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不死の少女は旅をする  作者: マリィ
1章 旅の始まり
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14.予期せぬ来訪者









 ベアトリーチェが行方不明になってから三日。秋は蓮華と一緒に昼食を食べていた。


 場所は学校の中庭だ。綺麗に花も植えられ手入れされているのだが、何故かここで昼食を摂る生徒は少ない。その為、人に聞かれてはいけない話をするにはもってこいの場所だった。


「それで昨日も駄目だったのか」


 蓮華が買ってきてくれたコッペパンを食べつつ、秋は溜め息をつく。蓮華は咀嚼していたコッペパンを嚥下し、コクリと頷いた。


「どこを探しても見当たらない。アリオス達の姿も見えないから、もしかしたら既に――――」

「氷室。余りそういうことは言うな。最悪を想定するにはまだ早いだろ」


 低い声で言う秋に蓮華は咎めるような視線を向ける。ベアトリーチェが行方不明となって既に三日。最悪を想定しても何ら不思議はない。むしろ想定した上で動くべきだろう。


 想定しないのは秋が認めたくないだけだ。可能性としては、最悪の可能性が最も高い。蓮華もそのことを分かっているからこそ、現実を直視しろと厳しい視線を向けたのだ。下手な楽観視は危険を孕む、と。


 秋もそのことは理解している。しかし、それでも希望を持つのが人間だ。


「…………まだ、よく知らないんだ。俺は彼女のことを。もっと知りたいと思うし、もっと話をしたいと思う。…………死んでいるかもしれないなんて、認められない」


 ベアトリーチェと言葉を交わしたのは、ほんの少しの間だけ。彼女のことは、殆ど何も知らない。


 だがそれでも、知っていることもある。


 彼女は、死なないということ。他ならぬ彼女が、そう断言した。私は死なない、と。


 なら、信じよう。最悪を想定しても否定しよう。


 月宮秋が信じず、他の誰が彼女を信じる。それに、ベアトリーチェは、


「彼女は、俺を助けてくれた。なら、今度は俺が助ける番だ」


 月宮秋は、ベアトリーチェに助けられた。

 死にゆく彼を、彼女は見捨てなかった。


 見捨てることなど容易だろう。他人の死に際に付き添うことが、どれだけ面倒なことなのか考えれば、人はどこまでも冷酷になれる。見知らぬ誰かを、面倒ごとを抱えてまで助ける人間はそうは居ない。


 打ち捨てられて、当然の命だった。

 月夜に血の中で、息絶えることの方が正しかった。


 それでも、ベアトリーチェは手を伸ばした。

 そこにどんな打算があろうと、月宮秋は忘れない。


 彼女が助けてくれた事実を。


 彼女が見せてくれた奇跡を。


 ならば、月宮秋も手を伸ばすべきだろう。


 最悪が立ち塞がっていたとしても。


「…………」


 残ったコッペパンを飲み込み、蓮華は秋を見詰める。

 漆黒の瞳を覗いても、彼女が何を考えているのか秋には分からない。むしろ自分の考えが蓮華に見透かされてしまいそうだった。


「…………強い人、貴方は」

「え?」

「貴方は、怖くても辛くても痛くても、きっと前に進める人。だって貴方は強いから」

「前も言っていたけど、俺は強くなんかないよ。ただ助けたいって思うだけだ」


 秋の言葉を蓮華は否定する。


「その思いは、多くの人が胸に抱く。誰かを助けたい、誰かを救いたい、誰かを癒やしたい。でも、出来るのは限られた人だけ」


 蓮華は空を見上げる。揺れた黒髪が陽の光を受けて黒曜石の様に輝いた。


「きっと、彼等は強い。強くて――――そして壊れてる」

「…………氷室?」

「私も、貴方のようになれればよかった」


 瞳が、真っ直ぐに秋を射抜いた。

 その言葉に込められた強い思いは、氷室蓮華が唯一抱える熱だった。


「…………それは止めとけ。俺みたいになっても得はないぞ」

「…………そうだね。うん、止めとく」

「そうしとけ」


 秋にも蓮華の熱は確かに感じ取れた。

 しかし、それ以上言葉を掛けることは出来なかった。

 蓮華も何も言わずに虚空を見詰めたまま、


「明日は休みだから」


 ポツリと、そう呟く。

 それが何を意味しているのか分からぬほど秋は愚かではない。


「ああ。探す時間はたっぷりある。きっと、見付けられるさ。きっと…………」


 自分を納得させるように秋は呟いた。

 蓮華は何も言わずに瞳を向けるだけ。


 それから昼休みが終わるまで、二人は無言だった。









※※※※※※※※









 翌日、秋は蓮華と待ち合わせの為に喫茶店を訪れていた。


 店内は多くの客が居た。皆が思い思いの方法で過ごしている。本を読む者や、食事を楽しむ者、スマホを延々と弄る者。いつも寄る学校帰りと変わらぬ風景ではあるが、休日はやはり人の数が違う。こうして秋が店内を眺めている間にどんどん席が埋まっていく。


