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不死の少女は旅をする  作者: マリィ
1章 旅の始まり
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05.追われる者









「俺が…………『千の魔術を統べる者(へカーティア)』の所有者? 確かに俺が使ったのは……」


 思い浮かぶのは、ついさっきの戦闘。秋は『奇跡』を使った。『奇跡』の名は――――『千の魔術を統べる者(へカーティア)』。


「っ……!」


 今更のように秋は身を震わせた。月宮秋が手に入れたのは『奇跡』の中でも最高峰と謳われる第零階梯の『奇跡』。それは、これまで普通の人生を生きてきた青年が背負うには、あまりにも重すぎる代物だった。


「まさか……そんな……」

「ごめんなさい。でも、これが現実なの。何故かは分からないけど、貴方を回復した時、私の中の『奇跡』が貴方に移った。だから貴方は『奇跡』を手に入れられた」

「そんなこと、有り得るの? 奪う訳でもなく『奇跡』が別の誰かに移るなんて」

「少なくとも私は聞いたことないわ。でも現に起きている。零は唯一無二の『奇跡』。他の『奇跡』と違って謎な部分も多いから、有り得たのかもしれない」

「結局、詳しいことは分からない、か」

「ええ。…………月宮秋くん。本当にごめんなさい。貴方を助けて、それで終わりの筈だったのに。そんな物まで背負わせて」


 悲痛な面持ちで女は秋へと頭を下げた。その顔は、心の底から秋に『奇跡』を与えてしまったことを、後悔しているようだった。


 彼女の言う通り、秋が手に入れた『奇跡』は手にあまる代物だ。当然、そのことに対して恐怖はある。だが自然と、秋は受け入れた。


『貴方は『奇跡』に選ばれた』


 紫髪の女に言われた言葉がリフレインする。彼女の言葉が真実ならば、『奇跡』はあるべくして秋の手に来たのだろう。ならば目の前の少女に比はない。それに月宮秋は、命を救われた。


「いやいや気にしないでくれ。俺は、君に命を救われた。それに比べれば大したことはないよ」


 そう言って秋は笑うが、女の顔は晴れない。


「貴女、追われているの?」

「ッ!」


 核心をついたのは、蓮華の言葉だった。

 伏せていた顔を勢い良く上げ、女は驚いた表情を浮かべる。


「どうして、分かったの?」

「希少な『奇跡』を持つ者は、その『奇跡』を狙われやすい。これまでは貴女が所有者だったから追われるのは貴女だった。でも所有者が月宮くんに移ったから、次から追われるのは月宮くんになる。だから、巻き込んでしまったと思ってるの?」

「…………まさか見抜かれるなんてね。正解よ。貴方の言う通り、私は追われてるわ」

「貴女が私に嘘をついた理由も分かった。『奇跡』を月宮くんに認識させるため。そうしないと、襲われた時に対応できないから。少なくとも使えれば抵抗は出来る」

「それも正解。…………マイペースな娘だと思っていたけど、案外鋭いのね」

「追っているのは、月宮くんを襲ったという男?」

「ええ」


 驚きの表情を秋が浮かべる。

 まさか女を追っていた男が、間違えて自分を殺すとは。しかも目的だった『奇跡』は今は秋の物となっている。運命の悪戯にしても出来すぎているとすら思えた。


「そいつは…………誰なんだ?」

「訊いても、いいの? 無理はしない方がいい」

「ああ。本音を言えば、あまり聞きたくないさ。でも知らないといけない。…………『奇跡』を持っているのは、俺だからな」


 笑顔を浮かべるが、その表情はどこか無理をしていた。だが強がりだとしても、覚悟がなければ口には出せない。


 強い人だと、女は思う。

 一度殺され、それでも運良く生き残れた。しかし運命は彼に戦うことを求めた。彼の身に宿った『奇跡』が、その証左だ。普通の人間なら、恐怖から逃げ出そうとしても不思議はない。


