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不死の少女は旅をする  作者: マリィ
2章 純白の魂
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19.いずれ迎える死の為に









 荊が踊る。


 ――――『土塊』が飲まれた。


 荊が舞う。


 ――――『隻腕』が破壊された。


 荊が唸る。


 ――――『蝶々』が消し飛ばされた。


 荊が――――ベアトリーチェの魔術が――――ぶつかり合い、消滅する。


 果たして何度目の衝突だろうか。ドストエフスキーの荊とベアトリーチェの魔術の競り合いは、現状ドストエフスキーに軍配が上がっていた。


 決してベアトリーチェの魔術が劣っている、という訳ではない。むしろ力量で言えばベアトリーチェの方が上だろう。


 だがそれ以上に、


「どうしたベアトリーチェ。君の実力はこの程度なのか?」


 成長した『荊の庭園(ガーデン)』の力は、壮絶だった。


「ッ!」


 防御魔術を軽々と突き破り、荊が蠢く。

 荊は太く、その直径は人間の身長程もある。それが数十の束となって押し寄せるのだ。如何に防御魔術とはいえ即興の物では相手にならない。


「っ……時間さえあれば……」


 四方八方から迫る荊を躱しつつ、ベアトリーチェは歯噛みする。ある程度の時間さえあれば荊を防ぐ魔術は構築出来る。だが怒涛の勢いで押し寄せる荊の前では回避が精一杯だった。


 ――――いや、死を受け入れれば、反撃は可能だ。ベアトリーチェは不死。荊の攻撃が直撃しようと死ぬことは決してない。死につつも魔術を組むことは、ベアトリーチェにとって造作も無い。


 しかしベアトリーチェのプライドが、それを許さなかった。死とは彼女から最も遠いものだ。ベアトリーチェは死を拒否したからこそ、今の肉体となったのだから。なのに今更死を受け入れるなど馬鹿げている。


「私は生きるのよ!」


 地中から突き出してきた荊を回避し、ベアトリーチェは即座に魔術を構築する。用いられた術式の数は僅か十四。効果も数秒と保たないだろう。


 紫の輝きが術式から放たれ、魔術が発動する。

 僅か数秒。世界が光で満ちた。


 眩い紫が視界を埋め尽くす。

 ドストエフスキーが目を手で覆い、視覚を失った荊は動きを止めた。


(ここよ!)


 ベアトリーチェも目を閉じ、魔力を解放する。

 猛攻の中、何とか掴んだ数秒間。

 ここに全力を投じ、魔術を組み上げる――――!


 数百を越える術式が一度に展開された。それら全てをベアトリーチェは高速かつ並列で処理する。これまで何百年と『千の魔術を統べる者(へカーティア)』を扱ってきた彼女だから可能な妙技だった。


 輝きが段々と失われる。

 ベアトリーチェの予想に反し、閃光は七秒保った。

 魔術を組むには、充分過ぎる。


「『海原』!」


 高らかに、ベアトリーチェは魔術を発動させる。

 術式が輝きを放ち、灼熱の奔流が放たれた。


「小賢しい手を! 今更炎程度でどうにかなるものか!」


 荊が灼熱の海へと突撃する。

 ドストエフスキーの言葉通り、荊は灼熱に触れようと無傷だ。焦げすらしない。


「選択ミスだったなベアトリーチェ!」


 海を乗り越えた荊がベアトリーチェへ殺到する。

 回避しようにも距離は僅かだ。このまま棘に刺し貫かれるだろう。


「ドストエフスキー。何か勘違いしていないかしら? いつ私は、魔術は一つだけと言ったのかしらね?」

「ッ――――!」

「狂え――――『踊子』ッ!」


 灼熱の中から、『彼女』は飛び出した。

 甘い蜂蜜色の髪。完璧な造形を持った少女は荊の棘の上に降り立ち、恭しくドレスの裾を持って頭を下げる。


「子供…………?」


 アレが魔術の産物だと?

 どこからどう見ても人間にしか見えない少女の姿にドストエフスキーは困惑する。まさか『千の魔術を統べる者(へカーティア)』は人すら作り出せるのか……?


