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不死の少女は旅をする  作者: マリィ
1章 旅の始まり
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03.へカーティア









「…………」


 無言で蓮華は氷柱の中の秋を見る。秋は驚愕の表情を浮かべ、封じられていた。


「…………本当に、彼が奪ったというの」


 氷柱に手を触れ、蓮華は呟く。

 蓮華の能力を見た秋の対応は、明らかに()を知らぬ者の対応だった。理解の及ばぬ力に困惑し、だが危険から逃げるべく必死になる。それは、普通の人間そのものだ。


 秋が力を持っている。それは間違いない。同じ力を持つ者として断言できる。

 だが少なくとも先週の金曜日まで、月宮秋という人間は普通の人間だった。


 月曜日になり、登校してきて蓮華は力に気が付いた。果たして持ち主が誰なのか確かめに行けば、居たのは明らかに力とは無縁そうな普通の男。現にこれまで一度たりとも力の気配など蓮華は感じたことがない人間だ。


 となれば土日で、彼は力を手に入れたのだろう。それはよくある話だ。後天的にも、力は手に入れることは出来る。


 蓮華も、そうしたよくある話だと思っていた。――――女の話を聞くまでは。


 女の話が本当ならば、あの力は奪われたもの。ならば月宮秋は力の存在を知って、彼女から力を意図的に奪ったこととなる。だがしかし、彼の対応は明らかに力を知らない者のそれだ。


「……………………」


 蓮華の中で、女への不信感が湧き上がる。そも、あの女は何者なのか。そも、何故彼女はあそこに居たのか。考えれば考えるほど疑問は尽きず、不信感は肥大化する。


(取り敢えずあの女を探さないといけない)


 鍵を握るのは、白髪の女。蓮華はそう断定した。ひとまず秋は彼女との関係性も不明の為、自身の能力で封印しようとした瞬間、


「…………ッ!」


 氷柱にヒビが走る。

 ヒビは瞬く間に柱全体へと広がり、あっという間に氷柱全体を覆い尽くす。


「嘘…………」


 ガラスが割れる様な儚い音と共に、氷柱は砕け散った。

 氷柱から解放された秋が息を荒げて膝を着く。蓮華は珍しく驚愕の表情で秋を見ていた。


「どうやって私の氷棺から…………」

「…………さあな。だが、出られたのなら好都合だッ!」


 秋の判断は素早かった。驚き、油断していた蓮華の判断は僅かながら出遅れる。


 氷柱が発生した時には、秋は廊下へ飛び出していた。


「よしッ!」

「ッ! 逃さない…………!」


 これまでとは違う、感情の込められた声音。一瞬で廊下の左右を氷結させ、秋の逃げ道を塞ぐ。


「マジかよ…………ッ!」

「また凍りなさい!」


 次は廊下ごと、封印も同時に行う。そうすれば出てくることは不可能だろう。


(無理なのかッ!)


 凍り付いた廊下。今まさに迫り来る氷結。どこを見渡しても逃げ道はない。脱する方法は、存在しない。それこそ、奇跡でも起きない限りは。


 ――――ふと、秋の脳内にある言葉が思い浮かぶ。紫髪の女から告げられた、とある言葉。


『貴方は『奇跡』に選ばれた。なら『奇跡』を願いなさい。それでいいのよ』


 まさに秋は奇跡を欲している。この瞬間、この場から逃れるだけの奇跡を。


(賭けるしかない!)


 目を閉じ、ただ願う。

 奇跡を。

 起死回生の奇跡を。


 氷が全身を覆っていく。

 突然動きを止めた秋に対し、蓮華は容赦なく氷結の力をぶつける。彼が何かをしようとしていることは明白。ならば、その前に止めるしかない――――!


 溢れ出る冷気が周囲を凍らせる。蓮華の氷棺は、単なる相手を凍らせる力ではない。封印こそ、彼女の力の真骨頂。


 封印は絶大な能力だ。決まりさえすれば相手は何も出来ない。能力すら使用は不可能だ。


 秋もそれは理解している。紫髪の女は封印されれば終わりだと言っていた。最初は運良く封印されずに済んだからこそ、こうして秋は動けるのだ。


 しかし今度は確実に封印を仕掛けてくるだろう。これを回避できなければ、秋の敗北は確定する。


 そして既に、氷は秋の殆どを侵食していた。奇跡は未だ起きていない。残された時間は、あと僅か。


 だが、秋は諦めなかった。

 脳裏にとある光景が思い浮かぶ。


 月の綺麗な夜。

 鮮血に月宮秋は沈んでいた。

 彼は、死にかけていた。


(――――――――ッ)


