第八話 【突然の狂騒】
18時ごろにもう一話投稿します
次の日は市場に行って屋台巡りをしたり、冒険者組合へ行ってどんな依頼があるのかを流し見たりして一日を過ごした。市場の活気や通りを駆けていく子供達を見ていて、日本にいた時の様にほっこりした気分になりつつ一日を終え、領主が帰ってくる予定の日になった。朝になっていつも通り『スズラン』で朝食を終えた後、また市場にでも行こうかと思ったところで、聞き慣れない鐘の音が聞こえてきた。
なんだ……?半鐘みたいに何回も鳴らしてるけど……。
「トオルさん!すいません急ぎ北門まで来てくれませんか!!?」
カインさんが慌てた様子で食堂に駆け込んできた。あまり余裕が無さそうなので、マリーさんに鍵を急いで渡しつつカインさんを追いかける様に走り出した。鎧着てるのに速いな!!
道すがら
「この鐘の音は何か緊急事態の合図ですか?」
「そうです。少し前に領主の到着を知らせる先触れが到着したんですが、直後にもう一人先触れが早馬で来たんです」
「内容は?」
「領主を護衛している最後尾の一隊の背後より魔獣が大量に現れたそうです。確認されただけでも百はいたと」
「百?!」
「領主達は急いで街へ向けて速度を上げているそうですが、同行している兵士数は50ほど。とてもではありませんが対処し切れません」
街の警備に当たっている兵士は同じで50らしく、合わせても100人ほどしかいない。魔獣の中には一角狼や犬顔のコボルト、魔物とされるゴブリンなどが多数確認されているらしい。単体とかならE~Dクラスだが、群れているのでC以上、種類もそうだが数が多すぎなので討伐難易度はBに相当するかもしれないとカインさんが言う。報告されている数と同数だが、この街の兵士の実力ではせいぜい時間稼ぎの防衛が精一杯らしい。
目的地は王都への街道がある北門だ。ユーリ達を送ったのは東で、僕が来たのが西からだ。
北門へ向かう途中に他の兵士の人が避難と冒険者への協力を呼び掛けている様子が聞こえてくる。なんとか撃退出来るだけの戦力が集まるといいけど、護送任務の時にあまり冒険者の数は多くないって隊長さんも言ってたし、望み薄かもしれない。
「兵士全員でなんとか防衛して魔獣達の侵入を防いでいる間に隊長が倒していく作戦になりそうなんですが、いくらなんでも数が多すぎますからトオルさんに助勢して頂きたいんです」
街の外壁に取り付いた魔獣や魔物の群れを内側に侵入させない事だけ注力して、その間に騎士としても実力のある隊長さんが対処すると。冒険者に期待できないのならそれが現実的かもしれないけど、いくらなんでも体力が持たないだろうし、確認されていない魔物がいたりすると致命的になりかねない。
僕自身もどこまでやれるかはわからないが、少なくとも前回の一角狼の時の様に気絶してから仕留めるやり方はダメだろう。時間が経って起きてきたら数が戻ってしまう。体力に影響するし、余計な被害が増えかねない。やるなら一撃で仕留めないと。
でも今までの様な球状の弾を撃つのじゃダメだな……。
考えている間に北門へ着き、カインさんの案内で外壁上の物見通路へ昇る。少し先に馬車が見えた。
「領主と護衛の部隊の馬車です!門の中に入り次第急ぎ閉門するぞ!!」
カインさんが他の兵士の人に声を掛け、バタバタと動き出す。どこに何があるかもわからないから、僕は馬車の後ろから迫ってきている土煙を注視した。銃を取り出し、いつでも援護射撃が出来る様準備する。
すぐに馬車が門を通るが、門がなかなか閉じない。ギシギシ音がしているから歯車か何かを動かして少しずつ閉じる仕組みの様だ。そうこうしている内に魔獣の群れが門に到達してしまいそうだ。
報告では百ぐらいだった様だけど、見る限り二百は軽く越えていそうな感じだ。とりあえず入られる訳にはいかないので、勝手だが援護射撃を始める事にした。
隊列らしい隊列も無いが、先頭の一角狼の集団に速射していく。どんどん当たって倒れていくが、次第に避けるやつが出始めた。さすがに相手もバカじゃないか。
消費したのはまだ3%ほど。後ろからの勢いに巻き込まれるだろうからと威力を抑えて連射していたから、余裕はある。でも本当の意味で勢いを抑え切れていないので、5%分の魔力を右手側に込めて、先頭集団の少し手前に撃ち込んだ。