 だが、彼は前に進んだ。怖くとも、恐ろしくとも、前を向いた。前に進めるのは強いからだ。月宮秋は、きっと強い人なのだろう。


 それは蓮華も思っていたのか、彼女の彼を見る瞳には強い関心が見て取れた。彼の強さに、何か心惹かれるものがあったのだろう。ポツリと、呟くように蓮華は思いを口にした。


「強いね。月宮くんは」

「そんなことはないさ。今だって震えてるし、怖くて堪らない」

「それでも、強いよ。私と戦った時も、貴方は立ち向かい、足掻いた。死を経験したのに、必死に戦った。…………私には、無いよ。そんな強さ」


 蓮華らしからぬ悲痛な面持ち。沈黙が三人の間を流れた。


「あ、ごめんなさい。空気を悪くしてしまって。話、続けて?」

「…………分かったわ」


 女は蓮華の苦しみを追求しなかった。

 彼女は理解しているのだ。人を超越した力――――『奇跡』を有する者は、不幸な人生を送ってきた者も居るということを。そしてそれは、殆どの者に該当するということも。


 人の傷口に踏み込むことはしない。これは『奇跡』を持つ者達の間では、暗黙の了解として成り立っていた。

 強力な力を持つ奇跡所有者の精神性は非常に重要だ。下手に踏み込めば、本人に良くも悪くも影響を及ぼし、如何なる被害を齎すか分かったものではない。


 故に、女はそれ以上、蓮華の言葉を追求しなかった。


 女は話題を切り換えるように咳払いし、秋と蓮華を見る。


「えっと……男の話ね。私を追ってこの極東の島国までやって来た男の名はアリオス。当然だけど『奇跡』を持っているわ」

「コレクター?」

「いいえ。コレクターではないわ。彼は『混血の魔獣』という『奇跡』を持っているの。この『奇跡』は『奇跡』を喰らうことで力を増す能力を持っている。彼が私を狙っているのは私の『奇跡』を喰らうため。そして更に強くなるためよ」


 そう女が言葉を続けるが、秋は聞いていなかった。

 自分を殺した憎き男の名を震える声音で呟く。


「アリ、オス…………」


 自分を殺した、男の名。


 あの夜、月宮秋は殺された。


 虫けらのように殺された。


 ただの間違いで、殺された。


 これが許せるか?

 こんな理不尽を受け入れられるか?


 答えはノー。決して忘れぬようにと、秋は男の名を刻んだ。


「わざわざこの国まで追いかけて来るくらいだから、相当しつこいわ。きっと『千の魔術を統べる者(へカーティア)』を喰らうまでこの街から出て行くことはしないわよ」


 苦々しく女は言い放つ。どうやら余程しつこい男らしい。彼女の表情はありありとした憎悪が見えた。


「…………いずれ向こうは『千の魔術を統べる者(へカーティア)』を見付ける。そうなると戦いは避けられない。……大丈夫、月宮くん?」

「戦う、か」


 昨晩の光景が脳裏に浮かぶ。

 アリオスの使役していた蛇に、秋は為す術なく殺された。再戦したとして、そして秋は彼の攻撃を防げるだろうか。


「心配しないで。元々は私が原因だし、『奇跡』も貴方に押し付けてしまったもの。その時が来たら私は全力で貴方をフォローするわ。絶対に勝たせてみせる」

「月宮くん、私も手伝う。貴方には襲い掛かってしまったし、その罪滅ぼしをさせてほしい」


 少女二人が秋に視線を向ける。

 力強い、言葉だった。

 深々と秋は頭を下げる。


「ありがとう。でも、何か悪いな。巻き込んでしまったみたいで」

「巻き込んだのはこっち。月宮くんは気にしないでいい」

「そうよ。貴方には、本当に重い物を背負わせてしまったのだから。これくらいじゃ罪滅ぼしにならないわ」

「…………すまん」


 また、秋は頭を下げる。

 自分が悪い訳でもないのに二度も謝る彼の姿に二人は苦笑した。


「そういえば」

「どうしたの?」

「いや、そういや俺、君の名前を知らないなって」

「私も聞いてない」


 秋と蓮華、二人の視線が女に向けられる。

 女は申し訳なさそうに目を伏せた。


「そうね。ごめんなさい。そういえばまだ名乗っていなかったわ。…………私の名前はベアトリーチェ。気軽にリーチェと呼んで」

「ベアトリーチェ…………」


 噛み締めるように、秋は名を呼ぶ。

 これから先を共に歩む者の名を。


 ――――この日、月宮秋とベアトリーチェ、そして氷室蓮華は出会った。


 運命の歯車が、静かに回り始める。


 からから、からからと。









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