22.光は集い、道を照らす。もう二度と迷わぬように
――――光が集う。
ネロの周囲を光が踊る。
舞い踊る光は神聖なる輝き。
永久に輝き、不浄なる者を受け入れない。
光が満ちる。
黎明の輝きにも似た閃光が、世界を照らした。
収束し、形を成す。
不可侵の聖域を。
「第二の『奇跡』……だと? そんなことが……有り得るのか……?」
ドストエフスキーの驚きも無理は無いだろう。
本来『奇跡』は人間一人に対し一つのみ。それ以上は『奇跡』の負荷に人間の肉体が耐えられない。これまでの歴史の中で、幾人もの奇跡所有者達が証明してきた。
だが、唯一例外が存在する。
「――――『二重者』」
ベアトリーチェが、震えた声音で呟いた。
「本物、なの……?」
『アレは本物よ。私も久々に見るわ』
「ッ!」
『奇跡』そのものと言えるへカーティアが、本物と言うのだ。つまり彼は真正の『二重者』。数えるほどしか世界に存在しない『奇跡』の二重所有者。
「俺には過ぎた才だ。現に完璧に制御出来ている訳じゃない。鎧が無ければ簡単に暴走だ」
ネロが苦笑する。だがベアトリーチェからすれば充分驚愕に値する。
如何に『二重者』といえど、二つの『奇跡』を制御するのは容易ではない。むしろ不可能と言えるだろう。それをネロは限定的ながら可能としている。
(私が魔術を修めるまで長い時を要した様に、複数の力を制御することは恐ろしく難度が高い。それを数十年も生きてない人間がやり遂げるなんて……)
戦慄する。ネロの才は、明らかに天才の類。しかし才に溺れず、自らを鍛え続けてきたからこそ、ここまでの領域へと至った。
「さあ続けようかドストエフスキー。これが俺の全力だ。――――行くぞ」
燐光を吹き荒れ、ネロの体が弾丸の如く飛び出す。追い掛けるように多数の荊が迫り来るが、
「無駄だ」
聖域に、阻まれる。
光の壁に触れた荊は消滅し、千切れた荊が死体の様に地面に転がった。
『『拒絶する光の聖域》』は触れるモノ全てを拒絶し、消滅させる結界型の『奇跡』。如何に『荊の庭園』が成長しようと、聖域は破れないわ。――――この勝負、決したかしら?』
へカーティアの言葉を証明するかの如く、ネロは怒涛の勢いでドストエフスキーへと迫る。これまで回避するしか無かった荊は全て聖域で受け止められ、ネロに近付くことすら出来ない。
「ッ! 防げ!」
ネロの前に人型が躍り出る。
人型は馬鹿げた数の荊を束ね、巨大な盾を作り出した。
盾を構え、人型がネロと対峙する。
「無駄だ」
聖域が変化する。
光の粒子と化し、ネロの剣を包み込むように形を成す。
「『拒絶する光の聖域》』――――『剣域』」
光に包まれた剣は、眩く輝く。
美しく、尊い刃。
(あれは……)
かつて『剣聖』と呼ばれた女が『騎士団』に居た。
彼女が振るった剣――――聖剣に、それは似ていた。
「クレア。借りるよ」
強烈な踏み込みと共に、剣が振り抜かれる。
人型が構えた盾に刃が衝突し――――両断される。
「な――――」
ドストエフスキーが目を見開く。
盾の強度は十二分に有った。如何なる一撃だろうと防げる筈だった。――――通常ならば。
「その剣! 聖域か!」
「察しがいいな!」
聖域は自由に形を変えることが出来る。結界の様に展開すれば身を守る最高の盾と化し、剣に纏わせれば全てを切り裂く至高の剣と化す。
この世の全て、自分以外を拒絶するという聖域の性質を利用した、攻防一体の使い方だった。
「ッ――――!」
身を守る盾が無くなり、ドストエフスキーの顔が強張る。
周囲の荊を総動員してネロを止めようとするが、再び結界と化した聖域によって尽く防がれる。
「無駄だ。その程度で俺の『拒絶する光の聖域》』は破れない!」
彼我の距離が瞬く間に縮まる。
聖域に守られたネロを、ドストエフスキーは止める手段が無い。
「――――ッ! ふざけるな…………! 私は……ッ! 私は……こんな所で死ぬ訳にはいかない!」
荊を総動員し、ドストエフスキーは我が身を守らんとする。
一見すれば壁が迫ってきているとしか思えないほどの質量を前に、ネロは光を剣へと収束させる。
聖剣。かつて相棒だった女の忘れ形見。
ネロは強く柄を握り締め、『騎士の聖鎧』の力を解放する。
「オオオオォォォォォォォォォォ!」
白い燐光が、嵐の様に吹き荒れた。
勇猛果敢な騎士の突撃。一振りで荊は消し飛び、二振りで壁に風穴が空く。
しかし余りにも荊は膨大。如何にネロの一撃が強力であろうと、荊を丸ごと吹き飛ばすことが出来なければ、いつかは物量に押し切られる。
「ッ!」
聖域を剣へと収束させている以上、防御に聖域は回せない。
ネロの猛攻を擦り抜けた荊達が襲い掛かる。
「『騎士の聖鎧』!」
攻撃に回していた『騎士の聖鎧』の力を防御に回す。純白の鎧が輝き、燐光が装甲を包む。
「押し通る!」
突撃する荊へ、ネロは真正面から衝突した。
剣に力を込め、立ち塞がる敵を全て切り裂く。
切る。切る。切る。
防御など一切無視し、ただ眼前の敵を切り続ける。
暴力的とも言える荒々しい乱舞。防御をかなぐり捨てた攻撃は獣の足掻きにも見え、騎士の華やかさなど微塵も感じさせない。
だが生き抜く為に必要なのは装飾過多な美しき剣ではない。泥と血に汚れた醜い剣こそ生き延びる。
必要なのは何が何でも生きようとする意志。恐れ逃げ出す者に、明日は無い。
「ァァァァァァアアアアアアアア!」
荊が衝突し、鎧がひしゃげる。臓腑が押し潰され、込み上げてくる血を無理矢理に嚥下し、鎧の回復もそこそこに剣を振るう。迫っていた荊が数本、細切れと化す。
しかし背後から忍び寄るようにして接近していた荊が鞭のようにネロを打ち据える。鋭い棘が鎧に突き刺さり、まるで紙か何かの様に引き裂いた。
「『拒絶する光の聖域》』!」
ネロは冷静に聖域を展開する。
光がネロを覆い、神聖不可侵の領域と化す。
荊が全て、拒絶される。
聖域に阻まれ、消滅する。
「――――――――!」
荊が消えた刹那をネロは逃さない。
即座に聖域を聖剣へ。体に鞭打ち、鎧の力を引き出す。
「終わりだ――――ドストエフスキー!」
眼前へ、ネロは迫っていた。
ドストエフスキーの表情が恐怖に染まる。
咄嗟に人型の荊を繰り出すが、聖剣の前には無力だ。容易く切り裂かれ、消滅する。
最早、ドストエフスキーとネロの間を阻むものは何一つとして無かった。
「オオオオオオオォォォォォォォオオオ!」
渾身の斬撃。
白い燐光を纏った刃が、庭園と衝突した。




