04.もう一人の騎士
――――ベアトリーチェが男と対峙して少し経った頃。
月宮秋は、追い込まれていた。
「こんなもんなの?」
膝を突く秋を見下ろすのは色素の薄い金髪をふわりと背に流し、碧眼を爛々と輝かせた美しい女。
名はフランチェスカ。性をブライト。
『ブライトの子供達』と呼ばれる彼女は、現在ベアトリーチェと対峙している男の相棒だ。つまり、『騎士団』の人間。
しかし秋がそれを知る訳もない。彼からすれば夜道、急に襲い掛かってきた奇跡所有者という認識だ。――――そう。奇しくも、あの夜と同じく。
「…………」
冷静に秋は女を観察する。
剣は向けられているが首元には突き付けられていない。視線は揺らぐことなく秋を見ており、隙を突くのは難しいだろう。
だがそれでも、この場から脱しなければならない。またあの時ように殺されるなんて、絶対に御免だった。
「もう終わりなの? はあ……残念。こんなに弱いなら私もネロの方に行けば良かったわ」
「……悪かったな弱くて」
「全くよ。怪物を倒した男だと聞いていたから期待していたのに……あんまりだわ。もう少し粘ってちょうだい」
「そうかよ。なら――――望み通りにしてやる!」
秋の声に呼応し、術式が展開される。
フランチェスカは会話に気を取られ、対処が遅れた。
術式から鋭く放たれる銀の槍。至近距離に加え、槍の速度は人間に反応可能な域を越えている。回避は不可能だ。
「残念ね」
対峙しているのが、フランチェスカでなければ。
「な……!」
吸い込まれるようにフランチェスカの心臓へと向かった槍が、弾かれる。弾いたのは彼女の剣だ。先程まで秋へと向けられていた剣が、高速で振るわれ、槍を弾いたのだ。
(これまでの剣速とは明らかに違う……!)
即座に身体能力を強化する術式を展開。強化された脚力を用いて背後に飛び退くが、フランチェスカはそれよりも速い。
姿が掻き消え、同時に剣が目の前に出現する。咄嗟の回避も間に合わず、深々と肩を切り裂かれた。血が溢れ出し、痛みに秋は顔をしかめる。
だが致命傷ではない。戦闘は継続出来る。
牽制の為に槍を数本、フランチェスカへ撃ち出す。当然、全て弾かれた。微妙に着弾のタイミングをズラし、対処を困難にしたにも関わらず、だ。
「ならこれはどうだ!」
眼前に展開される巨大な術式。秋の特性である出力の高さを活かした大規模な魔術行使だ。
炎が竜巻のように渦を巻く。灼熱の旋風は龍の如くフランチェスカへと襲い掛かった。
「へえ、ちょっとは面白いじゃない!」
フランチェスカは笑い、その場を飛び退く。大規模な魔術に対して剣で防ぐことは得策ではないと判断したのだろう。
それは、既に予想していた。
「来い!」
秋の呼び掛けに隠されていた術式が起動する。
場所は――――フランチェスカの直下。
「ッ! これは不味い……ッ!」
「遅いッ!」
一瞬の煌めき。遅れて届く轟音。――――雷だ。
「――――!」
初撃を回避した。しかし回避した先でも真下に術式が展開される。
回避しようとするが、そこで気が付く。
(いつの間に――――!)
術式がフランチェスカの周囲を隙間なく埋め尽くしていた。半ば暴力的な策ではあるが、フランチェスカには効果的だった。これでは回避出来ない。
(どうする……奥の手を使う? でもそれはネロに……)
アレを使えば、この場を脱することは容易い。だがネロに使うなと厳命されている。フランチェスカにとってネロの命令は絶対だ。逆らう気なんて一切無い。
(ならここは……)
自らの剣と技を信じて切り抜けるしかない。
無謀と思えるかもしれないが、それでも何もせずに死ぬか、ネロの命令に背くよりは遥かにマシだ。
「――――ふぅ」
呼吸を整え、剣を構える。
大気を震わせ、光が落ちる。
耳をつんざく雷鳴。視界が白く染まり、何も見えなくなる。
それでも、剣を振るおうとする。
雷に対して余りに無力な一撃。
彼女の足掻きは無意味に終わり、フランチェスカは雷撃に呑まれる――――筈だった。
「全く。律儀に守るなよ」
「――――え?」
声。次いでさらなる光が視界を埋め尽くした。
五月雨に降り注ぐ雷。雷鳴が世界を震わせる。
しかし―――フランチェスカに傷は無かった。
「ネロ……」
彼女を守るように、純白の騎士が立っていた。
騎士――――ネロは鎧を解除し、フランチェスカに苦笑を向ける。
「追い込まれたなら使ってもいいんだぞ? 俺の命令に背くことより使わないでいてお前が死ぬ方が俺は嫌だからよ」
「……そうね。ごめんなさいネロ。次からは気を付けるわ」
「よし。じゃあ次は俺も参加だと言いたいところだが……」
男の言葉に秋は無数に展開した術式を光らせる。
唐突に現れ、雷を無傷で防いだ力量はかなりのものだ。フランチェスカとの会話からも、男の実力の高さが伺えた。
勝てるかどうかは分からない。フランチェスカ一人にさえ苦戦していたのだ。むしろ敗北の可能性の方が遥かに高い。
それでも秋は体を奮い立たせ、ネロとフランチェスカと対峙する。
「来るなら来い」
「へぇ。弱いくせによく吠える。でも悪いな。今は戦えないんだよ」
「何だと……? それはどういう……」
「言葉通りの意味よ、秋」
聞き慣れた少女の声に、秋の緊張が緩む。
彼女――――ベアトリーチェは、いつの間にか秋の背後へと立っていた。隣には蓮華も連れている。
「リーチェ……それに氷室も。どうしてここに……」
「貴方達を止めに来たのよ。これから話し合いをする為にね」
「話し合い? こいつらとか?」
「ええそうよ。彼等――――『騎士団』と」