 このままでは座れなくなる。秋はもう一度店内を見渡し、空いてる席を探す。人の多い店内では殆どの席が埋まっており、空いてる席などもう無いのではと思った時――――見付けた。店内の奥、隅の方。丁度良く二人用の席が空いていた。


 秋は直ぐに席へ向かい、腰を下ろす。

 ウエイトレスは忙しなく店内を歩き回っており、注文を訊きに来るのには時間が掛かりそうだった。


 手持ち無沙汰になり、何となく店内を見渡す。入店した時と景色は殆ど変わらない。多くの人が、思い思いに過ごしている。


 その中で、目立つ人影があった。

 たった今来店したのだろう。空席がないかどうか店内を見渡す若い女性。焦げ茶色の髪に、整った顔立ち。快活な性格に見える彼女は、落ち着いた雰囲気の中ではどこか異質に感じる。


「ッ――――!」


 驚き立ち上がりそうになるのを、秋は理性で抑える。ここで自分の存在を悟られる訳にはいかない。

 焦げ茶色の髪。麗しい美貌。感じるのは、明らかな同種の気配。

 氷室蓮華の言葉がリフレインする。このタイミング、この状況で遭遇することを、誰が予想出来るというのか。


 秋は女から目を逸らし、急いで取り出したスマホを弄る振りをする。彼女が此方に気付かず、立ち去る理想を思い描き、


「残念だけど分かるんだよ。同じ選ばれた奴ってさ」


 理想は理想のまま潰えた。

 軽い調子で掛けられた声。恐る恐る正面を向けば、想像した中で最悪の状況が目の前にあった。


「月宮秋だな?」


 女が問い掛ける。

 彼女の視線が向けられているのは、紛れもなく秋自身。


「…………ああ」


 隠した所で意味は無い。秋は素直に答えた。

 『奇跡』を持つ者は、同種の存在をある程度感知できる。女の存在に秋が気が付いたように、女もまた秋の存在を認識しているのは間違いないだろう。つい数日前に『奇跡』を手に入れた秋とは違い、女は長年に渡って『奇跡』と共に生きてきたのだから。


 女は勝手に席に座り、頬杖をつく。愉快気な表情からは女が何を考えているのか分からない。


「お待たせしました。ご注文はお決まりでしょうか?」


 丁度その時、ウエイトレスが注文を訪ねに秋達の席へやって来る。ウエイトレスは少し疲れた表情で返事を待っていた。


「コーヒーをお願い」

「コーヒーを」

「お、被ったな」

「…………」


 被ったのが嫌だったのか秋は女を睨め付ける。女は気にした様子もなく笑っていた。


「かしこまりました」


 ペコリと頭を下げ、ウエイトレスが注文を伝えに店の奥へと引っ込む。秋としては女と二人になりたくないので暫く居てほしかった。


「さて。こんな所で会うとは偶然だな」


 わざとらしく女は言う。彼女との遭遇が偶然ではないことなど秋には分かっている。勿論、秋が分かっていることも女は承知の上だ。承知の上で、女は言ったのだ。彼女としては偶然の方が良いのかもしれない。


「これも『奇跡』を持つ者同士、天の導きかもな」


 凄惨な男の仲間とは思えぬ柔らかな笑みを、女は浮かべる。秋からすれば碌でもない天の導きだが、彼女にとっては違うのだろう。


「何の用だ」


 長々と話す気など有る訳が無い。秋は臆せず強い口調で問い掛ける。


「そう焦るなよ。折角の喫茶店だ。のんびり話そう」

「お前と話すことなんてない」

「私は話したいことがあるのさ」


 言いながら女は深く椅子に座り直し、足を組む。赤銅色の瞳が秋を射抜く。敵意も殺意も悪意も感じないが、向けられる瞳には強い興味が含まれていた。


「ベアトリーチェは私達が預かってる」

「ッ!」


 予想は出来ていた。しかし実際に本人の口から言われると怒りの感情が込み上げてくる。

 ベアトリーチェは『奇跡』を失った。だが、その事を知らぬアリオス達が彼女を襲撃するのは当然だ。そして『奇跡』を持たぬ彼女がどうなるのか。それも簡単に予想出来る。その結果、どうなるのかも。


