表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死の少女は旅をする  作者: マリィ
2章 純白の魂
35/77

06.この感情の正体は









 氷室蓮華は感情を持たない。

 正確に言えば、感情は存在している。喜怒哀楽は確かにある。だが生来の無表情と薄い感情表現、そして内に抱えるズレ故に、周囲からは感情が無いように見えるだけだ。


 しかし、当の蓮華は感情を理解出来ている訳ではない。

 怒りも悲しみも苦しみも、意味を知っているだけ。この感情はこういったものだから、という知識で蓮華の感情は動いている。


 だから、意味を知らない感情は、蓮華にも分からない。

 自分に残された彼女の意志や、秋の思い。そして今、自分が抱える感情さえも。


「…………」


 これは、何なのだろう。

 怒りでも、悲しみでも、苦しみでもない。

 何か分からぬ感情が、心を埋め尽くしている。


 だがこの感情を理解しなければ、蓮華は秋の所に戻れない。何故なら今しがた蓮華が彼等の下を去ったのは、胸中の感情が原因だからだ。


 『騎士団』と組みたくないなど嘘に過ぎない。

 そも最初から彼等は眼中に無かった。

 蓮華はずっと、胸に秘めた感情の意味を求めていたのだから。


 しかし感情すら客観視する蓮華では、一人で答えを得られない。誰かの助けを借りなければ、きっと無駄な時間を過ごす羽目になるだろう。


 そして現状、蓮華が訊ける相手など一人だけだ。


 蓮華は無表情を僅かに歪め、ポケットからスマホを取り出す。丁度、履歴が残っていた。画面をタッチし、ワンコール。


『よお』


 直ぐに男は電話に出た。粗暴な口調。これは()だろう。

 とはいえ、男はどちらでも電話に出るのが早いと知っている蓮華としては驚きも何も無い。ただ冷たく、問い掛ける。


「感情って分かる?」

『……はあ。珍しく電話を掛けてきて何事かと思えば感情(そんなこと)か。分からんでもないが、感情も多種多様だ。お前が求めている答えを出せるか分からんぞ。それに、そんなことを訊いてどうする。遂にお前の母親の言葉の意味を知る気にでもなったのか?』


 男の言葉に、心臓が大きく跳ね上がる。

 氷室蓮華にとっての全てであり、生きる意味。

 それを平気で口に出し、あまつさえ煽るってくるのは彼だけだろう。


 蓮華は込み上げてくる殺意を抑えつつ、しかし抑え切れない殺意を言葉に乗せ、応える。


「それは私が自ら辿り着かないといけない。……いい加減、真面目に答えて。私も怒る」

『お前が…………怒る? はははは! 笑わせるなよ! 感情なんて一つも分かっていないくせに。私も怒る、なんて一端の人間みたいなことを吐かすな。お前は欠陥品なんだ。それを忘れてんのか?』


 乱暴な、人の心など考えない言葉の数々。

 だが彼の言うことは真実だ。否定など出来やしない。


 あの時も、彼は真実を蓮華に突き刺した。

 彼は、きっとそういう人間なのだ。傷付けるつもりなどなくとも、人を傷付けてしまう。真っ当な人間ほど嫌うタイプだ。しかしそうなると、認めたくはないが意外と蓮華との相性は良いのかもしれない。蓮華も彼と同じく真っ当からかけ離れた人間なのだから。


『……まあいいさ。それで、お前が抱いている感情は何だ。何か分からずとも、どんな感情か言語化ぐらいは出来んだろ。何かが無性に欲しくなるとか逆に遠ざけたくなるとか』

「……彼に」

『ん? 何だよもっとハッキリ言え』

「彼に……近付きたくない。でも、これは嫌悪じゃない。拒絶でもない。私は、彼を嫌っていないから」

『…………あーそういうことか。成る程な』


 今の言葉で、男は分かったのだろうか。

 蓮華には、言葉にしても全く分からない。


 彼を――――月宮秋を遠ざけてしまう理由が。


『なあ。お前、月宮秋に何か言われたか?』

「…………言われた」

『何て言われた?』

「『氷室は氷室のままで居てくれ』。そう言われた」

『……ッ! そうか……ならお前の反応も当然か』


 何か納得がいったのだろう。となれば答えに辿り着いたのかもしれない。蓮華は少し早口に男へ問い掛ける、


「それで何? 私の抱える感情は――――」

『…………なあ()()。お前…………』

「何?」


 男が自分の名を呼ぶなど、珍しいこともあるものだと蓮華は思う。これまで名前を呼ばれたことなど数えるほどしかないからだ。

 だが名前を呼ばれた時は、いつも何かある。それだけ滅多に男は蓮華の名を呼ばない。つまり――――自分の抱える感情は、簡単なものではない、ということ。


 では、それは何なのか。胸にわだかまるこの感情の正体は。

 男は言葉を途中で止め、黙ったままだ。一向に続きが話される気配が無い。

 このまま男が再び話し出すのを待っていてもいいが、蓮華は興味を惹かれた。自ら口を開き、問い掛ける。


「私の抱えている感情。それは…………何なの?」

『…………まさかこうなるとはな。これもまた運命なのかもしれないな』

「……人の話、聞いてる?」

『ああ聞いてるさ。お前が抱えている感情の正体も分かった』

「なら――――」

『だがな、これは教えられない。……蓮華。お前が、自分で考え、辿り着くべき答え(・・)だ』


 因果なものだと、男は思う。

 まさか、また、同じ目に遭うとは。

 しかも|彼女(蓮華)から。


 これでは一生、自分の思いが報われることはないだろう。

 しかし、それもまた面白い(・・・)


 だから、これは少しばかりの嫌がらせだった。とはいえ無理難題ではない。蓮華ならば、自ずと気付くだろう。今抱えている感情を抱けたことが、何よりの証左だ。


「…………分かった」


 蓮華の声音はどこか不満げだが、無理もないだろう。ようやく自分の感情が理解出来ると思っていたら、結局分からぬまま。これでは何の為に男に連絡したのか分からない。


 当の男は蓮華の心中など気にした様子もなく、軽く言い放つ。


『ま、じっくり考えてみろ。そんなに複雑なもんじゃない』

「…………」


 男の態度に不満を感じつつも、言葉にはしない。したところで意味など無いのだから。


 それより早く電話を切ろう。答えを得られない以上、この男と話す意味は無い。


「…………また、何かあれば連絡する」


 返事を待たずに電話を切り、スマホをポケットにしまう。


 結局、感情は分からぬまま。これでは明日から秋とどう接すればいいのか。


 蓮華はいつも通りの無表情で、しかし心の中では自らの感情に悩みながら帰路に着く。


 『騎士団』のことも、ドストエフスキーのことも、彼女の中には無い。


 あるのはただ、秋への思いだけだった。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