26.とある姉弟の物語
果たして彼の旅は終わりを告げた。
これはとある怪物の物語。
いつか、残酷な真実として語られる御伽話。
しかし物語としては余りにも醜悪で、
けれども、幸せな、話だった。
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姉さん。貴方はきっと、私のことを許してはくれないだろう。どれだけ言い繕うと、私は――――僕は、貴方を貪り食った。恐怖に敗北し、皿の上に飾られた貴方を平らげた。
あの時から、僕は怪物と成り果てた。
貴方は言った。アリオスは、人だと。アリオスは、怪物ではないと。
ごめんなさい姉さん。結局、僕は怪物だった。人を喰らう、人の敵だった。
どこまでも――――どこまでも――――どこまでも、アリオスは怪物だった。
けれども、怪物として生きることは僕自らが選んだ道だ。
決して、決して貴方の所為ではない。
貴方は僕を人へ導いた。僕は怪物の道を選んだ。ただ、それだけのことだ。
嗚呼――――愛しき姉さん。貴方が僕を呪うなら甘んじて受け入れよう。ありとあらゆる憎悪を受け入れよう。苦痛も受け入れよう。
だが、もしも、もしも貴方が僕を生み出した咎を背負っているというのなら、貴方は無実だ。裁かれるべきは僕であり、貴女は幸せに過ごしてほしい。死後まで苦しむのは僕だけでいい。
姉さん。愛する姉さん。貴方に罪は無く、弟は穢れている。神が居るのなら、どうか。どうか聞き届けほしい。
この醜い怪物こそ、裁かれるべきだと。清廉な姉さんは、幸福な死語を享受する権利があると。どうか――――聞き届けてほしい。
『くすくす。傲慢な怪物ね。でもいいわ。貴方が強く願うのなら、私は叶えましょう』
声が聞こえた。
同時に懐かしい声が聞こえる。
「アリオス」
その声は、どこか疲れていた。
姿は見えない。けれども僕には彼女が――――姉さんが笑っているように感じた。
これでいい。姉さんは幸福になる。僕は地獄に落ちる。怪物の末路としてこれ以上、相応しいものはない。
さあ――――地獄の責め苦を。
咎から逃れるつもりはない。
怪物として生き、怪物として死んだ。
地獄こそ、僕に相応しい寝床だ。
目を閉じる。
そして――――
「アリオス」
声が、聞こえた。
聞こえてはいけない声が、聞こえた。
「貴方にだけ背負わせたりしない。私は貴方のお姉ちゃんだもの」
優しい、声だった。
涙など、既に枯れ果てたと思っていた。
眼前に佇む白い光へと手を伸ばし――――
「仕方のない弟ね」
伸ばした手を、彼女は掴んだ。
果たして彼等の旅は、始まった。
これは、とある姉弟の、物語。
――――幸せな、物語だった。




