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不死の少女は旅をする  作者: マリィ
2章 純白の魂
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20.予言の先へ









(やはりベアトリーチェが勝ったか)


 『踊子』によって多数の荊が失われるのを、ネロは鎧の中から見ていた。

 今まさに目の前ではベアトリーチェが呼び出した少女――――『踊子』の操る荊と、ドストエフスキーの操る荊が激突している。それだけを見ればドストエフスキーの優勢にも見えるだろうが、実際はドストエフスキー側の消耗の方が激しい。何せ『踊子』の操る荊も元はドストエフスキーの物なのだから。


 このまま戦いが進めば間違いなくベアトリーチェが勝つだろう。ドストエフスキーと『荊の庭園(ガーデン)』は確かに脅威だが、この状況でベアトリーチェに勝てるとは到底思えない。


(『賢者』の予言通り、か)


 実のところ、ネロはベアトリーチェの力を借りる為に彼女へ接近した訳ではない。ただ『賢者』の予言に彼女の存在が含まれていたから彼女をここに連れて来ただけだ。


 彼女の存在が、勝利のキーパーソンだと。


(さて、問題はここからか)


 ネロ達の勝利は確定した。――――今回の勝利は。


 だが次の勝利は――――果たしてどうだろうか。


 そう思いながら、ネロは眼前の光景を見やる。

 棘に腹部を貫かれ、血を流す男の姿を。


「その魂を――――喰らうのみだッ!」


 ドストエフスキーが咆哮する。

 これまでドストエフスキーの周囲に集っていた荊が全て、ネロとベアトリーチェの方に向かって突撃を開始した。


「予言通りね、ネロ」

「ああ。だがここから先、予言は無い。勝てるかどうかは――――俺達次第だ」


 剣を構え、『奇跡』へ力を巡らせる。


 『賢者』の予言は、ここまでしか無かった。これから先は未知の領域だ。約束された勝利はもう訪れない。戦い、勝つこと。それだけが勝利へ至る唯一の道だ。


「でも勝てるんでしょう? そうじゃないと私一人だけ頑張ったのが無駄になるじゃない」

「別にサボっていた訳じゃない。俺は『予言』に従っただけだ。それに――――」


 迫る荊へ向け、剣を振るう。

 鎧によって強化された斬撃が荊を吹き飛ばし、両断する。


「――――ここで死ぬつもりもない」


 荊が押し寄せる。ドストエフスキーの魂を喰らい、『荊の庭園(ガーデン)』は更に成長した。太かった図体は細くなり、棘は数が増え更に鋭さを増した。


 だが何より目に付くのは絡み合い、人の姿を形作った荊だ。荊の赤色の所為か、人の血管をそのまま抜き出したように見える人型の荊は、恐らく『荊の庭園(ガーデン)』そのものだろう。荊は遂に己の肉体すら獲得したのだ。


 人型の荊がネロを指差す。

 全ての荊が怒涛の進撃を開始した。


「『騎士の聖鎧(パラディン)』!」


 鎧の力で身体能力を底上げする。

 地面を砕きつつ、ネロは駆けた。


 騎士の疾駆する姿はまるで白い風だ。

 一陣の風が吹き荒れ、荊の波は切り裂かれる。騎士の猛攻はそれだけに留まらず、群がる荊を吹き飛ばし、一気に人型の荊へと詰め寄った。


「ハッ!」


 速度をそのまま、剣が横に流れる。白銀が煌めき、人型の首へと剣が迫った。


 刃が届く、その寸前。


「避けなさい!」


 ベアトリーチェの叫びが、ネロの耳に届いた。


「ッ!」


 気が付くが、既に遅い。

 荊の波が、ネロの背後まで迫っていた。


「クソっ!」


 対処しようにも波は直ぐそこ。

 間に合わない。


(アレを使えば……! だが……)


 一秒にも満たない逡巡。

 その躊躇は、失策だった。


「しまった……!」


 剣に絡み付く数本の荊。引き千切ろうとするも荊の強度は高く、容易く切れそうにない。

 波も既に眼前。回避は不可能。剣も使えず、奥の手も使う余裕は無い。


(死にはしないだろうが……悪いなベアトリーチェ)


 心の中で謝罪し、ネロは波を受け入れる。

 荊がネロを飲み込む、その刹那――――


「馬鹿な男ね」


 白髪の少女が、ネロの前へと踊り出た。









※※※※※※※※※










 全身が、引き裂けてしまいそうだった。

 いや実際に裂けているのだろう。現に左腕の感覚が無く、血も全身から溢れ出している。片目も負傷したのか、右目が暗闇に包まれていた。


「っ……あ……」


 全身を苛む激痛を堪えながら、蓮華は体を起こす。残された左目で、周囲を見渡した。


「これは……」


 風景が、消滅していた。

 かつての公園の名残りすら、この場には存在しない。まるで最初からここに公園など無かったかの様に。


「どうだこの光景は。最高だろう? 何も無い、ただ荒野が広がる世界だ」

「……キース」


 男の姿もまた、多数の傷を負っていた。

 『破壊の暴君(タイラント)』の代償だろう。己の所有者すら、かの暴君は破壊する。


「どうやらお前も死に損なったようだな」

「お前も?」

「俺は生きて戻れるとは思っていなかった。『破壊の暴君(タイラント)』の破壊も、大したことねぇな。……また、死に損なった」

「…………」

「お前はどうだ? 生き残れて嬉しいか? それとも――――」

「愚問。言わずとも、分かる筈」


 冷気が戦場を満たす。

 蓮華の答えは、それで充分だった。


「そうか。なら気は進まねぇが……ここで壊してやるよ」

「それは、無理」

「は? お前、状況を分かってるのか? たしかに俺もお前も満身創痍だが、お前の傷の方が遥かに深い。それで俺が、お前を壊せないと?」

「そう」

「へえ。面白いじゃねぇか」


 虚空から黒き魔剣が姿を現す。

 先程までの凶暴性は鳴りを潜めているとはいえ、今の蓮華を殺すことなど簡単だろう。剣の一振りで終わりだ。


「死んでも恨むなよ」

「死なないもの」

「言ってろ」


 剣を構え、キースは地を蹴る。

 対する蓮華は何もせず、迫るキースを見詰める。


「本当は、私だけの力で貴方を殺したかった」


 二人の距離が縮まる。


「でも、それは叶わない」


 眼前へと、キースが迫る。


「だから、借りる」


 『破壊の暴君(タイラント)』が振り抜かれ――――


「残念」


 薄い金髪が、風に舞った。










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