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不死の少女は旅をする  作者: マリィ
1章 旅の始まり
14/77

13.天は彼女の死を望む









「…………」


 ふと、視線を感じた。ベアトリーチェは見目麗しい美女だ。類稀な容姿は羨望と嫉妬を呼び込む。これまでもそうした視線は幾度となく向けられてきた。


 しかし、今向けられている視線は全くの別種。まるで見定めるような視線だった。


 周囲を見渡す。喧騒の最中、数十メートルほど前方に彼は居た。


 灰色の髪。鮮血の瞳。――――獰猛な獣の笑み。

 見間違える筈も無い。彼は――――


「アリオス…………ッ!」


 男が嬉しそうな笑みを浮かべる。全身に悪寒が走る。

 ベアトリーチェは考えるまでもなく、脱兎の如くその場を逃げ出した。途中、幾人かとぶつかり怒鳴られるが気にしている場合ではない。


(まさか気付かれるなんて……ッ!)


 彼女とて警戒せずに街へ繰り出したわけではない。常に警戒はしていた。『奇跡』を持つ者には独特の気配が有り、近付けばベアトリーチェなら直ぐに分かる――――筈だった。


(『奇跡』を失ったから? いいえ、氷室蓮華の気配はちゃんと感じられた。なら、どうして)


 緊張と混乱の所為でもあるのだろう。思考は取り留めが無く、到底答えが出せそうにはなかった。


 人混みを走り抜ける。隙間を縫うように走っているものの、道行く人と衝突することは避けられない。怒鳴られ、時には倒れそうにしながらもベアトリーチェは速度を緩めず走り続ける。


 走り、走り、走り、走る。

 表通りから裏通りへ。狭く入り組んだ道を走る。

 走り、走り、走り、走り。

 気が付けば、ベアトリーチェは開けた場所へと辿り着いていた。


 隔離されたようなその一角に人の気配は無い。恐らくは街の発展によって発生した穴だろう。よほど適当に建物を建てたに違いない。計画的に都市を設計すれば、こうはならない。


 ベアトリーチェは息を整え、周囲を見渡した。辺りには人影も気配も無い。そも追ってきているような気配も無かった。


(見間違えた……?)


 そう、ベアトリーチェが思った瞬間、


「残念だったな」


 耳元で、声が、聞こえた。

 ベアトリーチェは咄嗟に振り向こうとし、


「ッ!」


 パンッと、乾いた音が響く。


 腹部に捩じ込まれた拳がベアトリーチェの目に映った。体がくの字に折れ、強烈な衝撃によって吹き飛ばされる。


 大きく音を立て、ベアトリーチェは壁に衝突した。彼女の体は血を流さない。代わりに肺の中の空気が嗚咽と共に零れ出た。


 地に崩れ落ち、苦痛に表情が歪む。


「どうして…………」

「どうして? それは愚問だベアトリーチェ。君とて私の『奇跡』を知らない訳ではないだろう」

「『混血の魔獣(キマイラ・イーター)』…………『奇跡』を喰らう『奇跡』。また、力を増したとでも言いたいの?」


 『混血の魔獣(キマイラ・イーター)』は『奇跡』を捕食する。そして喰らえば喰らうほど、進化する。

 限界値は存在しない。『混血の魔獣(キマイラ・イーター)』は宿主のキャパシティを遥かに超越した力まで成長が可能だ。それこそ規格外の力を手に入れるまで。


 気配を悟られない能力も、度重なる捕食の末に手に入れたのだろう。貪欲に『奇跡』を喰らうことで。


「少しばかり喰らっただけだ。この能力を手に入れることが出来たのは運が良かったに過ぎない。この能力を手に入れたのも、私の意思じゃない。天が君を喰らえと、与えたのだろうよ!」


