表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死の少女は旅をする  作者: マリィ
2章 純白の魂
47/77

18.鮮血の鎖は砕け散る









 先手を取ったのは、キースの方だった。


 剣を握り締め、横薙ぎに払う。


 単純極まりない技とすら呼べない攻撃。しかしそれだけで、破壊の剣である『破壊の暴君(タイラント)』は大気を震わせ、大地には深い傷を刻み付けた。されども剣撃の破壊力は留まる所を知らず、蓮華へと襲い掛かる。


「凍れ」


 冷たい声音が、世界に響いた。

 氷の巨壁が一瞬にして蓮華の目の前へと出現する。数メートルの厚さを備えた壁は盾となり、剣撃とぶつかり合うが、所詮は氷の塊。壁は簡単に砕け散り、無数の破片と化した。


 剣撃が、迫る。

 だが蓮華は冷静に『奇跡』を操る。『咎人眠る永遠の氷棺(コキュートス)』の力の一つである封印の力を高め、剣撃を包み込むように氷棺を作り出した。


 恵まれた才能と、壁を用いた威力の減衰。如何に『破壊の暴君(タイラント)』の一撃といえど、封印を逃れることは出来ない。


「凍れ」


 破壊を凍らせ、間髪入れず蓮華はキースを凍て付かせる。

 キースは地を蹴り、前に大きく跳躍した。


「『破壊の暴君(タイラント)』ッ!」


 三度、剣を振るう。

 風景が爆ぜた。ありとあらゆる全てが塵と化す。


「…………」


 防御は不可能だろう。

 そも『咎人眠る永遠の氷棺(コキュートス)』と『破壊の暴君(タイラント)』の相性は最悪だ。『破壊の暴君(タイラント)』の破壊力は、如何に封印に長けた『咎人眠る永遠の氷棺(コキュートス)』とて封じることが出来ない。先のように減衰させてやっとだ。


 迫り来る三撃を防ぐには相当減衰させねばならないだろう。だが当然、そんな余裕は無い。迫る死を受け入れる以外に、蓮華に選択肢は無い。


 ――――だから、どうした?


 諦めることは簡単だ。今すぐ戦うことを止めればいい。何もかもを投げ出して、無様に殺されればそれで終わる。


 しかし、彼は逃げなかった。


 月宮秋は、立ち向かった。


 死を覚悟して、突き進んだのだ。


 なればこそ、ここで蓮華が逃げる道理は無い。


 死以外に選択肢が無いのなら、それでもいいだろう。


 なら新たな選択肢を作るだけだ。


「私は彼と約束した。必ず勝つと」


 破壊が迫る。

 既に回避は不可能。

 死を受け入れるのか、それとも――――


「『咎人眠る永遠の氷棺(コキュートス)』――――解放なさい」


 ――――『咎人眠る永遠の氷棺(コキュートス)』には、秘らされた力がある。


 これまで『咎人眠る永遠の氷棺(コキュートス)』の所有者は数多く居た。だが、誰一人として秘された力まで辿り着いた者は居ない。


 何故なら、才能が足りなかったからだ。

 『咎人眠る永遠の氷棺(コキュートス)』という強大な力を扱うのには、余りにも力不足。秘された力など届く訳が無かった。


 氷室蓮華という少女が、手にするまでは。


 彼女の才能は、まさしく『咎人眠る永遠の氷棺(コキュートス)』を扱う為に存在していた。否、彼女が扱う為に『咎人眠る永遠の氷棺(コキュートス)』が存在していた、と言ってもいいだろう。


 これまで誰一人として届かなかった力に、彼女は届いたのだから。


「…………この力は、本来使うべきではない」


 大量の血液が、蓮華の背から吹き出した。

 血は蓮華の体を伝い、地面に血の池を作り出す。


「『咎人眠る永遠の氷棺(コキュートス)』の深淵は、決して人が辿り着いていけないから」


 流れ出た血が、凍り付いた。

 氷は侵食するかの如く蓮華の体を上っていく。


「それでも、私は解放しましょう。約束を果たす為。貴方を殺す為」


 少女の全身を、赤い氷が覆った。


 氷は鎖となり、蓮華の体を縛り付ける。


 まるで、咎人の様に。


「――――『第一円(カイナ)』」


 『咎人眠る永遠の氷棺(コキュートス)』の秘された力、その一つ。

 第一の封印術――――『第一円(カイナ)』。

 所有者の血を媒体とした鎖は、無比の封印能力を持つ。如何に暴君のもたらす破壊が強大とて、『第一円(カイナ)』の前には無力だ。


「縛り付けろ――――!」


 蓮華が縛られた手を振るう。

 鎖は所有者の命令を速やかに実行した。

 迫る破壊が、鎖に包み込まれる。形無き事象すら、『第一円(カイナ)』は封じる。


「壊れろ」


 破壊を包んでいた鎖が、動きを止める。

 鎖の塊と化した破壊は鎖と共に泡の様に弾け、消えた。

 後には破壊の爪痕が残るだけ。


「次は…………お前だ」


 間髪入れず、蓮華は鎖を繰る。

 無数の血の鎖が、さながら津波の如くキースへ迫った。


 視界を埋め尽くす鎖、鎖、鎖。逃げ場など存在せず、立ち向かう以外に選択肢は無い。

 しかし鎖は普通の鎖ではなく、『咎人眠る永遠の氷棺(コキュートス)』の作り出した鎖だ。生半可な攻撃では容易く絡め取られ、氷の中だろう。


 さりとて破壊は無意味だ。先の一撃でそれは証明されている。破壊では、鎖は突破出来ない。


「だから、どうした」


 破壊では鎖を壊せない?

