしたのだった。