 アリオスは手を広げ、役者の様に仰々しく声を上げる。

 『奇跡』は天からの賜り物。ならばアリオスがベアトリーチェを倒す為の力を手に入れたということは、彼の言う通り天の采配なのかもしれない。


「――――ふふっ」


 それが、あまりにも可笑しかった。


 天がベアトリーチェの死を望んでいる。

 天がベアトリーチェの死を求めている。


 なら、どうしてあの時、現世に残るチャンスを与えたのか。


 生と死の狭間で、存在し続けることを容認したのか。


 ベアトリーチェは問いたかった。


 死。それは絶対的な終焉だ。生きとし生ける者には必ず訪れる。秋が心配したのも当然のこと。――――ベアトリーチェが生きている存在ならば、それは間違いではなかった。


「あはははははははは!」

「…………どうした。気でも触れたか」


 急に笑い出したベアトリーチェにアリオスは不気味なモノを見るような目を向ける。

 アリオスとベアトリーチェの接触はこれが初ではない。これまでも何度か接触し、その度にアリオスはベアトリーチェの異様さを感じていた。


 そも彼女の存在こそ謎が多い。

 両親も出生地も不明。年齢も不明。経歴も不明。

 唯一分かっているのは彼女が『|千の魔術を統べる者|へカーティア》』を所持しているということ。それだけ。


 否、もう一つ情報が有る。

 それはアリオスが唯一、喰らうことの出来なかった男から聞いた話。


 ベアトリーチェは幽霊という、眉唾ものの話だった。


 馬鹿馬鹿しいとアリオスは思っている。ベアトリーチェは目の前に存在し、会話も出来る。誰にでも見えるし、こうして触れることも可能だ。


 こんな幽霊が存在する訳がない。男はアリオスへの腹いせに、そんな下らないことを言ったのだろう。


 現に彼女は追い詰められている。今更、女の笑い声如きで恐れている場合ではない。アリオスは肉体を魔獣へと変化させながら、一歩一歩ベアトリーチェに歩み寄る。


 ベアトリーチェは唐突に笑うのを止めると、顔を俯かせて呟いた。


「…………どうして、私なのかな」

「『奇跡』を与えられたからだ。呪うのならば天を呪え」

「天なら呪ったわ。数えきれないほどね」

「なら充分だろう。私に喰われるといい」


 アリオスが口を広げる。

 幾人もの奇跡所有者を喰らった牙だ。柔い女など容易く噛み殺すだろう。


「これもまた、采配なのね」


 目を閉じ、訪れることのない死を受け入れる。

 『奇跡』の使えぬ彼女に抵抗は出来ない。


 死ぬことはない。

 ベアトリーチェは、死なない。

 決して、死なない。


 そう、彼女が願ったから。

 けれども運命は彼女に死を与える。


 馬鹿らしく――――愚かな話だった。


 獣の息遣い。迫る牙の威圧感。


(今度は、何度で解放されるだろうか)


 そんなことを考え、


 同時に、声が聞こえた。


 それは、聞き慣れた女の声だった。


『あなたもまた、可能性。だから助けてあげるわ。――足掻きなさいベアトリーチェ。私の愛しい()。生きると言ったのは、あなたなのだから』


 言葉が終わり、ベアトリーチェの手に光が灯る。

 紫色の見慣れたそれは――――術式。

 長い時を共に過ごしてきた力の使い方を、忘れる訳もない。


 鈍い音を立てて、アリオスの牙が止まる。彼とベアトリーチェの間に発生した薄く輝く紫色の障壁が、牙を容易く止めていた。


「ッ!」


 アリオスが背後へ跳躍し、ベアトリーチェとの距離を取る。彼女が『奇跡』を使わないことを、彼は訝しんでいた。

 『奇跡』を使えば、この状況から脱する可能性が上がる。ましてや彼女の『奇跡』は零の階梯に位置する『奇跡』。使わない手は無い。


 しかし彼女は『奇跡』を使わず、されるがまま。明らかに異常だ。何か理由があると、考えるのが当然の流れ。


 そうしてアリオスが導いたのが、ベアトリーチェは現在『奇跡』が使えないという結論だった。


 この街にはもう一人、零が居る。ありとあらゆる事象を凍結させる、絶対零度の『奇跡』が。その『奇跡』がベアトリーチェの『奇跡』を使用不可に追い込んだのだと、アリオスは考えていた。それならばベアトリーチェが『奇跡』を使わないことも、もう一人の奇跡所有者がベアトリーチェの存在を知っていたことも合点がいく。


