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不死の少女は旅をする  作者: マリィ
3章 天を目指した少女達
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00.運命の起点









 それは、全ての始まりだった。


 今でも鮮明に当時のことを思い出すことが出来る。時間が経つごとに消えていく幼少期の記憶でありながら、まるで録画した映像のように。


 ――――私は、家に居た。両親は仕事で家には居らず、いつも通り一人きり。寂しいとは思わなかった。私にとって、それが当たり前だったから。


 からからと、記憶が再生される。

 何度繰り返したか分からぬ思い出。最早、これが何度目の想起なのか。


 ――――私の家には大きな書庫があった。読書好きな両親が本の保管用に作った場所だが、私にとっては書庫が自分の部屋のようなものだ。両親の影響か、それとも孤独を紛らわせることが出来たからか、私は読書が好きだった。


 ――――今日も朝起きて、冷たくなった朝ご飯を食べて、書庫に向かう。言い付けを守って廊下を走らず、ゆっくりと。本当は直ぐにでも書庫に行って本を読みたいが両親の言い付けは私にとって絶対。破ることは許されない。


 ――――実際は大した時間ではないが、体感では随分と時間が掛かったようにも思えた。私は父の部屋から持ち出した鍵を使い、書庫の中へ。


 ――――室内は暗く、季節も関係しているのか少し肌寒かった。私は灯りを点け、見慣れた室内を見渡す。天井まで届く本棚にはぎっしりと本が収納され、それが幾つも並ぶ光景はいつ見ても壮観だった。


 ――――今日は何を読もうか。ファンタジーか、それともミステリーか。たまには学術書も面白いかもしれない。そんな期待を抱きながら本の森へと歩を進め――――


 再生が停止する。

 ここから先は()()の深層。

 彼女だけの思い出であり、誰一人として入ることを許されてはいない。


 例えそれが、自分自身であろうとも。









※※※※※※※※※









 これは夢だと、前橋大介は思った。

 もしくは死に際に見た幻覚。幻の類だと。


 だが、それも仕方のないことだろう。


「大丈夫?」


 風に揺れる髪は明るい茶色。整った顔立ちは可愛らしいと言うよりは凛々しいと言うべきか。端的に表現すれば綺麗と言える相貌。


 大介の見知った顔だ。当然だろう。彼女は大介のクラスメート。毎日のように顔を見ている。それに彼女の綺麗な顔は忘れたくても中々忘れられない。


 しかし、そこではない。

 確かに今、ここに彼女が居ることも夢としか思えない。だが違うのだ。何より大介が信じられないと思う光景は、目の前に立つ少女ではない。


 少女の後ろ。そこに転がる血塗れの(・・・・)何か(・・)


 それは明らかに、この世の生物ではなかった。

 人間の大人ほどの体長に、背から生えた黒翼。顔はまるで何人もの人間を継ぎ接ぎしたかのように肌の色も、腐食の度合いもちぐはぐだ。

 顔だけが異様な姿をしている所為か、継ぎ接ぎではない綺麗な白磁の上半身と下半身がむしろ不気味に思えてくる。何故、そこだけ普通なのか。そんな疑問が頭の中を堂々巡りする。


「ちょっと君! 聞いてるの!」

「え? あ…………」


 しかし大介の思考は彼女の言葉によって止められた。

 視線が怪物から目の前の少女へ。大介のクラスメートは腰に手を当て、いかにも怒ってますと言いたげに頬を膨らませていた。


「あ、ああ。俺は大丈夫だ。それより……」

「大丈夫なら今直ぐ逃げて。ここに居ると邪魔なの」


 我ながら冷たい言い方だと少女は思った。こんな場面に遭遇し、混乱しているのだから、もう少し優しい言い方をしてもいいだろう。


 だが大介は気にした様子もなく、むしろ驚愕と恐怖に染まった表情で、少女の背後を見詰めていた。

 何事かと少女が後ろを振り向くより前に、


「危ない!」


 大介は飛び出していた。

 少女を突き飛ばし、背後から迫り来ていた怪物の一撃を受ける。獣の如き鋭い爪が一閃。当然躱すことなど出来る筈もなく、大介は払われた虫のように吹き飛ばされる。


「ッ!」


 そこでようやく、少女の思考も現実へと追い付いた。

 突き飛ばされた時は何事かと思ったが、自体は単純明快だ。少女が倒したと思った怪物が生きていた。それだけのこと。しかしそれが原因で大介は怪物の一撃を受けてしまった。


「許さないッ――――!」


 怪物を睨み付け、少女は天に手を掲げる。

 言葉に殺意と怒りを乗せて、少女は叫んだ。


「『蒼き空を穿つ(ル・シエル)』!」


 眩い光と共に、一張のロングボウが顕現する。

 華美ではない程度に装飾が施されたメタリックブルーのロングボウ。しかし重さは無いに等しく、少女は軽々と『蒼き空を穿つ(ル・シエル)』を構える。

 流れる様な動作で少女は()()から矢を掴んだ。そのまま矢をつがえ、怪物へ向けて放つ。


 派手な発射音も、派手なエフェクトも無い。ただ風を切る音と共に矢は怪物へと向かい、既に満身創痍だった怪物の頭部を

吹き飛ばした。


 だが怪物は止まらない。傷を無数に負い、頭部を吹き飛ばされようと、強靭な生命力を持つ怪物を止めるには至らない。鮮血を大量に撒き散らし、少女へと襲い掛かる。


「――――良い的ね」


 胴体に三つ、翼に一つ、足に一つ。

 ()()に放たれた計五つの矢が、怪物を穿つ。

 如何に頑強な怪物といえど、ここまで肉体を破壊されては為す術は無く、血溜まりへと力無く倒れ込む。


「流石に死んだ筈……」


 念の為と思い更に矢を放つ。狙いは違わず怪物へと突き刺さるが、怪物はピクリとも動かない。どうやら今度こそ怪物は死んだようだった。


「前橋くん……!」


 少女は怪物の死を確認すると、直ぐさま『奇跡』を解除し、小走りで大介の下へ向かう。奇跡所有者からすれば単なる裂傷で済む傷も、普通の人間である彼にとっては致命傷だ。もしかすれば既に彼は――――


 嫌な想像を振り払う。まだ死ぬと決まった訳じゃない。助かる可能性は充分に有る。だから――――生きていてと、少女は希う。


 そして大介の下に辿り着く。

 彼はまだ、生きていた。しかし彼の傷は明らかに(・・・・)()間では(・・・)()死の(・・)傷だ(・・)


 では、何故大介は生きているのか。

 答えは、彼の腕に。


「――――――――嘘」


 少女の声が夜闇に溶ける。

 射し込む月明かりが大介を照らす。


 血溜まりに沈む少年。深い傷を負った肉体以上に目を引く明らかな()()


「『奇跡』…………!


 彼の右腕は、変質していた。


 人ならざるモノへと。


 それは黒く鋭い魔爪を備え、常闇より尚、深い漆黒の鱗を纏った怪物の腕。


 『竜の腕(タンニーン)』。

 そう呼ばれる腕だった。










3章開幕です。

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