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不死の少女は旅をする  作者: マリィ
2章 純白の魂
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00.罪を求めし救済者









 罪とは、何だろうか。


 誰かが言った。罪とは、抱える闇であると。

 誰かが言った。罪とは、背負う物であると。

 誰かが言った。罪とは、自分自身であると。


 どれも正解で、しかし間違いでもある。そも罪とはあやふやで、言ってしまえば人によるのだ。


 本人が罪を認識するか、それとも他人が罪を認識させるか。本人が罪を否定するのか、それとも他人が罪を否定するのか。


 所在は結局、人による。その中身すら人による。罪の基準とは酷く個人の価値観によっている。


 例えば貴方が人を殺したとしよう。では、貴方はそれを罪だと思うか? もしも罪だと思うのだとすれば、貴方の価値観は殺人を罪だと捉えている。しかし思わないのだとすれば、貴方の価値観は殺人を罪だと捉えていない。


 結局は絶対の基準などない。何が罪で何が罪ではないのか。それを決めるのは人間なのだ。とはいえ、それもその筈だろう。


 罪を犯すのは、いつだって人間だ。


 人は、罪と共にある。


 では、また問うことにしよう。


 ――――罪とは、何だ?









※※※※※※※※※









「罪とは、何だ?」


 男の問いに、少女は答えなかった。

 それもその筈だろう。彼女は既に死んでいるのだから。


「嗚呼…………君は駄目だったのか」


 落胆した様子で男は倒れる少女の体を持ち上げる。そしてゴミを捨てる様に横へと放り投げた。

 投げ捨てられた少女の遺体は、首をあらぬ方向に曲げながら着地した。可愛らしかった相貌は見る影もなくなり、死体だとしても酷く惨たらしい。見れば他にも同様の死体が幾つも転がっていた。


 男は小さく溜め息を吐く。濃い青の瞳が、ギョロリと目の前を向いた。


「残念だ。本当に残念だよ。罪人が、これほど多く居るなんて」


 男の目の前。そこには、うず高く積まれた死体の山が聳え立っていた。苦悶に彩られた表情が、彼等の味わった絶望を物語っている。


 彼等は咎人だ。それも罪人の中でも極めて醜悪な絶対悪。

 なればこそ、男が救わねばならない。それが男の役目。男の生きる意味。


「さあ、解放されよう。己の罪から」


 男が手を伸ばす。傷だらけの手から、血がポタリと落ちた。足下に広がる血の池に波紋が広がる。


「来い」


 パンッ、と、風船が弾けたような音が響いた。

 しかし弾けたのは風船ではない。――――男の背中だ。


 血を滴らせ、男の背中から何かが飛び出す。飛び出した何かは、高速で死体の山へと突撃した。窓から射し込む月光が、一瞬だけ何かの姿を照らし出す。


 それは、鋭い棘を備えた荊だった。


 荊は死体の山へと絡み付く。皮膚を破り、棘を肉に突き刺し、血管を貫く。


「救済だ」


 強く、男は救済を宣言した。

 彼の背から生える荊達が、瞬く間に死体の山から血液を吸収する。瑞々しかった死体は数秒で干からびるが、吸血は止まらない。


 これは救済なのだ。血を吸うことが目的ではない。


 では、何を以て彼は救済を成す?


 何を成せば、人は救われる?


 答えは直ぐに訪れた。


 ごくりと、荊が嚥下する。

 血ではない。血は既に吸い尽くした。では何を荊は喰らったのか。


「ッ…………!」


 吐血し、男は膝を付いた。荊が喰らったものは本来なら人が複数抱えることなど出来ない代物だ。しかし男はその身に宿る荊の力によって、それを複数抱えることが可能だった。


 だが代償は大きい。元々人間一人の器に複数抱えることが出来ないのだから当然だ。こうしている今も、男は地獄のような苦痛に苛まれ、死を懇願したくなるような幻覚に惑わされている。