 ならば、この二度と起こり得ないかもしれぬチャンスを逃す訳にはいかない。そう思い攻撃を仕掛け、防がれた時の驚きは言葉を失うレベルの話ではなかった。


 一方、ベアトリーチェもまた驚いていた。

 彼女の『奇跡』は封印されているのではなく、別の持ち主の物となっている。月宮秋の物へと。

 故に今、ベアトリーチェに『奇跡』は扱えない――――筈、だった。


 ベアトリーチェは再び手に術式を展開させる。かつてと何ら変わらず、紫色の術式は掌上に出現した。


「…………」


 可能性として考えられるのは、聞こえた声。

 あの声の主は、言うなれば『奇跡』そのものだ。彼女ならば、ベアトリーチェに再び使用権を譲渡させることも可能だろう。


 何せ月宮秋に使用権を譲渡したのは、他ならぬ彼女なのだから。


(後で話を聞くべきね)


 内心で決意しつつ、ベアトリーチェはアリオスと対峙する。


 天はまた、彼女を生かした。

 生と死の狭間で存在し続けることを求めた。

 問いかけるまでもなく、答えは常に一つだった。

 生きている訳でも死んでいる訳でもない彼女に、終わりはないということ。それだけだった。


「さて…………反撃開始としましょうか」


 ならば、続いてみせよう。

 終わることなく、足掻いてみせよう。

 それがベアトリーチェの意義だと言うのなら。

 天の意思だと言うのなら。


「まさか…………防がれるとは。てっきり『奇跡』は使えないとばかり思っていたが、君も人が悪いな」

「言う訳がないわ。言うにしても貴方には言わないわ」

「手厳しいものだ。だが、その方が面白いかもしれない。ただ出され並べられた料理を食べるより、自ら狩猟し、調理した料理の方が美味いからな」


 アリオスは笑い、前傾姿勢を取る。魔獣と化した彼の身体能力は人間のそれを遥かに凌駕している。奇跡所有者は与えられた『奇跡』に適応する為、身体能力が格段に向上するが、それでもアリオスの速度には反応出来ない。


 彼が長年に渡って喰らい続けてきた『奇跡』は確実に彼の血肉となり、力となっている。例えベアトリーチェが並外れた『奇跡』を持とうと、油断していい相手ではない。


 ベアトリーチェも術式を展開させ、身構える。展開された術式は優に数十を越えていた。現状の月宮秋には絶対に不可能な芸当だ。


「――――行くぞ」


 先に仕掛けたのは、アリオスだった。

 大地を踏み砕くほどの力で地を蹴り、一気に距離を詰める。彼我の距離は数十メートルもない。彼の脚力ならば、あってないようなものだ。一瞬でアリオスはベアトリーチェに接近し、剛腕を振り抜いた。


 大気を震わせる衝撃。しかし、ベアトリーチェに傷は無い。展開されていた術式が障壁となり、アリオスの攻撃を防いでいた。


 しかし魔獣は焦ることなく拳を構える。


「一度で駄目なら二度三度と打ち込むまでだ」


 暴風の如き乱打が障壁へと叩き込まれる。二度三度と防ぐ度に障壁は悲鳴を上げ、度重なる攻撃の末に儚く砕け散る。


 障壁の破片が宙を舞い、アリオスは拳を振りかぶり、振り抜く。そして再度、障壁に防がれた。


「ッ――――またか!」


 砕け散った破片が集まり、再び障壁を成したのだ。強度は大したことなく、容易く破壊されるが、生成の速度が極めて速い。連撃が届く前に再生成し、完璧に防ぎきっている――――だが、


(このままだとスタミナ勝負になる!)


