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不死の少女は旅をする  作者: マリィ
3章 天を目指した少女達
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03.眠り姫に捧ぐ









「行けッ!」


 鋭い声と同時に術式が活性化。天空に紫の光が奔り、既に仕掛けておいた術式が起動、無数の槍が撃ち出される。

 天を覆う槍の数は数百以上。それら全てが銃弾以上の速度で大地へ降り注ぐ。

 逃げ場を潰した範囲攻撃。回避は不可能であり、対処法は二つのみ。強固な防御手段で攻撃を防ぐか、それとも槍の雨以上の攻撃をぶつけるか。


 ベアトリーチェが選んだのは後者だった。


「『海原』!」


 この世で唯一、彼女のみが可能な絶技――――複合術式。

 複数の術式を組み合わせ、大規模魔術を低燃費かつ即座に発動可能とするそれは、簡単な魔術であろうと単純な魔術の遥か上をいく。


 まさしく今回のように。


 降り注ぐ槍を、灼熱の津波が呑み込んだ。如何に膨大な魔力で構築された魔術であろうと、術式の構成が甘ければ簡単に崩壊する。飲み込まれた槍の構成は、まだまだ甘い。故に瞬く間に消滅。紫の光へ戻り、散っていく。


 数百を越える槍が僅か数秒で全滅。しかし発動していた魔術はこれだけではない。


「――――ッ!」


 背後から突き出される銀の刃。魔を断つ刃は、ベアトリーチェの敷いていた防御術式を軽々と突破した。光が爆発し、一時的に視界が閉ざされる。


 だが彼は――――秋は一歩を踏み出した。

 ここまでは想定通り。後は刃をベアトリーチェへ突き刺すのみ――――


「残念」


 光の中に見えたベアトリーチェの体が弾け飛ぶ。

 弾けた肉体は幻想的な蝶々と化し、空を舞った。

 大空に飛び立ち、そして光となって消えていく蝶々を見上げ、秋は手に持っていた刃を消す。


「時間切れ……か」

「ええ。そろそろ学校に行かないと間に合わなくなるわ」


 秋達が戦っていた所から少し離れた場所。そこに本物のベアトリーチェは居た。これまで秋が戦っていたのは彼女の虚像。つまりは偽物だった。


「すまん。少し熱中し過ぎた」

「特訓もいいけど貴方の本業は学生。しっかりと勉強しないと将来大変なことになるわよ?」

「学校の先生みたいなことを言わないでくれよリーチェ……」

こっち(・・・)は貴方の人生の全てじゃない。むしろ平穏に学校に通い、勉強に励み、社会に出て、そして働くことの方が殆どよ。だから……」


 こんな無理は止めろと、言葉にせずとも秋には分かる。彼女の思いは至極真っ当だ。自分の人生を、わざわざ『奇跡』で使い潰す必要は無い――――確かにその通り。月宮秋には未だ日常が共にある。


 しかし、そんなことは(・・・・・・)どうでもいい(・・・・・・)ことだった(・・・・・)


 月宮秋の人生。それがどうした。そんなものに価値は無い。守る必要も無い。どうでもいいことだ。


 今の秋が望むのは、強くなること。その一点のみであり、他の物事は全て些細なこと。それが例え自分の人生だとしても変わらない。


「リーチェ。俺は強くならないといけない。今重要なのはこっちだ。君の気持ちも分かる。だが……悪い」

「…………変わらないのね。貴方の思いは。……彼女のことを、未だに悔やんでいるの?」

「……俺が強ければ、彼女が傷付くことはなかった。どれだけ言葉を重ね、言い訳をしたところで根っこの所は変わらない。氷室のことは俺の弱さが招いた結果だ。嘘でも悔やんでないとは言えない」

「でもそれは……! それは……貴方だけが背負うものじゃない。彼女の件に関しては私にも責任が――――」

「――――リーチェ」


 強く、名を呼ばれる。

 思わずベアトリーチェは身を竦ませた。


「責任の所在に意味は無い。意味があるのは俺が後悔している事実。それだけだ」

「…………」


 どうしてと、喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 今の秋に言葉は意味をなさない。彼は心の底から後悔し、絶望の果てに今の答えへ辿り着いた。ベアトリーチェの言葉では絶望を乗り越え、秋を止めることは出来ない。


(止められるとすればそれは……)


 氷室蓮華。彼女だけだろう。

 だが彼女は今ここには居ない。今、彼女は眠りについている。


「俺はそろそろ行くよ。今日もありがとうな」

「気にしないで。…………いってらっしゃい」


 ベアトリーチェに出来るのは、秋を見送ることだけ。

 いつもと同じだ。誰も彼も皆、ベアトリーチェを置いて突き進んでしまう。


 彼も、彼女も、そうだった。ベアトリーチェはいつも見送るだけ。死に向かう者を止められた例が無い。


(また私は繰り返すの……? かつてのような悲劇をまた……)


 認めない。

 今度こそ、止めてみせる。

 繰り返す悪夢はこれで終わり。ここで断ち切る。


(…………もう間違えない)