 それでも男は耐える。

 全ては、救済の為に。

 罪人を、救う為に。


「ッ…………! ガッ…………アアアアアアアアアアアア!」


 絶叫を吐き出し、床をのたうち回る。

 しかし耐える。耐えなければいけない。そうしないと誰も救えない。


 血涙を流し、男は苦痛に耐えた。

 普通の人間であれば発狂から死に至っても不思議ではないというのに、男は強靭な精神力でそれを退ける。


「ハァ……ハァ……!」


 捕食が終わり、荊が死体の山から離れる。男は蹲り、荒く息を吐いていた。


「これで……貴方達は救われた…………良かったですね」


 心底嬉しそうに男は微笑む。

 救済は今、成された。

 彼等の罪は消え去り、最早罪人として苦しむことはなくなった。


 だが、果たしてそれは、


「本当に良いことと呼べるのか?」

「……………………」


 男は、答えない。

 ゆっくりと起き上がり、声の聞こえた方へと視線を向ける。

 そこに、彼が立っていた。

 赤い瞳を輝かせた、年若い青年が。


「で、どうなんだ『罪喰らい』? 本当にそれは良いことなのか?」


 問い掛ける。死体の山も、無数の荊もそのままだというのに、青年は表情一つ変えない。ただ冷たく鋭い瞳で睨め付けるのみ。


「良いことさ。だが罪人には理解出来まいよ」

「悪いが理解する気はない。ただ訊いてみたかっただけだ」

「そうか。ならこれ以上、私と君で話すことはない。もう行ってもいいかな?」


 ニッコリと、男は笑った。しかしまだ痛みが残っているのか、その笑みは引き攣った歪な笑みだ。背後で蠢く荊も相まって、その姿は酷く悍ましい。

 青年は男の言葉をせせら笑う。恐怖など微塵も感じていない様子で。


「馬鹿を言うなよ『罪喰らい』。お前だって分かってる筈だ。俺がここに居る()()をな」

「だろうと思っていたよ。だが悪いね。私はまだ、死ぬ訳にはいかない」


 笑みを消し、男は手を振るう。

 瞬間、背後の荊が掻き消えた。


「ッ!」


 咄嗟に青年は身構えるが、男の狙いは青年ではない。


「破壊しろ!」


 彼の狙いは、建物の壁だった。

 男の声に従い、荊が壁へと突撃する。巨大な荊の突撃はそれだけで凄まじい破壊を生み出す。たかが石造りの壁など容易く破壊される。


 粉塵が舞い、破砕音が響き渡る。

 建物を構成する四辺の壁のうち、三辺が今の攻撃で破壊された。当然、一辺で天井の重さを支えられる筈も無く、建物は崩壊する。


 凄まじい音を轟かせ、天井が落下する。

 青年は舌打ちし、声を張り上げた。


「チェスカ!」


 返事は無い。だが彼女が聞き漏らす筈も無いだろう。

 青年は彼女に全てを任せ、目の前の天井へと意識を向けた。数秒後には瓦礫の山に押し潰されることは間違いないだろう。しかし、青年には生き残れるだけの力があった。


 苦笑を浮かべ、次の瞬間、青年の姿は瓦礫の山へと埋もれた。その姿を建物から少し離れた場所で見ていた男は、直ぐに背を向ける。


 青年の声は男の耳にも聞こえていた。チェスカというのは恐らく仲間のことだろう。となれば直ぐに追ってきても不思議はない。


 急ぎ足で男は歩き出した。

 まだここは寄り道に過ぎない。

 彼の目的はまだ先だ。


「待っていろ…………ベアトリーチェ。私が必ず君を救ってやる」


 決意を胸に、男は歩く。

 その瞳は狂気に淀んでいた。









※※※※※※※※※









「大丈夫?」

「ああ平気だ。でも悪かったな。急な命令で」


 男が立ち去って直ぐ、青年は瓦礫の山から這い出ていた。彼の手を掴み、引っ張り出そうとするのは青年と同じ年頃の女性――――フランチェスカだ。


「別に構わないけど、何で()()()、なの? あの状況だったら私が追撃を仕掛ければ…………」

「勿論ここであの男を討ち取っても良かったさ」

「ならどうして?」

「『罪喰らい』の目的は『幽霊』だ。そして俺達は彼女にも用がある。なら纏めた方が楽だろ?」


 あっけらかんと青年は言う。

 フランチェスカは成る程と、大きく頷いた。


「でも被害が出るわよ。あの男が道中で誰かを襲わないとは限らない」

「残念だが必要な犠牲だ。任務は最大効率で、だろ?」

「そうね。なら仕方ないかしら」


 仕方ないと、青年とフランチェスカはこれから殺されるであろう大勢と人々を切り捨てた。しかし、それこそが彼等の遣り方だ。


「じゃあ行くかな。『幽霊』の所に」


 身に纏った外套を翻し、青年とフランチェスカは闇の中へと消えて行く。

 後には崩壊した建物と、無惨な死体だけが残っていた。









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