爆発音の様な大きな音が鳴り、着弾点より土煙も起きる。突然の爆発に先頭集団の勢いが殺がれ、つられて後ろの速度も止まってしまった。土煙がなくなる頃には門も閉まって、どうやら閂もしっかりとかけられた様だ。
そこまで確認したところで後ろから声を掛けられた。
「ありがとうトオル君。後は私が代わろう」
隊長さんがフル装備の状態で物見通路へ上がってきた。フルプレートを着て腰には二本の剣を左右に佩いている。
「あそこへ行くんですか?」
「ああ、あの中に入って満足に戦える者は私以外にはいないからね。他の者には弓での援護をしてもらう」
そう言いながら剣を二本とも抜き、外壁の縁に立つライオット隊長。
「なら僕も他の方と同じく援護に回ります。状況次第では僕もそちらに向かいますので」
ライオット隊長は一瞬何かを言いかけたが、すぐに困った様な笑顔になって
「そうならない様尽力するとしよう」
そのまま4mほどの外壁を飛び降りて、魔獣の群れへと突撃して行った。
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圧巻だった。
隊長さんが突っ込んで行ってからは魔獣も魔物もほとんどこちらに来れない。さすがに数の有利で隊長さんから一番離れたのは時々漏れる様にやってくるが、散発的なので僕の銃や兵士の人達の弓であっさりと仕留める。
剣道を嗜んでいた人に前に聞いた事があるけど、二刀流の戦いというのはよほどの技量が無いと一刀の相手に劣るらしい。しかし隊長さんの戦いぶりはそんな様子は無く、ほとんどの相手を間合いに捕らえた順に切り伏せていく。まるで暴風の様だ。
これはカインさんの想像以上に隊長さんが凄かったのか、それとも統率の取れていない相手だからこその状況なのか。おそらく前者だろうなあ、などとまだまだ余裕のある魔力を確認しながらのんびり構えていると、敵の後方の辺りから魔力を感じた。
なんだ………?徐々に膨れ上がっているけど。
魔力の感じる辺りからそれと思われる光が出ていて、それに気付いた隊長さんが即座にこちらへ引き返してきた。
「単体でCランク以上の魔物が来るぞ!!全員警戒しろ!!」
隊長さんが声を張り上げた後、魔力を感じる辺りからデカイ図体が起き上がる様子が見て取れた。ここからでも頭が同じぐらいの高さに見えるって事は4~5mぐらいはあるぞ。
「巨人種…!Bランクの魔物です!全員弓構え!!」
カインさんの合図で兵士の皆さんが弓を構えた。巨人までの距離は50mほど、隊長さんは中間地点である25mほどまで多くの魔獣を引き付けている。魔物が少し巨人の周辺に残っているが今は無視しよう。巨人を倒すのが優先だ。
さっき土煙を上げた時と同じく5%の魔力を込めて巨人の顔面を狙う。動きは早くないから、狙い過たず着弾して小さな爆発と煙を上げる。グラリと巨体が傾ぐが、手も膝も突かずに体勢を立て直して再度ゆっくりとだが向かってくる。
頑丈だな。
「やっぱり今まで通りじゃ駄目か。かといって込める魔力量が多すぎると反動もでかいし……」
実の所5%でも結構厳しい。まだ威力は上げられそうだけど手首と肩が悲鳴を上げそうだ。10%ぐらいにしたら両手で構えても射撃の反動で後ろに倒れるか吹っ飛びそうだし。
未だに巨人との中間点では隊長さんが奮戦中だ。数は残り五十ぐらいかな。ちょっと余裕は無さそうだ。
戦闘が始まる前に考えていた事を試してみよう。ぶっつけ本番だけど、固い敵には有効かもしれない。
今まで撃つ時はただ魔力を込めるだけだった。それで発射されるのは球状の魔力の塊だ。しかし銃の破壊力は本来回転している事によるもの。ジャイロ回転している事により弾丸は真っ直ぐ飛び、射貫く様に対象に被弾する。
魔力を同じ様に5%分込めながらイメージする。同じ魔力球の大きさを圧縮する様に細く鋭くする。そしてドリルの様に渦を描き、回転が加わっている状態にしていく。イメージを自分の中で固定し、再度巨人を狙う。失敗出来ない状況だけに緊張して引き金を引くのを一瞬躊躇うが、失敗したなら次の手を考えればいい。その余裕を持つ為にも早めに失敗する事にしよう。
失敗を最小限にする為に巨人の胸辺りを狙い、思い切って引き金を引く。イメージした通り細目の、ジャイロ回転した魔力のドリルの様なのが発射された。
――――――――――ドシュッ!!
