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不死の少女は旅をする  作者: マリィ
2章 純白の魂
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11.動き出す者達









 蓮華の元に彼女から連絡が来たのは、これが始めての事だった。


 スマートフォンが鳴り響く。ベッドに横になっていた蓮華はゆっくりと起き上がった。


 テーブルの上に置いておいたスマートフォンを手に取る。蓮華の連絡先を知っている人間は少なく、その中でも電話を掛けてくる者は更に少ない。


 だから画面に表示された名前を見た時、蓮華にしては珍しく驚愕した。


 ――――ベアトリーチェ。


 まさか彼女から掛かってくるとは夢にも思っていなかったからだ。


「…………」


 暫しの逡巡の後、蓮華は電話に出ることにした。通話ボタンをタップし、耳に当てる。


「もしもし?」

『氷室、緊急事態よ。悪いけど手を貸して頂戴』


 開口一番、聞こえてきたのは彼女にしては珍しい焦った声音。それだけで事の重大さが蓮華にも伝わってくる。

 だが蓮華は今回の件には関わらないと決めている。冷たく、突き放す為の言葉を返す。


「私は言った筈。今回の件には関わらない。何があったのか知らないけど私を巻き込ま――――」

『秋が一人でドストエフスキー達の所へ向かったわ。間に合わなければ、彼は死ぬわよ』

「――――え?」


 心臓を、ナイフで突き刺されたような気がした。

 無意識に胸を抑える。ドクンドクンと、鼓動が早まる。


「月宮くんが、死ぬ?」


 嘘だ、とは言えなかった。

 ベアトリーチェの言葉は余りにも鬼気迫っている。

 嘘をつく理由も彼女には無い。


 つまり訊くまでもなく、月宮秋は死に瀕している。


『だから手を貸して頂戴。それとも、また私には関係ないと突っ撥ねるのかしら?』


 そうだ。今回の件に蓮華は関わる気が無い。月宮秋から蓮華は離れたかった。


 ならこれは好都合だろう。秋は死ぬ。放っておけば秋は死ぬ。そうなれば蓮華も秋から離れることが出来る。理解出来ない心中も落ち着く筈だ。


 なのに。


 なのに、彼が死ぬと聞いただけで、


 どうしてこんなにも、胸がざわめくのか。


 どうしてこんなにも、悲しくなるのか。


 分からない。蓮華には、分からない。


 しかし、心はある一点を向いていた。


『どうする?』


 そして蓮華は――――









※※※※※※※※※









「そう」


 蓮華との電話を終え、ベアトリーチェはスマートフォンを仕舞う。

 彼女は街中でも特に背の高いビルの屋上に登り、眼下に広がる街並みを睥睨していた。


 街中にはベアトリーチェが魔術で作り出した使い魔が散らばっている。秋を見付ければ直ぐに連絡が来るだろう。


 しかし数百に近い数を放ったにも関わらず未だに秋の姿を捉えることは出来ていなかった。当初は直ぐに見つかるだろうと思っていたベアトリーチェの予想は、既に音を立てて崩れている。


 ベアトリーチェは苛立たしげにコツコツと足音を鳴らす。焦りもあるが、それ以上にへカーティアに対してベアトリーチェは強く怒り狂っていた。


(彼女が秋の居場所を教えてくれればこんなことをせずとも済むのに……)


 彼女は秋の危険を告げた後、無言で消え去った。まるで、最初からそれを告げることだけが目的だった、とでも言うように。


(彼女は一体何を考えているの…………いえ、深く考えるのは止めましょう。今は秋を助けに行くことが先決。彼女のことは後よ)


 こうしている間にも秋はドストエフスキー達に出会ってしまうかもしれない。そうなれば、死は免れない。

 彼等は魔獣とは違う。状況も敵も、何もかも違う。それが分からず突き進むのは彼らしいと言えなくもないが、それは蛮勇だ。自分勝手な行動でしかない。


(…………私に似ているのかもしれないわね)


 ベアトリーチェは不死だ。それ故か、時として我が身を顧みずに邁進する時がある。昔はしょっちゅうだったが、彼に言われてからは自重するようになった。


『時として死を恐れぬ勇気は必要だ。でも忘れないでほしい。君の死に涙し、悲しむ者達が居ることを。死とは、決して軽いことではないんだ』


 今でも思い出せる。一言一句違わずに。

 彼の言葉は、全て胸に刻まれている。


『さようならリーチェ。願わくば、また来世で。――――どうか幸せに』


 ――――別れの言葉さえも。


(また、同じ目に?)


 断じて否。

 彼は死んだ。もう居ない。

 けれども秋はまだ生きている。なら諦めない。

 絶対に助けてみせる。


「よしッ」


 決意を胸に、ベアトリーチェは再び街を見下ろす。使い魔は街中に放たれている。秋を見付けるか、何かしらの異変があればベアトリーチェに知らせが行く仕組みだ。


 その数は数百を越えている。にも関わらず秋が見付からないのは明らかに不自然だ。異変すら感知出来ないでいること。にも違和感がある。


(何か、ある?)


