31.勝利を求めし敗北者
「そうか。彼は駄目だったか」
「はい」
そこは、明らかに異常な空間だった。
歪んでいるのだ。不規則に室内の至る所が揺らぎ、ここではないどこかの風景が垣間見えている。時には明らかに現代とは思えぬ場所の風景すら歪んだ空間の奥に見えてくる。
この世ではない場所。
世界のどこでもあり、そしてどこでもない場所。
時間の流れから切り離された隔離領域。それがここだった。
だが何より目を引くのは揺らぐ空間でも、垣間見える風景でも、ここに居る者達でもない。
桜だ。
歪んだ空間の中でも確固たる形を保ち、天を突く巨大さ。
恐らく普通の桜の数百倍はあるだろう。超巨大な高層ビルにも思える姿は神々しく、同時に禍々しい。一目見るだけでこれは異質だと分かってしまう。
心の弱い者では桜の迫力に圧倒され、自力で立つことすら不可能だろう。だがこの場に弱者は居ない。居るのは鬼。そして――――この桜の所有者だった。
桜の根元で青年は笑う。
彼の脳裏に浮かぶのは、種を与えた一人の男のこと。
青年は彼に期待していた。彼の種との親和性は極めて高く、成長した『荊の庭園』ならば今の弱体化したベアトリーチェに勝てると思っていた。
しかし結果は敗北。『騎士団』の存在が、青年の予想を狂わせた。今頃は青年の手の内にある筈だった純白の魂は、未だにベアトリーチェの中に存在している。
しかし、青年は笑う。
これまでも、同じだった。
青年の道は常に苦痛と失敗だらけだ。どれだけ上手く場を整え事を起こそうと、まるで決められた筋書きをなぞるように敗北する。
失敗して、敗北して、それを気が狂うほど繰り返し、今の青年が居るのだ。今更策の一つが潰えたところで悲しみも後悔もない。唯一、彼が心に思うのは――――
「極めていつも通りだ。世界は相変わらず優しくないね。本当に滑稽だよ!」
――――歓喜の思いだ。
繰り返される敗北。繰り返される失敗。
何度も、何度も、負け続ける。
それが愉快で堪らない。定められた運命とは何と強制的で厳しいのか。まるで難攻不落の要塞。決して勝利を与えない絶対存在。
「でもそろそろ――――僕も勝ちたいよ」
彼は、再び笑う。
定められた運命を覆し、勝利を手にする自分の姿を思い描いて。
「さて。そろそろ動き出そうか。随分と長い時間が経った。でも――――今度こそ終幕だ」
青年の言葉に鬼は――――少女は、深々と頭を垂れる。
「全ては御身の為に。私は、その為にここに居ます」
そして彼等の旅は終わりへ向かう。
敗北に彩られた道を歩み続け、ここまで来た。
「さあ――――勝利を手にしようか」
これにて2章は終了です。
投稿開始して1年とちょっと。ここまで書けるとは思っていませんでした。これも読んで下さる皆さんのお陰です。ありがとうございます!
次回からは3章が始まります。これからも宜しくお願いします!