「――――ッ」


 戦慄するドストエフスキーと、少女の瞳が交錯する。

 髪と同じ蜂蜜色の瞳は穏やかな眼差しをドストエフスキーへ向けていた。


「…………」


 ニコリと、少女は笑む。


「一緒に踊ってくださるかしら?」


 愛らしい声だった。

 幼さが残り、それでいて成熟した女性の様な妖艶さが入り混じった声。まるで甘い密の様な、蕩ける声だ。


「…………」

「――――ありがとう」


 無言の返事を受け取り、少女はふわりと、空へ身を投げ出した。


「さあ、踊りましょう」


 地に降り立ち、少女はゆらゆらと踊り始める。

 それは、決して上手い踊りではなかった。むしろ下手と言えるだろう。

 しかし少女の楽しげな表情が、全てを打ち消した。


 彼女は踊りは、見る者を魅了する。


 何にも縛られず、何も悩まず、ただ思うがままに踊り狂う。


 誰もが少女に目を向けた。


 不格好な、しかし美しい踊りに見惚れた。


「――――おいで」


 少女が手招く。

 誘われるがまま、荊は少女へ身を寄せた。


「ッ! 『荊の庭園(ガーデン)』が!」


 突如『荊の庭園(ガーデン)』の制御を失ったことに、ドストエフスキーは驚愕の表情を浮かべた。全ての制御を失った訳ではないが、それでも三分の一は失っている。


「奪ったのか……! 私の荊をッ!」


 踊りは続く。

 ありとあらゆる全てを魅了する魔の踊りが。

 『奇跡』すら魅了し、少女は艶然とした。


「ッ! 返せ……ッ! 私の罪を――――我等の罪を!」


 怒りに身を震わせ、ドストエフスキーは残りの荊全てを少女へ向ける。だが少女の踊りは止まらない。むしろ勢いを増し、激しく踊り狂う。


「狂いましょう共に! 踊りましょう共に! さあ手を!」


 高らかに手を打ち鳴らし、少女は荊を誘う。

 少女に制御を奪われた荊が大きく震え、迫り来るドストエフスキーの荊へと突撃した。


 二つの荊が絡み合い、棘で互いを傷付け合う。そこへ別の荊が絡み付き、力任せに引き千切った。半身から真っ二つにされた荊が宙を舞い、血の様な赤い体液が断面から溢れ出る。


 たった一度の衝突で、多くの荊が倒れた。その殆どはドストエフスキー側だ。元の数が多い分、被害も大きかった。

 少女側は被害こそ軽微だが、そもそもの数が少なく、少しの被害でもかなり痛手だ。現にドストエフスキー側に巻き返されつつある。


 されども少女は踊り続ける。

 荊が傷付くことなど興味は無いのだろう。彼女はただ踊り、誘ったに過ぎない。


 しかし荊は止まらない。

 勝つことなど、出来はしないのに。

 くるくると、踊り続ける。


 無数に居た荊はこの短時間で数をかなり減らしていた。

 残った荊も満身創痍。傷付き、千切れ掛けている。

 それでも少女を守らんとし、残りの荊が彼女を取り囲む。


「潰れろ」


 少女を囲む荊を、上から大量の荊が押し潰す。

 物量に物を言わせた攻撃の前には囲いなど意味が無かった。数秒も耐え切れずに荊は潰され、少女の身は圧殺される。潰された肉体は紫の粒子となり、虚空へと溶けていった。


 少女の最期を見届け、ドストエフスキーはベアトリーチェの方へ視線を向けた。鋭い眼光がベアトリーチェを睨め付ける。


「ふざけたことをしてくれたなベアトリーチェ。お陰で多数の荊を失った」

「これは戦いよドストエフスキー。相手の嫌がることをするのは当然。それとも抵抗されずに私を救えると思っていたのかしら?」

「……君は、救われたくないと言うのかいベアトリーチェ? 私は知っているよ。君が苦しみ続けてきたことを。――――不老不死。人を外れた生き方は、さぞ辛かっただろう」


 憐憫と、悲哀。ドストエフスキーの言葉には、二つの感情が入り混じっていた。


 彼は心の底からベアトリーチェを憐れんでいる。不老不死という業を背負い、人に排斥され、友や仲間を失った少女。それは余りにも惨たらしく、思わず目を背けたくなる。現に多くの者達が少女を見捨てた。