 昨晩、秋は死に直面していた。あの男の手によって。

 けれども秋は生きている。――――彼女が、秋を助けたから。


 純白の髪。青い瞳。嗚呼――――思い出した。


 闇の中、月が浮かんでいた。

 綺麗な、月だった。


 しかし彼女は、もっと綺麗だった。


『呼びなさい。名を。貴方の力の名を』


 声が聞こえる。いや、もしかすれば彼女はずっと呼んでいたのかもしれない。


『私も共に呼びましょう。私達は既に同じなのだから。――――さあ! 呼びなさい!』


 その名は――――――


「『千の魔術を統べる者(へカーティア)』!」


 奇跡は起きた。

 否。奇跡は今、目覚めた。

 『千の魔術を統べる者(へカーティア)』。偉大なる零の奇跡が、ここに降臨す。









※※※※※※※※※









「嘘――――」


 室内をキラキラとした破片が舞う。――――蓮華の氷の破片だった。


 視線の先には、一人の男。月宮秋。


 彼の全身を覆い尽くそうとしていた氷は、全て砕かれていた。秋の持つ力――――『千の魔術を統べる(へカーティア)』によって。


「これなら――――いける!」


 秋は廊下を塞ぐ氷柱へと手を向けた。力の使い方を秋は理解している訳ではないが、願った奇跡は形となった。なら、願えばいい。それだけで、力は応えてくれる。


 手元に出現する術式。円形に月が象られた紫色の紋様は輝きを放ち、巨大な火球へと変化して氷柱へと衝突する。


 轟く爆音。砕け散り、あちこちへ吹き飛ぶ氷の欠片が秋の一撃の強さを物語っていた。


「よし!」


 通れるようになった廊下を秋は駆け出す。しかし、その前に教室から飛び出してきた蓮華が立ち塞がった。


「またかよ!」


 身構える秋。だが蓮華は攻撃を仕掛けてこない。いつも通りの冷たい目で、冷たい声音で、まるで昼の時のように問い掛けるだけだった。


「その力…………貴方は、どこで手に入れたの?」

「…………さあな。俺には分からない。もしも知ってる奴が居るととすれば恐らくは…………」

「髪の白い女の人?」

「ッ! 知っているのか!」


 蓮華は首を横に振る。


「私は彼女に言われただけ。貴方に、力を奪われたと」

「力を、奪った? 俺が? 馬鹿を言うな。俺はこんな力は知らないし、奪ったこともない」


 秋の言葉に、意外にも蓮華は素直に頷いた。


「私もそう思う。貴方は、あまりにも動きが無知すぎるから」

「無知って…………まあいいけど」


 拗ねたように言う秋を無視し、蓮華は黙考する。

 白髪の女。彼女が、今回の件の鍵を握っているのは確かだ。秋に力を与えたのも、恐らくその女だろう。


 だがしかし、だとすれば何が女の目的なのか。

 秋に力を与え、蓮華をけしかけた。ここに女の得が有るというのか?


 答えは、直ぐに与えられた。


「終わったみたいね」


 廊下に響く誰かの声。秋と蓮華、共に聞き覚えのある、その女の声に直ぐさま二人は声の聞こえた方へと視線を向けた。


 廊下の奥に、彼女は立っていた。初めて蓮華が彼女と出会ったときのように。


「…………」


 蓮華は無言で女を睨め付ける。敵か味方か。彼女の立ち位置は明確にはなっていない。とはいえ、これまでを踏まえると敵の方が可能性としては高いだろう。


 身構える蓮華に気が付いたのか、女は困ったような笑みを浮かべる。


「そんな警戒しないで。私は別に敵じゃないわ」

「信じられない」

「でも信じて。私が危害を加えることは一切ないわ」


 口では何とでも言える。蓮華は、それを知っている。だから簡単に信用する気は無かった。

 しかし、これまで静観していた秋は蓮華とは真逆の思いだった。


 確かに、白髪の女の存在は怪し過ぎる。今の状況をよく理解できていない秋からしても、そのことは明確に分かっていた。


 だが、秋は彼女に命を救われた。

 死の間際、彼女だけが、秋へと手を差し伸べた。

 別に見捨てたって良かった筈だ。秋は彼女からすれば赤の他人。しかも死にかけで、明らかに関われば面倒なことに発展する。

 でも彼女は助けた。何かしらの打算があったのかもしれないが、助けてくれたことに変わりはない。

 秋は、感謝していた。


「信じるよ俺は」


 蓮華が目を見開く。


「どうして?」

「助けてくれた。彼女は俺を救ってくれたんだ。なら、それだけで信じるに値する」

「裏があるとは思わない?」

「だとしても、だ。今ここに俺が居るのは、紛れもなく彼女のお陰なんだから」


 そう言うと、秋は女の方へと歩き出した。

 そのまま女の目の前まで来ると、深々と頭を下げる。


「助けてくれて、ありがとうございました」


 真っ直ぐな言葉だった。

 言われた女は照れくさそうに視線を泳がせる。


「気にしないで。大したことじゃないから。それに…………結果的には貴方を巻き込んでしまったのだから」

「巻き込む?」


 女の言葉に蓮華が首を傾げる。


「ええ。……丁度良いわ。その辺も含めて話しましょう。取り敢えず場所を変えましょうか。流石にここで長話はするもんじゃないわ」


 言われ、秋と蓮華は同時に周囲を見渡す。

 そこら中が凍り付いた学舎は、確かに女の言う通り話す場としては相応しいものではなかった。









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