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不死の少女は旅をする  作者: マリィ
2章 純白の魂
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16.救済の時は訪れた









 日は、巡る。

 秋とキースの戦い。ベアトリーチェとネロの戦い。そして蓮華の誓い。


 それら全てを経て、尚も時は巡る。

 悠久を生きるベアトリーチェにとっては余りにも短い時間。しかし蓮華にとってはもどかしく思える時間だった。


 そして五日。


 ベアトリーチェと蓮華は、共に公園に居た。

 ベンチに座り、お互い何も言わずに目の前の景色を眺めている。広々とした公園には人の気配が全く無く、空虚な自然だけが広がっていた。


「秋の様子は?」

「まだ目覚めない。ただ顔色は良くなってる」

「なら良かったわ。このまま回復が進めば、いずれ目を覚ます筈よ」


 ベアトリーチェの言葉に蓮華は頷く。とはいえ誰よりも秋の状態を理解しているのは彼女だろう。彼が傷付き、倒れてからこれまでずっと甲斐甲斐しく看護を続けてきたのだから。


 ベアトリーチェもそれを知っていたからこそ、準備に奔走することが出来た。


「そろそろなの?」

「ええ。『賢者』の予言は百発百中。――――さあ、来るわよ」









※※※※※※※※※









 同時刻、ドストエフスキーは街の中心部に居た。

 人の集まる場所でもある中心部は多くの人が行き交い、止むことのない喧騒に満ちている。老若男女が入り混じった光景は、ドストエフスキーの故郷では決して見られなかった光景だ。


「……」


 眩しそうに目を細め、ドストエフスキーは眼前の光景を見やる。道行く人は皆、幸せそうに笑っていた。それだけでこの国が如何に恵まれているか分かる。


 ――――世界が皆、こうであれば良かったのに。


 かつて描いた絵空事が、脳裏を過る。

 同時に肌の下を、何かが蠢いた。最早慣れた激痛が体中を駆け巡る。


「分かっているとも。所詮は夢。消して叶わぬ幻だ」


 笑い、ドストエフスキーはゆっくりと歩き出す。

 浮いた格好をした男の姿に、周囲の人々が視線を向ける。中には面白がり写真を撮る者まで居た。


「私にはもう、こうすることしか出来ないのだからな」


 周囲の視線など気にもせず、ドストエフスキーは歩き続ける。視線を向ける者が多くなり、いつしかドストエフスキーを中心として人だかりが出来ていた。


「さあ――――始めようか」


 立ち止まり、手を広げる。

 既にこの街にはドストエフスキーの『奇跡』が縦横無尽に張り巡らされている。これを仕込む為に六百六十六もの罪を喰らい、『奇跡』を成長させねばならなかった。


「時は来た。救済の時が!」


 地面が揺れる。――――荊が蠢く。


 人々が悲鳴を上げた。――――荊がのたうち回る。


 男の狂気に誰もが息を呑む。――――荊が、嗤う。


「産声を上げろ――――『荊の庭園(ガーデン)』!」


 そして遂に、荊は解き放たれた。


 地面を突き破り、無数の荊が姿を現す。

 罪を喰らい、成長した荊はまるで棘の生えた血管の様だった。太い蔦は脈動を繰り返し、棘の先から鮮血を滴らせる。鮮血は悪臭を放ち、まるで涎の様にも見えた。


 荊は周囲の他の荊と絡み合い、さながら天に根を張るように全身を伸ばし、とある形――――街全体を覆うドームを作り始めた。


 棘から滴る血が、雨となって降り注ぐ。

 赤い雨に打たれた者達は一人、また一人と倒れる。荊の血は普通の人間には猛毒だ。死にはしないが、暫く目を覚ますこともないだろう。


 多くの人間が倒れ伏す中、ドストエフスキーは再び歩き出す。倒れている人間など、彼の眼中には無い。踏み付け、潰し、真っ直ぐに歩を進める。


「悪趣味ね」


 そこへ、声が掛けられた。

 血の雨の中を、優雅に彼女は歩く。


「確かにな。まさかここまで気色悪いとは思わなかった」


 彼女の横を歩くのは純白の騎士。

 真白の髪を持つ少女と歩く姿は絵画のようであり、荊のドームも血の雨も、彼女達を引き立てるアクセントと化していた。


 ――――そこに居るだけで、誰もが目を向けずにはいられない女。『幽霊』と呼ばれ、ありとあらゆる奇跡使いから忌み嫌われる怪物。


 彼女の名は――――


「ベアトリーチェ」


 少女は笑む。

 穏やかに、笑う。


「開幕ね」









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