 救われたいと、思った。

 楽になりたいと、願った。

 苦しみから解放されたいと、足掻いた。


 されどもベアトリーチェの力では、ついぞ叶うことはなかった。彼女に寄り添った者達も、皆居なくなった。


「私は知っている。君の全てを。苦しみ、足掻き、それでも進み続ける強さを。悲しみ、嘆き、涙する弱さを。私は君の全てを知っている。……もう、いいのではないのか?」


 ドストエフスキーが手を伸ばす。


「楽になれベアトリーチェ。もうこれ以上、苦しむ必要は無いだろう」

「…………」


 彼の誘いを受け入れれば、本当に救われるのかもしれない。

 最早何度見たか分からぬ夢を、叶えられるのかもしれない。


 それは、ベアトリーチェの心の底からの願いだ。

 叶うと言うのなら、手を――――


「…………昔の話よ」


 唐突に、ベアトリーチェは口を開いた。

 伸ばし掛けていた手を止め、俯き、ぽつりぽつりと言葉を口にする。


「私はとある男と出会ったわ。彼は不思議な男だった。馬鹿で間抜けで弱虫で、いつも怖くて震えているような奴だった。でも口答えだけは一人前で、何度も子供みたいに喧嘩したわ」

「ベアトリーチェ、その話は今この場に何の関係がある」


 ドストエフスキーを無視してベアトリーチェは言葉を続ける。


「でも、彼はとても強かった。ええとても。私は今でも彼より強い奇跡使いを知らないわ」

「…………『無名』」


 何か思い当たる節があったのだろう。ネロが小さく呟く。

 かつて彗星の如く現れ、様々な逸話を残して姿を消した奇跡使いの名を。


「その男がどうした。所詮は過去の人物。今更何だと――――」

「そうね。彼はとある戦いで眠りに就いた。覚めるかどうか分からない眠りにね。……でも私達は、とある約束をしたの」


 顔を上げる。

 ベアトリーチェは、笑っていた。


『いつか、私を殺してね?』

『……約束するよ。お前が本当に死を望んだ時、俺が、お前を殺してやる』


 もう、叶うかどうかも分からぬ約束。

 されどもベアトリーチェは、今も忘れずに居る。


「私を救うのは、貴方じゃないわドストエフスキー。私を救うのは私の相棒――――彼なのよ」

「そうか……つまりは、ここで死ぬ気は無い、と」

「ええ。私は、生き続けるわ」


 はっきりとベアトリーチェは告げる。

 ドストエフスキーは何も言わず空を仰いだ。


「……誰もが、君のように強ければ良かったのに」


 誰にも聞こえぬ声で呟き、ドストエフスキーは再びベアトリーチェへ視線を向ける。強い眼差しで此方を見詰めるベアトリーチェの瞳の奥に、魂が見えた。


 純白の魂。

 この世で唯一の、穢れを知らぬ魂だ。


「それを手に入れれば、皆強くなれるのだな……」


 脳裏に、いくつもの顔が浮かんでは消えていく。


 皆、苦しんでいた。

 皆、泣いていた。


 彼等の苦痛が癒えるのなら、躊躇う必要は無い。


 最早、救いなど関係ない。所詮は方便。ベアトリーチェを揺さぶる為だけの言葉だ。


 ここで終わらせよう。


「……『荊の庭園(ガーデン)』」


 『奇跡』の名を呼ぶ。

 彼に絶望を与え、しかし同時に希望を与えた忌まわしき『奇跡』の名を。


 荊がドストエフスキーの周囲に集う。総数は大きく減ったが、それでも荊はまだ残っている。


 とはいえ勝てるかどうかは分からない。ベアトリーチェの力は予想以上に強大だ。『千の魔術を統べる者(へカーティア)』という『奇跡』は何が出て来るのか分からない怖さがある。


 不死はそこまで問題ではないにせよ、彼女の魔術を突破出来なくては意味が無い。荊も無限ではないのだ。


「ならばやはり、私を喰らわせるしかないということか」


 ドストエフスキーに荊が近寄る。彼には分かった。『荊の庭園(ガーデン)』が、ドストエフスキーを喰らうことを心待ちにしていることに。


「やはり、お前は醜悪だ。私は――――」


 無数の荊がドストエフスキーを取り囲む。

 彼等の飢えが、『荊の庭園(ガーデン)』を通じてドストエフスキーにも流れ込んだ。


「――――もっと、醜いがな」


 荊がドストエフスキーに群がる。

 鋭い棘が、腹を突き破った。


「ごふっ……」


 込み上げてくる血の塊を吐き出す。

 自分の物とは思えぬほど大量の出血だった。


(ああ……これは、間違いなく死ぬだろうな)


 死を確信し、笑う。

 この時を、待ち望んでいた。

 後は――――


「その魂を――――喰らうのみだッ!」









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