 間違いだらけの人生だった。

 あの時も、こうして足掻けばもしくは。


 考えても意味など無い。それは過ぎ去った日常。最早、取り戻すことなど出来ない。


 だから今度こそは。今度こそ、ベアトリーチェは。


「…………」


 去っていく秋の背中を見詰める。

 彼は成長した。心身もそうだが、何より『奇跡』の扱いも上達した。荒削りな部分も多いが、それでも前より遥かに強くなっただろう。


 しかしそれは身を削って得た力だ。

 自殺行為としか思えぬ特訓を繰り返し、がむしゃらに強さを求めて足掻いた成果だ。


 いつの日か、彼は死ぬ。

 強さを求めた自分自身に殺される。


 彼には楔が必要なのだ。


 生に繋ぎ止める楔が。


 そしてそれは、ベアトリーチェではない。


「……貴方だけなの。貴方だけが、彼をこの世に繋ぎ止めることが出来る。だから……」


 目を、覚まして。


 最後の言葉は、誰にも届くことはなかった。









※※※※※※※※※









 数ヶ月ほど前のこと。

 月宮秋は、一人の少女と出会った。


 名を氷室蓮華。秋と同じ学校の生徒であり同級生。そして――――『奇跡』を持つ者。


 彼女との出会いは決して平穏とは言えないものだった。今でも秋は鮮明に思い出すことが出来る。突如として秋の前に現れた彼女のこと。放課後の教室で戦った彼女の姿。


 紆余曲折を経て協力する間柄となっても、彼女は秋とは違う道を選んだ。あの時、秋が抱いた憎悪と憤怒は本物だ。心の底から蓮華を恨んだ。


 けれどもそれは、少女の弱さが招いたことだった。誰よりも弱い少女は、誰かの為に在ることが出来ない。だから自分の為に行動した。


 悲しい表情を浮かべる彼女の姿も覚えている。

 その表情が嫌だから、秋は。


 手を伸ばし、手を掴み、手を引いた。


 それが間違いだとは思わない。あの時、彼女に手を差し伸べなければ今は有り得ない。だが、()を迎えることになるのなら、何もしない方が良かったのでないか。そう、思ってしまう。


 階段を登る。何度も何度も登ってきた階段。今更考え事をしながら登ったところで踏み外すことは絶対に無い。


 月宮秋は、氷室蓮華に手を伸ばした。

 しかしそれは間違いではないが正解ではなかった(・・・・・・・・)


 延々と階段を登り続け、ようやく目的のフロアに到着する。ゆらゆらと幽霊のような足取りで、秋は彼女が待つ部屋へ。


 では、正解は何なのだろうか。

 一体どうすれば、秋は正解に辿り着けるのだろう。

 氷室蓮華が、傷付かない未来に至ることが出来るのだろうか。


 彼女の眠る部屋はフロアの一番奥に位置していた。

 秋はゆっくりとドアを開ける。カラカラと音を立て、蓮華と秋を隔てる最後の一枚が無くなった。


 簡素な部屋だ。何も無い。何一つ無い。

 あるのは白いベッド。そして、その上に眠る黒髪の少女。


「――――」


 少女は眠っている。

 昨日と変わらず。先週と変わらず。眠り続けている。


「氷室…………」


 今から少し前のこと。

 とある奇跡所有者と秋は戦い、敗北した。

 蓮華は敗北し傷付いた秋の仇を討つ為にその奇跡所有者に勝負を挑んだ。

 結果、蓮華は勝利した。――――自分の死を以て。


 しかし彼女の『奇跡』――――『咎人眠る永遠の氷棺(コキュートス)』が蓮華を救った。死の間際、『奇跡』で蓮華は自身を凍らせたのだ。


 その後、凍り付いた蓮華はベアトリーチェと『千の魔術を統べる者(へカーティア)』によって治療され、死から脱した。だが、何もかもが遅すぎた(・・・・)。一度死に近付いた肉体は簡単には蘇らない。


 結果がこれだった。


「…………」


 蓮華を守ると誓った。

 彼女を背負うと心に決めた。


 愚かな決意だ。月宮秋は誰よりも弱い(・・)

 結局、それが全ての答え。秋さえ強ければ、こんなことにはならなかった。


 この部屋に来るとき考えた。

 秋はどうすれば正解に辿り着けるのか。

 単純な答えだ。正解とは強くなること。誰よりも強くなることこそ氷室蓮華が傷付かぬ道。


 そっと、優しく蓮華の手を握る。

 何度繰り返したか分からない。けれども忘れぬように。違えぬように。幾度となく秋は自身に刻み付ける。


「強くなる」


 口にする度に全身が痛む。

 込み上げてくる血を飲み干し、秋は再び言葉を紡いだ。


「強くなるよ氷室。今度こそ正解に辿り着く為に」


 ――――ベアトリーチェは知らない。

 秋の命が刻一刻と失われていることを。

 我が身を犠牲にしてでも、力を得ようとしていることを。


 今はまだ、知らない。









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