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不死の少女は旅をする  作者: マリィ
2章 純白の魂
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01.月宮秋の非日常









 神経を研ぎ澄ませる。

 呼吸は深く、目を閉じ、意識を埋没させる。


 ゆっくりと、両手を持ち上げた。

 研ぎ澄ませていた神経を、一点へと集中させる。


 いつもであれば簡単に行っている術式の構築。それを時間を掛けて、丁寧に今回は組み上げていく。


 それはブロックを組み上げる感覚に似ているが、細部は全く違った。どこかを構築すれば、別の所が崩壊し、逆に壊せば連鎖して他の所も壊れていく。まるで堂々巡りのように、術式は一向に完成しない。


 だが精神は当然、摩耗する。集中力は削がれ、構築の精度は劣化し、些細なミスがこれまで組み上げていた術式を粉々に打ち砕く。


 そこで、秋の集中力は途切れた。

 目を開け、荒い呼吸を繰り返しながら地面に倒れ込む。吹き出た汗がぽたぽたと落ちた。


「お疲れ様」


 倒れた秋に、ベアトリーチェは回復の魔術を掛ける。

 これで五回目の失敗だった。









※※※※※※※※※









 月宮秋の運命は、ある日を境に大きく変化した。

 これまでの日常は脆く崩れ去り、醜悪で残酷な非日常が訪れた。


 全ては魔獣に襲われ、彼女と出会ったからだ。


 真白の髪と青色の瞳を備えた少女、ベアトリーチェ。


 謎多き少女であり、月宮秋が助けることが出来た人でもある。そして彼を非日常へと落とした人物でもあった。


 『奇跡』。

 人間に宿る超常の力。神から贈られるそれを、秋はベアトリーチェとの出会いによって手に入れた。しかも『奇跡』の中でも一際特異な『零の階梯』に属するものを。


 果たして、彼は戦いに巻き込まれることになる。


 魔獣アリオス。『奇跡』を喰らう『奇跡』の持ち主。


 彼との戦いで秋は地獄を味わい、苦痛に喚き、絶望に涙した。戦いを拒否し、一度は死すら懇願した。


 しかし、彼女は、それを許さなかった。


 秋に宿った『奇跡』――――『千の魔術を統べる(へカーティア)』。


 それと同じ名を持ち、自らを『奇跡』の中に在るものと言う女。


 へカーティア。


 彼女は願いを求めた。

 曰く、願いこそが『奇跡』を動かすのだと。


 結果、秋の願いに彼女は応えた。


 魔獣は倒れ、秋の願いは成就したのだ。


 そして、それから三週間。


 月宮秋は、地に倒れ伏していた。









※※※※※※※※※









「術式は魔術を行使する上で必要不可欠なプロセスよ。それがなければ私達は魔術は使えない。基本は私達が組み上げずとも『奇跡』が組み上げてくれるけど、それは効率とかを度外視したものなの」


 地に倒れ伏し、荒く息を吐く秋にベアトリーチェは語り続ける。最早何度聞いたか分からない話だが、秋には止める体力など無い。ただされるがまま話を聞くしかなかった。


「だから術式は私達が自ら組み上げた方がいいの。その方が効率的かつ応用の効く物が作れる。私のように術式と術式を組み合わせることすら可能になるわよ?」


 秋はアリオスとの戦いを思い浮かべる。

 あの時、彼女が見せた技は術式を理解していなければ使い熟せないものだ。しかしそれ故に応用力は圧倒的に高い。効率も遥かに良いのだろう。


「秋の出力は私より遥かに大きいわ。一撃の威力なら秋の方が強大ってことね。でも強大な分、燃費も悪い。それを術式の構築から見直しして自分で効率的な物が組めるようになれば、威力を保ったまま燃費を良くできる。そうなれば、貴方は強くなれるわ」


 そこで言葉を止め、ベアトリーチェは空いている方の手で秋の髪を優しく梳いた。


「頑張りなさい。貴方が願ったことなんだから」

「…………ああ、そうだな」


 ――――強くなりたい。


 それは魔獣との戦いの後、秋が胸に抱いた思いだ。


 月宮秋は、弱い。

 これ以上ないほど脆弱だ。


 魔獣に勝てたのはベアトリーチェや蓮華の助けがあったからに過ぎず、一人で挑んでいれば間違いなく殺されていた。それこそ、生き残ったのは運が良かったからと言ってもいいだろう。