 それ故、秋は怒りの炎を轟々と燃やしながらも違和感を覚えていた。預かってるとは、一体どういうことなのか。


「アリオスがベアトリーチェを捕まえたんだ。安心しろ。生きてる。ま、相当アリオスに痛め付けられたみたいだけどな。あれで生きてるとか不思議だよ」


 愉しそうな笑みで、女は下卑た言葉を口にする。

 『奇跡』を持たぬ彼女は、死の代わりに壮絶な暴行を受けた、と。テーブルの下で秋は拳を握り締める。


 死なないと、彼女は言った。確かに現実は彼女の言う通りになっている。しかし死は時として救いだ。……苦痛の中で死が訪れないのは、想像もしたくなかった。


「酷いもんだ。あの男は結構傲慢だからな。ベアトリーチェが何か言う度に殴る蹴るは当たり前。挙げ句の果てには噛み千切る、砕く、潰すときた。よくもまあ飽きないねぇ。ベアトリーチェもよく抵抗するよ。オレならさっさと死ぬさ」


 ――――ここで女を殴れれば、どれだけ心地良いだろうか。


 女の口から彼女の現状を伝えられることが、秋は不愉快で堪らない。ああ、なるほど。女もまた、アリオスの仲間なのだと秋にもハッキリと理解出来た。


「黙れ」


 気が付けば、秋の手からは血が滲んでいた。

 流れ落ちる鮮血の如く、熱く滾った殺意が女に叩き付けられる。当の女は飄々とし、気にした様子も無い。


「悪かったな。少しばかり話が逸れた。いい加減に本題に入ろうか」

「本題だと?」

「ああ。――――月宮秋。君はベアトリーチェを助けたいか?」

「当たり前だ」


 即答する。ベアトリーチェを救わないという選択肢は秋に無い。


「即答か。その心意気は悪くない。…………夕暮れ時、町外れの廃ビルに来い。そこでベアトリーチェを返してやる」


 明らかな罠だ。行けば確実に彼等の襲撃に遭う。つまり暗に女は言ってるのだ。自分達を倒さなければ、ベアトリーチェは返せない、と。

 そうなれば彼女に待つのは永遠に続く苦痛だ。果てにどういった末路を迎えるのか、想像するのは容易い。


「…………どういうつもりだ。お前達には態々そんな事をする意味が無いだろう」

「そうだな。そんな面倒なことをせずとも目的は達成出来る」

「なら何故」

「アリオスが君に興味を示している」


 その言葉を聞いた時、大きく心臓が鼓動した。

 一度刻み付けられた死の恐怖は、そう簡単に拭い去れるものではない。いくら怒りを抱いていようと、それは変わらない。


「聞いたよ。君、アリオスに殺されたんだって?」


 秋は答えない。


「けれども君は今、生きている。君は助かった。死の淵から生還した。しかも『奇跡』を引っ提げて。さらに言えば『千の魔術を統べる者(へカーティア)』を、手に入れて」


 望んだ訳ではない。

 欲した訳ではない。

 しかし、所有者は月宮秋。


「面白い。私もそう思ったよ。一体どこの世界にそんな奴が居る? 天の采配とは君のような存在すら生み出すのか、と」

「俺が、求めた訳じゃない」

「知っているとも。だが現実は君が所有者。如何なる道程、如何なる奇跡だろうと持っているのは君だ。だからアリオスは君を獲物に選んだ」

「獲物…………?」

「奇跡のような存在の君を彼は狩りたがっている。彼からすれば狩りを最高に盛り上げてくれる獲物なんだろう。何せ何を起こすか分からないからね」

「その為の、ベアトリーチェだと?」

「そうさ。まあ生け捕りにしたのは偶然だがね。君が彼女を探していたのは知っている。そこまで入れ込んでいるのなら、餌として使える。彼はそう思ったんだろう」


 餌を使って獲物を誘き寄せ、仕留める。狩人は魔獣だ。悪辣極まる奇跡喰らい。

筋書きは用意されている。秋はアリオスに狩られ、恐らくベアトリーチェも狩られる。彼女の存在は結局は餌でしかない。用の済んだ餌など、捨てられる。


 要は選択の余地など無いのだ。ベアトリーチェを助けたければ、秋は挑むしかない。魔獣の狩場に。偶然から手に入れた『奇跡』と共に。


「取り敢えず話は終わりだ。楽しみに待ってるよ」


 立ち上がり、女は千円札をテーブルの上に置く。


「死ぬ前の一杯だ。奢ってやる。それと来る時は彼女も連れてきてくれよ。アナタ達が知り合いってことは知ってるからな」

「誰のことだ」

「氷室蓮華。彼女とは決着を着けなくちゃならない」


 頼んだぞ、と言い残し、女は去って行った。

 頼んだコーヒーが出て来たのは、それから直ぐのことだった。









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