巨人の胸に風穴が開き、でかい図体がゆっくりと足元のゴブリンを巻き込む様に倒れる。他の魔物は混乱して今まで以上に統率が取れていない状態だ。
隊長さんの周辺にいた魔獣達も巨人が倒れた事に呆気に取られた様に動きを止めていた。隊長さんは動きを止めずに斬り続けているので、援護として即座に照準を合わせる。巨人を倒した時と同じく細く回転するイメージをしつつ、0.5%の威力で撃っていく。
威力を抑えても細く回転させる事で貫通力が上がるせいか、抑えた威力でも充分な殺傷能力があるみたいだ。どんどん魔獣を貫き、息絶えていくのが【気配察知】で感じ取れる。
残りが十を切った時、先ほどと同じく魔力を感じた。巨人がいた位置にボロボロのローブの様な物を着たゴブリンがいた。あいつが巨人を呼び寄せたのか。先ほどは巨人の陰になる位置にいて、巨人が倒れた直後はそれで起きた土煙で見えなかったんだな。
また魔法が発動されると面倒なのでそちらに左の照準を合わせて、即座に引き金を引く。【精密射撃】のおかげもあって狙いは外さない。頭を射貫き、そのままの姿勢で後ろ向きに魔道師風のゴブリンが倒れる。隊長さんの方を見ると他の兵士の方の弓の援護もあってすでに魔獣を全て倒し終えていた。
突然の非常事態だったけど、何とかなった様だ。
緊張が抜けたのか、その場にへたり込んだ。見ると膝が少し震えている。
「トオルさん、大丈夫ですか?」
「あはは……思ったよりも緊張していたみたいで、すぐには立てそうに無いです」
「仕方ないですよ、こういった非常事態はかなり珍しい事ですから。私自身も手が震えていますから」
そう言って苦笑いしながら震えた両手を掲げるカインさん。イケメンって弱さを告白しても絵になるなぁ。こんちくしょー。
敵を殲滅して気が抜けて、その場でへたり込んだまま勝手ながら少し休息する事にした。
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しばらくすると門の通用口から隊長さんが街の中へ戻り、物見通路へ上がってきた。
さすがに少し深呼吸したら落ち着いてきたので、今はカインさんと二人、物見通路から敵が来た方向を見たり、他の門に異常が無いか確認していた。他の兵士の方の中には未だに立てない人もいる。
「カイン、敵の増援は無さそうか?」
「はい、隊長。トオルさんも確認してくれましたが増援も他の門の異常も無い様です」
「そうか、ご苦労。トオル君も助勢ありがとう。巨人を仕留めてくれたのは本当に助かったよ。さすがに単騎で倒すのにはかなり骨が折れるし、危険の方が大きいからね」
騎士になる条件として集団戦をこなせる実力を求められるそうだ。なので魔獣の群れに対しては対処出来る自信はあったらしい。しかし巨人自体に遭遇するのは秘境や魔境にでも赴かない限りはまずありえないらしい。討伐方法自体は足から攻めて、倒れた所で頭を狙えばいいとわかってはいるものの、実際にそこまでするには苦労するそうだ。最初の攻撃で倒れなかったが、生半可な攻撃では傷を付けられないぐらい体表が固いらしく、相当な剣の腕か強力な弓を用意してようやく倒せる目途が立つとの事。
……二撃目で倒せたのはやりすぎた?
「トオル君のおかげで思ったよりは楽に終えられたよ。それよりも……お前らいつまで座り込んでいるんだ!まだ事後処理など仕事は残っているぞ!!」
隊長さんの一喝でへたり込んでいた兵士の方達が慌てて動き始めた。まあ僕も直後はへたり込んでいたから、隊長さんの喝にちょっと体が反応しそうになってしまった。
「あのー、終わりましたでしょうか…?」
隊長さん、カインさんと話していると、見た事のある男性が声を掛けてきた。……誰だっけ?
「冒険者組合の事務方をしております、リドナスと申します」
あー、思い出した!冒険者登録をした時とかに受付をしてくれた人だ!
リドナスさんは今回の騒ぎの際に冒険者組合に居て、すぐに街に滞在している冒険者へ呼び掛けて防衛に参加しようとしたが、他の冒険者がなかなか捉まらず、結局参戦するのに間に合わなかったそうだ。
「ご協力出来なかったのは大変遺憾なんですが、個別で冒険者が参加しているのであれば確認しておきたいですし、素材の方は冒険者組合で買い取らせて頂ければと……」
冒険者組合は素材の買取をする事で、魔物の研究者へ素材を提供したり、それを元に作られる薬の販売や卸しをしたりするそうだ。各国の情勢を一番把握しているのは冒険者組合なので、流通量の調整も仕事らしい。意外と多岐に渡るんだな。
冒険者組合の人は本当にただの職員で戦闘力は皆無らしいので、冒険者が協力しなければどうにも出来ないそうだ。今回の様な非常事態の時も基本的には呼び掛けを行うだけ、緊急の場合は個別に参戦する冒険者もいるので、評価を誤らない様に確認するらしい。
状況の説明は隊長さんとカインさんに補足してもらいながら詳細を説明した。一角狼の件もあるのでランクアップは確実だそうだ。巨人を倒しているので実力はBはある事になるが、やはり登録したてなのでD以上が確実としか言えないらしい。ランクは強さのイメージに直結するので冒険者組合の信用に関わる。それでも2ランクアップもしたら充分だと思う。
状況の説明を終え、今回の件の報酬や素材買取に関して隊長さんとリドナスさんが話をしようとしたところで、息を切らせて昇ってくる人がいる。
「失礼します!申し訳ありません隊長、大至急来て頂けませんでしょうか?!」
「どうした、そんなに慌てて?」
「その、副隊長が……」
副隊長?父親である領主と一緒に王都から戻って来たんだよな。馬車は無事街の中に入っていったのを確認してたけど……。
なんかしょうもない事の様な気がするなぁ……。
気に入って頂けた方がいらっしゃいましたら、ご意見ご感想を頂けると嬉しいです。
注意していますが、もしあれば誤字脱字のご報告なども頂けると幸いです。