 では果たして、それでベアトリーチェが守れるのだろうか。


 ベアトリーチェを守る。それこそ月宮秋の願いであり、戦う理由でもある。しかし弱い現状、月宮秋がベアトリーチェを守ることは叶わない。


 『奇跡』は秋の願いに応えている。彼女は秋の願いを認めている。ただ、秋が弱いのだ。使い熟せていないとも言える。


 それでは、ベアトリーチェは守れない。

 誰かの助けなくしては戦えない。


 だから、強くなる必要があった。

 助けを借りずとも戦えるくらい強く。


 そして秋は、ベアトリーチェに願ったのだ。


 強くなりたい、と。


 彼女は『奇跡』の真の持ち主だ。また長く付き合ってきた身でもある。指導役としてはこれ以上ない存在だろう。


 かくして秋はベアトリーチェの特訓を受けることとなった。


 だが、


(また、駄目なのか)


 結果は余り良いとは言えなかった。


 ベアトリーチェが秋にまず求めたのは術式の構築だ。これまで『奇跡』が行っていた構築を自ら行うことで、無駄を省いた効率的な術式や応用に長けた術式を構築することが出来る。ベアトリーチェの妙技もこの技量が高い故に行使可能なものだ――――と、言葉にするのは簡単だった。

 実際は途轍もなく困難を極める作業だ。言うなれば設計図の存在しない建築。それもミスが決して許されない。


 これまで何回も挑戦してはいるが、一回も成功していないのがその難易度の高さを物語っている。ベアトリーチェも一朝一夕で出来ることではないと言っていたが、それでも上達の兆しが見えないのは中々に辛い。


 今日も度重なる特訓に疲れ果て、こうして地面に倒れている。この調子では習得など夢のまた夢。いつまで経っても出来ないままだ。


 立ち上がり、秋は大きく息を吐く。

 そろそろ登校せねば学校に間に合わなくなる。時間的にも体力的にも恐らくこれが最後の挑戦になるだろう。


「頑張りなさい」


 頷き、目を閉じる。


 そして――――

















「…………」

「…………生きてる?」

「…………一応」


 蓮華からの問い掛けに、明らかに疲れた声音で秋は応えた。机に突っ伏していた顔を上げると、どんよりとした眼を蓮華に向ける。


「ああ……昼飯、買ってきてくれたのか。ありがとうな。今、お金を渡す」


 のろのろと財布を取り出し、昼飯の代金を払う。蓮華はキッチリと数えてから自分の財布にお金を仕舞い、近くの空いていた椅子に腰掛けた。


 そのまま昼飯――――いつも通りのコッペパン――――を食べ始める。


「…………何かこう……ないのか?」

「何が?」

「いやほら大丈夫とかさ……」

「生きてる。なら大丈夫」

「流石だよ氷室。今日も絶好調みたいで何よりだ」

「ありがとう」

「…………」


 冷たく秋が蓮華を睨み付ける。しかしズレた彼女に気にした様子は無い。彼女にとって、それこそが普通だからだ。


 小さく溜め息をつき、秋は苦笑を浮かべた。蓮華がコッペパンを頬張りながら、ちらりと横目で秋を見やる。


「何?」

「いや……氷室はやっぱり氷室だなと思ってな」

「私は私。他の誰でもない」

「それは知ってる。俺が言いたいのは、氷室は変わらないなってことだよ」

「人は、簡単には変われない」

「それも知ってるさ。何て言うか……変わらないことに安心するって言うか……うん。そうだな。氷室には、変わらず今のままで居てほしいってことかな」


 秋の言葉を受け、蓮華は食事の手を止めた。

 今度は横目ではなく、正面から秋を見据えて口を開く。


「私は変わらないし、変われない。私はずっと私のまま」


 蓮華とて理解していない訳ではない。

 自分の抱えるズレが、周囲の人間との壁になっていることを。


 だとしても、氷室蓮華は変わらない。

 閉じられた棺のように、不変のまま時を経る。

 蓮華には、理解出来ないのだから。

 彼等と同じ思いを共有することが出来ないのだから。


「それでいいよ。氷室は氷室のままで居てくれ」


 秋は笑顔を浮かべる。

 『奇跡』を手に入れ、大きく日常が変化したからだろうか。こうした何気ない日常を、変わることのない日々を、彼は愛しく思うようになっていた。


 特に蓮華は『奇跡』を知る者であり、現在ベアトリーチェと並んで最も秋の日常に関わる人物だ。

 彼女が変わることなく自分の傍に居て、同じような日常が続く。それこそ幸せと言えることなのだろうと、秋は思う。


「…………」


 蓮華は顔を伏せたまま何も言わない。暫くそのままで居た後、ゆっくりと顔を上げた。


「そう」


 短く、それだけの言葉。

 しかし、それが彼女だと、秋は知っている。


 だから秋は苦笑を浮かべて蓮華の買ってきた昼飯に手を伸ばす。


 そのまま二人は、時折言葉を交わしながら昼休みを過ごした。









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