 破壊すら鎖は封印する?


「笑わせるなよ氷室蓮華。たかが零が――――俺の破壊を防げる訳がねぇだろッ!」


 咆哮し、高らかにキースは剣を掲げる。


「さあ壊すぞ『破壊の暴君(タイラント)』。目の前の全てを――――あの女を!」


 漆黒の剣が、歓喜に打ち震える。


「起きろ暴君。――――壊し尽くせ」


 鎖は――――『第一円(カイナ)』は強力な能力だ。

 形無き事象すら縛り付け、封印する。『咎人眠る永遠の氷棺(コキュートス)』の持つ封印の力を最大限に発揮した形と言えるだろう。


 破壊すら、鎖の前には無力だった。

 では、暴君は鎖を壊せないのか?


 答えは否。


 ありとあらゆる全てを壊してこその破壊。

 それこそ――――暴君。


「ッ!」


 破壊は、一瞬でもたらされた。


 怒涛の鎖が砕け散る。

 全てが、粉々となる。


「何が――――」


 鎖の破片が舞う中、彼は居た。

 黒き影を纏い、全身に傷を負い、周囲の全てを壊し尽くして。


「あれが…………暴君……?」


 暴君が、咆哮す。


「――――――――――――!」


 壊れる。

 壊れる。

 壊れる。


 大地が鎖が世界が、壊れる。

 暴君の一声は、それだけの破壊力を持っていた。


 最早、キースの人格は存在しない。

 『破壊の暴君(タイラント)』の解放とは即ち暴君の解放だ。内に秘めたる力全て解放し、暴君と化す禁忌の技。だが極致の破壊力は、如何に暴君といえど制御は不可能だ。溢れ出す力は暴君の肉体と精神を壊し、果てには自壊するだろう。


 しかし暴君は止まらない。我が身の破壊すら享受する。

 故に、暴君。


「――――!」


 無造作に剣が振るわれた。荒れ狂う破壊が地面を吹き飛ばし、大量の土砂が豪雨の様に降り注ぐ。

 蓮華は鎖を束ね、身を守るべく傘を作り出した。土砂は傘に阻まれ、蓮華の身を傷付けるには至らない――――が、彼の姿を隠すには充分過ぎた。


「ガァァァァァ!!」

「ッ!」


 土砂の雨中、影が落ちる。

 力任せの一撃が、傘に叩き付けられた。


 闇が、炸裂した。


 傘は刹那も保たずに消滅し、それでも止まらぬ破壊の奔流が蓮華を襲う。


「『咎人眠る永遠の氷棺(コキュートス)』」


 氷の棺が乱立し、破壊を阻む。

 だが、暴君の破壊は程度が違う。棺は次々と破壊され、盾の役割すら果たせない。


「縛れ」


 しかし蓮華は冷静に鎖を繰る。

 棺は時間稼ぎ。僅か数秒でも稼いでくれればそれでよかった。


 少女に纏わり付いていた鎖がのたうつ。

 赤い鎖が、破壊を包み込まんと邁進した。


 砕け、砕け、砕け、それでも鎖は止まらない。

 無駄な足掻きだ。その程度で暴君のもたらす破壊を止められる訳が無かった。


 破壊が、迫る。

 鎖によって勢いこそ衰えてはいるものの、破壊力に変化は無い。直撃すれば蓮華を消し飛ばすことなど造作も無いだろう。


「っ…………」


 蓮華の額を汗が伝う。

 『第一円(カイナ)』は蓮華の血を媒体としている故、その消耗は通常時の比ではない。ましてや連続での使用など初めてのことだ。


(長くは保たない……)


 既に鎖も所々崩壊しつつある。このままでは破壊を留めることも不可能となるだろう。


(……でもその前に『アレ』が来れば……もしくは……)


 強く奥歯を噛み締め、蓮華は鎖に血を行き渡らせる。

 気を抜けば一瞬で、蓮華など塵一つ残らず消え去るだろう。だがそれはこのままでも同じことだ。この状況を変えるには『アレ』の到着を待つしかない。


 だから粘り続けている。

 必死に意識を繋ぎ止め、鎖を繋いでいる。


 だが暴君が、待つ筈も無かった。


「――――――――!」


 咆哮。跳躍。


 剣を大上段に構え、暴君は全力で、振り下ろした。

 大気を破壊し、黒き鉄槌が落ちる。

 先の破壊すら凌駕する一撃が、蓮華へ迫った。


(ッ…………!)


 蓮華の表情が初めて変わる。

 無表情から驚きへ。


 そして少女の姿は、破壊の奔流へと飲み込まれた。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