 拳の嵐を防ぎつつ、距離を取るタイミングをベアトリーチェは探す。膠着した現状が続けばスタミナ勝負になるのは明らかだ。そうなれば燃費が良くないベアトリーチェの方が分が悪い。


 そして、それはアリオスも承知の上。故に攻撃の手を緩めず、連撃を叩き込み続ける。


「ッ…………!」


 砕け、砕け、砕け、砕け散る。

 舞い散る破片は花弁の如く。集うさまは一輪の花。

 優美な花は無遠慮に摘み取られ、花弁を経て再度、花を咲かせる。

 一輪、また一輪と花が増加する。摘み取られる度に、増していく。


 アリオスが異常に気が付いた時には既に周囲は花畑と化していた。攻撃の手を緩め、周囲を見渡す。花は風に揺れていた。


 術中だと、遅れて気が付く。逃れるには、遅過ぎる。


 パチンと、ベアトリーチェが指を鳴らした。途端に花々は儚く砕け、花吹雪と化してアリオスを包み込む。


「何だこれはッ」


 拳を振るうが、触れられない。代わりにダメージもないが、これがベアトリーチェの術だというのは明らかだ。逃れるべく地を蹴り、花吹雪の檻から脱しようとした瞬間、


 パチン!

 再び指が鳴らされる。花吹雪は一瞬にして紫色の檻へと変貌した。アリオスは躊躇わずに地を蹴る。


 魔獣の突撃。車の突撃より遥かに凶悪な一撃を受け、しかし檻は壊れない。幾重にも術式を重ねて作り出された檻は、魔獣といえど容易く破壊できる代物ではなかった。


「くっ…………」


 破壊すべくアリオスが拳を振るう中、ベアトリーチェは呼吸を整える。度重なる高度な術式操作。流石の彼女も疲労している。


 『千の魔術を統べる者(へカーティア)』は、ありとあらゆる魔術の行使を可能とする。しかしそれは、所有者のイメージが源泉だ。頭の中に思い描いた理想を、現実に描いてくれる。


 空想を現実に。幻想を真実に。言葉にすれば簡単だが、実際は極めて高い集中力を求められる。ましてや緻密かつ高速での行使となれば、疲労は平常時の比ではない。


 こうして呼吸を整えている合間にも、ベアトリーチェは魔術を行使するべく術式を展開させる。イメージは充分。後は具現化させるのみ――――


(――――ッ。どうして。)


 術式が光り輝く。それだけだ。彼女がイメージした幻想は全て、幻想のまま。現実には成らず、虚しく術式と共に霧散する。


(――――これ、は)


 『奇跡』にあるまじき不可解な現象。ありとあらゆる魔術を行使する『奇跡』が、魔術を行使出来ない。

 正確に言えば、攻撃的な魔術がベアトリーチェには行使出来なかった。アリオスを封じ込め、追撃を加えるべく思い描いた攻撃は尽くが幻想のまま霧散した。


 考えられる可能性は――――月宮秋の存在。

 ベアトリーチェは『彼女』の意思で限定的に『奇跡』が自分の下へ戻ってきていると思っていた。しかし、実際は違う。ベアトリーチェが行使できる魔術には制限がある。


 つまり、彼女が使用できるのは『奇跡』の一部分――――状況から顧みるに防御的な魔術に限定されている可能性が高かった。


(所有権を二つに分けた……? 『彼女』は、それでも彼に自分を使ってもらいたいと言うの…………?)


 長い付き合いとは言え、『彼女』の考えをベアトリーチェは理解していない。『彼女』が何を思い、何を考え、行動しているのか。それは『彼女』本人しか分からぬことだった。


 だが現状、魔術の行使が制限されているのは事実。このまま戦いが続けば、結局は攻められ守るの繰り返しとなり、スタミナ勝負だ。そうなればベアトリーチェは敗北する。


 何とかして逃げる必要がある。戦い続けることは得策ではない。


 今ならばアリオスは檻に封じられ、逃げることは容易の筈――――。


「やはり足掻いてもらわねばな。面白くない」


 男の声が、響き渡る。見ればベアトリーチェが創り出した檻は内側から破壊されていた。アリオスの見た目も大きく変化している。


 体躯は優に三メートルは越えているだろう。図太い四肢に盛り上がった筋肉。背中に生えた翼は黒く禍々しい。


 まだまだアリオスは余力を残している。恐らく最初は弱い状態から戦うのが彼の戦い方なのだろう。狩りと称して弱者を嬲り殺そうとする邪悪な意志がベアトリーチェにはハッキリと理解出来た。


