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不死の少女は旅をする  作者: マリィ
2章 純白の魂
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25.変わらぬ日常に少女は幸福を見る









 フランチェスカ・ブライトは最高の仕事をした。

 自らの負傷を厭わず、氷室蓮華に力を貸した。

 だがそのことについて、蓮華は感謝する気は一切無い。


 彼女は秋を傷付けた。それに比べれば大したことはないと、蓮華は思っている。彼の受けた苦痛を考えれば、まだ足りないくらいだ。


 けれども、あれが彼女にとって限界だったということは理解していた。死んでも何ら不思議はなかった。生きているのは単にフランチェスカの意志が強かったから。偶然と言ってもいい。


 感謝はしない。

 だが彼女の努力は、認める。


 フランチェスカ・ブライトは、限界を遥かに越えた力を行使したのだと。そうまでして氷室蓮華に勝利を与えようとしたのだと。


 認めるしか、ない。


「…………」


 報いるつもりはない。

 氷室蓮華は氷室蓮華のやりたいことをやるだけだ。


「『咎人眠る永遠の氷棺(コキュートス)』――――『第一円(カイナ)』」


 『奇跡』を発動させる。

 同時に発動するのは禁忌の一つ――――『第一円(カイナ)』。血を媒介として死の氷をばら撒く忌まわしい技。

 そして今の蓮華にとって、血は有り余っている。


 失くした左腕の付根――――肩の部分からドボドボと溢れていた血が瞬く間に凍り付く。凍り付いた血は自然と砕け、鎖の形へと変化する。


 そうして数十を超える血の鎖が完成した。

 蠢く鎖はまるで触手。見目麗しい少女の腕からそれが生える様は酷く冒涜的で退廃的だ。


(準備は完了。そして、そろそろ時間の筈)


 完成した『第一円(カイナ)』の感触を確かめつつ蓮華は時が来るのを待つ。――――フランチェスカが命を懸けて蓮華に与えた力。それが発現する時を。


「…………」


 一秒。二秒。三秒。

 刻一刻と時間は経過し、地面が近付く。

 このまま地面に叩きつけられれば即死は確実だろう。既にボロボロの体だ。形など崩れてしまう。

 そう分かっていても蓮華は待つ。


 四秒。地面が近付く。

 五秒。荒野が近付く。

 六秒。キースが、近付く。


(七――――)