 考えられるとすれば――――『奇跡』。


 では仮に『奇跡』が使い魔の探索を妨害しているとしよう。なら所有者は、誰だ。誰が、何の目的で『奇跡』を行使し、ベアトリーチェの妨害をしている?


「もしかして……」


 脳裏に、とある男の姿が浮かぶ。

 ネロ・ブライト。ベアトリーチェを彼等の闘争へと巻き込んだ張本人。


 『騎士団』は所属する全員が奇跡所有者だ。探索を妨害する『奇跡』の一つや二つはあるだろう。目的も、元々彼等は秋を殺そうとしていたことを考えれば説明がつく。

 説明が、ついてしまう。


「ッ――――!」


 バラバラだったピースが、嵌っていく。

 気が付けば、ベアトリーチェは地を蹴っていた。


 柵を踏み締め、空に身を投げる。階段を降りる時間すら今は勿体無かった。


 地面に落ちる。衝撃が全身を突き抜け、骨が幾つか折れ砕けた。しかし不死たる肉体は瞬く間に傷を癒やす。数秒で怪我は完治した。


 痛みを無理矢理捩じ伏せ、ベアトリーチェは再び走り出す。

 もしも彼女の予想が正しいとすれば、危険なのは秋だけではない。


 氷室蓮華。


 彼女もまた、危険に晒されていた。









※※※※※※※※※









 罪とは、何だろうか。


 誰かが言った。罪とは、抱える闇であると。

 誰かが言った。罪とは、背負う物であると。

 誰かが言った。罪とは、自分自身であると。


 全て正しく、全て間違っている。


 罪とは、人によって変わるものだ。決まった形を持たず、観測者によって形を変える。


 しかし、彼は正解が欲しかった。


 だから、問う。


「罪とは、何だ?」


 幾百と、幾千と、幾万と。

 答えを求めて。


 求めて求めて求めて求めて求めて求めて求めて求めて求めて求めて求めて求めて求めて求めて求めて求めて求めて求めて求めて求めて求めて求めて求めて、男は手にしたのだ。


 『奇跡』を。



















 絶叫が、響き渡る。

 苦痛、後悔、憎悪。ありとあらゆる負の感情をないまぜにした叫びだ。苦痛に足掻き、後悔に涙し、憎悪に燃える。おおよそ人が得られる全ての負が集結している。


 それらは全て、ドストエフスキーが喰らった罪であった。


「――――ッアアアアアアアアアアアア!」


 血を吐き、皮膚を掻き毟り、肉を噛み千切る。

 肉体は既に限界を迎えていた。『荊の庭園(ガーデン)』が無ければ疾うの昔に死んでいただろう。


 罪とは、そういうものだ。

 少なくともドストエフスキーは、そう定義している。


 死に至る病。

 人を殺す、業、だと。


 苦痛も後悔も憎悪も、所詮は副産物。罪が齎した表面的な影響でしかない。本質はより深く。肉体と精神を越えた先――――魂まで到達すら。


 罪と魂は同義であり、故に、魂は人を殺す。

 だから、ドストエフスキーは喰らうのだ。


 魂を。罪を。


 しかし魂――――罪は、喰らったところで簡単に贖罪出来る物ではない。魂を喰らうということは、罪を被るということ。罪を贖罪するということは、魂を吸収するということ。


 ドストエフスキーという器に、本来であれば収まる訳もない魂を収めるのだ。当然反動は肉体と精神を蝕む。人を死に至らせる、ありとあらゆる負がドストエフスキーを襲う。


 既に器は壊れかけていた。『荊の庭園(ガーデン)』があるとはいえドストエフスキーの負担が減る訳ではない。短期間での度重なる贖罪は、着実に肉体と精神を壊している。


 長くは保たないだろう。保って精々数週間。もしかすれば十日ほどで死ぬ可能性も有る。


 それでも贖罪を止めるつもりは無かった。

 全ては救済の為に。罪に縛られ、死に至る人間を救う為に。


 ドストエフスキーは、罪を雪ぎ続ける。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 長い贖罪を終え、荒く呼吸を繰り返す。

 そこへ、声が掛けられた、


「相変わらず凄え叫びだな」

「…………キースか」


 青白い顔を上げ、男の姿を見やる。

 短い黒髪に、頬に刻まれた傷痕。

 キース・アークライトだった。


「何の……用だ。悪いが、私はお前と話してる余裕は無い」

「知ってるさ。ただ黙って行くのもアレだからな。一声掛けてから行こうと思ったのさ」

「何……?」

「月宮秋……だったか? 例の『騎士団』の協力者。何でもそいつが俺達を探して回ってるらしい。ご丁寧に一人でな」

「罠じゃないのか?」

「その時はその時だ。悪いが俺は行くぜ。そもそも黙って待ってるのは俺の性に合わねえしよ」


 獰猛な笑みを、キースは浮かべる。

 人と言うよりは獣――――それも猛獣に、ドストエフスキーは思えた。


「好きにしろ。ただ――――」

「ああ分かってる。お前の獲物には手を出さんよ」

「なら、いい。彼女は…………私が、救うのだ」


 ドストエフスキーは、笑う。

 その笑みは、獣と評されたキースですら恐怖を感じる笑みだった。









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