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不死の少女は旅をする  作者: マリィ
1章 旅の始まり
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06.恐怖を前に









「ありがとうございましたー」


 ウエイトレスの声を背にして三人が喫茶店を出た時、外は既に暗闇に包まれていた。

 見上げれば黄金の月と、煌めく星達が夜空に浮かんでいる。昨晩から一日しか経っていないからだろう。月は今日も美しかった。


 ただ夜道を歩く人数が昨日とは違っていた。


 秋と、ベアトリーチェ。今晩は二人で歩いていた。


 蓮華は喫茶店を出て直ぐに別れた。送っていくと秋は言ったが、反対方向だから大丈夫と、丁重に断られた。


「ありがとう」


 そう短く秋に礼を言い、少女は街中へと消えて行った。それから秋はベアトリーチェと二人、護衛の意味も込めて共に帰路に就くこととなったのだ。


「…………」

「…………」


 沈黙が流れる。

 気まずいとは思いながらも、何と声を掛ければよいのか秋には分からず、結局は無言となってしまう。それはベアトリーチェも同じようだった。


 チラリと、横目で隣を歩くベアトリーチェを見る。

 月光に照らされ輝く白髪は、風に揺れていた。蓮華も類稀な美人だが、ベアトリーチェはそれ以上だろう。見た目の若さとは裏腹に練磨された宝石のような美しさも感じる。


 秋の視線に気が付いたのか、ベアトリーチェが笑みを浮かべて秋の方を向いた。


「どうしたの?」

「え? いや…………何でもない」

「そう?」


 見惚れていたとは、流石に言えなかった。

 ベアトリーチェの視線から逃げるように秋は月を見上げる。夜空に穿たれた満月は、昨晩と全く変わらない。秋と、秋を取り巻く環境はこんなにも変わってしまったというのに。


「…………なあベアトリーチェさん」

「そんな他人行儀で呼ばないで。しかも長いし、リーチェでいいわ。リーチェで」

「リーチェさんは」

「駄目」


 有無を言わせぬベアトリーチェの言葉に、秋は渋々彼女の言う通りにした。満足げな表情をベアトリーチェは浮かべる。


「それで、何かしら? 何か訊きたいことがあるんでしょ?」

「ああ。俺に宿った『奇跡』…………それは一体どんな代物なんだ?」

「そういえば説明していなかったわね。そうね……言ってしまえば、何でも出来る力、よ」

「何でも…………出来る?」

「ええ」


 ベアトリーチェは歩みを止めて立ち止まる。秋も足を止めた。


「手を出して」


 言われるがまま秋は掌を上にして手を突き出す。

 ベアトリーチェはまるで教師のように言葉を続けた。


「イメージしなさい。掌に炎を生み出すの。いい? 理論とか、どうして炎が生まれるのとか考えちゃ駄目よ。貴方はただ、思えばいい。思えば『奇跡』は応えてくれるから」

「わかった」


 秋は頷き、目を閉じる。

 暗闇の中、想像する。

 赤い、赤い炎。勢い良く猛る火。肌を焼く熱。盛る焔。


 想像は形となる。

 強い空想は現実を侵す。上書きされる。


 突き出された掌の上に、紫色の円形の術式が出現する。月が象られ、人語とは思えぬ複雑怪奇な文字が刻まれた術式は強く光を放ち、瞬く間に燃え盛る業火へと変化した。


「っ!」


 目を見開いて、秋は掌の上に生まれた炎を見る。

 熱は感じなかった。だが勢いは強く、このまま放てば瞬く間に猛火と化して周囲を焼く尽くすだろう。

 パチパチとベアトリーチェが拍手する。


「おめでとう。さっきの戦いの時、炎を無意識に使っていたみたいだったから敢えて炎を生み出すように言ったけど、そうも簡単に生み出すなんてね。もしかしたら才能があるのかもしれないわ」

「これが…………俺の『奇跡』…………『千の魔術を統べる者(へカーティア)』なのか?」

「そうよ。正確に言えば炎が『奇跡』ではなく、炎を生み出した力が『奇跡』。ありとあらゆる魔術を行使可能とし、時として禁術すら使用可能とする第零階梯。それが『千の魔術を統べる者(へカーティア)』」

「…………」

「深く考える必要はないわ。ただ覚えておいて。貴方の『奇跡』は、何でも出来る。貴方が望めばね」


 告げられた言葉には力が込められていた。

 力の名は魔力。人を惑わす魔の力。

 『奇跡』の力は強大だ。特に秋が得た『千の魔術を統べる者』は、ベアトリーチェの言葉通り、それこそ何でも出来る。


 ベアトリーチェは試していた。これだけの力を得た青年が、そしてどうするのか。こちらの不都合で与えてしまった力ではあるが、それ故に与えた責任がある。…………もしも秋が力に溺れれば、ベアトリーチェは容赦なく力を取り返そうとしただろう。


 だが、秋の言葉は違っていた。


「……君が何を考えているか、何となく分かる。でも安心してくれ。俺はこの力を振りかざして何かをする気はないよ」


 嘘、ではないのだろう。ベアトリーチェには、それが何故か分かった。

 けれども疑わなければならない。嘘とは思えぬように嘘をつく輩を、ベアトリーチェは何度も見てきたから。


「どうして? 貴方が望めば、全てが叶うというのに?」

「それでもだ。ま、興味が無いと言えば嘘かもしれないけど、少なくとも力を使って何かをする気はないよ。俺は今のままでいい。普通の生活が、大切なんだよ」


 そう言う秋は、月を見上げていた。


 月宮秋の人生は、大きく変わってしまった。昨晩、とある男に殺され、ベアトリーチェによって助けられた、その時に。


 だから、思うのかもしれない。『奇跡』の話を聞いて、自分の立ち位置が非日常側になったからこそ、日常というものが、どれだけ大切なのかを。


「俺は、平和に過ごしたい。…………もう死ぬのは嫌だからな」


 結局、それが彼の心からの願いだった。


 死にたくない。あの這い寄る様な恐怖は、もう沢山だと。日常から非日常へと足を踏み入れた転換期は、秋の心に傷を刻み付けた。そして、平穏の愛おしさを感じた。


 人は一度何かを失ってから大切さに気が付く。秋が幸運だったのは、ベアトリーチェと出会ったこと。彼女が居たから、秋はこうして生きる喜びを享受することが出来た。


「…………」


 強い青年だと、ベアトリーチェは改めて思う。


 彼女は、死に抗った存在だ。藻掻き足掻いて、今、ここに居る。死に屈していれば、ベアトリーチェはここに居ない。


 だからこそ、足掻くことが並大抵のことではないと知っていた。足掻くことの出来る強さを、知っていた。


 死に恐怖し、未だに怯えていながら彼は立った。

 氷室蓮華との戦いの時もそうだ。彼は恐怖を感じていた筈。怖かった筈。死ぬかもしれないと、思ったに違いない。


 けれども、前に進んだ。

 抗い藻掻き、力を目覚めさせた。


 その意思は、強い。

 弱い心を奮い立たせるだけの強い意思を、月宮秋は持っていた。


「さ、帰るか。そろそろ母さんに怒られそうだ」


 轟々と燃える炎を消し、秋は笑う。ベアトリーチェもつられて笑った。


(彼ならば、大丈夫)


 認めることに抵抗は無かった。

 むしろ、手に入れたのが彼で良かったとすら、ベアトリーチェは思った。


(これも貴方が求めたからなの? ――――『へカーティア』)


 問い掛けに彼女は答えない。

 しかし笑っているようにベアトリーチェは感じた。









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