「君の檻は中々頑丈だった。だからこちらも力を数段上げさせてもらったよ。――――さあ、楽しませてくれ」


 翼を大きく広げ、アリオスが飛翔する。黒い弾丸と化した魔獣は周囲へ壊滅的な被害を齎しつつ、超高速でベアトリーチェへと突撃を敢行した。


 逃げることは不可能。彼女は気力を振り絞り、数十にも及ぶ術式を生成し、障壁を幾つも重ねて強固な防壁を築き上げる。


 衝突し、地が砕けた。同時に防壁も粉々に砕け散る。


「――――――――!」


 驚愕の表情を浮かべるベアトリーチェ。その端正な顔へ、アリオスは容赦なく拳を振り抜いた。


 直撃したベアトリーチェは吹き飛ばされ、大地を転がる。血は流れず、骨も折れることはないが、痛みは確かに感じる。彼女は顔を抑え、苦悶の声を上げた。


 蹲るベアトリーチェを躊躇わずにアリオスは蹴り上げ、浮かび上がった全身に拳の雨を降らせる。柔く軽い女の体はいとも簡単に吹き飛んだ。


 ――――痛い。


 地面に倒れた彼女の意識を繋ぎ止めるのは全身に走る激痛だ。彼女の肉体は傷を負わない。だが痛みだけは、彼女の存在を肯定する様に今も変わらず感じる。


 痛い。痛い。痛い。ただ只管に痛い。


 戦うことは初めてではない。痛みを感じたことも初めてではない。ただ、久々に感じる”人には耐えられぬ激痛“は、容易く彼女の戦意を折った。


 歩み寄ってきたアリオスがベアトリーチェの髪を掴んで持ち上げる。雪の様に白い髪は泥に汚れていた。


「どうした?」


 膝蹴りが彼女の腹部を穿つ。内臓を吐き出してしまいそうだった。


「こんなものか?」


 髪を掴まれたまま地面に叩き付けられる。全身が地面にめり込み、余りの激痛に声すら上げられない。


「もっと――――抵抗してみろ!」


 そのまま蹴り飛ばされる。魔獣と化したアリオスの一撃は重い。人間ならば、苦しむことなく楽に死ねただろう。


 けれどもベアトリーチェは死なない。死と生の狭間に在る彼女は、ありとあらゆる暴力を受けるに足るサンドバッグも同義だった。


 それからも暴力の嵐は止まない。


 蹴られ、殴られ、叩きつけられた。


 終わらない悪夢。いつしか感覚は痛みしか伝えて来なくなる。


 暴力の果てに、ベアトリーチェは気を失った。

 既に夜は更け、破壊され尽くされた周囲の風景が彼女に行われた凄惨な行為を物語っていた。


「…………詰まらんな」


 ベアトリーチェを引き摺りつつ、アリオスは呟く。

 伝説とも呼べる『奇跡』を持つ女。戦闘となれば、きっと自分を楽しませてくれると思っていた。


 しかし結果は髪を掴まれ、引き摺られるベアトリーチェの姿だ。

 アリオスは決して暴力を好んでいる訳ではない。彼が好んでいるのは狩り。弱者をいたぶり、それでも足掻く獲物を弄び、絶望と苦痛の果てに殺すことだ。


 今の戦いは狩りではなかった。アリオスの求めるものではない。


 ましてや肝心の『奇跡』も喰えないとなれば、アリオスの気が晴れる訳もない。


 まさかベアトリーチェが不死だとは思っていなかったのだ。不死とはこの世でただ一人、とある零の『奇跡』を持つ男にのみ許された称号だからだ。


 喰い殺すことが出来なければ『奇跡』は手に入らない。そも、本当にベアトリーチェが『奇跡』を持っているのかアリオスには疑問だった。


 彼女は、余りにも抵抗が弱過ぎた。ありとあらゆる魔術を行使できる『奇跡』があるのだ。その気になれば、アリオスを圧倒出来ても不思議はないというのに。


 何かがある。それは恐らく、もう一人の零と関係している。あくまでも勘でしかないが、アリオスは断定した。


「面倒だが…………楽しみが増えるのは悪いことではない」


 酷薄な笑みを浮かべ、魔獣は闇へと消える。


 日常が、崩壊を初めていた。









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