 二人の距離は数十メートル。

 ここまで近付けば、如何に第六感とて逃げられない。


「――――――――ッ!」


 急激に、蓮華の落下スピードが加速する。

 まるで地球に引き寄せられる彗星の様にどんどんと加速される。


 加速する。加速する。加速する加速する加速する加速加速加速加速加速加速加速加速加速し――――――――墜ちる。


 氷室蓮華は、流星と化す。



















 結局のところ、蓮華の立てた策は単純なものだった。

 先ずはフランチェスカが超長距離から接近。一撃を加える。だがこれは外れると蓮華は読んだ。


 キースは幾度の戦場を生き抜いてきた猛者だ。今更遠距離攻撃で敗北は有り得ない。如何に神速であろうと、キースは回避してみせるだろう。


 故に、二段構え。

 フランチェスカの初撃は囮だ。攻撃を回避させることこそ本来の目的。

 ニ撃目である蓮華の攻撃こそ本命だ。


「――――――――ッ!」


 落ちる。

 ――――墜ちる。


 上空からの奇襲攻撃。しかも『流星の煌めき(シューティングスター)』で加速した攻撃だ。如何にキースとて回避は不可能。


 急加速に蓮華の肉体が悲鳴を上げる。蓮華は痛覚を凍結させ、激痛を全てシャットアウトする。


 痛みなど構っている暇は無い。

 今はただ、目の前の敵を倒す。


 加速した蓮華の速度はフランチェスカと比べれば遥かに遅い。だがキースを仕留めるには充分。


「『第一円(カイナ)』――――――――」


 氷の鎖がゆらゆらと揺れ、花開くように広がる。


「――――縛れ」


 女王の命令が下される。

 それぞれが独立した生き物のように鎖がキースへ迫った。


「――――――――ッ!」


 弾かれたようにキースが顔を空へ向ける。

 しかし既に鎖は彼の周囲を取り囲んでいた。

 眼前まで迫った蓮華とキースの目が合う。


 咄嗟に『破壊の暴君(タイラント)』を振るい、鎖を破壊せんとする。だがそれよりも早く、一本の鎖がキースに巻き付いた。畳み掛けるようにその他の鎖もキースへ巻き付いていく。


 ――――沈黙が、降りた。


 キース・アークライトは鎖に包まれた。

 形は違えど鎖もまた棺。

 彼が目を覚ますことはない。


「…………違う」


 鎖を上手くクッションとし、地面に着地した蓮華は鎖の繭を見て首を振る。

 まだ、キースは眠りに就いていない。


「…………奇襲は悪くなかった。だが同じ手を使ったのが悪手だったな。当然警戒する。一度上から攻めたのなら二度目は別の所から攻めるべきだった」


 繭にヒビが入る。

 絡みつく鎖を破壊し、キースは姿を現した。


「だが危なかったぜ。あと少しでも破壊が間に合わなかったら凍り付いていた。上からじゃなければお前の勝ちだった」


 キースの言葉は真実だ。

 少しでも早いか遅ければ今頃氷像が一つ出来ていただろう。

 魔剣を掲げ、キースは獰猛に笑う。


「悪いな。俺は生き残った。今度こそ終わりにしようか」

「…………」


 蓮華は何も言わず、鎖を向ける。

 策が失敗した以上、どちらにせよ正面から戦う以外に方法は無い。問題といえば一つ。蓮華には、余り時間が残されていない、ということ。


 『第一円(カイナ)』は血を媒介として発動する。

 だが誰の血でもいいという訳ではない。『第一円(カイナ)』の媒介として機能するのは蓮華の血だけだ。

 そして今に至るまで、蓮華は『第一円(カイナ)』を多用した。『第一円(カイナ)』の行使は血の消費と同義であり、これ以上の消費は間違いなく命に関わる。


 現状でも既にギリギリなのだ。蓮華の肉体は『咎人眠る永遠の氷棺(コキュートス)』で痛覚こそ封じてはいるが、傷そのものが無くなってはいない。『破壊の暴君(タイラント)』の傷は深く、死んでいないのが不思議でならなかった。


 ――――そう。生きて、いるのだ。

 氷室蓮華は生きている。心臓は鼓動を続けている。

 なればこそ血も傷も、考慮に値しない。

 心臓が鼓動を刻み、指の一本でも動くならば、蓮華は戦う。


 例え、自らが死ぬことになろうとも。


 今なら分かる。


 『蓮華は蓮華のままで居てくれ』という言葉が。


 変わらぬ日々。変わらぬ日常。変わらぬ隣人。

 それは尊いもの。美しいもの。


 だから、彼は隣に立っていた。

 だから、彼は足掻いた。


 何も変わらぬ日常を、守る為に。


 きっと蓮華も知らず知らずの内に、彼と過ごす日常に慣れていたのだ。彼と言葉を交わし、共に帰る。それだけの日々が、とても幸せだった。


 なら、躊躇う必要は無い。

 月宮秋のように誇り高く戦えばいい。


 その果てに、氷室蓮華が居なかったとしても。


「――――――――」

「――――――――」


 氷室蓮華とキース・アークライト。

 一度相まみえた二人は、再び対峙する。


 片や破壊の徒。森羅万象を破壊し、戦場に嗤う暴君。

 片や氷の少女。森羅万象を凍結し、幸福を守る女王。


 壊す者と、守る者。


 相反する二人は共に得物を構え、


「――――ッ!」

「――――ッ!」


 衝突す。









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